「浅野家に生まれて壊れずに生きていくなんて無理無理」   作:クリオネf。t

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※自殺未遂描写有。



"価値のないもの"

 夏休みも終わりの近づくある日。

 図書館を訪れたその帰り道。夏は18時近くでも明るく、アスファルト特有の不快な熱気が残る。カンカンと一定のリズムで鳴る警報機の音を聞きながら、修はふと何の脈路もなく考えた。

 今、あの中に飛び込んだら本当に死ぬのだろうか…と。

 もし死んだとしたら、何も考えなくてもよくなるのか…と。

 考えただけ。別に死にたいだとかそんな事を考えた訳ではないし、今までそう思った事すら一度も無かった。しかし、気がついた時にはまるで体が吸い寄せられるかのように遮断機の降りる線路へと向かっていて。

 近づいてくる列車の走行音を聞いても、体はその場に留まったまま。

 このまま終わるのもまぁ別にいいか…と思った瞬間に体に強い力がかかって、視界がぐるんと動いた。一瞬轢かれたのかと思ったが、それにしては痛みを感じない。

 

「いやあお嬢さん、危ないところでしたねぇ。ヌルフフフ」

 

 そう声をかけられて、自分は誰かから助けられたのだと気がついた。その人物こそが後に修の担任となる……殺せんせーその人だったのである。

 

 


 

 

「……それで、先生から言われたの。E組に来ないかって」

 

 その時に言われたのが、「彼等ならきっとありのままの君を受け入れてくれると思いますよ」という台詞だった。自分が何をしたいのかなんてよく分からなかったけれど、その時は何故か不思議とそうした方がいいような気がして。E組へ行く事を決めたのだ。

 その話を聞いていた二人は言葉を失う。まさか今回のような事が過去にもあったなどとは考えてもみなかったから。

 

「だけど…本当にね。前のも、今回も、死にたいって思ってたわけじゃ、ないよ。私…助けてもらってよかったって、おもってる…」

「そっか…」

「本当に死んじゃったら…電車なんて、公共交通機関だから。賠償金とかも、あるだろうし…葬儀代も、あるだろうし…世間からの風当たりも…悪くなるだろうから…そしたら、迷惑かけちゃう…」

 

 再びピシリと固まった。

 何故ならそれは、修が"自分が死ぬ事"そのものよりも"周囲に負担をかける事"を優先してしまっている事に他ならないから。彼女が冗談で言っている様子は無い。彼女は本気で「迷惑をかけずに済んでよかった」と思っている。ここまで追い詰められているにも関わらず、どこまでも"他人の負担"を気にしているのだ。

 戦慄した。

 修がこんなにも自分自身を"価値のないもの"として扱っていた事に。

 

「あーちゃん、そうじゃないよ…!あーちゃんがいなくなったら、悲しむ人がいるんだよ…!」

「…そう、だね。折角手塩をかけて育てた子どもがいなくなったら…育てた意味、なくなっちゃう、もんね」

 

 それでも修は"自分が死んだ時誰かが心を痛める"ではなく"投資したものが無駄になる"と捉えている。自分の命を"周囲にかかるコスト"だと思っている。矢田は悲しげに顔を歪めて涙ぐんでいた。学秀は視線を下に向けて何も言わない。学秀自身、あの父親の価値観の元で育った。「実の父親であっても支配出来る強者であれ」と言われ続け、自分もそれを正しいと、それが自分達親子の形だと思っていた。その価値観が妹をここまで傷つけ壊していたという事実を真正面から叩きつけられた今、もう何が正しいのか分からなくなる。しかしひとつだけ確かなのは、修が傷つくこともいなくなることも…学秀にとっては耐え難い事だということ。期待通りに行かないことへがっかりするだとかそんな感情じゃない。たった一人の妹を、家族を失う事への悲しみだ。

 

「…たとえ多少出来が悪かったとしても、修はただ1人の妹だ。もし勉強が出来なかったとしても、運動が出来なかったとしても。お前に価値が無いだなんて僕が言わせない」

「…え」

 

 自分がどんなに苦しくとも、それでも他者を思う事の出来る妹を無価値な存在だと思う事が、学秀にはどうしても出来なかった。たとえ「エンドのE組」に身を置いていても。

 

「そう、なんだ…」

「修。お前はどうなんだ。僕の事をどう思う」

「……。…学秀君は凄い。…でも、勉強とか運動とか出来なくても…私は学秀君が好き」

「僕の気持ちもそれと同じだ」

「……そっか……」

 

 矢田はただ静かに兄妹のやりとりを見守る。学秀がそういう思いをはっきりと口にするのは意外だと思った。修の根っこにある"自分は無価値である"という刷り込みは簡単に消えてなくなるものではないかもしれないが、家族のひとりである学秀が修に対し家族としての無条件の愛情を持っている事が少しでも伝わっているといいと願う。

 

 

 

「大丈夫か。一応近くまで迎えの車を呼んでるが、歩けるか?」

「うん…大丈夫」

 

 学秀の手を借りて起き上がった修は、ゆっくりとベッドから立ち上がる。

 

「あーちゃん、気を付けてね。体は大事にしてね」

「…うん。桃花ちゃん、ありがとう…」

 

 「またね」と言って学秀に手を引かれる修の後ろ姿を見送る。

 

「桃花」

「あ、メグ」

 

 遠くなっていく二人の姿を眺めていたら、いつの間にやら近くにいた片岡に話しかけられた。

 

「なんか意外だね。浅野君がちゃんとお兄さんしてるの」

「…そうだね。でも、家族の中に素のあーちゃんの事分かってくれる人が1人いるだけでも違うから…浅野君がちゃんとありのままのあーちゃんを大切に思っててちょっと安心したよ」

「うん。…修、ご両親ともちゃんと向き合えるといいね」

 

 やはり修にとって一番の壁は父である學峯だろう。誰の目から見てもあの父親は一筋縄ではいかなさそうだ。しかし、それはそれとして大事な親友をここまで苦しめたのだから、矢田としては泣いて土下座して謝っても許せないと思う程には怒りを感じている。まぁ修はそれを望まないと思うので、矢田もそこまでは望まない事にするが。

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