異世界転生したので森で隠居してたら、勇者と魔族の娘を拾った話 作:you are not
「ハァ!?」
周囲に、リリアのうわづった奇声が響き渡った。
「うるさ……俺の耳元で叫ぶなよ」
突然の大声にカインは耳をふさぐ。
「あっ、ごめん」
リリアが口に手を当てながら謝罪する。
「王女?」
「リリアちゃんが?」
「どういうことだ?」
リリアの声に呼応するように、静まり返っていた周囲の村人たちも、一斉にざわつき始める。誰もが困惑していた。
「いやいやいやいや!」
それは当の本人も例外ではない。
「何かの間違いだって。私が王女なわけ、だって、お母さん魔族だよ?」
リリアはぶんぶんと首を横に振る。
「そのような反応になることは承知しておりましたよ」
しかし、王国の女騎士団長アリアはため息をつきながらも冷静に返す。
「しかし、事実です」
「どういうことだってばよ」
「理解できなくても事実です」
「ねぇなんなのこの人」
「わかったから、俺を挟んで会話するな」
カインの背中に隠れたまま、リリアは半泣きになっていた。
「だって王女とか言ってくるんだもん、詐欺かも」
「それで俺を盾にするな」
「いーやーだー!ここが落ち着くもん」
「仲がよろしくて何より……説明させていただいても?」
「わしも何が何だかわからんが、頼む」
村長は頭を押さえながらうめきながら、騎士団長に話を促した。
「あの人は冗談を言っているようには見えない。話くらいは聞いてやれ」
カインは静かに諭す。
女騎士団長アリアの声色から冗談を言っている様子は一切感じられないのが、リリアにもわかっていたのだろう。
「……わかった、お姉さんどういうことか教えて」
恐る恐るカインの後ろから顔を出し、カインの袖をつかみながら女騎士団長と対峙した。
「承知いたしました」
女騎士団長アリアは、真っ直ぐリリアを見つめ返す。
「その前に、一つ確認させていただきたい」
「な、なに?」
「貴女は父君のお名前をご存知か?」
「知ってるよ?」
リリアはきょとんとしながら答える。
「……教えていただきたい」
「アルバート」
「……フルネームは?」
「フルネーム?……あっ、あの長ったらしい奴ね!たしか――」
リリアは小さく息を吸って答える。
「アルバート・フォン・ヴィクトリア」
「おい、マジか」
「でも、あの少女の髪そっくりだぜ」
「間違いない、か」
答えた瞬間、周囲の王国騎士たちからどよめきが起こる。女騎士団長アリアも、目頭をつまんで額にしわを寄せていた。
「えっ、なに、どういうこと?」
「こっちのセリフだ。なぜ父親は姓を持ってる?」
カインは疑問を口にする。
一般市民は名字を持つことは許されず、商人とか有力騎士などの一部の人間だけが名字を名乗ることを許されているからだ。
「知らない。お父さん七歳の時に死んじゃったから」
「気にしろよ。というか、『フォン』ってミドルネーム……」
「あの愚兄が、説明くらいしろ……」
持ち直したアリアが二人の会話に割って入るように、声を上げる。
「お教えしましょう。あなたの父君、アルバート・フォン・ヴィクトリアは、ここヴィクトリア王国が第三王子にして、伝説の勇者。
そして―――わたくしの兄です」
その発言によって、周囲は沈黙に包まれる。
数秒、あるいは十数秒か。誰も口を開かなかった。
さすがのカインも驚きを隠せないのか、リリアの顔をじっと見ていた。
「……うっそだぁ」
「残念ながら事実です」
消え入るような声でリリアは答えた。しかし、アリア騎士団長は首を横に振る。
「そんなこと言われたって……」
リリアは困惑したまま、ちらりとカインを見上げる。
「その、なんだ」
カインは腕を組んだまま難しい顔をしてしまう。
「なに?今更敬語とか嫌だよ?」
「安心しろ、お前はお前だ」
リリアが少しだけホッとした顔をする。
「だが、お前が王女とか世も末だな」
「怒るよ?」
「冗談だ」
いつもの調子に戻ってくれたことで、場の空気が少しだけ和らぐ。
「仲がよろしいのですね」
アリアはそんな二人を見て、小さく目を細める。
「そ、そうかなぁ?」
リリアは頬をほんのり赤くする。
「そうでもないだろ」
「おい」
速攻で否定するカイン。
「まぁ、リリアちゃんが元気になってよかったわい」
その様子に村長は苦笑するしかなかった。
「んんっ!」
わいわいと騒ぐ一同を見ながら、アリアは一度咳払いをした。
「話を戻してもよろしいでしょうか」
「あっ、うん。お願い」
「では、続けさせてもらいます」
アリアは静かに頷くと、改めて全員を見渡す。
「まず結論から申し上げます、リリア様。あなたは勇者である第三王子と、魔王国の女王陛下の娘であられます」
「ちょっと、飛ばし過ぎじゃない?」
「そうでしょうか?では、順序だてて説明させていただきましょう」
アリアは、少し考えた後に口を開く。
「事の始まりは、今から十六年前。神から加護を受けたとして、教会から勇者として認定されたアル……失礼。アルバート王子は教会から魔王討伐を命じました」
リリア含め、周囲の村人たちは静かにアリア団長の言葉を聞いていた。
聞き逃すまいと、誰も口を挟めないのだ。
「しかし勇者は魔王を討ちませんでした」
「なんで?」
「敵同士が裏切る理由なんて昔から決まってる―――金か女だ」
カインは腕を組んだ。
「神から加護を受けた勇者なんだろう。金で寝返るとは思えん。なら残る理由は……駆け落ちか?」
「そんなわけ――」
「……よくお分かりになりましたね」
「あるの!?」
リリアの言葉を遮ったアリア騎士団長は深いため息を吐いた。
「まさしくその通りです」
「えぇ、お母さんとお父さん何やってんの……」
リリアは両親の知りたくなかったなれそめにドン引く。
「『愛に国境も思想もない』か」
カインは肩を竦める。
「昔聞いた時は笑い話だと思ったんだがな」
「……?カイン、何の話?」
「気にするな……騎士団長さん続けてくれ」
「はい。当時、魔王国と人類諸国は長きに渡る戦争状態にありました」
アリアは再び語り出す。戦争と言う言葉を聞いた村長がパイプの煙をふぅーっと吐き出し、その煙の向こうに16年前の戦火が浮かぶようだった
「その戦争を終わらせるため、教会は神託を下し、兄―――アルバート王子を勇者として魔王討伐へ向かわせたのです」
「それで、えー……お父さんはお母さんと駆け落ちした、と」
「はい」
アリアは頭が痛そうに頷く。よほど、自身の兄に苦労させられたのだろう。
「普通ならばあり得ない話です。しかし兄上は実際に魔王城へ乗り込み、魔王と接触し―――そして二人は恋に落ちました」
「恋ってそんな簡単に落ちるものかな?」
「私もそう思いますが、現に貴方が生まれたのが何よりの証拠です」
「うぐっ……」
アリアは真顔で答えると、リリアは答えに困窮する。
「でも、納得いかないなぁ……」
「わたくしも納得しておりません」
アリア騎士団長は再び額を押さえた。
「兄上は王国の第三王子であり勇者でした。魔王討伐は国家的事業。それを放り投げて駆け落ちなど……」
「お父さんならやるかと言ったら、確かにやりそうだけど」
「それは……まぁ、はい」
実の妹をして、否定できないってかなりやんちゃだったんだなとカインは思ったが口に出さなかった。
「とにかく、兄上と魔王は姿を消しました。そして魔王国は女王を失ったことで内部分裂を起こし、長く続いた戦争は終結へ向かいます」
アリア騎士団長がまた語り始めたことで、全員が口を閉ざす。
「その後、兄上は父―――現国王陛下へ手紙を送っておりました」
「手紙?」
リリアが反応を示す。
「はい。自分が生きていること。魔王と共に暮らしていること。そして娘が生まれたこと」
アリアは腰の長剣の柄に手を置き、遠い過去を思い返すように目を細めた。
「つまり、陛下は貴女の存在を知っておられたのです」
「なら、なぜ国王陛下は連れ戻さなかったんだ?」
「……『やっとあの大馬鹿ものが自立した』と喜んでおられました」
「身も蓋もないな」
「しかし、父上がそう言ってしまわれてはそう言うしかないのです」
遠い目をするアリア騎士団長に、流石のカインも憐憫の情を覚えた。
「しかし状況が変わりました」
彼女の声音が低くなる。
「教会が貴女の存在を知ったのです」
先ほどまでの和やかな空気が消える。
「勇者の血を引きながら魔王の血も引く存在」
「……」
「彼らにとって、それは決して認められないものでした」
「だから殺そうとしたのか?」
カインの問いに、アリアは静かに首を横へ振った。
「事実は少し異なります」
「違うの?酷い目に合わされたんだけど」
リリアが睨む。
「……教会内部にも様々な派閥があります」
アリア騎士団長は申し訳なさそうに頭を下げながらも説明を続ける。
「その中の過激派は、貴女の存在そのものを認められなかった。故にこうして動き出しました。問題なのは、その過激派には教皇が味方に付いているということです」
「なに、それ……」
リリアは手を握りしめ、唇をかむ。
「そんなことでお母さんが殺されて、村が燃やされたの!?」
「その通りです。だからこそ、父上は激怒なさいました。我々王国騎士団も、この件を許してはおりません」
リリアの怒りを受け止め、答える。
「国王陛下……おじいちゃんでいいのかな?」
「えぇ、それで間違ってはおりませんよ」
アリア騎士団長は少し笑いながら、祖父と呼ぶことを促す。
「父上は貴女を保護するよう王命を下されました」
「なんで?」
「祖父だからです」
「本当にそれだけか?」
カインが聞くと、アリアは苦笑した。
「先ほども思いましたが、あなたは鋭いですね」
「国家が、権力者が動く時ってのは個人の感情だけでは動ないもんだ。そこに何かしらの利益を求める―――違うか?」
「……たしかに、それも本当です。教会が勇者の血を引く少女を襲った」
「……」
「それが事実ならば、王国は教会を正式に弾劾できます。ヴィクトリア王国は、教会と良好な関係とは言えませんでしたから。この機会に、弱みを握りたいのです」
だが、と彼女は続ける。
「間違いなく、あなたを祖父として慮っているのも事実です」
アリアは改めてリリアへ向き直る。
「リリア様、いえ、リリアちゃん」
騎士団長としてではなく。一人の王族として、叔母としての声色で話しかける。
「どうか王都へお越しください。あなたをリリア王女として保護する準備はできております」
リリアは返事をしなかった。
王女という言葉よりも、王都という言葉よりも、もっと気になることがあった。
彼女の視線は隣に立つカインへ向けられた。
厄ネタヒロインと言ったな。この程度だから安心しな