『赤』との再会から一夜明けた翌日の昼。
オレは食堂で目的に沿った相手を探していた。
(これで外れは3人目。山菜定食を選んでいるからと声を掛けてみれば全員3年生。時間も限られているいるし、そろそろヒットしてほしいが……)
今度こそ当たれと願いながら4人目に声を掛ける。
「すみません、少しよろしいでしょうか?」
「ええ、なにかしら?」
「貴女の学年とクラスを教えてほしいのですが」
「2年Dクラス…だけど」
ビンゴ!しかもDクラスか。
「貴女に1つお願いがあります。4月の小テストと一学期中間の過去問を売っていただけないでしょうか?」
「………いくら出せるの?」
「2万ポイント。そして、目当ての物と一緒に一学期期末から三学期期末までの過去問も付けた場合、追加で3万ポイントお支払いします」
「最大で5万ポイント………」
Dクラスの身で臨時収入が5万はとても大きいだろうが、念の為釘は刺しておく。
「一応言っておきますが、こちらが出せるのは追加報酬を含めた5万までです。値を釣り上げるのならこの話は無かったことにして他の方に持ちかけます」
「……分かった、それで良いわ。去年の物は全部取ってあるから、今日中に送ります」
こうして2年の先輩との交渉を終えたオレは少し遅めの昼食を取る為に券売機の方へ向かった。
放課後、昼に交渉した先輩から過去問が送られてきた。過去問は小テストから三学期期末まで揃っていたので、追加報酬の3万ポイントを送った。
これにより今朝、いや、昨晩学先輩から送られてきた分も含めて2年分のサンプルを用意できたのだった。
*
放課後になりオレは健たち3人を体育館に呼び出した。健だけであればまだ楽だったが、山内と池も一緒に呼ぶ必要があったのでそれなりに骨が折れた。
「来てやったぞ綾小路。一体何の用だよ」
健を筆頭に3人とも嫌そうな雰囲気を隠していない。
とりあえず、まずは健から手をつけて残りの2人はまとめて片付けるとしよう。
「ご足労すまない。用件は勉強会についてだ」
「チッ。お前もかよ。勉強なんざ一夜漬けで充分なんだからする気はねえぞ!」
健の言葉に同調するように、池と山内も同様の言葉を挙げる。
「赤点は30点そこらなんだし、二日くらいの勉強で大丈夫だろ?」
「この前はちょっと調子が悪かっただけで、俺が本気を出せば100点くらい余裕で取れるっての!」
未だに現実を正しく認識出来ていない彼らに、呆れの気持ちが顔に出そうになる。
今のオレの言葉では健たちに届かない。なら、力で屈服させる以外に方法はない。
「自分のやり方で勉強をすると言うならオレと勝負をしろ」
「勝負……?」
「健は1on1のバスケ、池と山内は1vs2のステゴロ。どちらか一つでもお前達が勝ったなら好きにすればいい。但し、両方負けたらオレが開く勉強会に参加してもらうぞ」
「俺とバスケだと?お前、本気言ってんのか?」
自分達に有利な勝負を持ちかけられた健は訝しむ。
客観的に見て、バスケ部に所属する健を相手に勝負となると、本職の健に軍配が上がるだろう。相手の土俵で勝負しようとするオレに健は疑問を抱いたようだが、他の2人は違った。
「健とバスケ!?んなもん健の圧勝だろ!」
「健!綾小路なんかボコボコにしちまえ!」
山内と池は健の勝利を疑っていない。
そんな彼らに対し、健は腑に落ちないという思いを顔に出しながらも、勝負に乗る事を選んだ。
ボールを出しトップの位置で向かい合う。
ルールは10点先取で先攻は健から。
健はまずドライブで右に抜くとレイアップシュートを決める。
1ー0
次は後攻のオレの番になる。
*
SIDE:須藤
目の前の綾小路をクロスオーバーで抜き、ゴール前に切り込むとゴールへ向けて踏み切り、そのままダンクを決める。
「ナイス健!綾小路相手に圧倒してるじゃねえか!」
「このまま完封しちまえー!」
春樹や寛治の言うとおり点差は俺が勝っている。
5ー0
確かに得点上は俺が優勢だし、2人もこのまま俺が勝つと思っている。
だが、俺はそう思う事は出来ねえ。
さっきのもそうだが、この勝負が始まってからずっと違和感みたいなもんを感じている。
綾小路の目が、俺の動きを観察するのに神経を注いでいるように思えてならねえ。
もうすぐ綾小路の逆襲が始まるのかと思っていた時だった。
「健。お前の運動能力や癖の把握はある程度済ませた。第2ラウンド開始と行こうか」
俺の予感は当たったのだと思ったが、外から見ている寛治たちは違ったようだ。
「第2ラウンド開始って、お前こっから逆転出来ると思ってんのかよ!」
「既に健ボコボコにされてんじゃねえか!やせ我慢すんな!」
寛治たちは綾小路のやせ我慢と受け取ったみてえだ。
春樹たちに完全に同意する訳じゃねえが、体育の授業で綾小路の運動能力はある程度知っている。
見た限りバスケの方もそれなりに経験してるとは思うが、この状況から逆転出来るのかという疑問も湧いてくる。
「お前達がどう受け取ろうと関係ない。ここから先健は1点も取れず、5-10でオレの勝ちとなる。ただ、それだけだ。」
感情の無さそうな声で淡々と喋る綾小路に薄ら寒いもんを感じながら開始位置に戻る。
これから綾小路が1本づつ取っても、俺も1本づつ取ってけば、先に5本取ってる分俺の方が先に10本になって勝つ。
そう考えて綾小路を視ていると、奴はハーフラインまで下がった。
緑○じゃあるまいし、そんなトコからシュートしても入るわけねえだろと思っている内にボールを投げた。
投げられたボールはリングに当たり上に弾かれた。
それを見て失敗だと思ったが、落下するボールは吸い込まれるようにリングを潜った。
5ー1
「…………」
俺は目で見たもんを現実とは思えなかった。
それは春樹たちも同じで、口を開けて驚いていた。
「健、いつまで口を開けて突っ立っている?次はお前のオフェンスだぞ」
綾小路の言葉に我に返り、ボールを拾い開始位置に着く。
そして、それからの俺の攻撃はさっきの綾小路の言葉通り1点も取ることが出来なかった。
────
俺のオフェンスが失敗して次は綾小路のオフェンスになる。
5ー9
綾小路の勝ちまであと1点に迫っていた。
それにしてもと思う。
こいつのシュート滅茶苦茶すぎんだろ!
ゴールリングに当てて上に弾かれたボールがリングを潜る。これを計算でやってるとかこいつの頭はどうなってやがる。
最初の3点はそれで取られて、ブロック出来るよう距離を詰めたら今度はドライブや股抜きで抜かれたりと、俺は綾小路の思うままに振り回されていた。
だからだろうな。
俺は無意識に距離を空けていた。
「いいのか?そんなに距離を空けて」
綾小路は俺が生んだ隙を逃さず、更に距離を空けボールを投げようとする。
せめてこれだけは防いでやる。
そう思って伸ばした手にボールが当たり、弾き飛ばされた。
攻撃を防いだ。そう思ったのは俺だけじゃなく、外から見てる春樹と寛治も同じ筈だ。
───だが、それは幻想だった。
弾き飛ばされたボールが綺麗にリングを潜った。
意味が解らねえ。何でちゃんと防いだのに入るんだよ。
そう思った俺は綾小路に詰め寄った。
「綾小路!てめえ、何をした!何でアレが入ったんだよ!?」
「落ち着け、健。ちゃんと説明してやる」
逸る俺を前に解るように解説する。
「オレやったのは、簡単に言えばブロックアウト擬きだ」
「ブロックアウト?なんだそりゃ?」
「バレーボールの技術で、スパイカーがブロッカーの指に当てて、コートの外に出すというものだ。弾き飛ばされたボールがゴール入るよう、投げる強さとかを調整したがな」
「調整って……。それであんなに上手く入んのかよ?」
「そもそも青◯擬きは計算でやってると言っただろ。計算式の一部を代入……別の数字に変えたり、元の式に手を加えたりしてな」
他にも俺の頭でも理解出来るよう言葉を選びながら色々言ってたが、俺からすれば──
こいつの脳ミソはイカレてる
この一言に尽きた。
*
SIDE:綾小路
健との勝負に勝ち、片付けをしたオレは山内と池に向き直った。
「さて、今度はお前達だ。始めていいか?」
「「……………」」
池と山内に確認をするが返事がない。それに目が泳いでいる。
「この程度で怖じ気づくか。お前達はとんだ腰抜け野郎なんだな」
「なんだとっ!?」
挑発に食いついたか。あとは上手く焚きつけられるといいが。
「お前達は腰抜け野郎だと言った。先の勝負で健が優勢だったときは威勢がよかったが、追いつかれて逆転される頃には大分大人しくなっていたな。
頼みの綱の健が負けて、いざ自分の番になったら怖じ気づく。腰抜けと言う他ないと思わないか?」
虚仮にされたことで2人の目に火が灯った。
「やる気になったようだからルールの説明をするが、至ってシンプルだ。
ステゴロでオレの膝が突いたらお前達の勝ち。とても簡単だろ?」
膝を突かせれば勝ちという2人に有利なルールに対して、反応は2つに別れた。
山内は余裕で勝てると言わんばかりに鼻で笑い、池は舐められていることに青筋を立て睨みつけてくる。
ここで山内の余裕綽々な態度を崩す為に1つの燃料を投下する。
「お前達の為にハンデを付けるぞ」
「ハンデ?」
「オレは左手を使わない。右手と両足で相手をしてやる」
左手を腰の後ろに回し、手刀にした右手を下げた状態に構える事でハンデの証明をする。
その佇まいは西方動乱の際に見た、ヒナタやルミナスと剣を交えるグランベル・ロッゾを意識したものだった。
「お前達にはお前達なりの意地があるのは理解しよう。だが、お前達がそれを貫き通したいなら────」
言葉を一度切り、右手の手刀を池と山内に向ける。
「力をもって貫き通せると証明してみろ、池、山内」
「陰キャのくせに舐めやがって、この野郎!」
「ぜってー後悔させてやる!」
────
戦闘、いや、児戯が始まって4分程経ったか。
2人が膝をつき息も絶え絶えといった状態なのに対し、オレは息も乱れておらず、退屈さを覚えていた。
ただの力任せな蹴りや殴りを防御もしくは回避するのは容易く、同じ縛りプレイでも一対多なら紫克衆の連中とかを相手にする方が楽しめるなと思った。
(一対一でも『紫』たちにシュナ殿、ヴェルドラや付き合いの長い■■■や■■■■■辺りとの手合わせは歯応えやスリルがあって楽しかったな)
と、そこまで考えて■■■に触れたからだろうか。思考は別のことに移った。
(■■■と言えば、心なしか明人の声が似ていたが……、まあ、今更だな。同じクラスに目を向ければエスプリやルミナスに似ている奴もいたし)
そこで思考を区切り、現実に目を向ける。
正直、どちらから片付けても大した違いはないが、………先ずは山内から片付けるとしよう。
「無様だな、山内」
「な……なんだとっ?…」
「普段からホラを吹いておきながら、実際は何も出来ないお前が無様だと思った。確か初日の自己紹介では運動が得意と受け取れる内容のホラを吹いてたが、体力もなくオレの膝を突かせられない所を見ると、とんだ無能野郎だなお前は」
「……るせぇ…」
「ホラを吹き自身を大きく見せることで虚栄心を充たす。周りがそれに付き合う間のお前は満ち足りている筈だ」
「………うるせぇ……」
「だが、それは己の無能さから目を逸らした欺瞞でしかない」
「……黙れよ、この野郎っ!!」
立ち上がった山内は殴りかかってきたので、その拳を掴むと膠着状態に入った。
「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!俺が本気を出せば「本気を出せば運動も勉強もトップクラスだと言いたいのか?」!?……」
山内の言葉に被せ、冷めた目で眼前の男を見る。
本気を出せば~なんて、まるで小学生時代は高得点が多くとも中学に上がったら中位~下位を彷徨く奴の言い訳みたいだ。
もしかしたらこいつもそのパターンなのかもしれないが、オレにとってはその辺はどうでもいい。
「いい加減
山内の拳を離し、奴の腹に目掛けてミドルキックを放つ。
蹴りをまともに受けた山内は、受け身を取れず壁際の方まで転がる。
ちゃんと加減はしたので、激痛こそあるだろうが骨折はしていない筈だ。
次は池の番だが、力の差を理解したのか既に戦意喪失した様子だ。だが、一応声は掛けておく。
「池、続きをやらなくていいのか?」
「いや、止めとく。逆立ちしたって膝突かせるイメージ湧かねえし」
「そうか。健、お前はどうする?オレとしては言い訳されると面倒だから、参加してくれるとありがたいんだが」
「俺も止めとくわ。喧嘩の経験はそれなりにあるけどよ、見てたら絶対に勝てねえって解っちまったし。何より、俺はバスケで負けたからな。その気は無えよ」
「そうか」
健と池は負けを認めた。後は山内だ。
「山内、聞こえるか?池と健は負けを認めたがお前は続きをやるか?」
「……………」
聞こえている筈だが返事がない。
傍に行き状態を確認する。意識はあるようなので、このまま待ってみる。
「………………………」
しばらく待ってみるも反応がない。とりあえず一発入れてみようかと思った時だった。
「……なあ、綾小路」
ようやく返事をしたか。
「なんだ?山内」
「何でお前は俺らに構うんだよ?」
「幾つか理由はあるが、一言で言えば、お前達を育成したいと思ったからだ」
グランベル翁のように教え導きたい、池と山内の性格がガビルやゴブタの性格に近いと思ったから手を差し伸べたい。そういった理由があるが、こいつらに彼らは関係無いから言う必要はないだろう。
「オレはオレの目的の為にお前達に勉強を教える。そして、お前達は退学にならない為にオレを利用するといい」
「利用ってお前……」
「その関係の方がお互いにやりやすいと思うぞ。定期テスト等で
実際に退学処分を受ける場合、恨み辛みをぶつける相手がオレなら時間が許す限り吐き出させてやりたい。
無論、むざむざと退学させる気は無いが、定期テストやそれに類するゲームの勉強会で山内達を受け持ち、試験の結果で退学処分を受けるとなったら罵詈雑言を受けようと思っている。
尤も、その対応をするのはこの3人だけで、他に受け持った奴がいても同じ事をする気は今の所ない。
オレなりの誠意が伝わったのか、起き上がった山内は降参とでも言うように両手を挙げる。
「なんか……、張り合うのも疲れちまったし、しょうがねえからお前の勉強会に参加してやるよ」
「そうか。これからよろしく、山内」
オレは手を差し出すと山内も手を差し出し握手をする。
「堀北の時みてえにクソな勉強会になった抜けるからな」
「安心しろ。あの阿保と同じ轍は踏まないさ」
───少しばかり寄り道はしたが勉強会の準備は出来た。参考資料もあるので今回の試験は余裕で乗り越えて期末試験に繋げたい。
そう思ったのだった。