「浅野家に生まれて壊れずに生きていくなんて無理無理」 作:クリオネf。t
「浅野
抑揚のない声とどこを見ているかもわからない視線で簡潔に自己紹介をする人物。
竹林が本校舎へと戻った一件でただでさえ混乱している
私立椚ヶ丘学園。
創立10年余りにして全国有数の名門進学校として名高い中高一貫校である。それを支配するのは創設者であり理事長である浅野學峯。その息子である浅野学秀は特進クラスA組の生徒であり、生徒の頂点に立つ生徒会長だ。支配者である父親の遺伝子を申し分なく受け継いでおり、齢14歳にして既に支配者としての風格がある。椚ヶ丘にいてこの親子を知らない者はまずいない。
そしてもう1人。
3年B組の浅野修。學峯の娘であり、学秀の双子の妹である彼女もまたこの椚ヶ丘では有名な人物だ。父である學峯や兄である学秀とは違い、威圧感が無く気さくな為話しやすい。成績だって学秀と1、2を争うほどいい。彼女も兄と同じく、他の生徒の憧れの的であった。本来ならばA組にいてもおかしくはない彼女がB組にいる理由は、役割の分担の為だ。兄・学秀が特進クラスA組を。妹・修が普通クラスB〜D組を纏めあげる。それが學峯の意向である。
「浅野さん、数学教えて〜」
「浅野さーん、私もー」
「はいはーい。順番に教えるから待ってね〜」
期末テスト前の時期、
「ああ、これね。難しいよね。これはね…」
そこそこの人数に1人で教えるのは大変だが、修はそれでも嫌な顔ひとつせず懇切丁寧に教えていた。
「失礼するよ」
修がクラスメイト達とプチ勉強会を開いていたその時、出入り口から声がした。
「修、ちょっといいか」
声の主は修を呼んでいる。出入り口の方を向けば、片割れである学秀が堂々たる出で立ちで佇んでいた。
「学秀じゃない。直接教室まで来るなんて珍しい」
お呼ばれした修は、それに応えて学秀の方へ近づく。「そう言えば聞いたよー、E組と賭け事したんだってね。学校中その噂で持ち切りみたいだけど?」
今思い出したかのようにそう口にした。学秀の眉が僅かにピクリと動く。
「その事で話がある」
聞けば、今回A組がクラス全員で行っている自主勉強会に修も参加しろとのお達しだった。
「おかしいな、私B組なんだけど?」
「あの人の意向でB組だが、お前は本来
「私だってクラスの子に勉強教える約束とかあるのに」
現に今もクラスメイトに頼まれてプチ勉強会を開いていた最中だったのだ。修は不満気な表情を隠さずに文句を垂れる。
「拒否権があるとでも?」
「ヤダ〜、お兄ちゃんコワーイ」
普段明るく気さくな修も、学秀との会話では互いに圧があって少し怖い。「浅野兄妹怖ぇ〜…」というのがその場にいたB組生徒の本音である。
「浅野さん、私達の事はいいからそっち行ってきなよ」
「でも…」
「いーのいーの。ね、皆」
「そーそー、なんか浅野さんの力必要っぽいし行ってやりな」
クラスメイト達は修がA組の勉強会へ参加する事を快く承諾してくれるらしい。皆うんうんと首を上下に振っている。
「ごめんね、皆ありがとう。A組の勉強会のないタイミングでまた教えるから」
修は申し訳なさそうに眉を下げ、両手を合わせて謝罪する。クラスメイト達は本心を言うと修に勉強を教えてもらいたい。しかし学秀に逆らうのが恐ろしかった為、泣く泣く諦めたのだ。
「じゃ行こ、学秀」
荷物を纏めた修がそう促す。
「連れて行くのは僕だぞ」
「はいはい」
「全く…」
互いに軽口を叩き合いながら、A組の集まる会議室へと向かった。
「お邪魔しますね〜。助っ人に呼ばれたので来ましたよ〜」
会議室へ入るなり、修はA組の面々へ明るい笑顔で手を振る。パッと集まる視線は好意的なものだった。
「よ、修」
「ああ瀬尾君。よろしく」
「修さん、よく来てくれたね」
「よろしく。ギシシ」
「荒木君もよろしくね。小山君も」
入室早々快く声をかけてくる五英傑のメンバーに対し、修も挨拶を返していく。
「やぁ修ちゃん。今日も麗しいね」
「ありがとう榊原君」
女好きの榊原は普段通り肩に手を回して来ようとするが、それをひらりと交わし挨拶をする。
「見ての通り今日からは修も含めて6人体制で君達へ勉強を教える。異論のある者は?」
よく言うものだ。異論などあっても言わせない癖に。
無論、生徒達に異論は無かった。そもそもA組生徒は概ね修に好意的だ。実のところを言うと、A組生徒からの「勉強の教え方の総合評価」が最も高いのは修である。学秀は全教科こなし、教え方も上手く一見すると優しいのだが、クラスメイト達は彼の支配欲や腹黒さを理解している。一方の修は、学秀と同じく全教科こなし教え方も上手く穏やかで親しみやすく、威圧感が無いので話しかけやすい。だから修の方が評価が高く好印象なのだ。
「矢野君、行き詰まってる?」
そして話しかけずとも生徒の様子を見て察し声をかけてくれる。まさに女神のような存在、それが浅野修なのである。
時は戻って二学期が始業したその日。
始業式では竹林の本校舎復帰が知らされた。苦楽を共にする仲間だと思っていた者の裏切りとも言える行為。E組全員に衝撃が走った。
その矢先の本校舎からの転入生。しかも、理事長の娘。一体どういう事なのか。理事長の策略か。そう思うのも無理は無かった。
「え、浅野さんが何で!?」
「竹林が
当然、そんな疑問が殺せんせーへ投げかけられる。予想していた反応に、殺せんせーは頭を掻いた。
「いやー、彼女の事に関しては…完全に先生の不注意なんです。うっかり正体を見られてしまい…」
「何やってんだよ国家機密が!!」
「いやはや面目ない…」
「……先生は……ぼんやりして危うく電車に轢かれかけた私を助けただけ。その拍子にうっかり付け鼻が取れちゃっただけだから……責めないであげて欲しい」
修は相も変わらず抑揚の無い声でそう口にした。彼女によれば殺せんせーは一応命の恩人らしい。だとしたら一人の人間の命を守ったという事で、責められるべきではない…のだろうか。
「お、おぉ…」
「質問は後にしましょう。浅野さん、君の席はカルマ君の隣ですよ」
「…はい」
聞き取れるか聞き取れないくらいの小さな声で返事をした彼女は、カルマの方を一瞥する。そのままゆっくりと示された席へと歩みを進めた。その間も、どこを見ているのかよく分からない視線だった。
「よろしく、浅野サン」
「……よろしく」
「てかさー。浅野サン、なんかキャラ違くな〜い?」
修が席へ着くなり、試すような言葉をカルマは投げかけた。修の目がカルマを捉える。その目を見た瞬間、カルマはハッとなった。
視線はこちらを向いているはずなのに、何も映していない。何も宿っていない。父や兄に似た色と形、それでいて違う──呑み込まれそうなほど暗く、昏い瞳。
「あー…ゴメン。ま、俺の事はカルマって呼んでくれていーよ。俺は浅野ちゃんって呼ぶから」
カルマは警戒心を解き、ひらひらと手を振りながら言った。
「…わかった。カルマ君…で、いいの?」
「ん。これからよろしくね、浅野ちゃん」
一連のやり取りに、他の生徒も注目していた。明らかに本校舎にいた時の彼女とは違うから。彼女はもっと明るく気さくで、自信に満ち溢れていた。「E組は敵では無い」と歯牙にもかけない人間。そんな印象だったのに。