世界の名は『エイジ』。
人々が己の魔力を操り、想像力(イメージ)を力に変える世界。
――『魔力は力、魔法はイメージ』。それは、この世界に生きる誰もが知る絶対の真理である。
イストク王国に位置する魔導学校。その門をくぐり抜けた黒髪の少年、ジャン・サンダルフォンは、腰に佩いた剣を揺らしながら歩いていた。彼は魔導士となるための学びを終え、晴れてギルド所属の正規魔導士としての第一歩を踏み出したばかりだ。
「ジャーーーン!」
数日後。ジャンの唯一の家族であり、相棒のケットシーであるプンが元気な声を上げた。
「クエスト達成したから、マスターにサインを貰うのだ!」
ギルドの規則に従い、マスターのサインをもらって初めてクエスト完了となる。
意気揚々とギルドへの帰路についていたジャンの目に、信じられない光景が飛び込んできた。水面を軽やかに歩く、一人の少女の姿だ。
「ねえ……ここは軍の研究施設だよ。君たち、何者?」
不審に思ったらしい彼女は、問答無用で水魔法を放ち、僕を水の檻に拘束してしまう。彼女はそのまま背を向け、研究所の中へと消えていった。
「ぷはっ! ふわぁぁ、窒息するかと思った……!」
「ジャン、大丈夫なのだ!?」
「う、うん……。でも、あの子は何だったんだ? 追いかけてみよう」
ジャンとプンは、彼女を追って薄暗い軍の研究所へと足を踏み入れた。
「待ってよ! 君は誰なんだい?」
ジャンが声をかけると、少女は振り返り、凛とした声で答えた。
「私はルリカ・マクスウェルです」
「僕はジャン・サンダルフォン」
名乗りを終え、施設の最深部へと進むと、そこには古びた石座に深々と突き刺さった一本の剣があった。ルリカは剣の柄を両手で握り、力一杯引き抜こうとするが、剣はびくともしない。
「……それを抜きたいの?」
「はい。どうしても必要なのです」
見かねたジャンが前に出る。
「僕がやってみるよ」
無造作に柄に手をかけた瞬間――ジャンの手のひらに、ビリビリと膨大な魔力が流れ込んできた。そして、軽く力を込めただけで、まるで持ち主を待っていたかのように剣はあっさりと石座から抜け放たれた。
「……なんだ、これ」
「ジャン、どうしたのだ?」
ルリカとプンが目を丸くする。
その時、けたたましい警報音が施設内に鳴り響いた。
そして。
「無防備だね」
突然、背後から底冷えするような声が響いた。気配も、殺気さえも一切感じなかった。振り返ると、そこには一人の少年が立っていた。
「僕はギーファ・クロノス」
ギーファと名乗った少年が、僕の額にすっと指を向ける。ただそれだけの動作で、全身の毛が逆立ち、背筋に強烈な死の予感が走った。
「もし今、僕が魔法をかけていたら……どうなっていたと思う?」
ルリカが咄嗟に水魔法の構えをとるが、ギーファは鼻で笑う。
「やめときなよ」
瞬きをした次の瞬間には、彼の姿は遥か後方に移動していた。
「僕は『時の魔法』が使える。時間を止めたり、進めたり、戻したり……君たち自身を永遠に止めることだってできるんだ。でも、今日はもう僕の『役目』は果たしたから、帰らせてもらうよ」
不敵な笑みを残し、ギーファの姿はかき消えるように消え去った。
緊張が解け、研究所の外へ出た僕の前に、見知った顔があった。金髪をポニーテールにまとめた美しい女性。
「フィーネさん!」
「ジャン……そうか、その剣はキミが手にしたのか」
フィーネさんの視線が、僕が握る剣に注がれる。
「え? これがどうかしたんですか?」
「いや……それよりも急ぎの用件だ。マリー王女殿下が、キミたちを呼んでいる」
フィーネさんに先導され、王都の中心部へ向かうと、街の惨状に僕は息を呑んだ。まるで巨大な台風が直撃したかのように、建物が崩れ、通りは荒れ果てていた。
「これはいったい……!?」
「キミたちが研究所にいる間に、大規模なテロ攻撃があったんだ」
「そんな……」
王城の奥深く、玉座の間。そこには威厳に満ちた佇まいの女性が座っていた。
「よく来てくれました。わたくしがイストク王国第一王女、マリー・マクスウェルです」
「お姉様、無事でよかった……」
「えっ!? お姉様!?」
驚く僕に、フィーネさんが耳打ちする。
「ルリカはマリー殿下の妹君、第二王女なんだ」
「早く状況を説明しましょう」
マリー王女が真剣な面持ちで語り始める。
「この世界を、地・水・火・風・光・闇の六柱の『大精霊』が守護し、環境のバランスを保っていることは知っていますね?」
「はい」
「今、その大精霊たちの力が急激に弱まっているのです。原因を確かめるべくルリカを研究所へ向かわせたのですが……」
「おそらく、あのギーファと名乗る時の魔導士の仕業でしょう」
ルリカが推測を述べる。
マリーの視線が、ジャンの持つ剣に向けられた。
「ジャンさん。あなたが手にしたその剣――『オリジンソード』には、精霊の気配を探知する力が秘められています。オリジンソードに選ばれたあなたに、事の原因を突き止め、大精霊たちを救い出してほしいのです」
「ぼ、僕がですか!? まだ魔導学校を卒業して三ヶ月の下級魔導士ですよ!?」
「ええ。運命があなたを選んだのです。ルリカにも、ジャンさんと同行してもらいます」
「分かりました。お姉様の頼みなら」ルリカが力強く頷く。
「困難な道になるでしょう。もし困った時は、『英霊』の力に頼ってください」
「英霊……って何ですか?」
「異界の英雄たちの記録、そして情報が具現化した存在です。現に、わたくしも英霊と契約するための『ブレイブリング』を身につけています。出発までに、あなた用のブレイブリングを用意しましょう」
王女との謁見を終え、僕たちは城の客室で一泊することになった。
翌朝、部屋の前に荷物が届いていた。
「これは……フィーネさんからかな」
箱の中には、真新しい旅の装束と、銀色に輝く指輪、ブレイブリングが入っていた。早速服を着替えたジャンを見て、ルリカが微笑む。
「とても似合っていますよ、ジャンさん」
「ふふん、馬子にも衣装なのだ!」
「ケットシーのプンに言われたくないよ!」
軽口を叩き合っていると、廊下から足音が聞こえてきた。
「ジャン、準備はできたか」
「フィーネさん! わざわざ見送りに来てくれたんですか?」
「……いや」
金髪のポニーテールを揺らし、フィーネは不敵に笑った。
「私もついていくことにした。引率が必要だろう?」
「ええっ!? ……はい、よろしくお願いします!」