「浅野家に生まれて壊れずに生きていくなんて無理無理」 作:クリオネf。t
E組への転入が決まって以来の學峯からの呼び出しで、久しぶりに理事長室へと足を運ぶ。入室すれば、学秀達五英傑も集まっていた。重々しく暗い雰囲気の漂うそこは、いつ来ても慣れないものだった。
「僕等は努力の全てを注ぎ込みました。勝利に満足しています」
「ほう…随分接戦だったようだが」
父と兄の交わす会話の内容が今回の学園祭での結果についてである事は明白だ。
「それだけE組に戦略があったという事。圧倒的大差をつけるのはほぼ無理かと」
「違うな。相手は飲食店だ。悪い噂を広めるのは簡単だし、食中毒なら命取りに出来る。君は害する努力を怠ったんだ」
何を言っているのか全く理解出来なかった。
悪い噂を広める。食中毒を起こす。つまり毒を盛れと言っているのと同義だ。父は誰かを傷つける事に対する努力をしろと言っているのだ。
「君もだよ、浅野さん」
「……。どうして私なの?」
「君は今、E組に在籍する身。君が一番動きやすい筈だろう」
「わ、…私に、毒を盛ってクラスを妨害しろと?」
信じられなかった。目の前にいる父は本当に父なのかと疑ってしまうくらいには。そんなもの、犯罪ではないか。実の娘に犯罪教唆をするつもりなのか。
「君は私の弱点を握れると言っていたが…その実、君には浅野君のように誰かを支配しようという意思はないね?」
「……!」
學峯は気づいていたらしい。彼女が支配に興味を持たない事に。どこまで気づいているかは定かではないが。
「その反応、やはりそうなんだね。君は本校舎にいた頃も、私や浅野君の前では支配者的な顔をしながらそれ以外の生徒や教師に対してはそうではなかったからね。そうじゃないかとは薄々感じていたよ」
「……」
心が冷えていく感覚がする。
「君はE組へ行ってから更に腑抜けた。強者でなければ何の意味も価値も無いという事は分かっている筈なのにね」
強者でなければ意味が無い。
──強者でない私に価値は無い。
そう思った時、プツリと何かが切れた音がしたような気がした。そこから先の事はあまり覚えていない。「そう。話がそれだけなら私は戻らせてもらうわ」といつも通りに振る舞って理事長室から立ち去った事だけ、覚えている。気がつけば旧校舎のある裏山の中にいた。上履きから履き替えずに来ていたようで、白い上履きが茶色い土でドロドロに汚れてしまっている。
その場に力なく膝を着く。
自分の行動は全て無意味だった。父をがっかりさせない為の強者の顔も、母を安心させるための笑顔も、何もかもが。それならば一体自分に何の価値があるというのだろう。
「……」
傍に木の枝が落ちているのが目に入った。徐ろに手を伸ばしてそれを手に取る。そしてそのまま──ザクッと自身の手首に突き立てた。何度も何度も、無心で。たとえ血塗れになろうとも構わなかった。深い意味なんて無い。ただ……この痛みで心の痛みを和らげる事が出来るかもしれないと思った。あの時と同じだ。殺せんせーと邂逅する事になった、あの日と。
ボトリ、とポケットからスマホが地面に落ちた。ふと我に返る。思っていたよりも血に塗れた自身の手首を見て血の気が引く。刺していた時はあまり痛みを感じていなかったけれど、段々と痛みを感じてくる。修は慌てた。どうすればいいか分からなくなった末、手元のスマホで矢田に助けを求めた。
『もしもしあーちゃん?』
「……、あ……と、桃花、ちゃん……たす、助けて……」
『えっ!?ど、どうしたの!?な、何があったの!?』
「桃花ちゃん、お願い、来て……」
『今、どこにいるの!?』
「わから、ない……多分、プールの近く……」
『すぐに行くから!!通話は切らないで!!』
「そのまま待ってて!!」と矢田が叫ぶように言う。「大丈夫!?」と度々確認を入れてくる電話口の矢田の声が少しずつ遠くなっていく。そして、視界が歪んで……そのままプツリと意識が途切れた。