失われた墓標   作:nanban

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調査編
迷宮


 円らな瞳がパチリと開かれる。視界にはぼんやりと橙色の光が入るのみで、周りも満足に見渡せなかった。ピロロは隣で大鎌を持ったまま就寝している主人を見た。

「…………」

お手洗いについてきて欲しい、そう頼もうにも使い魔は主人にどやされるのが嫌だった。用意されたこの部屋を含め、宮廷自体が不気味な為、ピロロは考え込んだ。

「……お手洗いだけだし……何かあれば魔法でやっつけてやる」

自分に言い聞かすように、ピロロは魔法の杖に手を伸ばした。枕元に置いておいた三角帽子を被り、使い魔はそっとベットから抜け出した。

 

 回廊は全くの闇だった。耳が痛くなる程の静寂に、ピロロは顔をしかめた。やはり主人を起こそうかと元来た道を振り返る。

しかし、背後に広がるのも不気味な暗闇のみであり、引き返すのにも勇気が必要だった。

「ボクは……死神の使い魔なんだ……大丈夫だもん」

ピロロは奥歯を噛み合わせ、目的地に急ぐ。魔法の杖を強く握りしめ、冷風が流れる廊下を飛行する。曲がり角に差し掛かったときだった。

「うぁっ」

突然、彼の目の前に人影が現れた。ピロロは反射的に杖を構える。

「って……あれ! 君さっきの……」

出会い頭にいたのは、先程案内をしてくれた魔族の青年だった。相手も少し驚いた表情を見せる。

「あなたはキルバーン様の……どうかされたのですか?」

使い魔はほっとした表情で答えた。

「ねぇ……あの……お手洗いってどこ?」

ピロロは灯りをつけている杖を振り回し、急いでいる素振りを見せる。魔族の青年は頷くと、ついてくるよう手招きした。

「こちらの方が近道ですよ」

その青年は優しげに微笑み、ピロロを連れて歩き始めた。使い魔は安心した表情で宙を進む。

冷えた廊下に火山の赤く怪しげな光が差し込まれる。大魔宮と似た素材の床は白く、美しい。

だが、闇の黒に染まりやすく、赤い光をよく反射した。それがまた一層、魔界の禍々しさを感じさせる。ピロロは柱の隙間から、魔界の夜空を垣間見た。

「やっぱり地上の夜空は凄かったな……こんな仕事早く終わらせて 地上に戻りたいや」

軽くため息をつきながら、ピロロは内心呟いた。青年は迷いなく進み、小さな死神に案内を続ける。革靴の乾いた音が、闇に淡々と響く。ピロロは青年の背中を眺める。先程、キルバーンに話しかけていた様子とは違い、彼は大変静かである。

「ねぇねぇ あの布さぁ キルバーンすっごく喜んでたよ 君って下っぱのくせに良いもの選ぶよね! キャハハハッ」

ピロロは青年を遠回しに褒めようと、からかい文句を吐いた。だが、青年を振り返りもせずに軽く笑うだけだった。幹部達も就寝をしている時間ゆえなのだろう。ピロロは再び視線を辺りの風景に向けた。

すると突然、青年は立ち止まり使い魔は気づかずにぶつかってしまった。

「わぁっ 危ないなぁ! 一体何なのさ」

ぶつかった顔をさすり、ピロロは杖を振り回した。青年はぼうっと起立したまま、ポツリポツリと言葉を発した。

「……その布 返して頂けませんか……」

妙なことを言い出す青年に、ピロロは怪訝な顔をした。

「え? あれはもうキルバーンのものだもん! 絶対に返してあげないんだからっ」

ピロロは困惑した表情で相手に訴える。青年はしばらく無言で立っていたかと思うと、ゆっくりと振り返った。

 

「……!」

使い魔の視界に、頭から血を流す相手の姿が映る。青年の顔は生気を失っていた。

「え…………それ……」

青年は自身の顔を苦しそうに押さえると、指の隙間から青い液体が垂れ始める。尋常でない出血量に、使い魔は背筋が凍る想いをした。

「あれで……血を……拭かねば……返して……かえしてください……ふくがよごれてると……おこられ……」

青い血にまみれた手の平が、驚く使い魔に指し伸ばされる。ピロロは杖を構えながら徐々に後退した。

「こっちに来るな! ボクに何かしたら キルバーンに言いつけてやるんだから!」

使い魔は両手で杖を握りしめ、魔法力を杖先に込め始める。背中に固い感触がぶつかり、ピロロは背後を手で触った。汗ばんだ手の平は冷たく、滑らかな質感を捉えた。

使い魔は目を見開いて振り返る。ピロロの背後には先日調査した大きな鏡が設置されていた。

『鏡像が変化して本人を刺す』

主人が説明した内容が、使い魔の頭に繰り返される。急いで鏡から離れようと飛行したのもつかの間、歪んだ鏡像が使い魔の肩を掴んだ。

「ぎゃぁぁぁぁぁあっ キルバーンッ! 早く来てぇぇぇ!」

ピロロの絶叫が辺りの静けさを打ち破る。ピロロの鏡像が鋭利な形に変化した。使い魔が杖を振り回し、鏡像を振り払おうともがく。涙目の使い魔に刃先が振り下ろされた、その瞬間だった。

 

 黒い霧の塊が鏡像に高速で体当たりした。解放されたピロロは宙に投げ出され、バランスを取ろうと手足をバタつかせた。主人が駆けつけてくれたのか、ピロロが黒い塊に目をやる。

それは影の塊、シャドーだった。シャドーはピロロの側にやって来ると、声を発した。

「ピロロ様 お怪我はございませんか」

シャドウは通常、声など発することは出来ない。ただ、自我を持つ影を産み出せる存在にピロロは心当たりがあった。

「ミストバーン……!」

廊下の暗がりからもう一体シャドーが飛び出す。宙を飛び回るその影は、血塗られた青年の体を貫いた。青年の体は虚ろげに消滅してしまった。

大鏡に再び、ピロロの鏡像が結ばれる。

「鏡から離れないと!」

二体のシャドー達とピロロは鏡の正面から離れようとする。獲物を逃しまいと、呪法で変化した鏡像は刃先を高速で伸ばしてきた。風を切り、漆黒の刃は幾つにも分かれた。

逃げ場はないと三人が身を固めたそのとき、鏡像の刃は重い衝撃に跳ね返された。金属と触れたそれは火花を散らして鏡に戻って行く。

死神は大鎌を振り、懐からトランプを取り出す。

「キルバーンッ!」

大鏡の鏡像は大きなものへ変形し、さらに鋭利な剣の形へ成ってゆく。鏡像が形を整えている隙に、キルバーンはトランプの一枚を鏡に投げつける。トランプが鏡面に設置されると、死神は手を振り下ろした。

「爆破!」

光が目映く光り、轟音が廊下に響き渡る。辺りの微かな光を反射した破片は、粉雪と同じく舞った。その大鏡が再び、鏡像を結ぶことは無かった。

 

 死神は使い魔とシャドー達の元に駆けつける。三人が無事と知ると否やキルバーンは安心し、ため息をつく。

「ピロロ どうして一人で行動したんだい ここは危ない場所だと分かっているはずだよ」

主人は死神の笛を肩に立て掛け、腕組をした。昨晩に続き落ち込むことの多い使い魔は、しゅんと頭を下げる。小さな声で謝るピロロの様子を見かねたシャドー達は、彼と共に頭を下げた。

「……もう良いではないか 死神」

廊下の暗がりから白い布が現れる。シャドー達は主の来訪に伴い、静かに姿を消した。キルバーンとピロロはやって来た人影に視線を移す。

「どうして 君がここに?」

死神は腕を組んだまま姿勢を崩さない。依然として機嫌の悪いキルバーンを、ピロロは不安げに見つめた。闇から抜け出た大魔王の側近は、もう一人の側近に淡々と答える。

「……ここの連中とお前達が一悶着あったと 密告があったのだが」

光る瞳がギラリと、一際鋭さを増す。

キルバーンは軽くため息をつき、視線を廊下の影に移した。

「あぁ 大したことはないよ こういう扱いには慣れてるんだ 別に怒ってないから」

胡散臭い笑顔がミストバーンに向けられる。主人の傍らに浮かぶ使い魔は渋い表情を見せていた。

「それだけでわざわざ 地上からボクの様子を確認しに来てくれたって訳かな?」

トゲのある物言いをする相手に、影は姿勢を正したまま冷静に続ける。

「大魔王様の側近に手出ししたとなれば 相応の処罰を下さねばなるまい」

だから片割れの自分が事態を把握しにきたのだと、影は死神を説得した。所作に不満が現れている死神は影を冷たく見つめなおす。

「この問題に首を突っ込まないでくれ アレらの処遇はボクが決める バーン様から許可は事前に頂いているんだ」

キルバーンとミストバーン、両者が数秒間睨みあう。ピロロは固唾を飲み、唇を噛み締める。その場の空気が凍てつく程に寒い。どちらかが攻撃を繰り出しても不思議ではなかった。

先に視線を外したのは、白い影の方だった。

「……ただ口論になっただけならともかく……手出しされたと聞いてな……」

影の光る瞳が伏せられる。死神は今まで感情の読み取れなかった相手の、寂しげな表情を垣間見た。

「……心配……してくれてたの?」

ミストバーンは無言のまま相槌を打つ。キルバーンは心底不思議そうに質問する。

「どうして? ボクが頼りなく見えたから?」

影は静かに首を横に振る。死神の側に浮かぶピロロが口を開いた。

「もしかして キルバーンが同じ側近だから?」

死神は驚いた様子で目を見開く。二人の死神は影の反応をじっと見守る。ミストバーンは視線を外したまま、ポツリと呟いた。

「お前はバーン様が認めた側近だ 正体が何であろうと お前は大魔王様の名を冠する者なのだ」

ミストバーンは元来た廊下の闇の方へ向く。

「……お前はもう一人身では無い それ以上は言わずともお前なら分かるだろう 死神よ」

リリルーラで移動しようとする影に、キルバーンは慌てて声をかけた。

「待ってくれ」

ミストバーンは振り返らずに、相手の言葉を待った。死神は続ける。

「ピロロのこと 助けてくれてありがとう」

感謝を受け取った影は小さく頷き、死神達の目の前から姿を消した。

ピロロはキルバーンの肩にぐったりした様子で座る。緊張した空気が解け、キルバーンも深く息を吐いた。疲れた使い魔の頭を、死神は軽く撫でてやる。主人が怒っていないことを感じたのか、ピロロは緩く微笑んだ。

「嫌われるのは慣れてるけど……心配されたりするのは……なんだか困るなぁ」

死神は仮面の下で苦笑する。

「同じ側近だからって よそ者のボクをここまで案じてくれてるなんてさ」

自傷気味に話す主人を、使い魔は少し寂しげに見つめる。死神の瞳は、当惑により濁った色を見せていた。

 

 

 翌日、幹部達やその部下達が騒いでいた。

仮眠を取った死神が起きてくると、壮年の男が一人、駆けつけてきた。

「私の部下が居ない 昨日貴方を案内した青年を知らないか」

ピロロとキルバーンは顔を見合わせる。使い魔の脳裏に血塗れだった青年の姿がよぎった。ピロロは目をつむり、無言で首を振った。死神達の返事を聞いた男は残念そうに項垂れる。キルバーンは肩を落とした相手に質問した。

「彼が居ないことは いつ気づいたんだい」

昨晩、年長の幹部をとがめた男は視線を左へ動かす。記憶を思い出しているようだった。

「今……今朝だ 召集に応えないから部屋を見に行ったら……どこにも居なくて……」

キルバーンは使い魔から、昨晩遭遇した血塗られた青年のことを聞いていた。そのような血の跡は無かったこと、彼はシャドーに攻撃されたことから、青年が幽霊であることは明白だった。

「何かその 心当たりは」

キルバーンは顎に手を置き、一点を見つめる。

「無いかな 普通に案内を受けて別れたよ」

魔法の布を貰ったことは伏せ、死神は返答する。返事を聞いた壮年の男は渋い顔を見せた。

すると、話し合っている集団を抜け、一人の老人が死神達の元へやって来た。二人の死神は冷たい目つきに切り替わる。ピロロにワイン瓶を振りかざした年長の男、ラミアだった。

「死神! こういった事態を防ぐ為に貴様が来たのではないのか!」

キルバーンは一切光の差さない瞳を、ラミアに向ける。ゾッとするその様子に、壮年の男は固唾を飲んだ。

「ボクはあくまでも 事件の犯人を始末することがお仕事です 昨晩も釘を刺したと思いますが」

死神は張り付いた笑顔で答える。

「あぁ 申し訳ない 貴方はご高齢でしたね 物忘れをしても仕方がありませんよねぇ」

肩にもたれ掛かるピロロがケラケラと笑う。キルバーンは顔を真っ赤にした老人を他所に、人混みから抜ける。怒鳴り散らすラミアを放ったらかし、死神達は宮廷を後にした。

 

「やっぱり……布をくれたあの魔族 殺されちゃったのかな」

宮廷から抜け出たキルバーン達は岩山に着地する。死神は懐にしまっていた地図を取り出した。

「遺体や痕跡はまだ確認出来ていないけど おおかたそうだろうね」

他の宮廷の位置を確認する主人に、ピロロは話しかける。

「ここに来て一日しか経ってないのに 随分手荒い歓迎だね」

使い魔は渋い表情で腕組をする。キルバーンは赤い瞳を使い魔に向けた。

「首を突っ込むな、と警告しているんだろう ボクらへの当てつけさ」

死神は低く笑い始める。

「ククク……まぁ 何をされても止めるつもりは無いけどね……」

主人の肩に座っていた使い魔も目を細めた。

キルバーンは地図を折り畳み、魔法力を放出する。ピロロは浮き上がったとんがり帽子を慌てて押さえた。

「まずは他の宮廷から探っておこう ここの連中を恨んでる奴は多そうだからね」

よし、と意気込む使い魔に死神は呼び掛ける。

「相手の仕草を観察するようにね ソイツがどれだけ嘘をついたって 動作に本音が現れるから」

死神は人差し指を立て、使い魔に指導した。

ピロロは笑顔でうなづくのだった。

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