失われた墓標   作:nanban

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プロローグ

「……早くしろ!……こっちだ……」

数人の行列は草木の生えない岩肌を歩く。列の中腹にいる二人の魔族は、大きな麻袋を担いでいる。薄汚れたその麻袋からは青い血液が滴り落ち、暗い色彩の道に溶ける。

行列の先頭にいる男は冷や汗を必死に拭い、辺りを仕切りに確認している。

「この辺りで良い ここなら宮廷周辺を調査されても見つからないはずだ」

麻袋を持っていた男達は『荷物』を乱暴に下ろした。列に並んでいた残りの数人は、地面に向かって攻撃魔法を繰り出す。岩が削れ、砂に成りつつある窪みを掘るよう、列の先頭に立っていた男は命じた。

魔法を繰り出した者、そして荷物を運んでいた者全員で必死に地面に穴を開けてゆく。

「いいか……深く掘れ!……絶対にコレが見つからないよう……深くだ!」

地上とは異なるそれを、必死に魔物たちは掘り続ける。作物はおろか、雑草も育たぬ死んだ地面。それが魔族と竜に与えられた世界だった。

持ち運ばれた麻袋の口が開かれる。ほどかれた布の向こうにあったものを見て、その場にいた軍人達は息を飲んだ。

「……このことは他言無用だ……分かったなッ!」

大魔王に従う男達は、ある男の死体を土砂で埋めたのだった。

 

 

 偽りの太陽が照らす薄暗い廊下。熱の持たないその場所に、野次馬が発生していた。

「失礼」

不安げな宮廷の住人達に、黒塗りの長身の男が声をかけた。大鎌を持った死神を凝視した男達は、驚いた表情で道を空ける。

「ボクは大魔王様からのご命令で調査に来たんだ 話は聞いてるよね?」

死神は明らかに年上である男達にそう話した。彼の失礼な態度、加えて外部からやって来たこともあり、宮廷の幹部達は顔をしかめた。

「……貴様が……例の殺し屋か」

道を空け、遺体のある現場へ死神を通したものの、男達は立ち去ろうとする気配はない。キルバーンはひとしきり周りにいる幹部達を見る。

「……あなた方のような『大人』なら察してくれませんかね? 遺体を観察するので移動して頂きたい」

キルバーンは呆れた様子で遺体のある場所へ足を運ぶ。

「そうそう! キルバーンの邪魔をしないでよね!」

しゃがみこむ主人の影から、ひとつ目ピエロが現れた。協力的ではない宮廷の住人に、彼は舌を出す。男達はキルバーン達をひと睨みした後、他の部屋へと移動したのだった。

 

「ふぅ……現場を見るだけでこんなに神経を使うものかい」

幹部達が居なくなったのを確認し、キルバーンは床に座った。眉をひそめる主人の肩で、ピロロは困ったように口をすぼめた。

「しょうがないよ~……だってボク達 魔王軍にやって来て一ヶ月も経ってないじゃん」

信用されていないんだ、とピロロは肩をすくめた。キルバーンは懐から巻き尺を取り出し、遺体の身長を測り始める。身長の目盛りを暗記し、次に遺体の腹部の傷口を測る。

「……三十センチもある 傷口の状態からして刃物で切ったように見えないな」

キルバーンは頭を上げて周りを観察する。紅い瞳が右から左に、そして天井に向けられる。キルバーン達が居る場所から五メートル程向こう、廊下の突き当たりに鏡が設置されていた。

「考えられるとしたら 鏡を使った呪法か」

巻き尺をしまい、キルバーンは腰を上げた。視線の先にある怪しげな鏡へ近づく。

「キルバーン 近づいたら危ないよぉ」

殺された男の側で、使い魔は心配そうに主人の背中に話しかけた。死神は軽く笑うと大きな鏡の前に起立した。黒装束の道化師と小さな道化師、二人の姿が写し出される。

死神は金属の指で鏡面を軽く叩き、異常が無いか確認した。視線は鏡から床に流れ、点々と残された被害者の血痕をなぞった。

「んー……やっぱりコレを利用したんだろうね」

死神は再び使い魔の横へ移動する。腑に落ちない主人へ向かって、ピロロは話しかけた。

「どうしたの? 何だか納得が出来ていないみたいだよ?」

不思議そうにピロロは首をかしげた。キルバーンは軽くため息をつき、仮面に触れる。

「……鏡を使った呪法にしては威力が高い……コイツの傷口があまりにも大きいのだよ」

銀色の人差し指は血を吹き出す遺体を指す。死神は怪訝な様子で続けた。

「殺すことだけが目的なら 何もこんな大きな傷を作らなくていいはず 首を刺してしまえばそれで終わりさ」

キルバーンは両手を挙げてジェスチャーして見せる。使い魔は主人に質問を投げ掛けた。

「……じゃあ これはただの暗殺じゃないってことなの……?」

恨みを持った敵の仕業なのかと、ピロロはキルバーンに訴える。死神は地面の一点を見つめ、ゆっくりと推理をまとめ上げた。

「怨恨はもちろん……ボクが気になるのは コレを殺した呪法の威力についてだよ」

話を聞くピロロに、キルバーンは件の鏡を見るよう指差した。

「鏡を使用した呪法は限られていてね 遺体の様子を見るに本人の鏡像を利用したものだろう」

うなづく使い魔にキルバーンは説明を続ける。

「鏡を見た標的が自分の鏡像から目を離した瞬間……鏡像は鋭利な刃物に変化して対象を刺し殺す 証拠も残りにくいし 暗殺にピッタリなんだ」

物騒な内容とは裏腹に、死神は使い魔に嬉しそうに説明をした。ピロロはコクリコクリと相槌を打つ。

「問題は威力でね……これはあくまでも暗殺用の呪法さ 普通なら数センチ程の傷口しか残らないし さほど派手なものではないんだ」

キルバーンの説明を一通り聞くと、ピロロは青い血にまみれた男を凝視した。男の腹部に残された三十センチ程の刺し傷を眺める。

「だったら術者が呪法の威力を 何か工夫して底上げしたんじゃないの?」

床にぺたりと座る使い魔は、腕を組む主人を見上げる。死神は再びため息をつくと、おもむろに使い魔を抱き上げた。

「うーん…………こればっかりは術が発動しているときに確認しないと 何とも言えないねぇ」

滞りを感じる主人を見て、使い魔はクスクスと笑いだす。

「ウフフッ キルバーンでも分からないことがあるんだねっ」

からかわれた死神は使い魔の頬を軽く摘まんでやる。

「こーら ご主人をからかうもんじゃありませんよ……ピロロ君」

ピロロはケラケラと、愉快そうに笑った。

 

 

「はぁ? 鏡を壊すな?」

キルバーンは腕を組む幹部達を前に、難色を示した。

「鏡一つであれ我々の備品だぞ? 何故貴様のような外部の者に 破壊出来る権限があると思った」

死神を睨む顔の中でも、一際年老いた魔族が続けた。

「大体そんな『腰巾着』を連れている殺し屋など信用出来ん」

窪んだ目元がキルバーンの肩に座っているピロロを捉える。使い魔の顔は険しい表情に変化した。

「……誰が……何だって……」

死神は使い魔が飛び出ないよう、左手で彼の前方を遮った。

「あなた方のおっしゃっていることは まるで縫合性が取れていない」

金の縁から覗く瞳が鋭く研ぎ澄まされる。死神は声を低くし、改めた。

「ここで何者かに幹部が一人 呪法で殺害されているんです それも犯人はあなた方に怨恨を抱いている可能性が高い……と言いましたよね?」

キルバーンは使い魔を引き留めながら、自身の右側の四人、左側の三人に目配せする。幹部達の表情は依然として嫌悪を示したままだった。

「ボクは大魔王直々のご命令で調査に来ているんだ 妨害しないで頂きたい」

死神は少し乱暴にテーブルを小突く。自身は怒っている、そう態度で表した。ピロロは唇を噛み、ひとつ目で幹部達を睨み付ける。

「はっ……『郷に入れば郷に従え』 そんなことも分からんのか? いくら貴様がバーン様の遣いであったとしてもだ ここにいるからには我々に従って貰われば 迷惑だ」

使い魔の小さな肩は震えだす。彼は歯を喰い縛ったかと思うと、主人の手を払い除けて宙に飛び出した。

「言わせておけば……ただの老いぼれのクセにッ! いい加減にしろよ! このクソ……」

杖を振り回す使い魔を主人は強引に引っ張った。

次の瞬間、真っ赤な液体がピロロの帽子や服を汚した。ガラスの破片がテーブルに落ち、ピロロは驚いた表情で顔を上げる。

幹部達の中でもトップと見られる男は、割れたワイン瓶を持っていた。使い魔に振り下ろされた瓶を腕で防ぎ、キルバーンの服は赤黒く染まっていた。左側に座っていた幹部達はピロロと同じく驚いた表情をしている。

「…………」

死神は無言で、腕に刺さったガラス片を抜く。使い魔は両手を強く握りしめ、肩をすくめた。

「ラミア殿……これは いくら何でも!……」

古株の男の行動は他の幹部にも予想外だったようで、部屋のすみで待機していた部下達に命令を下した。

「おい! だれか手当てを」

顔を青ざめた魔族と部下達はざわめき始める。

「手当てなど不要だ! こ奴は外部から来た部外者だ!」

テーブル席の左側に着席していた老人達が、向かいに座る青年達へわめき散らす。キルバーンの前に置かれた資料の羊皮紙が赤く染まって行く。

瞳の見えない仮面に、ピロロは涙目になり謝る。

「キ キルバーン ごっ……ごめ」

死神は静かに宙から大鎌を取り出した。そして、それを肩掛け、そっと両手をテーブルについた。

 

「全員 黙れ」

その声にその場の全員が凍りついた。仮面から覗く赤い瞳は無機質に目の前の対象を見る。

「黙って話を聞け」

手当てを命じられた部下は床にへたりこんでしまった。壮年の魔族達は眉をひきつらせている。

「ボクは何を言われようとも この事件の犯人を始末する それを邪魔するのであれば」

死神は大鎌を幹部達に突きつけた。

「ボクの気が済むまで いたぶらせてもらう」

使い魔は口を真っ直ぐに閉じ、杖を握りしめる。キルバーンはワイン瓶を振り回した老人を指差した。

「寿命が来るまで大人しくしていれば良いものを……気の毒だ」

死神の瞳は三日月に歪み、低く笑いだした。

「さぁ 遅くまで失礼致しました ボクはここに残って調査をしなければならない 寝泊まり出来る部屋の用意をして頂きたい」

死神の手前に着席していた男が慌てて起立し、部下を呼んだ。案内を受けたキルバーンは老人達を一瞬睨み、会議室を後にした。

 

 青い肌の魔族は、赤茶色の扉を開けた。

「こちらの部屋は長い間使っておりません……どうぞ ご自由にお使い下さい」

ランプに照された先には、絨毯の敷かれた正方形に近い空間があった。部屋には戸棚が幾つか存在し、魔法道具がポツンと放置されている。

「前に使用していた人の道具じゃないのかい? これ このままでいいの?」

部屋を案内した青年は困ったようにうなづく。あくまでも部屋の案内だけを任されていたようだった。ピロロは主人の肩からひとつ目を覗かせて質問する。

「まさか ここの部屋に何も仕掛けてないよね?」

二人が明らかに不機嫌なのを察したのだろう。青年は眉をひそめ、キルバーン達に頭を下げる。

「先ほどはっ……大変申し訳ありませんッ! 大魔王直属の遣いであるあなた様に……とんだご無礼を……!」

キルバーンはそんな青年の様子を目先だけで確認し、視線を部屋の方に戻した。

「上司から教わった処世術だろ それ」

頭を下げていた魔族の青年は、困ったように顔を上げた。ピロロは無表情で頬杖をついている。

「醜いねぇ 止めてくれないか そんなおべっかはボクに必要ないのだよ」

どう反応すれば良いのか分からず、青年は口をモゴモゴさせて冷や汗をかく。キルバーンは冷たい声色で話す。

「ボクには分からないよ 他人に頭を下げてまで得られない権力や地位って そんなに大事なものかい」

使い魔はつんとした表情で部屋に入る。キルバーンは入り口のドアノブを握り、扉を閉めようとした。

「あのっ キルバーン様」

呼び止められた死神は青年のいる方向に向き直る。

「余計なお世話でしょうが……これを」

魔族の青年は懐から白い布を取り出した。キルバーンは不思議そうにそれを受け取ると、青年は説明し始めた。

「それは本来 血痕が取れないときに使用する呪具ですが……ワインの汚れにもご使用になれるかと」

死神は興味深そうに布を調べる。白い布切れの四つ角に、六芒星が描かれている。どう使用するのかとキルバーンが質問すると、青年はピロロの三角帽子に布を被せた。ピロロはキョトンとした表情で動きを止める。

すると、白い布がじわじわと赤く染まり、ピロロの三角帽子は元通りの状態に戻った。

「うわ~! やったぁ!」

先程の出来事が嘘のように、使い魔は満面の笑みで喜んだ。死神は目を丸めて驚く。

「へぇ これ君が作ったの?」

青年はほっとし、首を左右に振った。

「それは魔界で駐屯を命じられている軍隊に支給されている品物です……実は……あなたに渡そうとくすねてきて……」

キルバーンは軽く笑うと、喜ぶピロロの頭を撫でてやった。

「ははっ そんなにボクに殺されたくないかい」

青年は気まずそうに死神達から目を反らした。キルバーンは呪具を懐にしまい、使い魔に部屋にいるよう指示した。

「……あの幹部達には……私も他の部下達も手を焼いていて……でも今日 あなたが啖呵を切ってくれたおかげでスッとしたんです……」

青年は緩く笑いながら、死神に話す。キルバーンは意表を突かれ、少し驚いた表情を見せた。

死神達は廊下の暗闇に消える案内人を、じっと見送った。

 

 キルバーンは部屋の中心に置かれた椅子へ座ると、ピロロを呼んだ。先程手に入れた布で死神は、相手の服のシミを綺麗に拭ってやった。

「ここの連中 かなり厄介そうだねぇ」

死神は渋い表情で布を調べる。

服が綺麗になったと喜ぶピロロは、宙を跳ね回った。

「えー? でもさっきの奴はまだいいじゃん! そんな素敵なアイテムをくれるなんてさ!」

「……現金な子だね……君は……」

死神は呆れた様子でボソリと呟く。ピロロがキルバーンの手から布を取ると、彼の右腕の汚れを落とし始めた。仮面から覗く瞳が優しげに落ち着く。

「さっきの彼だっておかしなものだよ ボクが怒る様子を見て心を晴らすなんてさ……上からの重圧がよほど酷いんだろう」

ピロロは口をへの字に曲げて、キルバーンに話しかける。

「……ボク 服の汚れが取れなかったら どうしようかと思った……」

円形の卓上に座り、使い魔は石造りの壁を見つめる。

「この服……地上へ出る記念に買ってもらったから……汚したくなかったんだ」

金属の手が三角座りの使い魔を撫でる。キルバーンは目をつむり、静かに笑った。

潤んだひとつ目が邪悪に微笑む主人に向けられる。キルバーンは使い魔に顔を近づけると、ある提案を持ちかけた。

「ねぇ 上手いこと理由を付けてさ……あいつら全員始末してしまおうか」

主人の恐ろしい提案に小さな死神は、満足げに微笑んだ。

「キャハハハッ それって最高だねぇ! お仕事が忙しくなっちゃう!」

無人の廊下に、二人の死神の嗤い声が木霊した。

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