「浅野家に生まれて壊れずに生きていくなんて無理無理」 作:クリオネf。t
翌日は無事に登校する事が出来た。
これもきっと学秀の看病のお陰なのだろう。宣言通り麓まで送られ、そこから先は矢田と合流して山を登った。
無事に校舎まで辿り着けば、クラスメイト達は「浅野さん!もう体は大丈夫なの?」「修ちゃんおはよう、元気になってよかった!」「あっちゃ〜ん、心配したよ〜」と言って集まってきた。
「うん……大丈夫」
怪我はまだ完全には治りきらないが殺せんせーが適切に応急処置してくれたし、その後母親に連れていかれた病院では修自身が治るまで適切に処置し続ければいずれ綺麗になるだろうと医師にも言われた。
「皆、迷惑かけて……。……」
修はそう言いかけて一度言葉を飲み込んだ。
「……心配してくれて……ありがとう……」
謝罪よりも、感謝を伝えてくれた方が嬉しいと矢田も学秀も言った。だから、修は言い直したのだ。
「当然だろ、なんたって修ちゃんは
前原がそういえば、皆口々に「そうそう!」と言ってそれに賛同した。何だか、心がふわふわと軽い気持ちになった気がする。
「浅野さんがいない間に色々あったんだぜ〜」
「というか現在進行形だけどね…」
「……?」
聞けば本校舎A組は今、學峯が担任として直々に教鞭をとっているらしい。学秀からは一度もそんな事を聞かなかった。
「体調不良のあーちゃんに心配事増やして悪化させたくないって言う浅野君の兄心だと思うよ。浅野君、あーちゃんの事凄く大切にしてるから」
「……そっか。学秀君、私のために」
以前の修ならば「私のせいで」だとか「私が頼りないから」だとか言っていたかもしれないが、こうやって素直に「学秀が自分のためを思って色々考慮してくれている」と受け取っているのは大きな進歩だな、と矢田は感じた。
「それにさー。浅野クン、
カルマの言葉に、修の目がほんの僅かに見開かれる。
「学秀君が……? そうなんだ…学秀君も、自分を変えようって…頑張ってるんだ。私も…頑張る」
修の今言った「頑張る」は、「自分は努力不足だから」とかそういう意味を込めたものではなかった。ただ…自分の尊敬する学秀が頑張っているならば、自分もそれに負けないように頑張ろうという意志だ。
「修ちゃんってさぁ、本当に浅野クンの事好きだよね」
「……うん、好き。……皆の事も、好き」
一瞬、クラス内に沈黙が流れた。
自分の感じている気持ちが分からない、好きなものが分からないと言っていた修がたった今、はっきりと「好き」だと口にした事に驚いたからだ。
「うりうり〜、
「私もあーちゃんの事好きだよ!」
「私も私も〜!あっちゃん大好き〜!」
感極まった女子達に抱きしめられて、修は若干困惑する。けれど、それを嫌だとは一切感じなかった。
「……私。一番になる」
ひとしきり女子に揉みくちゃにされたあと、修はそう口にする。
「お、カルマに続き浅野が1位宣言したぜ」
「えー、一番になるのは俺だよ?修ちゃんは2位ね」
「? ……一緒に一番になっちゃ駄目……?」
首を傾げてカルマを見上げたら、カルマは何故か大人しくなった。「やりづらいな…」と小さく呟いて。気を悪くしてしまったかとおろおろ(当社比)していたら、「カルマは純粋培養浅野ちゃんに弱いだけだから大丈夫だよ〜」と中村から言われた。カルマは「…るせ」とバツが悪そうにしつつも悪態づいている。
その後殺せんせーがやって来て、「おはようございます浅野さん!!元気になったのですね!!2日も会えなくて先生寂しかったですよー!!」と大袈裟に言われた。いや、殺せんせーの中では決して大袈裟なんかではなく割と本気で言っているのかもしれない。
「…殺せんせー。心配してくれて、ありがとう…ございます」
同じように感謝を伝えると、これまた同じように「大切な生徒なんですから心配するのは当たり前ですよ」と言われた。E組の人達は先生も生徒もいい人だ。決してB組の元クラスメイト達を悪い人間だと思った事はないけれど。
「おはよう、浅野さん。調子はどうだ」
「烏間先生。おはよう、ございます…特に問題無い、です。ありがとうございます」
「そうか、それなら良かった」
「あの時は肝を冷やしたのよ!ま、元気そうでよかったわ」
「おはようございます…イェラビッチ先生。その節は、どうも…」
烏間やイリーナもずっと修の事を案じてくれていたようで。修の元気そうな姿を目にして安心した様子で声をかけてくれた。
「もー、いつまでそんな呼び方なのよ!なんだか距離を感じて寂しいじゃないの!気軽にファーストネームで呼んでくれてもいいのよ?」
「…えっと…」
「ちょっとビッチ先生ー、修ちゃん困らせるのやめなよー」
「そうだよビッチ先生ー」
「うっさいわよクソガキ共!!」
相変わらずイリーナと生徒達は仲が良く、賑やかだ。E組の和気藹々としたこの空気は…割と好きだと思う。
HRを済ませて、3日ぶりの授業を受ける。修は寝込んでいた分周囲よりも少々出遅れているので、遅れを取り戻すべく殺せんせーの授業により一層集中した。
「…おや、あなたからやって来るとは珍しい」
国家機密である身、普段は自ら本校舎に赴く事はほとんど無い。その殺せんせーが、珍しく理事長室で學峯を待ち構えていた。……机の上でジャンプを読みながら。
「何も悪い事してませんよ、殺せんせー」
「知っています。あなたはいつも最後の最後は正攻法を好む。この期に及んで小細工を使う人ではない」
殺せんせーはケーキ箱を取り出し、それを開封する。中に入っているのはエクレアだ。
「私の存在を拒まずに受けて立って頂いたお礼をと思いまして」
「………」
學峯は笑みを崩さずに戸棚へと歩みを進める。
「殺せんせー。教師をするのはこの学校が初めてですね?」
「……なぜわかります?」
「…何となく素人臭いので」
長く教師として身を置き、数々の強者を育てて来た経験があるからこそ感じる事だろう。戸棚から資料を取り出しながら彼は続ける。
「何故教師になったのか頑なに語らないとか。私が勝ったら教えてくれませんかね」
「………。語るまでもない事ですから」
殺せんせーは一瞬だけ、何かを思い出すかのように沈黙を挟んだ。
「そもそも人に何かを教えたいと欲する時、大きく分ければ理由は2つしかありません」
ひとつは自分の成功を伝えたい時。そしてもうひとつは…自分の失敗を伝えたい時。
「あなたはとちらですか?浅野理事長」
そう問われた學峯は「さぁ」と曖昧に口にするだけで、詳細は何も語らない。
「それともうひとつ、聞きたい事があります」
「…何です?」
「修さんの事です」
修の名を口にした時、ほんの少しだけ學峯の瞳が揺れたような気がした。
「浅野さんが、何か?」
相変わらず口角は上がったまま、何を考えているのか全く感じ取らせない表情。
「あなたから見て、彼女はどう映りますか」
「……何故、そんな事を聞くんです?」
「彼女は他人の事を思いやれるいい生徒ですね。本校舎にいた頃も周りから頼られ、親しまれる生徒でした。E組でも、クラスメイトから愛されている生徒です」
しかし見方を変えれば、修は
「……そうですね。確かに彼女は
「……」
學峯の言う事は、別に間違ってはいない。間違ってはいない、けれど。彼は知らないのだろうか。殺せんせーは何とも言えない思いに駆られた。
「では、質問を変えます。学力や運動能力が優秀である事。知識や技術が豊富である事。…強者である事。それら全てを取り払って、娘である彼女の事をあなたはどう思っているのですか」
「……それに答えて、何の意味があるんです?」
「とても、大切な事ですよ。…私は彼女の親ではありませんし、子供をもうけた事もない。ですが、彼女は私にとって大切な生徒です…たとえ彼女が勉強や運動が苦手であったとしても。私は彼女の人柄が尊いと思いますし、彼女がそういう人柄だから周りから愛されるのだと思います。あなたにとってはどうですか。優秀でなければ、強者でなければ…彼女を愛せませんか?」
「……。…答える必要のない事です」
終ぞ、質問に対する答えは得られなかった。殺せんせーはそれ以上何も聞かず、「では、今回はこれで」と言って理事長室を去る。
「……我が子を思っていないわけでは無さそうですがねぇ」
そう、独りごちながら。