異世界転生したので森で隠居してたら、勇者と魔族の娘を拾った話 作:you are not
「コケェーッ!」
「うるさい……」
朝、リリアは二階の寝室でうめきながら目を覚ます。寝ぼけ眼のまま窓を見れば、カーテンの隙間から陽光が差し、明るく照らしていた。
「んーいい朝」
そう思ってしまった自分に、少しだけ驚く。こんなに穏やかな朝を迎えられるなんて、リリアは昨日まで思ってもいなかった。
「いいのかな、本当に」
うつむきながらも、つい呟いてしまう。自分の手首には黒い痣が残っている。もう、治りかけで薄くなり始めているが……。
「何してる、早く起きろー」
なんて考えていると、下から声が聞こえてくる。この家の家主である、カインという少年の声だ。
「……いいよね。今くらい」
リリアはベットから立ち上がる。
「はーい!今行くから待って!」
部屋の扉を開けて、階段を下りながら精一杯、声を張り上げて見せた。
「早くしろ、飯が冷めるぞ」
階段を降りると、すでにカインは起きていた。鍋の中身かき混ぜながら朝食を作っている。
「えっ、朝ごはんないのはやだ!」
「だったら早くしろ。というか、昨日の夜あんなに食ったのに、まだ食うのか」
「昨日は昨日、今日は今日でしょ」
「そうか、お前がそう思うならそうなんじゃないか」
呆れ気味にカインが返しながら、作り上げた食事を更に盛り付けていた。
「ほら、これ朝飯だ」
テーブルの上には、山羊乳から作ったチーズをたっぷり削ったスパゲティが置かれる。
「わぁぁ!おいしそう!」
リリアは、テーブルに手をついて足を何度もジャンプさせて体全体が楽しそうに揺らす。
「そんなにはしゃぐな、こぼ――」
「いただきます!」
「飯のことになると周り見えなくなるのは何なんだ」
椅子に座ったカインは、リリアがフォークでスパゲティをズルズルとかきこむのを眺め、自分もスプーンとフォークでクルクルと巻いて食べ始めた。
「傷は?」
「んー?」
喉を叩いてゴクンと飲み込んでからリリアは答えた。
「んんっ、もうほとんど治ったよ」
「早いな。じゃあ、食べ終わったら仕事を手伝え」
「えー」
不満そうにリリアは頬を膨らませる。
「働いて返す約束だったろ」
「うぐっ……わかった。何するの?」
「動物や畑の世話をする」
朝食を食べ終えると、リリアはカインに連れられて家の外へ出た。外は朝露に濡れた草がきらきらと光っており、空は青く、風も気持ちいい。
「まずは卵の回収だ」
「卵?」
「ああ」
「それだけ?」
「ああ」
リリアは胸を張る。
「簡単じゃん」
「そうだといいな」
カインは何も言わず、家から見て南西側にある鶏小屋へと向かっていった。
「朝ごはんの時間だぞ、いつものうるさい声聞かせろ」
「おはよー」
「コケッ」
「コッコッ」
鶏小屋の扉を開けると、中には十数羽のニワトリがおり、新顔のリリアを見ながら目をぱちくりさせてはキョロキョロしている。
「思ったより可愛いー!」
リリアは少し安心したようにしゃがみ、ニワトリと目を合わせていた。
「そうか。じゃあ、餌やり頼む。俺は小屋の清掃する」
後ろからカインが餌袋を放り投げる。
「うん、任せてこの程度」
受け取った瞬間
「コケェェーッ!!」
「コケッ!!」
「コッコッコッコッ!!」
ニワトリたちの目の色が変わった。
「へ?」
奴らは首を前後に振りながら、一斉に突撃してきた。
「きゃあああああっ!?」
足元、左右、前方どこを見てもニワトリしかいない。
「ちょ、痛い痛い」
リリアの足元に群がり、はよ餌寄越せと言わんばかりに首を右往左往動かし、しまいには肘をくちばしでつつく始末。
リリアは反射的に逃げ出し、だがニワトリたちも逃がすかと言わんばかりに追いかけてくる。
右へ逃げても追ってくる。
左へ逃げても追ってくる。
後ろを振り返る。やっぱり追ってきた。
「公園で鳩にパンくず撒いたみたいだ」
カインは呟きながら、袋の中から餌を遠くへ放り投げる。
「ぜぇーぜぇー、ニワトリ怖い」
驚いたリリアは卵籠を抱えたカインの背中へ隠れながら、ニワトリたちから距離を取っていた。
「大変だったな。ほれ、落とすなよ」
カインが渡した籠の中には十個ほど卵が入っていた。
「わぁ」
リリアは一つ持ち上げる。
「……あったかい」
「産みたてだからな」
「これ今日食べるの?」
「そのつもりだ」
「じゃあ、次も頑張る」
「食い意地で頑張れるならそれでいいよ」
卵回収を終えると、次は馬小屋へ向かった。
「次は?」
「ブラッシングだ」
カインが馬小屋の扉を開ける。中では栗毛の馬がのんびりと干し草を食べていた。
「雌馬のチィチィだ」
「かわいい!」
「だそうだ、よかったな」
カインが頭を撫でるとチィチィは目を細めて嬉しそうにしている。
「フッフッ」
「わっ」
鶏のようにならないかと恐る恐る近付くと、チィチィは鼻を鳴らしてリリアの肩に顔を擦り寄せる。
「気に入られたな」
「よかった、君はいい子じゃん」
リリアは嬉しくなり、そのまま首筋を撫でる。チィチィは気持ちよさそうに目を細めた。
「ほら、やっぱり可愛い」
撫でながらリリアは、ふと馬の丸々としたお尻へ目を向けた。
「ふふふ」
なんだか触りたくなりそっと手を伸ばす。
「そういえば、一つ言い忘れて……あ」
カインがそう言った時にはリリアはぽんぽん、と軽く尻を叩いていた。
チィチィは不機嫌そうに耳を後ろへ伏せる。
「避けろリリア!」
「え?」
次の瞬間。
―――バンッ!!
後ろ足が跳ね上がった。幸い、リリアは斜め横にいたことで直撃しなかった。しかし、後ろの木箱が吹き飛び粉々になる。
「ヒェ……」
リリアの顔が真っ青になり、その場に座り込んでしまう。
「こいつ、後ろから触られるの嫌いなんだ。言うのが遅かったな」
「馬、怖い」
「ニワトリに続いて、馬か」
「動物怖い」
その日以降、彼女は二度とチィチィの真後ろに立たなくなった。
その後、山羊の世話を手伝わされた。だが、こちらはニワトリや馬以上に意味が分からなかった。
「なんで縄切れてるの?」
「噛み切った」
「そんなことある?」
「ある」
実際、目の前で山羊が縄を噛みちぎって、不味そうにもぐもぐしている。
「……」
リリアはもう驚かなかった。驚く元気がなかったから。
そんな生活が数日続いた。
朝はニワトリに起こされ、卵を回収し、畑を手伝う。山羊を追いかけ回し、時々チィチィに怯える。料理を手伝おうとして暗黒物質を生み出し、カインに台所立ち入り禁止を言い渡されたりもした。
慌ただしい毎日だった。けれどリリアにとっては楽しい毎日だった。
その日の夜。夕食を食べ終えた二人は、暖炉の火を眺めていた。薪が爆ぜる音だけが静かに響く窓の外では虫の鳴き声が聞こえていた。
「ねぇ、カイン」
「なんだ」
暖炉を見つめたままリリアが口を開く。カインは壊れた投石紐を結びながら話を聞いていた。
「学校ってどんなところなのかな」
「楽しくないぞ、友達はできるが面倒ごとが増える」
「そっか」
少し残念そうに肩を落とすがすぐに顔を上げた。
「でも行ってみたいな。友達も欲しいし」
「できるといいな」
「海も見たい、列車も乗りたい」
「すぐ飽きるだろ」
「お祭りも行きたいし、あとケーキいっぱい食べたい」
「太るぞ」
「女の子に言うことじゃない!」
リリアは頬を膨らませる姿にカインは小さく肩をすくめた。
「結局、どれが一番の夢なんだ?」
「うーんとね、全部!」
カインは思わず笑う。
「欲張りだな」
「だって全部したいもん。生きてるうちに、たくさん楽しいことしたい」
リリアの言葉には生きる活力があった。堂々と胸張るその姿は輝いている。
「カインは?」
「え?」
「夢ないの?」
カインはリリアの顔を見つめ、暖炉の火に目を移しうつむいて黙るしかなかった。
「ない。もうなにも」
「昔はあったの?」
「忘れた」
「おじいちゃんみたい」
「流石に傷つくぞ」
そう返すとリリアはしばらくカインを見つめ、やがて小さく笑った。
「じゃあ私が見つけてあげる」
カインは眉をひそめた。
「余計なお世話だ」
「そうかも」
リリアは楽しそうに笑う。
「でも約束」
「おい、勝手に」
「決めた」
リリアは一歩も引かず、カインはその姿に何も言い返せなかった。こういう輩は何を言っても聞いてくれないとわかっているから。
翌日の昼前。
リリアは洗濯物を干していて、カインは料理の下ごしらえをしている。前にリリアが暗黒物質を作ったことでカインだけが料理をすることにしていた。
それは平和そのものだった。
平和だった。
だから最初は気付かなかったのだ。森の向こうから聞こえてくる馬蹄の音に。
―――カポッ、カポッ、カポッ
複数の蹄の音にリリアの手が止まる。
「……来た」
洗濯籠が手から落ち、急いで家の中へと駆けこんでいった。
「どうした」
リリアの異変に気付いたカインが声をかける。
「追手が……」
「来たのか?」
カインが家の方を見れば、女神のらしき紋章を付けた白い馬車が空き地に陣取り、それを囲う武装した騎士たちの姿があった。
人数は、十数名。武装は剣に槍にメイスに斧。鎧は皮鎧。
「わかった、リリア。家の中に隠れてろ」
そう言って、リリアに声をかけた時だった数名の騎士たちが家に上がり込んできた。
次回からやっとアクション出来る。