「浅野家に生まれて壊れずに生きていくなんて無理無理」 作:クリオネf。t
殺せんせー下着泥棒疑惑を経てイトナが正式にE組の仲間入りを果たした頃。
体育祭の時期だ。
磯貝が校則で禁止されているバイトをしている事がばれ、学秀から条件を満たす事を理由に不問とするという話をつけられた。その条件とは、体育祭の棒倒しでA組に勝つ事。
「はい、これで邪魔にならないしかわいい!」
「……。ありがと」
矢田が修のシニヨンから垂らした髪をそれにぐるりと巻き、クリップで留める。クリップは向日葵の飾り付きだった。動き回るのにはそちらの方がいいだろうとわざわざ用意してくれたらしい。別に本校舎にいた頃はサイドテールで動き回っていたのでさしたる支障はないのだが、矢田が修の事を思って用意してくれた事は分かるので大人しく受け入れている。
「…でも私に向日葵は似合わないと思う」
「えー、そんな事ないよ!あーちゃんの明るいオレンジ色の髪に凄くよく似合ってるよ」
「うんうん、あっちゃん凄くかわいいよ!」
「……。…そう」
いよいよ始まる体育祭。100m走では走るのが得意な木村が活躍していた。
「ふぉぉカッコいい木村君!!もっと笑いながら走って!!」
殺せんせーは他人なのに親バカを発揮し、パシャパシャと夢中でシャッターを切っている。修も女子の100m走へ参加する。既に待機中だ。修は長距離でも短距離でもいつも1位。テストの総合成績では学秀が1位を飾る事が多いが、運動に関しては修の方が得意なのである。
「…ただいま」
「あっちゃんおかえり〜!凄い速かったね!」
「…運動は得意な方。多分」
「…多分、じゃなくてめちゃくちゃ得意だと思う。運動も勉強も」
途中パン食い競走では原が本領を発揮し、ぶら下がるパンを正確に咥え最後には最早吸引とも呼べる食べっぷりを見せ「飲み物よ、パンは」と言いながらゴールを飾った。
「……。あれには勝てない。私、パン…吸い込めない」
「普通は出来ないと思うよ…」
こういった意外性も殺し屋ならではだ。暗殺で伸ばした基礎体力やバランス力。そして動体視力や距離感覚は、非日常的な競技でこそ発揮される。
「あのように各自の個性も武器になる。棒倒しでどう活かすか、それは君次第ですよ」
「………」
磯貝はただ何も言わず、作戦表を見て浮かない顔をしていた。そんな磯貝を修はじっと見つめる。
「棒倒しにさえ勝てば、磯貝君のバイトの事は咎められない。お願いね男子。腹黒生徒会長をぎゃふんと言わせてやって」
男子の顔…特に磯貝の顔は緊張の色が濃く出ていた。勝負をしかけた学秀の戦略と本当の目的を知ってしまったから。
A組に
「…殺せんせー。俺にあんな語学力は無い。俺の力はとても浅野には及ばないんじゃ…」
磯貝の言葉に少しだけ考えて殺せんせーが言う。
「そうですねぇ。率直に言えばその通りです。浅野君を一言で言えば『傑物』です。彼ほど完成度の高い15歳は見た事がありません。君がいくら万能のいえども、社会に出れば君より上はやはりいる。彼のようなね」
「…どうしよう。俺のせいで皆が痛めつけられたら」
「でもね、社会において1人の力には限界がある。仲間を率いて戦う力。その点で君は浅野君をも上回れます。君が
殺せんせーがキュッと磯貝の頭に鉢巻を巻いた。
「それが君の人徳です。先生もね、浅野君よりも君の担任になれた事が嬉しいですよ」
「……。私も」
「浅野?」
「私も…磯貝君とクラスメイトになれて…良かった、と思う。棒倒し、頑張って」
「……ありがとう」
「あと…浅野だと学秀君と被る、から…ややこしかったら、名前で呼んでくれてもいい…」
修の言葉に磯貝はあはは、と苦笑を浮かべた。
「あと先生…」
「にゅ?どうかしましたか、浅野さん」
「私達…誕生日来てないから…まだ14歳、です…」
「……そ、そうですか……」
殺せんせーと修の間に沈黙が走った。気まずさを感じているのは殺せんせーだけで、修はいつも通りぼんやりしているだけだが。
兎にも角にも、A組対E組の戦いの火蓋が今、切って落とされる。
棒倒しは不利な状況の中、見事にE組が勝利を勝ち取った。
「おい浅野!!二言は無いだろうな?磯貝のバイトの事は黙ってるって」
「………。僕は嘘をつかない。君達と違って姑息な手段派使わないからだ」
「…………」
学秀と前原の間で交わされる会話。それを何も言わずに修はただ見守っている。すると磯貝が爽やかな笑顔で学秀に声をかける。
「でも流石だったよ、お前の采配。最後までどっちが勝つか分からなかった。またこういう勝負しような!」
握手を求める磯貝に、学秀は「消えてくれないかな」と冷たくあしらった。
「次はこうはいかない。全員破滅に追いこんでやる」
去っていくその背中に修は違和感を感じる。それが何なのかは分からないが。
「ケッ、負け惜しみが」
「いーのいーの。負け犬の遠吠えなんて聞こえないもーん」
「……、あ…あんまり、そういう事…言って欲しく、ない」
珍しく強めの声をあげる修に、全員が驚いて彼女の方を見た。
「学秀君…あんな、だけど。凄く頑張り屋さん、だから。他の、皆も…本校舎の人達は、本校舎の人達で沢山頑張ってる、から…」
修の言葉に何人かがばつの悪そうな表情をする。E組にとっては倒すべき相手でも、修にとって学秀は家族なのだと思い出したのだ。
「彼も君と同じく苦労人さ、磯貝。境遇の中でもがいてる」
「俺なんてあいつに比べりゃ苦労人でも何でもないよ。皆の力に助けてもらった今日なんかさ、『貧乏で良かった』って思っちゃったよ」
磯貝がいつもの明るい調子でクラスメイトの肩を組む。……ついでにパン食い競走の余りのパンに目を輝かせて「持って帰ってもいいか」を尋ねていた。
「……」
修は再び去っていく学秀の方を見る。
「あーちゃん、浅野君の事心配?」
「よく、分からない…けど。なにか、あったのかなって…」
「それって双子の以心伝心的なやつ?」
「分からない…私達、二卵性だから…」
しかし、学秀に影を感じるのは気のせいではないような気がする修であった。