「浅野家に生まれて壊れずに生きていくなんて無理無理」 作:クリオネf。t
翌日、殺せんせーの懸念していた通り修は熱を出した。友達は洗脳されるわ期末テストが近いわで色々大変な状況だろうに、学秀は甲斐甲斐しく看病をする。授業のある昼間は流石に休むわけにもいかず、後ろ髪を引かれる思いで登校していた。帰ってくれば母親に自分が食事を持って行くと言って部屋までやって来る。修の事で頭がいっぱいの学秀には、母親がその姿を「あら、久しぶりに仲良しさんね〜」と嬉しそうに口にしながら微笑ましげに眺めていた事には気づく事が出来なかった。
「調子はどうだ」
「ん……体だるい……」
「母さんが粥を用意してくれたが、食欲はあるか?」
「……お腹はすいてる……」
「そうか」
ひとまず食欲はあるようで安心する。人間、体が資本だ。しかし動くのが少しきついらしいので、一旦トレイをサイドテーブルに置いて体を起こす手伝いをする。
「食べさせてやるから口を開けろ」
学秀は器を片手に、もう片方の手に持った匙で口元まで粥を運ぶ。実に自然な動きだった。残念な事に、ここにはツッコミを入れるものが存在しない。
「ん…いただきます…」
修も修で従順に「あー…」と口を開けた。まるで親鳥からの餌を待つ雛鳥のようだ。もう一度言うが、ツッコミは不在である。
「ごちそうさまでした…」
学秀の介助を受けながら、修は粥を完食した。
「…少し寝る…」
「ああ、そうしろ」
「……学秀君……もう少し、そばにいて……」
「分かった。ほら、手を握っててやるから」
「ん……」
学秀は修が眠りに就くまでその傍にいた。その後はテスト前の勉強の為に自室に戻ったが、3時間程経って部屋を出たらフラフラと部屋の外の廊下を歩く修を見てギョッとする。
「どうした」
「汗、気持ち悪い……あと、歯、磨きたい……」
「ああ……」
覚束無い足取りの修を支えながら脱衣所へ向かう。当然、學峯と遭遇しないよう周囲へ細心の注意を払いながら。
「体を拭くから服を脱ぐぞ。自分で出来るか?」
「うん……」
言われた通り自分で服を脱ぎ始めた修の姿を見ていて、学秀は気づいた。中学生にしてはかなり大きい部類に入る胸。白く柔らかそうな肌。引き締まった括れ。……どう見ても女性特有の体つき。学秀はつい、小学校低学年の頃と同じ感覚で接していた。しかし成長した修の身体を見て学秀はようやく妹が歳頃の女子であると認識してしまったのだ。一瞬固まったが、見てはいけないものを見ているような気分になってすぐに顔を背けた。学秀だって傑物だなんだと言われつつ、何やかんや歳頃の男子中学生なのである。彼は同年代の女子の裸は疎か、下着姿すら見た事がなかった。
「……? 学秀君……どうしたの……?」
「いや……何でもない」
「そう……」
しかし修の方は全く気にしていなかった。それはそうだ、何せ彼女は一ヶ月程前に男子の前で自らスカートを捲り下着を見せようとした女である。しかも、学秀相手には更に家族であるというフィルターがかかっている。たとえ裸を見られようと気にも留めない。だから修は何の躊躇いもなくブラに手をかける。
「ちょっと待て、ブラを外そうとするな……!」
「? ブラ、外さないと拭けないよ…」
「そ、そうだが……」
学秀は気づかない。ならば自分が後ろを向いている間に修自身に拭かせればいいという事に。それだと言うに、何故か頑なに自分が世話をしようとしている。
「……。変な学秀君……」
「…………」
最終的に学秀が胸を見ないように目を逸らし、ショーツ一枚になる事で解決した。しかし妹が歳頃の女子であると認識してしまった今、体を拭いている時も内心穏やかではなかった。心の中で「修は妹…修は妹…」と呟き自己暗示をかけながら修の体に触れる。ほんの数分の出来事だった筈なのに、何故だか数時間にも感じられた。
「……学秀君、疲れた……?ごめんなさい、迷惑だったよね……」
終わった後、どこかしょんぼりした様子でそう言われて心に大打撃をくらう始末である。
「迷惑なわけあるものか。寧ろこれは僕の気持ちの問題でだな…」
「本当に……?」
熱のせいで若干潤んだ瞳と赤い頬で見上げられて、いよいよ学秀の頭に警鐘が鳴り始めた。何故かよく分からないが、これ以上は不味い気がする。
「ほ、本当だ。僕がやりたくてやってるんだ、迷惑をかけてるだなんて思わなくてもいい」
「……うん」
「ほら、後は歯を磨くんだろう。扉の外にいてやるから、終わったら声をかけろ」
「分かった……」
とりあえず一旦脱衣所の外へ出て頭を冷やしたかった。心頭滅却すれば火もまた涼し。
数分後歯を磨き終えた修が声をかけてきたのでまた体を支えながら部屋まで送って、心配だったのでまた眠るまで傍から離れなかった。混乱していても妹の為に尽くそうとする姿は正しく兄の鑑である。
そしてまた翌日。修はまだ少しだけ熱はあるものの、微熱まで下がり食事も自分でとれるまでに回復した。ただ念の為今日も学校を休む事に。修本人は大丈夫だと言ったが、「悪化したらどうするんだ」と学秀から叱られたので言われた通り休んだのだ。修的にも悪化させて更に心配をかけたい訳ではなかったし。
何の気なしにスマホを見れば、クラスメイト達や教師陣から修を心配するメッセージが入っていた。一人一人に返信するのは大変なので、クラスのグループメッセージに「ありがとう、大丈夫」とだけ送る。夕方になって帰ってきた学秀がまた食事を部屋まで運んで来た。
「…朝よりも調子は良さそうだな。熱は計ったか?」
「まだ…」
「ほら、計れ」
学秀に渡された体温計で体温を計る。ピピピ、と鳴る機械音と共に体温計を見れば、「36.9」という数字が並んでいる。大分平熱に近い。
「熱は下がったな。体調は?」
「ん…大分スッキリした…気がする…」
「そうか。念の為明日も朝から体温を計っておけ。熱もなく体調も悪くないようなら学校へ行ってもいい。ただし、麓までは一緒に登校するぞ。そこから先はE組の誰かに付き添ってもらえ。あと、授業中少しでも体調が悪いと感じたら早退しろ」
「うん、分かった」
兄を越えて最早母親のようになっている学秀だが、本人にその自覚はない。そして修もまた、何も疑問に感じていないのである。
「……そう言えば、前から聞きたかったんだが」
一通り修の体調や明日の登校について話し終えたあと、学秀は話題を変えた。
「お前がE組へ行くと決めた時、父さんは渋らなかったのか?」
その問いに対する答えだが、当然學峯は渋った。修はその時の会話を思い返す。
「国家機密がこうも簡単に一般生徒の前に姿を晒すとは……迂闊ですね」
「いやはや返す言葉もございません!!!どうか解雇だけはご勘弁をおおおおお!!!」
薄ら笑みを浮かべながら殺せんせーを見る父と、全力で土下座をかます殺せんせー。……思えばスライディング土下座なるものを生で見たのはあの時が初めてだった。あれは見事なスライディング土下座だった。
「大声をあげるんじゃない、ここは本校舎だぞ!バレたらどうする!」
「すみません!」
「此度の件に関しては、ぼんやりしていて警報機の音に気が付かずうっかり線路を横断していた私の過失。殺せんせーはそれを助けただけに過ぎません」
自分から飛び込んだだなんて、口が裂けても言えなかった。特に父の前では。殺せんせーは烏間にすら話していなかったようだが、それも正直ありがたく感じた。
「……まぁ、そういう事ならいいでしょう。彼女に免じて教師としての続投を許可します」
「それと理事長。つきましては、私のE組への編入を許可して頂きたく存じ上げます」
「それは何故かな?」
「本校舎に残る場合は記憶消去の手術を受けなければなりませんよね。記憶に干渉する手術なんて何が起こるか分かったものではないでしょう」
それっぽく適当に理由をつけただけだが、學峯は渋々納得したらしい。
「確かにそうだね。不本意だが……いいよ、許可しよう」
こうして何とかE組への転入を取りつけることが出来たのだった。正直あの理由で何故父がE組転入を許可したのかはよく分からないが、もしかすると父にとって都合のいい部分があったのかもしれない。
「お父さんを納得させるの、大変だったけど……そこは、頑張った……」
「そうか…」
学秀はこれ以上は何も聞くまいと思った。何を言ったか気になる気持ちが無いと言えば嘘になるが。
「あの、学秀君……」
「なんだ」
「今日……一緒に寝よ……?」
「寝ッ…!?」
思わず声が裏返りそうになるのをどうにか抑える。
昨日修の体を拭く前までの学秀ならばここで特に何も思わず当たり前のように「ああ、分かった」と答えていただろう。しかし昨日の一件もあって、一瞬思考が変な方向に行きそうになったのだ。学秀は脳内の自分に右ストレートをくらわせた。修は妹。"寝る"というのは"添い寝"であり至って健全な行為。そう、健全ったら健全なのだ。
「……ああ。構わない」
学秀は平静を保ちながら、修の食べ終えた食器を手に一度部屋から出る。
数時間後に再び部屋を訪れた。添い寝の約束を果たす為に。修が壁側に寄り、学秀は空いたスペースへ横になる。……壁側に背を向けて。
「……向かい合わせじゃ無いの……?」
心做しか寂しそうな声に負け、秒で寝返りをうち修の方を向いた。色々思うところはあるが……修がこうやって昔のように甘えてくるようになったのはきっと良い傾向だ。
「……くっついてもいい?」
「……好きにしろ」
ぴたりと修の体が学秀の体に寄せられる。小学校低学年の頃はこうやって互いに身を寄せ合って眠りに就く事があった。そうしなくなったのはいつからだったか。多分、高学年になるにつれ修が泣かなくなってきた頃からだ。ほんの数年前の事なのに、とても懐かしい気持ちになる。
「学秀君、大きくなったね……」
「それは……お互い様だろう」
「……そう、だね……」
修も大きくなった。それなのに小さいと感じてしまうのは、男女の体格差故だろう。あの頃はほとんど身長も体格も変わらなかったのに。
昔のように背中に腕を回してみた。柔らかくて華奢な体だ。男の自分とは違う。同じ洗濯洗剤や柔軟剤を使っているのに、匂いも違う。シャンプーなどが違うからだろうか。
何より……一緒に寝る前はあんなに緊張していたのに、いざ寝てみるとあの頃と同じ安心感があった。
「学秀君……おやすみなさい……」
「ああ。おやすみ、修」
互いに声をかけて、互いに夢の世界へ
学秀君も大概シスコン。