一護を『ジャンプ号』へと案内しようと歩き出した、まさにその時だった。
「――っ!?」
突如、足元から黒いモヤのようなものが噴き出したかと思うと、瞬く間に僕とプンの体を包み込んだ。
「なっ、なんだこのモヤは!?」
「うわああああっ!」
視界が完全に黒く染まり、強烈な浮遊感に襲われる。それは、『黒霧(くろぎり)』と呼ばれる異界のヴィランが持つ、ワープゲートの能力だった。
「いってて……ここは……?」
投げ出されるようにして尻餅をついた僕が顔を上げると、そこは先ほどの路地裏ではなく、豪奢で冷ややかな石造りの空間――アクエリアス王国の王城、その最上階にある『玉座の間』だった。
静まり返った広間の奥。ひんやりとした玉座に、一人の女性が足を組んで座っていた。
透き通るような青い髪と、氷のように冷たい瞳。
「……あなたが、ジャン・サンダルフォンね」
「はい。あなたは……」
「私は六魔神・水のアリトンよ。なるほど、あなたがアマイモンを倒したのね」
アリトンが玉座から立ち上がった――そう見えた瞬間だった。
スッ……と、流れる水のような全く音のない挙動で、彼女は一瞬にして僕の目の前、鼻先が触れ合うほどの至近距離に立っていた。
「なっ……!?」
「大丈夫。あなたは私より、ずっと弱いから」
アリトンの冷たい手が、僕の腹部にそっと触れる。
その瞬間、彼女の手のひらの前に青く輝く『水属性の魔法陣』が展開された。
「うわああああっ!!」
ドバァァァァッ!!
至近距離から放たれたのは、尋常ではない水圧の激流だった。ウォーターカッターのように圧縮された水の塊が僕の腹部を打ち据え、体ごと吹き飛ばす。
僕は大広間の端まで弾き飛ばされ、硬い石壁に激突して床に崩れ落ちた。
「がはっ……! いてて……」
「水の特性は『操作』。でもね、極限まで勢いと圧力を増した水は、あなたのような『鋼鉄』すらも容易く破壊するわよ」
アリトンが冷酷に見下ろしながら宣告する。
「顕現せよ――神剣ユグドラシル!!」
僕は残る力を振り絞り、大剣を具現化してアリトンへと斬りかかった。
渾身の力で胴体を薙ぎ払う。だが――。
「え……?」
攻撃が当たった感触が全くなかった。剣の軌道が直前で不自然に逸れ、空を切ったのだ。
「水属性の『操作』による、受け流し。敵の攻撃の軌道を水流で外すなんて、水属性魔導士の基礎中の基礎よ」
「くそっ……! なら、これならどうだ!」
僕は剣を上段に構え、大理石の床に向かって思い切り突き立てた。
「地の剣術魔法――『大地割り』!!」
ズガァァァンッ!!
床に叩きつけられた地属性の魔力が石畳を砕き、激しい地割れとなってアリトンの足元へと向かう。
「おっと」
足場を崩され、アリトンが僅かによろめいた。その一瞬の隙を、僕は見逃さなかった。
足に魔力を込めて高く跳躍し、剣心の動きを脳内で強くイメージする。
「剣心の見様見真似――『龍槌閃(りゅうついせん)』!!」
上空から全体重を乗せた強烈な一撃が、アリトンの脳天に直撃した。
――ズバァッ!!
だが、真っ二つに割れた彼女の体から血は出なかった。
パシャッ……という水音と共に、アリトンの姿が水の飛沫となって崩れ落ちたのだ。
「水分身……いや、幻!?」
「あなたは私が作り出した水蒸気の幻にかかったのよこれが水蒸魔法、鏡花水月よ」
ゾクッ。
背後から、底冷えするような声が耳元で囁かれた。
振り向く暇もなかった。鋭い水の刃が僕の背中を深く、無情に斬り裂いた。
「これが水魔法明鏡止水よ」
「あ、が……っ」
大量の血が噴き出し、視界が急速に暗く明滅していく。
膝から崩れ落ちた僕の襟首を、アリトンが冷たく掴み上げた。
「あなたの役目は終わりよ」
アリトンはそのまま僕の体を、雨が吹き込む王城の巨大なバルコニーへと引きずり、そして――何の躊躇いもなく、遥か下方の暗い地へと突き落とした。
(ああ……これでもう、終わりか……)
落下していく浮遊感の中。降りしきる冷たい雨に打たれながら、僕は完全に意識を手放した。
――次に目を覚ました時、僕は見知らぬ天井を見上げていた。
どこかの清潔な医務室のベッドの上だった。漂う薬品の香りが、ここが安全な場所であることを教えてくれる。
「良かった、目を覚ましたのですわね」
ふと、上品で鈴を転がすような声が聞こえた。
(誰だろう? ミモザかな……?)
ゆっくりと首を巡らせた僕の目に飛び込んできたのは、息を呑むほど美しい少女の姿だった。
紫とピンクの二色に分かれた艶やかな髪。そして、左右で色が異なる紫とピンクの『オッドアイ』。どこか神秘的で、気品に満ちた佇まいの美人だ。
「あなた、上から落ちて気絶していたのよ。白い服の男性がここまで運んできてくださいましたの」
「白い服の男性……?」
(白い服……サスケかな? それとも別の誰か……?)
ぼんやりとする頭で考えを巡らせていると、足元からプンが飛びついてきた。
「ジャン! 無事で良かったのだ!」
「僕ちんはプンなのだ! そしてこっちが、ジャン・サンダルフォンなのだ!」
プンが勝手に自己紹介を済ませると、少女はふわりと優雅に微笑んだ。
「私は、アクエリアス王国の名家にして王族、セレナ・ベオウルフですわ」
「あなたが助けてくれたんですか? ありがとうございます」
「あら、治ったのね」
会話に割って入るように、医務室の扉が開いて大人の女性が入ってきた。セレナと同じく、凛とした美しさを持つ女性だ。
「私は医療部隊隊長のヤヨイ・アオバよ、あなた、出血がかなり多かったから、同じ血液型の血を輸血しておいたわ。セレナがいなかったら、もっとヤバかったわよ」
「ありがとうございます……」
「お礼ならいいわ。わたくしが自分の水魔力で、あなたの体内に入り込んだ菌を除菌して、傷を塞いだだけですわよ」
セレナが扇子を口元に当てて謙遜するが、その治癒魔法は相当に高度なもののはずだ。
「それだけでも、充分すぎるほど助かってますよ」
「それはどうも。わたくし、これでも上級魔導士ですから、それぐらい造作もありませんわ」
体の痛みはすっかり引いていた。
僕はベッドから降りて、医務室の外へと足を踏み出した。
「……えっ?」
思わず声が漏れた。扉の外には、広大な空間が広がっており、驚くほどたくさんの人々が行き交い、生活を営んでいたのだ。
「どうして、こんなに人が……? 地上の街には、人っ子一人いなかったのに」
「ここはアクエリアス王国の地下街、『アトランティス』ですわ」
セレナが隣に並び立ち、眼下に広がる街を指差した。
「地下街?」
「アクエリアス王国に避難所としてみなここにいるのと地上でアリトンを封印している結界とアクエリアス王国の二層になってますのあなた達がついたところは本来のアクエリアス王国でアリトンがいるのが結界の中ですわ」
「待ってじゃあ僕等は結界の中に入れられてそして今結界の外にいるって事は結界から出られている」
現在、アリトンが支配している地上の街や王城は、彼女が展開した巨大な『結界の中』にある。そして、本来のアクエリアス王国の住人たちは、結界の外側であるこの地下街に身を潜めているのだという。
「待って……じゃあ僕たちは、結界の中に閉じ込められて、アリトンに落とされたことで、偶然にも結界の外(地下)に出られたってことか?」
「そうですわ。あなたと一緒にいた魔導士の皆さんも、今は結界の外で様子を窺っていますわよ」
「うかうかしてられないな……。こんなに人がいるなら、この地下街がバレるのも時間の問題だ」
僕が焦りを感じて拳を握りしめた、その時。
「あなた達ね」
背後から、凛とした声が響いた。
振り返ると、そこには黒い死覇装に白い隊長羽織を纏った小柄な女性と、ツインテールの銀髪を持つ少女が立っていた。
「私は護廷十三隊十三番隊隊長、朽木ルキアだ」
「私はノエル・シルヴァ。クローバー王国の王族よ」
ノエルがツンと顎を上げて名乗る。すると、隣にいたセレナが少しだけ眉をひそめた。
「……あなた、この『エイジ』の世界の王族ではなくてよ?」
「な、なんですって! どこの世界だろうと私は王族よ!」
プライドの高い王族同士、早くも火花が散り始めている。
「まあまあ……。それよりジャン様、今のあなたがまたアリトンに挑んでも、負けるだけですわ。わたくしのお兄様は騎士団長で、この国の『最終兵器』として今待機してますの。お兄様の所に行きましょう」
セレナに促され、僕たちは彼女の兄の元へと向かった。
「お兄様! 彼を連れてきましたわ」
「ようこそ。それとよろしく、私がアクエリアス王国騎士団長のジュン・ベオウルフだ」
「ジャン・サンダルフォンです」
ジュンは僕を静かに見据え、真っ直ぐに言った。
「君はアリトンと戦って負けたようだね。今のまままた挑んでも、結果は同じだ。だから、君を強くしてくれる特別な人を紹介しよう」
ジュンが奥の部屋に向かって声をかける。
「入ってください――鱗滝左近次(うろこだき・さこんじ)さん」
襖が開き、そこに現れたのは、赤い天狗の面を被った、異様な威圧感を放つ初老の剣士だった。
「まずは、お前の『系統』を確かめるぞ」
赤い天狗の面を被った男――鱗滝左近次(うろこだき・さこんじ)は、静かにそう告げた。
「系統って……僕の魔力属性は『地』ですよ?」
「違う。私が言っているのは魔力ではない。『全集中の呼吸』の系統だ」
「呼吸の系統?」
「俺が持ってきたんだよォ!」
急に後ろから、カンカンカン!とやかましい足音を立てて、ひょっとこのお面を被った男が部屋に入ってきた。その手には、布に包まれた一振りの刀が握られている。
「この日輪刀(にちりんとう)の刀身に触れてみろ。持ち主の系統に合わせて色が変わるんだ。水なら青、雷なら黄、炎なら赤、岩が灰、風なら緑になァ!」
ひょっとこ面の男が、グイッと刀を突き出してきた。
言われるがまま、僕は鞘から抜かれた日輪刀の柄を握り、刀身にスッと指を触れた。
その瞬間。無機質な銀色だった刀身が、波紋が広がるように鮮やかな『青色』へと染まった。
「青……」
「ほう」
鱗滝が腕を組み、深く頷いた。
「お前の全集中の呼吸の適性は、『水の呼吸』だな」
「水の呼吸……。でも、僕の魔力は『地』ですよ? 属性と呼吸の系統が違うこともあるんですか?」
「ああ。そして、この『エイジ』の世界の魔導士ならではの戦い方がある。それが『剣術魔法』だ」
「剣術魔法?」
「お前たちが使う剣術魔法に、全集中の呼吸を付け加え、融合させるのだ」
それを聞いて、僕は少し拍子抜けしてしまった。
「えっ、それなら僕、最初からできますよ。フィーネさんから教わって、魔力と剣術を融合させてますから」
「ほう。口で言うのは簡単だ。それでは、実際にやってみろ」
「それなら、私が相手をしよう」
すかさず前に出たのは、護廷十三隊の朽木ルキアだった。彼女は自身の斬魄刀をスッと正眼に構える。
「舞え――『袖白雪(そでのしらゆき)』」
ルキアの刀が、柄から鍔、刀身に至るまで純白へと変化し、周囲の空気が凍りつくような冷気を放ち始めた。あまりの美しさと気迫に息を呑むが、僕もオリジンソードを構え、地の魔力を注ぎ込む。
「いきます! 鋼の剣術魔法、壱ノ型――『鉄断(てつだん)』!!」
鋼鉄をも断ち切る重く鋭い一撃。僕はルキアの防御ごと弾き飛ばすつもりで、渾身の力を込めて大上段から振り下ろした。
ガキンッ!!
「……なっ!?」
手首が痺れるほどの衝撃。しかし、ルキアは一歩も退いていなかった。彼女は純白の刀身を斜めに傾け、僕の『剛』の力を、雪が舞うように柔らかく受け流していたのだ。
「なるほど、悪くない一撃だが……力任せすぎるな」
ルキアが涼しい顔で刀を引くと、僕は勢い余って前のめりに体勢を崩してしまった。
「そこまでだ」
鱗滝の声が響き、僕たちは模擬戦を止めた。
「ジャン。お前のその剣術魔法は、『岩の呼吸』に近い。極限まで硬度と筋力を高めた、力のある者ならではの剣術だ。だが……」
「だから、強い技(天鋼神断)を使うと、必要以上の力がかかって、自分自身の体や腕にダメージが跳ね返ってくるんです」
僕は先日、病院のベッドで医師に言われたことを思い出し、悔しそうに俯いた。
「そうだ。剛剣は強力だが、限界を超えれば己を壊す」
鱗滝は静かに歩み寄り、僕の目を見据えた。
「だが、『水の呼吸』は違う。水はどんな器にも形を変え、淀みなく流れ、いかなる敵の攻撃をもいなす。変幻自在な動きで戦う、すべての基本となる呼吸法だ」
「水のように、変幻自在……」
剛の『地(鋼)』の力と、柔の『水』の呼吸。その二つが組み合わされば、僕の剣はきっと、自身を壊すことなく更なる高みへと至れるはずだ。
「まずは、その青く染まった日輪刀と、お前の『オリジンソード』を重ねてみろ」
鱗滝に促され、僕は青い日輪刀の刀身と、オリジンソードの刀身をカチンと重ね合わせた。
すると、二つの刀が眩い光に包まれ――スゥッと溶け合うように同化し、一振りの『青い波紋が刻まれたオリジンソード』へと姿を変えたのだ。
「本当だ……! 同化した!」
「これでお前は、日輪刀の特性を持った剣を振るうことができる。さあ、修行を始めるぞ。お前のそのガチガチの『鋼』の体を、水のようにしなやかに作り変えてやる」
鬼を狩るための呼吸法と、地属性の剣術魔法。
アリトンを打ち倒すため、地下街アトランティスでの僕の新たな特訓が幕を開けた。
続く