異世界転生したので森で隠居してたら、勇者と魔族の娘を拾った話 作:you are not
森の中を馬が駆けていく。
午後の日差しが木々の隙間から差し込み、こもれびとなって地面にまだらな影を落としていた。
「巻いたみたいだな」
「……だね」
背後から追手の声はもう聞こえない。
念のために振り返って確認してみるが、やはり追いかける影はなく、ひとまずは教会騎士たちから逃れられたとカインは判断を下す。
「……」
「どうした?やけに静かだな。お前らしくない」
「……なんでもない」
「そうか」
「「……」」
互いに沈黙が満ちる。葉っぱが風に揺れる音と馬の蹄の音だけが周囲に木霊している。
カインは経験則から、女性が何でもないという時は絶対何かあるものだが、同時に、下手な詮索は藪蛇にしかならないともわかっていた。
「ねぇ」
どうしたものかとカインが頬を欠いていると、リリアの方から話しかけてくる。
「なんだ」
「どうして、助けてくれたの?」
思わず、カインは振り返ってしまう。無論、速度は落とさずに。
「気にするのが遅いな」
「だってバァー!って風みたいにいろいろ起きるんだもん!」
リリアは抗議するように声を上げる。
「教会の人たちボコボコにして、馬車も襲ったよね!?」
「お前を助けるためにしたな」
「で、今私達何してる!?」
「逃げてるな」
「なんでそんな他人事なの!?カインは今、とんでもないことしてる!家も捨てちゃったし!教会の人達からおわれることになっちゃうんだよ!」
「そう言われても……」
カインは天を仰ぎ、言葉を選ぶ。
「結局は、お前がいなくなるのは嫌だった」
「……へ!?」
素っ頓狂な声を上げて、リリアは金魚みたいにパクパクと動かすが、何も言えない。
「お前を見捨てて、俺はまた一人で生きる。それが正しいと思ってた。でも、何か嫌だった」
カインが言葉を続けるが、リリアは何やら赤面して黙り込む。
「納得したか?」
「うん……ありがと」
リリアは、カインの腰に手をギュッと回して、背中に頭を乗せた。
この火照った顔を今は見られたくなかった。
「……落ちるなよ」
「大丈夫」
それだけ言って、カインは再びチィチィを走らせた。
「ところで、どこへ向かってるの?」
「ここから東にある村だ」
「東の村って……」
その言葉にリリアが少しだけ目を見開く。
「知ってるのか?」
「だって、私が住んでた村だもん」
カインは少しだけ驚く。
「そうだったのか」
「うん。小さい村だったけどね」
リリアは頷いた。
「お母さんと畑仕事したり、川で魚捕ったり、お祭りもあったんだ」
「へぇ、その割には動物の世話苦手だったな」
「うぐ、それは初めてだったから」
「そういうことにしておこう」
馬を走らせながら、カインは疑問を口にすることにした。
向かっているならば、どうせいつかは聞かなければならない。
「じゃあ、なんであんなにボロボロになりながら逃げることになったんだ?」
「それは……」
リリアは向日葵のような笑顔が消え、視線を下に向ける。
「いきなり、教会の人達が来て村を襲ったの」
重たい口を開くように、リリアはぽつりと語り始めた。
「理由は?仮にも正義を謳う連中だろ?」
「わからないの、突然あの人たちは剣を振り上げて、私を庇っておじさんが切られて、お母さんと離れ離れになって……」
「わかった、十分だ」
辛そうにしている様子にストップをかける。
「ほんとはね、ちょっと怖い」
「確かめるのが怖いか」
「まぁね」
少し間が空いてリリアは答えた。
「私、あの人たちが死んだなんて信じたくない」
「逃げてもいいぞ、進路を変更しよう」
カインはあっさり言うが、リリアは首を横に振った。
「……やっぱり、カインは優しいね」
「いや、死んだ魚みたいだってよく言われたもんだ」
「ひどい!誰がカインにそんなこと!」
「もう昔のことだ。それはそうと―――いいんだな?」
「うん、知りたい。みんな生きてるって信じてるから」
「なら行こう」
カインは短く答え、馬のチィチィに加速するよう命じた。
しばらくすると森を抜け、平原にたどり着く。2人は馬のチィチィから降りる。
「ほら、自由にしろチィチィ」
カインはチィチィの首を撫で、平原に放牧した。
「いなくならない?」
「その時はその時だ。聞こえるところにいれば、口笛で駆け付けてくれる」
「家族みたい」
「そんなところだ」
そう言って二人は平原を歩き、村へと向かっていった。
やがて、村にたどり着いたとき、リリアは絶句した。
「え……」
本来なら黄金色の麦畑が広がっているはずの平地。しかし、あったのは荒れ果て、変わり果てた姿だった。
畑は踏み荒らされ、作物は根元から潰されていた。柵すらも壊されている。屋根が崩れ落ちている家を始め、家々の多くは焼け焦げ、黒く煤けた壁だった残骸だけが残っている有様だった。
村の中央にあったはずの井戸広場も、石畳がひび割れ、まるで災害の跡地を思わせる。
「そんな……」
リリアは、村だった場所で呆然と立ち尽くす。物心ついたころからあった当たり前の場所、故郷《ふるさと》を失った事実を受け止めきれずにいた。
「まるで、戦場だな」
カインも顔をしかめながら、周囲を見回す。教会騎士が襲ったという話は聞いていたが、想像以上に壊されている。
「これじゃ、討伐じゃなく略奪だな」
「誰か、いないの?」
リリアが小さく呟きながら、家々を見回すが、人は愚かネズミの気配すら感じられない。
「これじゃあ…‥‥」
「まだ決まったわけじゃない」
諦めかけるリリアの肩にカインが手を置く。
「生存者を探すぞ」
「……うん」
リリアは目を両手で拭いながら、なんとか返答をひねり出した。
二人は村の中を歩き始める。
見覚えのある家や道を通るたびに、リリアは何度も立ち止まりそうになる。
だが足は止められない。そのたびに、カインが手を引いて足を進めさせた。絶望に陥った人間が、ひとたび膝を折れば、次立ち上がるのは難しいから。
「見ろ、人がいる」
そんな時、遠くに人影を発見した。駆け出して近づいて見れば、それは杖をついた老人だった。
「……村長さん?」
ゆっくりと歩いているその姿は、背中は以前より小さく見えたが、リリアにははっきりわかった。
声が聞こえたのか、老人は足を止めて振り返った。
「リリアちゃん……?」
村長と呼ばれた老人の目が大きく見開く。
「村長さん!!」
その顔を見た瞬間、カインは手を放し、リリアは走り出していた。
「本当にリリアちゃんなのかい!?」
「うん!うん!私だよ!会えてよかった!」
リリアは老人へ飛びつくと、村長は震える手で彼女の肩を掴んだ。
「生きとったのか……!」
掠れた声だった。
「お主は生きとったのか……!」
その言葉にリリアの瞳から涙が溢れた。
「ううっ……」
逃げてからずっと張り詰めていたものが、一気にほどけていくのがわかった。
「よかった……本当に良かった」
しばらく二人は抱き合うが、しばらくしてリリアが涙を拭う。
「みんなは!?」
「なんとか生きとる」
「本当に?」
「ああ、王都から来た王国騎士たちのおかげで避難できとる」
その言葉にリリアは安堵したように息を吐いた。
「お母さんは?」
その言葉を聞いた瞬間、村長の表情から笑顔が消えた。
「村長?」
「……ここではなんだ。避難所でゆっくり腰を落ち着かせて話した方がいいだろ」
重たい空気が流れ始めた時、カインが割って入った。
「君は?」
「山に住んでる者です。彼女を助けてここまで運んでました」
「そうなのかい?」
「はい、私が生きてるのはカインのおかげです」
リリアが嬉しそうに答えると、村長は嘘ではないとすぐに理解した。
「そうか、それはそれは彼女が世話になったな。血は繋がっておらんが、孫のように思っとる。ありがとう」
「いえ、それよりも……リリアには知る権利があるでしょう」
「……そうじゃな。リリアもみんなに会いたいだろう。避難テントまで案内しよう」
村長は歩き出し、二人はその後ろを追従していった。
リリアはまだ知らない、これから知らされる現実を。
次回「母死す!」ディエルスタンバイ!