(これは、ジャンとルリカが研究所で『オリジンソード』を手にする少し前。地上に災厄が降りかかる直前の、フィーネ・イーリスの物語である)
イストク王国王属騎士団一番隊隊長、フィーネ・イーリスは、辺境に位置する未踏の古代遺跡の最深部へと足を踏み入れていた。
壁一面にびっしりと刻まれた古代文字と壁画。フィーネは息を呑み、慎重に遺跡の砂を払った。
「イーリス隊長、どうしました? それは一体……」
「……もしかするとここは、『英雄』たちの記録が眠る遺跡かもしれない」
フィーネは震える手でメモ帳を取り出し、そこに刻印された数々の伝説を書き留めていった。
それは、おとぎ話だとばかり思っていた「異界の英雄」たちが、確かに存在したという絶対の証明だった。
ある者は、地球育ちの戦闘民族の異星人。
ある者は、幻の大秘宝を探す海賊。
ある者は、まっすぐな思いと夢を叶え、里に認められた忍者。
ある者は、未知なる味を求め探求する美食屋。
ある者は、父を探すため島を飛び出しハンターになった少年。
ある者は、護りたい者を護るために死神になった者。
ある者は、仲間を護るため、裏社会の頂点に立つ覚悟を決めた少年。
ある者は、かつて最強の人斬りと恐れられながらも、不殺を誓い人々を護る流浪人。
ある者は、何の力を持たずに生まれながらも、笑顔で人々を救う最高の英雄の力を受け継いだ少年。
ある者は、人々を正しい死へ導くため、自らの身に呪いの王を宿した少年。
ある者は、一切の魔力を持たずに生まれながらも、魔法の頂点を目指し斬魔の剣を振るう少年。
ある者は、鬼と化した妹を人に戻すため、悲しき連鎖を断ち切るべく刃を振るう心優しき剣士。
「そして……それらを導き、率いた英雄がいたと」
フィーネは壁画を見上げ、感嘆の息を漏らした。
(これが本当なら、英雄は本当にいたことになる。もし叶うなら……一度でいい、彼らに会ってみたいものだ)
胸に熱いロマンを抱き、フィーネはその遺跡を後にした。
だが、その数日後。彼女の抱いた希望は、最悪の形で打ち砕かれることになる。
イストク王国領内にて、「上級魔導士」が次々と不可解な失踪を遂げる事件が多発。
フィーネ率いる部隊は、調査のために魔力反応が途絶えた森へと向かっていた。
「ここが、現場なのか……」
周囲には争った形跡こそあるものの、血痕一つ残されていない。
「何者かが魔導士たちを殺害し、遺体ごと持ち去っていると推測しています」
部下の一人が報告する。
「気になるのは犯人の正体と、何故、何の目的でそんなことをしているか、ということです」
フィーネが眉をひそめ、周囲の気配を探ろうとした、その瞬間だった。
ドスッ……!
鈍い音が響いた。
振り返ったフィーネの視界に飛び込んできたのは、つい先ほどまで話していた部下が、背後から胸を貫かれ、その『心臓』を抜き取られる凄惨な光景だった。
「ユザン!? プレシャ! アルム! シーノ!!」
部下たちが次々と崩れ落ちる。彼らの背後には、全身を黒い外套で包み、顔を頭巾で隠した大柄な男が立っていた。
その男の腕からは、不気味な黒い触手が無数に蠢いている。
「何者だ、貴様ッ!!」
フィーネが剣を抜き放ち、烈火の如く叫ぶ。
男――『角都(かくず)』は、手にした四つの心臓を見つめ、低い声で呟いた。
「……お前たちの世界の魔力。地、水、火、風。それぞれの属性に優れた魔導士の『心臓』、確かに手に入れた」
角都の背中から、奪った心臓を取り込んだ不気味な仮面の化け物たちが這い出てくる。
「貴様ァッ!!」
フィーネが風の魔法を纏って斬りかかるが、角都の姿は幻のように揺らぎ、四人の部下の遺体と共に、その場から掻き消えるように姿を消してしまった。
「ああ……ああああっ!!」
森に、フィーネの絶望の叫びが木霊する。
何もできなかった。手塩にかけて育てた部下たちの命を、目の前で理不尽に奪われた。
この時の無力感と怒りが、フィーネの心に深く暗い影を落とすことになった。
そして、この悲劇の直後。
まるでそれに呼応するかのように、時の魔導士ギーファ・クロノスらによる大規模なテロ攻撃が開始され、イストク王国の王都は壊滅状態へと陥る。
すべてを失いかけた絶望の街。
その中心で、ジャンとルリカという希望の光が『オリジンソード』と共に立ち上がるのは、この直後のことである。