異世界転生したので森で隠居してたら、勇者と魔族の娘を拾った話 作:you are not
村から少し離れた場所に避難所は作られていた。
草木が生えてない平野の上に、白い布で作られた天幕がいくつも並び。いくつかのテントからは炊き出しの煙が空へ昇っている。
「おい!もしかしてリリアちゃんか!?」
「えっ!リリアちゃん?」
天幕が並ぶ道を通ると、先ほどまで立ち話をしていた二人が声をかけてきた。
「ジートンおじさんに、ダーヴィン!無事だったんだ!」
リリアは二人が誰かすぐにわかり、嬉しそうに腕をぶんぶんと振る。
「おうとも!リリアちゃんが無事そうでよかった」
「ったく。『さん』を付けろよ、お転婆」
声をかけられた二人は、変わらず元気な様子のリリアに嬉しそうな顔を見せた。
「えへへ、ごめんねダーヴィン」
「いつも通り聞いてねぇし……まぁ、無事でよかった」
「リリアちゃん、お母さんのことは―――」
「……悪いがこれからじゃ」
再会を喜ぶ三人に村長が割って入る。
「そっか。とにかく会えてよかったよ」
それだけ告げると、二人は自分たちの天幕へと戻っていった。
「……村を失くしたにしてはみんな元気そうだな」
村人たちに囲まれているリリアを他所に、カインが周りを見渡す。
避難所では、村の人々は談笑していたり、子供が駆けまわって居たり、机を挟んでボードゲームをしているものまで。
「そう見えるだけさ。人間、不幸を嘆き続けることにも疲れちまう」
「なるほど」
村長は杖を突いて歩きながら答え、カインはその答えに納得するしかなかった。
「ここじゃ」
やがて少し離れた場所に設けられた小さなテントの前で、村長が足を止める。
「ここにお母さんがいるの?」
「……」
村長は何も言わず、ただ布で覆われた入口を見つめているだけだった。
「リリア」
カインは、リリアの手を掴む。
「嫌ならここから立ち去ってもいい。でも、お前が見るなら隣にいる」
「わかった……入る」
目に強い力を宿した姿に村長は、そっとテントの幕を開く。
中は誰もおらず、静かだった。
テントの中には簡易ベッドがいくつも並べられ、その全てに白い布が掛けられている。
そして、その中の簡易ベットの一つに村長は近寄った。
「正直、わしも見た時は胸が張り裂けそうじゃった。たとえ、魔族じゃとしても、余所者でも、わしは娘のように思っておったからの」
村長が白い布をめくり、中から黒い髪の女性が出てきた。
「騎士団が彼女を発見した時には、もう……」
昼寝でもしているかのような穏やかな顔で
―――死んでいた。
「お母さん……?」
リリアがふらつきながら、近づく。
「ねぇ、お母さん」
何度も一度呼ぶが、やはり返事はなかった。やがてベッドの横に膝をつくと、震える手が母親の手へ伸びる。
「また、いつもの冗談だって言ってよ……」
目が震えていた。掴む手は、冷たかったのだろう。
その痛ましい姿をカインは見守るしかできない。他人が口を出せるものじゃない。
母親の顔立ちは、リリアにそっくりで血縁なのだとすぐに分かる。違いと言えば、頭上に牛のような角が二本生えていること。俗にいう魔族の特徴である。
魔族。それは角が生えた人間と言ってもよい。人間が住まう地域より、北に多く住み数年前まで互いに戦争していた種族。もっとも、戦争が終わった今では人間の国で暮らす者も珍しくない。
(リリアは教会が敵対視する魔族の血を引いてたのか……)
カインはそんなことを考えながら、十字を切る。
「父と子と聖霊の御名《みな》において―――アーメン」
追悼の言葉も送っておく。もっとも、前世のやり方なのだが。
「変わった祈り方じゃな」
「異教の追悼はダメでしたか?」
「死者を思う気持ちにケチなど付けられんじゃろ」
「ありがとうございます」
「……ごめん二人とも」
しばらくしてリリアが言った。
「少しだけ、一人にしてくれないかな?ちょっと落ち着きたくて」
村長は無言でうなずき、テントから出ていく。
「わかった。外で待ってる」
カインもそれだけ告げると、踵を返した。
二人はテントの外へ出て、幕が閉じられる。
「君も災難だったね、こんなことに巻き込まれて」
「乗りかかった舟ですから」
示し合わせるでもなく、二人はリリアのいるテントの側から離れ、近くにあったベンチに座り込む。
―――あぁぁぁっ!なんで!なんで!どうして!?
しかし、慟哭は響く。張り裂けるような悲鳴が二人の耳に木霊する。
その悲鳴には、どれだけ母を慕っていたのか。どれだけ会いたかったのか。そして、絶望したのかが、どれだけ詰まっているのかが伝わってきた。
村長は顔を伏せ、握る杖に力が入る。
二人は何もしてやれない、ただ無力さを噛みしめるしかできない。それが咀嚼できないとわかっているのに。
「……辛いもんですよね」
カインはぽつりとつぶやいた。
「こういう時、怒鳴られる方が案外、楽なんですよ」
「……」
「怒りを向けられて、殴られて、罵倒される方がまだいい」
カインは閉ざされたテントを見た。
「何度やっても、こうして慟哭を聞いている方がずっと最悪だ」
空を見上げながら、カインは遠い目をする。
「……君の言う通りじゃな」
村長は頷きながら、懐から喫煙パイプを取り出し、指を鳴らして火をつける。
「君も吸うかい?予備ならあるぞ?」
「いえ、十五歳なので遠慮しておきます」
村長は動きを止めて、パイプを地面に落としてしまう。
「え?は?……マジ?未成年?」
「そうですけど」
「リリアちゃんと同い年か!?」
「数え年ですがそうなります」
「嘘ぉ!?」
村長の叫びに、カインは首を傾げる。
「そんな驚くことですか?」
「いや、驚くじゃろ!?君、どう見ても二十代じゃぞ!?」
「そう言われましても」
「十五歳があんな深いこと言えるか!」
村長は頭を抱え出した。
「今まで何人も見てきたが、十五歳でそんな顔してる奴は初めて見たぞ……」
「そんな老けて見えます?」
「そうじゃない!雰囲気じゃ!」
先ほどまでの重苦しい空気は何処へやら。二人は和気あいあいとした会話をしている時―――
「失礼する」
凛とした女性の声が聞こえてきた。
二人が顔を横に向ければ、避難所の中央から、騎士の一団が歩いてきているのが目に入った。
先頭を歩くのは、一人の女性。白銀の鎧を纏い、腰には長剣を下げている。肩まで伸びた金髪を後ろで束ね、その眼差しは鋭い。
周囲の騎士たちが自然と道を開けているところを見るに、それなりの地位にいる人物なのだろう。
「ずいぶん、大所帯じゃの騎士団長様」
村長が立ち上がる。
「突然のことすまない、村長殿。先程到着したとの報告を受け、急ぎ駆けつけさせていただきました」
「いえいえ、貴方方のおかげで、多くの村人が救われました故、気にしないでください」
「我々は職務を果たしただけです」
騎士団長は淡々と答えるが、どこか疲れているようにも見える。きっと彼女も、この惨状を目の当たりにしてきたのだろう。
「ところで、そちらの方は?村人ではないようですが?」
「ああ、リリアちゃんを連れてきてくれた山に住んでいる少年です」
「始めまして、カインです」
カインはいそいそと立ち上がり、頭を下げて挨拶した。
「そうでしたか、それは失礼いたしました。わたくし、王国騎士団長のアリア・フォン・ヴィクトリアと申します」
彼女は鎧のまま、右手を差し出してきた。
「……ご丁寧にどうも」
カインは数秒迷ってから、その手を取って握手に応じる。
「あなたには、礼を言っても言い足りないほどです」
「それは、どういう?」
その時、背後のテントが開き、全員の視線がそちらへ向く。
「お待たせ」
リリアが出てきた。
目は真っ赤に腫れ、頬にも涙の跡が残っている。それでも、泣くのをやめたのか。ふらつきながらも、自分の足で歩いてくる。
「リリア、もういいのか?」
カインは騎士団長と握手をやめてリリアに歩み寄る。
「うん、ちゃんとお別れしてきたよ」
「なら、いい」
二人の会話を他所に、リリアの姿を見た騎士団長の厳しい顔が、一瞬だけ和らぐ。そして、彼女はゆっくりと前へ進み出た。
そして、リリアの手前まで近寄ると、騎士団長は片膝を地面についた。周囲の騎士たちも続く。甲冑の擦れる音が周囲に響いた。
「え?なに急に?」
リリアは困惑していた。避難所にいた村人たちも何事かと集まりだす。カインは、ただ事ではないと察し、王国騎士たちの出方を伺う。
「お初にお目にかかります」
騎士団長は胸に手を当て、そして厳かに告げた。
「リリア王女殿下」
「……はい?」
リリアは理解できず、その場に凍りついた。周囲の村人たちからも、ざわめきが波のように広がっていく。
「わたしが……王女? ちょっと、何言ってんのかわかんない…… カイン、怖いよぉ」
続けてリリアは混乱し、カインの後ろに隠れてしまう。
「いや、俺に言われてもわからん。王女なんじゃないのか」
「そんなわけ―――」
「その通りでございます」
「ハァ!?」
ハァ!?(うさぎ書き文字)