「浅野家に生まれて壊れずに生きていくなんて無理無理」   作:クリオネf。t

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学秀君がまともにやりとりしてるの竹林君とか磯貝君とかカルマ君くらいなんで、こうやって他キャラと関わってるの書くの楽しい。



親友と兄の会話

 立て付けの悪い古い引き戸がガラリと勢いよく引かれる音が響く。驚いて振り返ると、そこには息を切らした学秀の姿があった。現在は11月。肌寒くなってきた季節だと言うのにほんの少し汗ばんでおり、余程急いで来たのだという事がうかがえる。

 

「……修は」

「椅子、ここに準備してるから。まずは座りなよ」

「…ああ」

 

 矢田に促された通りに学秀が椅子に腰を下ろす。旧校舎。そして自分の隣にあの浅野学秀が座っているというのは何だか不思議な感覚だ。

 

「浅野君に連絡する少し前まで魘されてたの。譫言みたいにずっと謝ってて…今は落ち着いてるけど」

 

 改めてゆっくりと状況を説明する。学秀はとりあえず命に別状が無さそうな事に安堵した。

 

「血塗れで倒れていたというのは」

「手首、包帯巻いてあるでしょ?見つけた時には、手首から肘くらいまで血塗れだった。近くに落ちてた枝で刺したみたいで、傷口も酷いの」

 

 分厚い包帯の巻かれた手首は、きちんと止血されているからか血が滲んでいる様子は今のところ無い。それでも見ているだけで痛々しいと感じて、学秀は思わず顔を歪める。

 

「自分で…刺したのか」

「うん。…状況的にそれしか無いと思う。なんで刺したのかとかはよく分からないけど、助けを求めたって事は自分の思った以上に出血が酷くてパニックになったんじゃないかって先生は言ってる」

「……」

「あーちゃん、理事長に呼び出されたんだよね。浅野君も一緒だった?……理事長、あーちゃんに何言ったの」

 

 本校舎へ出向いた直後にこうなったのだ。彼女がこうなった原因があるとするならば、學峯以外に無いだろうという確信がある。そしてきっと、同じく學峯の子である学秀もその場に呼び出されていたのだろうという事も。

 

「……。…あの人は修に対して"E組へ行ってから更に腑抜けた"と言った。"強者でなければ何の意味も価値も無い"とも」

「!! そ、そんなの…あーちゃんに一番言っちゃいけない言葉じゃない…!!」

「…そう、だな」

 

 父親をがっかりさせない為に強者であろうと振る舞って。母親を安心させる為に明るく振る舞って。生徒達の前で親しみやすい優等生であろうと振る舞って。自分を殺し続けて、自分自身が分からなくなったその結果突きつけられた言葉がそれだなんて、あまりにも酷だ。

 

「あーちゃんにとっては理事長も大切な家族だろうからさ、悪く言うのは良くないかもしれないけど。…どうして自分の娘にそんな酷い事出来るんだろう」

「……」

 

 矢田の言葉に、学秀は何も答えなかった。

 

「自分の娘がこんなに傷ついて苦しんでるのに、どうして何も気づかないのかな。あーちゃんは自分以外の人の事を気にかける事の出来る凄く優しい子なのに、こんなのあんまりだよ」

「……。そうだ。修は昔からそういう奴だった」

 

 何かを思い出すかのように、学秀がそう口にした。思わず「え?」と声を漏らし学秀の方を見る。

 

「昔はよく笑うし、よく泣く奴だった。他人の事を自分の事のように喜んだり悲しんだりするんだ」

 

 聞けば、物語の登場人物にも感情移入をしてよく泣いたり笑ったり怒ったりしていたらしい。

 

「そしていつも『学秀君は凄い』と目を輝かせながら褒めてきて、よく僕の後を着いてまわっていた。…そんな奴だったんだ、修は」

「…そう、だったんだ」

「……それがいつからか、少しずつ泣かなくなっていった。いつも笑顔を貼りつけて、生意気な口を叩いてくるようになって。僕の事を"学秀"と呼び捨てするようになった」

 

 学秀にはそれがあまりにもかつての修と乖離しているように映って、不気味に見えたのだと言う。

 

「だがそうなって仕方がないとも思った。何せあの父親の元で育っているからな。同じ親を持つ身としてそう感じたんだ。…でも」

 

 整理するように、学秀は一息ついた。

 

「違った。変わってなんかいなかったんだとつい最近になってようやく気づいたんだ。だって素の修は、今でも僕の事をこう呼ぶんだ」

 

 ──"学秀君"と。

 

「…修はいつだって修だった。僕は…近くにいたのにそれに気づかなかった。……いや、違う。目を逸らしていたんだ、僕は」

 

 違和感はずっと胸の中にあったのに、「あの頃の修はもういない」と半ば思い込む事でそれを誤魔化し続けていたに過ぎなかったのだと今更気がついた。

 

「僕はあの人を責める事が出来ない。僕も同罪なんだ」

 

 修が学秀をずっと慕っている理由が矢田には何となく分かった気がした。だって、目の前にいる彼の姿はあまりにも「妹を思う兄」であるから。

 

「…私にはよく分からないけど」

 

 矢田が独り言のように呟く。

 

「あーちゃんはさ、親には話せなくても…浅野君にはちゃんとありのままの自分を見せる事が出来たから。だから…理事長とはやっぱり違うんじゃないかなって、私は思う」

 

 もし修が学秀と學峯を同じように捉えているのであれば、そうはならなかった筈だ。しかし、修はほんの少しだけであっても今の自分について学秀に話す事が出来たのだ。少なくとも、修の中で学秀は両親よりも相談のしやすい相手であるという事。

 

「それにあーちゃんね、浅野君の事頑張り屋さんで凄いんだってよく褒めてたから…あーちゃんの中の浅野君は多分ずっと、昔の浅野君のままなんじゃないかな」

 

 修にとっての学秀は、昔から変わらず「頑張っている大好きなお兄ちゃん」なのだろう。矢田自身は上に兄姉はおらず、下に弟が1人いるだけなので下の子の気持ちを完全に理解出来るかと言えばそうではないけれど、それでもそう感じるくらいには修は学秀をよく褒めていた。

 学秀は矢田の言葉を聞いて何も言わずに修の方に手を伸ばし、そっと頭に触れる。その瞬間、修の睫毛が僅かに揺れた。そうしてゆっくりと瞼が開かれる。

 

「!!」

「あーちゃん…!目が覚めたんだね…!」

「……桃花、ちゃん。……と、あれ……学秀、くん……?」

 

 意識が戻ったばかりでいつも以上に霞んだ視界に矢田と学秀の姿を捉える。ぼんやりとした頭で「ここはどこだっけ」と考えた。確か、理事長室に呼び出されて、いつの間にか山を登っていて、プール周辺で気を失って……と順番に思い出していく。

 

「……ここ、旧校舎……?」

「うん、そうだよ。旧校舎の保健室」

「あ、れ……旧校舎、なのに……なんで学秀君が……?」

「私が呼んだの」

「……お前が倒れたと聞いたから」

 

 修は学秀を見つめながら、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 

「学秀、君……E組、嫌いなのに……来てくれた、の……?」

「……まぁ。心配だったからな」

「しん、ぱい……。……迷惑、かけて……ごめん、なさい……」

「別に、迷惑だなんて思ってない。……無事でよかった」

 

 するっと学秀の手が修の頭を撫でた。その懐かしい感覚に、何とも言い難い気持ちが込み上げてくるのを感じる。

 

「……。……わた、し。また、やっちゃった……」

 

 ぽつりと呟かれた言葉に、矢田も学秀も不思議そうに首を傾げた。"また"とは、一体何なのか。

 

「初めて、E組(ここ)に来た時……私、言った……でしょ……?」

 

 そう言われて、修が初めてこの教室へやってきた二学期の初日を思い返す。確かあの時は短い自己紹介をして、クラスメイトが口々に修がE組(ここ)にいる理由を聞いて。

 

「……もしかして、ぼんやりしてたらうっかり電車に轢かれかけて先生が助けてくれたって話?」

 

 確かその時にたまたま付け鼻が外れて素顔を見られた事で不可抗力──修本人はそんな事一言も言っていない──でE組へ来たと聞いたが。

 

「待て、その話は初めて聞いたが?」

「……図書館に行った、帰り、だった」

 

 修はぽつりぽつりと話し始める。学秀がいる為、殺せんせーの事をぼかしながら。

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