Be The ZENLESS Z:One / from ビルド ZEW WORLD 作:ZENIUS
「ほぉ。市民になったのか」
治安局のロッカールームにて、制服に着替える傍ら雑談をしている青衣と朱鳶。話題はもちろん、件の記憶喪失男について。
「はい。確かに身元は不詳ですが……かと言って前科者や指名手配犯でもないので、市民申請を勧めたんです」
「さりとて記憶喪失した男の申請となると、かなり難儀したのではないか?」
「それが思いの外、すんなり通ったようですよ?」
「なんと」
ジャケットを羽織りながら朱鳶は続けた。
「聞けば、実施されたIQテストの結果が決定打となったようで……彼のIQ指数、聞きます?」
「勿体ぶるでない。どれほどだ?」
「……二百三十ですって」
青衣は思わず吹き出した。嘲笑の類ではなく、感嘆と驚愕から思わず出たものだ。
「天才ではないか……殊更、何者なのか気になって来たな」
「それについても一応の捜査は継続するつもりですが……まぁ、本人の強い希望と高い知能が評価され、晴れて市民として認可されたと言うのが顛末です」
いつものプロテクターを着用しながら、青衣は思い出したように聞く。
「そう言えば彼奴が持っておったと言う装置は?」
「内部スキャンによって武器や音動機の類ではない事は確認しましたので、ご本人に返却しました」
「やはりただの玩具であったか?」
「オモチャにしては複雑な機構でしたが……あの青年も例のホロウレイダーたちと関係はなさそうですし、当分は様子見と言う事で」
「しかし、IQ二百三十の天才青年……これまた、企業が放っておかない人材であろう。マルセル、スリーゲート、
ネクタイを締めた朱鳶は、思い出し笑いを浮かべた。
「どうした?」
「いえ……私も、大手企業への就職を勧めたのですが……本人曰く、どうにも人の下に付くのは抵抗があるとかで、絶対に企業や研究所勤めは嫌だと……」
「頭が良い故の価値観とでも言うのか……ならば自営業の道を?」
「八分街で、小さな電化製品のお店を始めたみたいです」
朱鳶もプロテクターを着用し、支度を終える。
「まぁ……記憶がない内はその方が良いかもしれませんしね」
「聞けば聞くほど気になる男だな。折を見て訪ねてやろう」
始業時間が迫っている。二人は足早にロッカールームを後にした。
──八分街の隅、すぐ歩けば七分街と言う場所に、その店はあるそうだ。
猫宮の案内の下、邪兎屋メンバーは狭い路地を突き進んでいた。
「ホントにこんな所にあんのかよぉー?」
訝しむビリーに、猫宮は毅然として返す。
「間違いない! この猫宮又奈様を信じたまえ! あたしのずば抜けまくった土地勘はよぉーく分かってるだろー?」
「いや、まぁ、それは疑ってねぇけどよぉ……」
「問題は店が本当にあるかどうかじゃなく、ちゃんとしたお店なのかよ、猫又」
アンビーの言葉に、ニコも携帯で調べながら「そのとーり」と賛同する。
「あんたの言ってたお店、ぜんっぜん検索に引っかからないんだけどー? 本当に大丈夫なお店? と言うかまずお店?」
「多分大丈夫なお店だと思うってば! 仮に大丈夫じゃなかったら店主をボコボコにして、有り金全部差し出させたら万事オーケーじゃないか?」
「あ。それ良いわね!……だったら寧ろ、大丈夫じゃない店の方がお得……?」
「これだからストリート育ちは……もう奪った方が得って考えが普通に出てきやがる……!」
悪い笑みを浮かべる二人を見て、ビリーは頭を抱える。
そうこうわちゃわちゃとお喋りをしている内に、件の店にとうとう辿り着いた。猫宮がショーウィンドウを指差し、声を上げる。
「ここだ! あっ、ほら見てみろ! 家にあったテレビぐらいのヤツが二万ディニーだろ!?」
「確かに、猫又の言った通りね……でもこの店構え……」
アンビーが眉を潜めるのも無理はない。
テレビが置かれているショーウィンドウは電化製品店……と言うより、普通なら食品サンプルが置かれているような、洋食屋用のものだった。言われて見れば軒先の縞縞模様のテントも、モザイクガラスの扉も、そこにかけられた「Open」の看板も、大変それっぽい。
店先の立て看板にある「電化製品店 nascita」がなければ、寂れた喫茶店だと勘違いするところだった。
あまりにしょぼくれた店構えに、ニコもビリーも渋い顔となる。
「……よし。店主に因縁ふっかけて絞れるだけ絞り取るわよ!」
「いやまだ分かんねーから! リフォーム会社との不幸な行き違いで悲劇的ビフォーアフターになっちまったかもしれねーだろ!? 奪うって選択肢は捨ててくれよ!」
「いいやビリー! あたしの経験上、こんなショボい店構えしてるトコは基本やましいことやってるトコなのよ! あたしには分かるっ!!」
「だから分かんねーだろって!」
ギャーギャー言い合っている隣で、アンビーは店名であるnascitaの意味をスマホで調べていた。
「ナシタ、あるいはナッシータ……『誕生』って意味らしい……あ。隣町に同じ名前のハンバーガー屋さんがある。私はこっちのナシタに行きたい」
「あーもうっ!! いいからさっさと入るぞ! ふっかけるかどうかは中身で決めるんだ!」
そう言って猫宮が先導する形で、中に入って行く。ドアに付いているベルがちりんちりんと鳴った。
くすんだタイルの床と薄黄色の壁が、喫茶店らしさを大いに醸し出している。
ただそこに並べられているのは扇風機や洗濯機と言った家電に、ケーブルやヘッドフォンと言った周辺機器、さらに電球や蛍光灯など、まさしく電化製品と言ったラインナップ。存外にそれっぽい内装だ。
猫宮に続いて店内に入ったニコが、感心したような声を漏らした。
「へぇ〜……なによ。中は結構マトモじゃない?」
ちらりと置いてある商品の値札を見たが、どれもこれも恐ろしいほど安い。
「うっっそ……!? この充電器のケーブル、あたしがいつも買い替えてるヤツより安い……!?」
「メンテナンス用のグリスも売ってる……しかも安い。ここで買ったら浮いたお金で準新作……いや、新作のビデオも三本は借りられる……」
驚きの安さに目を光らせるニコとアンビーの隣で、ある物に気付いたビリーが「おっ!」と声をあげた。
「ここ……バイクのメンテナンスもやってんのか!!」
店の隅には一台のバイクと、それに関連した道具や部品が置かれていた。近くの壁には張り紙で、「乗り物のメンテナンスも請け負ってます」と書かれている。
そのバイクに近付き、まじまじと観察するビリー。
「ほぉおぉ〜……新エネ車が主流の新エリー都で、反逆のガソリン式……! なかなかの拘りと見たぜ……!」
「なぁーんだ。全然フツーのお店だったかぁー……」
「なんで残念そうなんだよ……」
唇を尖らせながら、猫宮も店内を物色する。
ふと、店奥の棚に置かれている物に目が入った。
最初はストップウォッチなのかなと思ったが、それにしてはやけにゴテゴテしている。好奇心に駆られた彼女は、二つある耳と尻尾をピンと立てながらそれに近寄った。
オレンジと青が主体の派手な色合い、そして変なマークと、「二◯一七」の数字。全くなんの機械なのか分からない。
猫宮はそれを、指を丸めた手で猫っぽく突っついてから、手に取ろうとした。
「悪いけど、これは売り物じゃないんだ」
横からやって来た手が、その機械を持って行く。
驚いた顔で振り向くと、どこか自信ありげに微笑えむ男の人が立っていた。
その男に、邪兎屋の面々も気付く。
全員の視線を一斉に受けながら、彼は軽く会釈した。
「ようこそ、電化製品店nascitaへ。店主の──桐生 戦兎だ」
綺麗に分けた七三分けの輪郭を、得意げに指でなぞった。
カウンターに邪兎屋お目当てのテレビを置きながら、戦兎は説明する。
「ウチの家電は故障した物を買い取って、それを修理して売ってる。部品もそこにある周辺機器も自分の足で仕入れているから、こんなに安い」
「えー? いっぺん壊れたモノなのー? ちょっと不安じゃない?」
そう言いながらニコはテレビをまじまじと観察する。
すかさず戦兎は、
「壊れた部品は全部取り替えているし、怪しい箇所もキチンと手を加えてる。新品同然っ!……とはいかないけど、しっかり長持ちするハズさ」
「そうは言っても不安は不安。保証は付けてくれるの?」
アンビーにそう問われ、少し考え込んでから、
「三ヶ月……いや、一年の保証期間付ける。もしその間に壊れたら、最新型テレビの値段分は賠償する。これでどう?」
「ほほぉ、ここの店長はかなり自信満々だなぁ〜? もしかしたら……家に置いた途端壊れるかもだぞ?」
「過失による故障は保証しないからな? こっちもプロだし、過失かどうかはすぐ分かるって念押ししとくよ」
「んむ〜……」
猫宮のイジワルをやり込めてから、テレビに付いていた値札を取り、そこにペンで線を引く。
「それに……俺の見立てだとお得意様になってくれそうだし……十パーセント引きで一万八千ディニーで売るよ。どう?」
書き換えた値札を提示する。
思いもよらないサービスに、怪しんでいたニコの表情が好意的なものに変わった。
「買う買う買うっ!! え、ほ、ホントに良いのっ!? 一年の保証付きでぇ!?!?」
「うん。良いよ? その代わりウチの店、口コミで広めてよ。ほらさぁ? 店先見て薄々勘付いていると思うけど……元は喫茶店だったお店を無理やり使っちゃってるからさぁ? 怪しい店だって思われて誰も来ないのよ〜」
「いやもう任せちゃってっ!! あたしこう見えてめちゃくちゃ顔が広いからっ! 来週にはもう行列よぉ?」
「ホント? じゃあ……もう五パーセント引いちゃう?」
サービスとセールに弱いニコはあれよあれよと購入を決め、ディニーを差し出す。戦兎もそれを「まいどあり!」と言って受け取った。
一方、やけにビリーが静かだなとアンビーが振り返ると、彼は隅っこのバイクはまだ物色していた。
「なぁ店長ッ!! このバイクをカスタムしてんのはあんたなんだな!?」
「そうだけど?」
「なかなかなモンだ……チョイ機能美を追求し過ぎている気もするが、悪くねぇ! こりゃ店長も昔は結構、ブイブイ言わせてたタイプかぁ?」
「……まぁ、どうだろね?」
困ったように微笑んでから「さて!」と言って、
「持ち帰りはどうする? 配送料は貰うけど、こっちで運ぼっか?」
「それには及ばないわ!……ほらビリーっ! バイク見てないでテレビ運びなさいっ!! あんたはこの為に連れて来たのよっ!!」
「フッ! そんなこったろーと思ってたぜ……しかし任せてくれニコの親分ッ! このビリー様が引っ越し業者顔負けのテクニックで……アレ? 思ったよりデカいぞ?」
結局、ビリー一人では厳しそうだったので、邪兎屋全員でテレビ一つを運び出す事となった。
ギャーギャーと言いながら店を出て行くニコたちを、戦兎はにこやかに見送った。
ドアが閉まり、騒がしさが消える。一人になった戦兎はふぅっと息を吐き、疲れた顔を見せた。
「やっぱ元喫茶店の物件で電化製品店は気味悪いか……と言っても安く借りられるのがここだけなんだよなぁ……オススメされた六分街は地価が高いし……」
ブツブツと文句を言いながら奥の作業部屋に引っ込む。そこには多くのパーツと工具、壊れた電化製品が置かれていた。
椅子に座り、ぼんやりと修理途中の小型冷蔵庫を眺める。
医師たちの懸命なサポートも虚しく、記憶は全く戻らないまま退院。知り合った治安官の勧めもあってこの新エリー都の市民になったものの、「自分は何者なのか」と言う疑念と不安はずっとついて回っている。
IQテストの結果が驚かれ、噂を聞きつけたホワイトスター学会の人間がスカウトに来たものだ。ホロウやエーテリアスの知識が皆無だった為、なかった事になったが。
大手企業への就職も考えたが、「自分には合わない」と感じ、こうやって自営業を選んだ。
自分で始めて、自分で進めて、色んな人に出会って……そうすれば消えた記憶の断片を見つけられるのではないかと思ったからだ。
ポケットにしまっていた「時計のような機械」を取り出し、見つめる。
表面のカバーが回る仕組みであり、それを回すと「ヒーローマスクのような顔」が浮かび上がる。
最初はこの新エリー都で流行っている「スターライトナイト」のグッズかと思った。しかし戦兎自身、この顔に見覚えがあった。
頭の奥につっかえがあるような嫌悪感と、それでも胸中にある安心感や熱さ。記憶にはないが、自分にとってこのヒーローマスクの人物はとても大切な人だったのだろうと察せる。
カチリと上部のスイッチを押すも、反応はない。思わず溜め息を吐く。
「……俺もお前も……結局、誰なんだか……」
再びポケットにしまい、途中だった小型冷蔵庫の修理に戻った。
工具を使い、丁寧に修理して行く最中、故障箇所を見て「あちゃー」と声を漏らす。
「ラジエーターモーターを取っ替えなきゃな……あ、でもこのタイプは今なかったっけ……ハァ……買いに行くか」
気怠げに立ち上がった。
──依頼が一つ、インターノットアカウントのDMに舞い込む。
『六分街近郊の共生ホロウ内で、「黒いカケラ」を探して欲しい。やり手のホロウレイダーと買っての依頼だ。対象物を見つけ出せた場合、報酬に糸目は付けない』
「変な依頼ねぇ……まぁ、面白そうじゃない。乗ったわ!」
「ニコ絶対持ってないっ!!!!」
テレビを運ぶ片手間に携帯を弄っているニコに、猫宮が叫んだ。