赤い館に住む元赤い国の人形   作:案山子杏子

11 / 11
11.女湯の向こうに男湯がある

女湯は、普段と変わらず騒がしかった。

 

広い岩風呂には、紅魔館の者たち、博麗神社の面々、妖怪の山の天狗や河童、命蓮寺や神霊廟の住人まで集まっている。

 

湯気の向こうで会話が重なり、桶の音や水音が絶えない。

 

ただし、普段と違うものが一つあった。

 

女湯を囲む竹垣の向こう。

 

そこに、男湯がある。

 

温泉宿を建てた河童たちは、外の世界の形式に合わせて男女の浴場を分けた。

 

だが幻想郷では、男湯が実際に使用されること自体が珍しい。

 

普段なら空のままか、物置に使われるか、誰も気に留めない。

 

しかし今日は違う。

 

森近霖之助とクレイスが、二人そろって男湯へ入っている。

 

女湯の中では、誰もが意識していないふりをしながら、竹垣の向こうを気にしていた。

 

男湯側から、桶を置く音がする。

 

女湯の会話が一瞬だけ小さくなった。

 

魔理沙が湯船の縁に腕を乗せる。

 

「本当に向こう、使ってるんだな」

 

アリスが隣から見る。

 

「男湯なんだから、男性が使うのは普通でしょう」

 

「普通なのは分かるぜ。でも幻想郷じゃ珍しいだろ」

 

「だからといって、気にする必要はないわ」

 

そう言いながら、アリスも一度だけ竹垣を見た。

 

男湯から水音がした。

 

今度は複数の視線が同時に竹垣へ向く。

 

霊夢は湯へ肩まで浸かり、呆れた声を出した。

 

「音がするたびに見るの、やめなさいよ」

 

「霊夢も今見たじゃない」

 

魔理沙が言う。

 

「壁の方を見ただけよ」

 

「竹垣を見てたぜ」

 

「向こうに何があるか知ってるから見ただけ」

 

「それを気にしてるって言うんじゃない?」

 

霊夢は返事の代わりに湯をすくい、魔理沙の顔へかけた。

 

フランドールは竹垣の近くまで泳いでいた。

 

「男湯って、女湯と同じなの?」

 

咲夜が答える。

 

「基本的な構造は同じでしょう」

 

「じゃあ、どうして分けてあるの?」

 

「男女で入浴場所を分けるためです」

 

「でも向こう、二人しかいないよ」

 

「人数の問題ではありません」

 

フランドールは竹垣を見上げる。

 

女湯側より少し高く作られている。

 

上部には、すでに薄い霜が張り始めていた。

 

「クレイス、向こうで何してるのかな」

 

「入浴です」

 

「それだけ?」

 

「温泉で他に何をするのですか」

 

「分からないから気になるの」

 

フランドールは当然のように答えた。

 

チルノも湯船の中から竹垣を見ている。

 

「あたい、男湯なんて初めて見た」

 

大妖精が訂正する。

 

「今見えてるのは竹垣だよ」

 

「向こうにあるんだから、見たのと同じよ」

 

「全然違うよ」

 

「じゃあ本物を見ればいいじゃない」

 

大妖精はチルノの肩を掴んだ。

 

「飛ばないでね」

 

「まだ何もしてないわ」

 

「羽が動いてるよ」

 

チルノの背中の羽は、すでに湯の上へ身体を持ち上げようとしていた。

 

少し離れた岩場では、文が湯気に濡れないよう手帳を広げている。

 

「幻想郷では極めて珍しい、稼働中の男湯。記事になりますね」

 

はたてが眉をひそめる。

 

「温泉に男が二人入ってるだけでしょ」

 

「それが珍しいのです」

 

「記事の題名は?」

 

文は少し考える。

 

「『幻想郷に男湯出現、その内部に迫る』」

 

「覗く気満々じゃない」

 

「取材です」

 

「女湯から壁を越える取材なんてないわよ」

 

にとりは湯船の隅で、小さな機械を組み立てていた。

 

早苗がそれを見つける。

 

「何ですか、それ」

 

「温泉水温遠隔測定器」

 

「先端に鏡が付いていますけど」

 

「計器確認用」

 

「なぜ棒が竹垣より長いんですか」

 

にとりは答えず、機械を湯の中へ沈めた。

 

パチュリーは露天風呂の縁で本を読んでいた。

 

「単に男湯という空間が珍しいだけで、内部は女湯と大差ないでしょう」

 

レミリアが竹垣から目を離さずに言う。

 

「分かっているわ」

 

「では、なぜ見ているの?」

 

「私の従者が正しく入浴できているか確認しているだけよ」

 

「入浴に正しいも間違いもあるの?」

 

「クレイスは機械人形よ。高温の湯に長く浸かって故障したら困るでしょう」

 

「本人はあなたより機械に詳しいわ」

 

「主人としての確認よ」

 

パチュリーはページをめくった。

 

「男湯が珍しいから見たい、と認めた方が早いと思うけど」

 

レミリアは聞こえなかったふりをした。

 

女湯側では、男湯についての想像が勝手に膨らみ始めていた。

 

女湯より狭いのではないか。

 

誰も使わないため、掃除されていないのではないか。

 

男湯だけ違う湯が使われているのではないか。

 

クレイスは湯の中でも整備記録を書いているのではないか。

 

霖之助は道具の由来を調べているのではないか。

 

実際には二人とも静かに湯へ浸かっているだけだったが、女湯側には見えない。

 

見えないものほど、幻想郷の住人は好き勝手に想像する。

 

しばらくして、竹垣の向こうから低い声がした。

 

「退去してください」

 

クレイスの声だった。

 

女湯が一瞬だけ静かになる。

 

フランドールが竹垣へ近づく。

 

「クレイス、聞こえてるの?」

 

返事はない。

 

「私たち、女湯にいるよ」

 

氷が伸びる音がした。

 

竹垣の上に、透明な氷壁が一段追加される。

 

魔理沙が笑う。

 

「完全に警戒されてるぜ」

 

霊夢は目を閉じる。

 

「そりゃ、これだけ気配を集めればね」

 

文は手帳へ書き込む。

 

「男湯側、女湯からの視線を警戒中」

 

はたてが文の手帳を閉じた。

 

「だから取材を始めないで」

 

---

 

«ЖУРНАЛ ОХРАНЫ КУПАЛЬНИ № 01

浴場警備ログ・第01記録

 

Время: 19:06

時刻:19時06分

 

Источник повышенной активности: женская купальня

異常活動の発生源:女湯

 

Количество лиц, наблюдающих за перегородкой: 18

仕切りを注視する者:18名

 

Предполагаемая причина: редкость действующей мужской купальни

推定理由:実際に使用中の男湯が珍しいため

 

Дополнительный фактор: мужское население крайне малочисленно

追加要因:男性人口が極端に少ない

 

Уровень непосредственной угрозы: низкий

直接的脅威:低

 

Уровень любопытства: критический

好奇心水準:危険域

 

Меры: предупреждение завершено

対応:警告実施済み»

 

---

 

警告されたことで、普通なら諦める。

 

しかし女湯では、警戒されているという事実が、逆に男湯への興味を強めていた。

 

「何も隠すものがないなら、あんなに壁を高くしなくてもいいんじゃないか?」

 

魔理沙が言う。

 

アリスが即座に返す。

 

「覗こうとする者がいるから高くしたのでしょう」

 

「私は男湯の造りが見たいだけだぜ」

 

「中にいる二人まで含めてでしょう」

 

「視界に入るのは仕方ないな」

 

「それを覗きと言うのよ」

 

フランドールは氷壁を見上げる。

 

「私、飛んだら見えるかな」

 

咲夜がフランドールの腕を取る。

 

「おやめください」

 

「ちょっとだけ」

 

「クレイスは嫌がっています」

 

「でも男湯、見たことないもん」

 

「見なくても困りません」

 

「咲夜は見たことある?」

 

「ありません」

 

「じゃあ一緒に見ようよ」

 

「そういう結論にはなりません」

 

チルノは大妖精の手を振りほどこうとしていた。

 

「飛ぶだけよ。覗くとは言ってないわ」

 

「竹垣の向こうへ飛ぶんでしょう?」

 

「高いところから景色を見るの」

 

「向こう側の景色を?」

 

「そう!」

 

「それが覗くってことだよ!」

 

文とにとりも、それぞれ動き始めていた。

 

文は上空。

 

にとりは浴槽の排水口。

 

魔理沙は竹垣の端。

 

萃香は身体を小さくして隙間を探す。

 

紫は湯気の陰で隙間を開こうとしている。

 

全員が別々の理屈を持っていた。

 

だが目的はほぼ同じだった。

 

珍しい男湯を、一度でいいから実際に見たい。

 

---

 

«ЖУРНАЛ ОХРАНЫ КУПАЛЬНИ № 02

浴場警備ログ・第02記録

 

Время: 19:08

時刻:19時08分

 

Попытки наблюдения из женской купальни: подтверждены

女湯からの観察試行:確認

 

Заявленные цели:

申告された目的:

 

Осмотр устройства мужской купальни

男湯の構造確認

 

Журналистское исследование

新聞取材

 

Техническая проверка

技術点検

 

Изучение редкого общественного пространства

希少な公共空間の観察

 

Фактическая цель: подглядывание

実際の目的:覗き

 

Меры: полная блокировка

対応:全面封鎖»

 

---

 

女湯と男湯を隔てる竹垣が、音を立てて凍りついた。

 

氷は瞬く間に上へ伸び、屋根より高い壁になる。

 

文が飛び上がった瞬間、その足元に透明な板が現れた。

 

進路を変えても、次の板が現れる。

 

三枚目で完全に囲まれ、女湯側へ押し戻された。

 

「取材妨害です!」

 

返答はない。

 

にとりが排水口へ器具を入れる。

 

先端が凍る。

 

次に棒全体。

 

最後に、にとりの手前で氷が止まった。

 

「機械だけ狙った!」

 

早苗は平然と言う。

 

「手を凍らされなかっただけ親切です」

 

魔理沙は箒へ飛び乗った。

 

湯船の横から上空へ出ようとする。

 

その瞬間、箒の穂先が白く凍り、魔理沙は女湯の浅い場所へ落ちた。

 

大量の湯が跳ねる。

 

「熱っ!」

 

霊夢が顔にかかった湯を拭う。

 

「温泉で凍らされて熱がるって、器用ね」

 

チルノは氷壁へ冷気をぶつけた。

 

「氷なら、あたいの方が強い!」

 

壁は壊れず、逆に分厚くなる。

 

「なんでよ!」

 

大妖精がチルノの腰を掴み、壁から引き離した。

 

「クレイスさんの氷に、チルノちゃんの氷が足されてるんだよ!」

 

「返して!」

 

「何を?」

 

「あたいの冷気!」

 

フランドールは騒ぎの間に、真っすぐ上へ飛んだ。

 

「フラン様」

 

男湯側から、クレイスの声が一度だけ響く。

 

フランドールは空中で止まらない。

 

「男湯、ちょっと見るだけだよ」

 

返事はなかった。

 

周囲に六枚の氷板が現れる。

 

フランドールは透明な箱へ閉じ込められ、そのまま女湯の中央へ戻された。

 

氷箱が湯船の上で止まる。

 

女湯側の板だけが開いた。

 

フランドールが水面へ降りる。

 

「何も見えなかった」

 

チルノが笑う。

 

「負けた!」

 

「チルノも壁を厚くしただけでしょ」

 

「手伝ったのよ!」

 

「クレイスを?」

 

「違う!」

 

女湯の中で、レミリアが立ち上がった。

 

「私が行くわ」

 

パチュリーは本から顔を上げない。

 

「結果は同じよ」

 

「私はクレイスの主人よ」

 

「男湯の主人ではないでしょう」

 

「従者の状態を確認する権利があるわ」

 

レミリアが飛び上がった直後、足元に氷の足場が現れた。

 

足場はそのまま横へ動き、レミリアを元の位置へ運ぶ。

 

「まだ何もしていないわ!」

 

氷板に文字が浮かんだ。

 

«НАМЕРЕНИЕ ПОДТВЕРЖДЕНО

意図を確認済み»

 

レミリアは文字を睨む。

 

「主人への態度ではないわね」

 

咲夜が静かに答えた。

 

「今回はクレイスが正しいかと」

 

「咲夜まで」

 

騒ぎが収まる頃には、男湯を囲う氷壁は、温泉宿で最も高い建造物になっていた。

 

女湯から見えるのは、夜空へ伸びる透明な壁だけ。

 

男湯の内部は一切見えない。

 

かえって存在感だけが増している。

 

フランドールは湯船の縁へ顎を乗せた。

 

「男湯、見たかったな」

 

大妖精が隣へ座る。

 

「女湯と同じだと思うよ」

 

「でも見てないから分からないよ」

 

魔理沙が濡れた帽子を絞る。

 

「次は空からじゃなくて、建物の外から回り込むか」

 

アリスが魔理沙の帽子を取り上げた。

 

「次を考えないの」

 

文は手帳へ最後の一文を書いた。

 

「男湯内部の取材には失敗。しかし厳重な防衛体制を確認」

 

はたてが横から覗く。

 

「結局、男湯の記事じゃなくてクレイスの防衛記事になってるじゃない」

 

「これはこれで読者が喜びます」

 

霊夢は湯船に沈みながら呟いた。

 

「男湯が珍しいってだけで、どうしてここまで騒げるのよ」

 

紫が扇子で口元を隠す。

 

「存在するのに見られない場所というのは、気になるものなのよ」

 

「普段、隙間から何でも見てる人が言うと説得力が嫌な方向へ強いわね」

 

男湯側では、霖之助が巨大な氷壁を見上げていた。

 

「向こうはまだ騒いでいるようだね」

 

クレイスは返答しなかった。

 

湯へ浸かったまま、警備ログを閉じる。

 

---

 

«ИТОГОВАЯ ЗАПИСЬ

最終記録

 

Основной объект интереса: действующая мужская купальня

主な関心対象:実際に使用中の男湯

 

Причина: мужская купальня практически не используется в обычных условиях

理由:通常、男湯がほぼ使用されないため

 

Дополнительный интерес вызван присутствием двух мужчин

男性二名の入浴により関心が増大

 

Попытки подглядывания: 23

覗き試行:23件

 

Успешные попытки: 0

成功:0件

 

Пострадавшие: 0

負傷者:0名

 

Состояние купальни: защищено

男湯の状態:防衛完了

 

Вывод: редкость объекта не является основанием для нарушения личного пространства

結論:対象が珍しいことは、私的空間への侵入理由にはならない

 

Рекомендация: раздельное время посещения

推奨:男女別の利用時間設定»

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ユカリ様の番犬(作者:三笠みくら)(原作:ポケットモンスター)

「あなた、わたくしの犬になりなさい」▼ボロボロの少年は、意識が遠のく中そう告げられる。これは超絶フェアリーわがままお嬢様・ユカリに気に入られ、彼女に全てを捧げる少年執事の話。


総合評価:631/評価:8.69/完結:9話/更新日時:2026年07月09日(木) 21:27 小説情報

個性:奇跡を起こす程度の能力(作者:弱小妖怪)(原作:僕のヒーローアカデミア)

本社は神隠しに遭遇し、超常黎明期の争乱によって信仰までもが絶え果てた守矢神社──その分社に住まう風祝の話。


総合評価:1895/評価:8.51/連載:12話/更新日時:2026年04月28日(火) 19:00 小説情報

心を閉ざした少女からの激重感情(作者:あさまらたゆかあわ)(原作:東方Project)

人里で甘味処を営む家の娘、雨宮澄。▼少しぼんやりしていて、妙に勘のいい少女である彼女には、“見えないものを見つける”不思議な力があった。▼ある朝、休憩中に食べていた団子が一本消えたことから、誰にも気づかれない少女――古明地こいしと出会う。▼「なんで、貴方には私が見えるの?」▼気まぐれで自由奔放なこいしに振り回されながら、澄のいつも通りの日常は少しずつ変わって…


総合評価:1814/評価:8.79/連載:17話/更新日時:2026年05月16日(土) 20:39 小説情報

いや、死神とか聞いてないし(作者:わお)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

死神少女にTS転生してしまった一般人。▼本人はただの下っ端役職だと思っている。▼だがそんなはずもなく。


総合評価:3488/評価:7.81/連載:11話/更新日時:2026年06月21日(日) 20:03 小説情報

救いのない鬱ゲー世界で主人公御用達の喫茶店をやる(作者:音塚雪見)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

女しか魔法が使えない世界に転生した主人公。▼しかし彼だけは男ながらに魔法が使える。▼──これは俺が主人公ですね間違いない。▼馬鹿みたいな勘違いの末、彼は「世界最強の魔女」と呼ばれるほど実力を高める。▼だが見覚えのあるキャラクターと遭遇し、とある救いのない鬱ゲーに転生してしまったのだと知った。▼──ワッツ!? あかんこのままじゃ世界が死ぬゥ!!▼ということで爆…


総合評価:6685/評価:7.67/完結:53話/更新日時:2026年07月03日(金) 19:46 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>