「第六宮廷か……あの場所は 曰く付きだ」
蝋燭に照らされたワイングラスが光る。
「あの宮廷は元々 邪教徒達の持ち物だったと聞く」
軍服を着ている男の向かいで、キルバーンは顎を触る。視線を卓上のグラスに向けた。
「今いる連中がその邪教徒達から奪った……そう言うことかね?」
赤く、鋭い眼光が幹部の男に向けられる。死神の見えない残酷さに、相手の魔族は訝しげに答える。
「俺も そのときから在籍している訳ではないからな……そこまで詳しい事情までは知らないのだ」
幹部の男は死神から視線を外す。キルバーンの隣に座っていたピロロは、相手の仕草を観察した。主人と会話する魔族は緊張はしているものの、嘘をついている様子は無かった。
ピロロは退屈だ、と口をへの字に曲げた。
「ただ あの宮廷では不思議な現象が多いと聞く」
死神は表情を変えずに話を聞き続ける。キルバーンは相手に質問した。
「不思議な現象……と言うと 例えば呪法が強化されるとか?」
魔族の男は頷く。
「他にも霊魂がさまよっているのを見ただとか……うめき声が聞こえるだとか そんなことも聞くな」
話している内に男は、あることを思い出したようだった。屈強な体がピクリと動く。キルバーンは相手に注意を向ける。
「……そうだ……思い出した 確か約二百年前に各宮廷を移設する話があったのだ そのときに何故か第六宮廷だけは反対してな……」
ほう、とキルバーンは腕を組む。ピロロは頷きながら懸命に話を聞く。
「今ここ『第二宮廷』や他の宮廷は移設した後の場所にある 第六宮廷はずっとそのままだがな」
腑に落ちない様子の男に、死神は質問した。
「何故 第六宮廷だけ移設に反対したのかね?」
男は困ったように頭を掻く。見かねたキルバーンは質問の角度を変えた。
「何故そもそも宮廷を移設する話が出たんだい」
真剣な眼差しをする主人に、使い魔はきょとんと首をかしげた。
「……それ 今回の事件と何か関係あるの?」
指をくわえる使い魔を見て、死神は静かに笑った。なだめるように頭を撫でてやる。幹部の男は口を開いた。
「ふむ……お前も魔界に住まいを構えているなら分かるだろうが 当時は活火山があってな」
男は壁に掛かった絵画を見つめる。赤く吹き上がる炎の水の絵。魔界に住まう者達の日常の風景だった。
「その地下にある溶岩の脈の上に建物があると 地震も多い 活火山が近くにあると尚更だ」
魔族は死神に視線を戻す。
「……各宮廷では地震も起こっていた こちらが念入りな調査を行い その場所に建てたとしてもだ やはり自然のことを完全には把握出来ないのだ」
なるほど、と死神は返事をした。
「だからなるべく危なくない今の場所に みんな引っ越したって訳だ」
使い魔はお引っ越し、お引っ越しと軽くふざける。死神は静かに微笑んだ。幹部の男は相槌を打つ。
「じゃあ 第六宮廷は引っ越さなくても平気なの? 活火山の脈が通ってたら危なくない?」
ピロロは幹部の男に疑問を投げ掛ける。男は渋い表情で答えた。
「我々は調査した上で奴らに忠告した 『第六宮廷の地下には活火山の脈が通っている可能性がある』とな」
キルバーンは目を伏せ、声を低めて言う。
「……それでも答えはノーだった……って訳か」
幹部の男はため息を吐き、頷いた。二人の死神は顔をしかめる。
「何度も言ったのだがな 奴らと来たら本当に癪の触る老人どもだ」
キルバーンはフフフ、と笑いをこぼす。ピロロは目をつむり、真剣な様子で推理を始めた。死神は話終えた男に質問をする。
「ねぇ 第六宮廷のメンツは二百年前から変わってないの? 部下も含めて」
幹部の男は視線を左へ動かす。記憶をさかのぼっていた。
「幹部は誰も変わっていないが……その同じ二百年前に 若い優秀な兵士が行方不明になっていたような……」
キルバーンは興味深そうに聞き返す。
「行方不明? その兵士が誰か覚えてる?」
男は目をつむり、過去を強くイメージする。
「あぁ 何せその男は処刑人もしていたからな」
幹部の男の、紺の瞳が死神達を見つめた。
「カーディスだ その男の名は」
*
「カーディス……確か処刑をしていた優秀な元兵士だったか」
手の甲冑をさする魔族は、卓上の紅茶を見つめる。螺旋を描くその女の長髪は美しくなびいた。
「今は行方不明だそうだけど……何か心当たりは?」
死神は隙のない所作をする相手を観察する。魔界で前線を任されていることだけはある、と死神は笑みを浮かべた。
「そうだな……何故居なくなってしまったのかは分からん 通常不始末があれば我々にも伝達があるからな……」
キルバーンは仮面をさする。
「その……カーディス……の上司達が何か絡んでいる可能性は? 何かトラブルは聞いてない?」
主人の膝元で使い魔はコクコクと頷く。魔族は腕を組み、考え込む。
「奴が処刑人になってからは何も聞いてないが……アイツが兵士の頃か」
幹部は暗い表情で話を続ける。
「カーディスは元々 優秀な兵士でな……若いながらに小隊を引き連れていた 我々第四宮廷も彼らにはよく助けられた」
良い思い出を懐かしむように、女は微笑んだ。
「だがある日のことだ その小隊は遠征中全滅した 話によればカーディスの指揮のミスらしい」
キルバーンは納得しない様子で卓上の紅茶を見つめる。
「きな臭い話だ……本当に彼のミスなのかね? 彼の上司ラミア達がはめたんじゃないの?」
はっとした具合に女は顔を上げた。その表情が険しいものとなる。
「カーディスとラミア達の間で何かあったのではと……噂にはなっているが 事実は第六宮廷の奴らしか知らん……」
死神はため息をつく。面倒そうに首を掻くと、質問を繰り出した。
「……カーディスはその一件で兵士の身分を追われ 処刑人になった そう言うことかな」
女は一呼吸置いてうなづく。
「バーン様は寛大なお方だ カーディスも優秀だったからな……魔界の前線に立つ我らの処刑人になれと命じられた」
難しい表情をする主人を見上げ、ピロロは口を結んだ。
「で……今は行方不明と……なるほどねぇ……」
死神は卓上の紅茶を持ち上げ、口にした。
「カーディスは呪法が得意だったのかな 例えば機械を用いず鏡を使った古典的な呪法とか……使ってなかった?」
女は部屋のすみを睨み、件の処刑人の行いを想起する。
「……んー……処刑の様子を直接見ていた訳ではないからな……だが奴は第六宮廷の出身だ 邪教徒が残した資料を読んでいてもおかしくはない」
キルバーンは紅茶を卓上に置いた。女は続ける。
「邪教徒達の研究資料や書籍は全て 第六宮廷が独自に管理している あの宮廷の奴らは陰湿なものを好むからな……カーディスやその小隊は例外だったようだが」
一息つくと女は席を立つ。銀の甲冑が鳴り、幹部は背中を伸ばした。
「キルバーン」
赤い瞳が座る死神達に向けられる。
「……こんなことを言うのは いかがなものか そう思うのだが……」
金属と石造りの床が擦れ、鈍い音を立てる。死神は幹部と視線を合わせる。
「なるべくならラミアやその取り巻き共を始末してくれ 奴らは組織の癌そのものだ」
キルバーンはソファーから立ち上がり、軽く笑った。
「ウフフッ どうぞお任せを 紅茶をごちそうさま」
ピロロは出口に向かう主人を追う。死神達を見送る魔族に、ひとつめピエロは手を振った。
*
門番に挨拶し、死神は外に足を踏み出す。火山から吹き出る炭の香りが、肺を駆け巡った。トベルーラで建物から離れると、キルバーンは口を開いた。
「おそらく この事件の犯人はカーディスだ まだ証拠も揃ってないがね……」
使い魔は主人の肩から顔を出す。
「ボクもそんな気がする 他の宮廷に犯人はいないと思うよ 直感だけどね! えへへっ」
死神は真剣な表情をする使い魔に視線を移す。
「犯人はあの宮廷の不思議な力を元から熟知している人物だ 建物の構造も把握していると見ていい……」
キルバーンは険しい表情で前方を睨んだ。
「殺し方を見れば怨恨目的なのは間違い無いんだ アレは暗殺者のやり方じゃない」
ピロロはうんうんと相槌を打つ。二人は判明した事実や事柄を紐付けてゆく。
「カーディスはラミア達と性格が合わなかったようだし……小隊の一件にしろ 何かトラブルはあったと考えていいだろう 問題はそれをラミア達が素直に話すかどうか、だ……」
キルバーンは面倒そうに山々を見下ろす。針山が堕ちてくる生物を貫こうと、待ち構えていた。
「拷問や呪法で吐かせてもいいんだけどねぇ 第六宮廷には邪教徒達の残した資料があるらしいし……奴らが呪法に精通していてもおかしくない」
あまり効果はないかも、と死神は肩をすくめた。使い魔は残念そうにため息をつく。
「ま……本人達に聞くより自分達で調べた方が早いだろう 第六宮廷に戻ろうか」
邪教徒達が残したであろう資料を手にする為、キルバーン達は件の宮廷へ急ぐのだった。
*
赤茶色の扉を死神は閉める。目の前にいたのは図書館の司書をしているであろう、しにがみ達だった。キルバーンは大鎌を片手に、しにがみ達に近づく。
「失礼 君達がここの司書かな? 邪教徒達が残した資料を見せてもらいたいんだけど」
受付に座る二体のしにがみは顔を見合わせる。ぽそぽそと小さく会話をすると、キルバーン達に顔を合わせた。
「……ラミア様……幹部達の許可がなければダメです お帰りください」
キルバーンの側にいたピロロは膨れっ面になる。
「ちぇっ あんな奴らに頭なんか下げられるもんか! さっさと資料を見せてよ!」
杖を振り回す使い魔を、主人は制止した。キルバーンは何か企んだ様子でウインクしてみせる。
「ウフフ そう言うと思ってたよ 残念だけど許可書も持ってないしねぇ……」
大鎌がカチャリと鳴らされる。ピロロは息を飲んだ。その場の空気が張りつめる。キルバーンは死神の笛を、二体のしにがみの前に差し出した。
「この武器カッコいいでしょ? ボクのお気に入りなんだ」
しにがみ達は輝く大鎌を前に、目を輝かせる。ピロロはきょとんとした様子で三人を見守る。
「これはねぇ楽器にもなるし 金属だって切れる特別な 物凄い武器なんだ」
死神の笛の自慢話を聞いたしにがみ達はウズウズし始める。自分達も触ってみたいと、キルバーンに目を合わせる。
「君達も死神だものねぇ……こういう武器に血が騒いじゃうんだろ?」
長身の死神は小さなしにがみ達に微笑む。二体のしにがみは興奮した様子で相槌を打った。
「いいよ これを触らせてあげる」
主人の思わぬ発言に、ピロロは声を上げた。
「え! ちょっとキルバーン!」
暗殺者が商売道具を赤の他人に見せるなど言語道断である。使い魔は慌てて主人に止めさせようとした。しかし、キルバーンは静かに笑った。
「その代わり 二つ条件がある」
銀の指が二本立てられる。しにがみ達は真剣に黒塗りの男の話を聞いた。
「一つは邪教徒の資料を見せてくれること 二つ目はボクらがここに来たことを誰にも言わないこと 以上だ」
しにがみ達は困惑した様子でひそひそ話を始める。ピロロは小さな頬を掻いた。何とか話がまとまったのか、二体のしにがみは来客の方に向いた。そして、カウンターから鍵を取り出し、キルバーンに手渡した。
「……貴方達もこのことは内緒にして下さいね……」
死神は笑顔で頷き、大鎌を二体のしにがみに渡してやる。使い魔は主人の武器を眺めるしにがみ達を不安げに見つめた。キルバーンは鍵を指で回しながら、図書館の奥へと進むのだった。
石壁にあった鍵穴を回すと、ほこりとカビの不快な臭いが漂った。人一人が通れる程の狭い通路が現れる。
キルバーンは頭をぶつけないよう、ゆっくりと奥へ歩む。ほこりを被った書籍が死神達を囲むように乱立する。ピロロは目を痒そうにこすった。
「なるほど……どれも古いねぇ 古代の言葉で書かれているものもある」
気になった本の背表紙を、金属の指がなぞる。細かな塵が柔らかに舞う。キルバーン達は目を凝らして大量の本を確認してゆく。
慎重に幾つか手に取ると、二人は椅子と机のある場所を探した。積もる埃を踏みしめ、キルバーンは暗がりを歩く。本棚の隙間から現れたクモに、ピロロは小さく悲鳴を挙げた。驚いた使い魔の後ろで主人は密かに笑みを浮かべた。恐々と虫を見る使い魔を死神はそばに呼んでやる。
本棚の端までやって来ると、ポツンと一組の椅子と机が用意されていた。キルバーンは懐から布を取り出し、古びた机の上を拭き始める。
「かなりの間 誰も立ち入っていないみたいだ 必要な情報だけ複製して 新しい資料を作成してあるのかもね」
五冊の本が卓上に置かれる。本の重みで机は軋んだ。
「キルバーン 古代語なんて翻訳出来るの?」
死神は軽く笑い、指を鳴らした。どこからともなく革製の表紙の本が現れた。亜空間に収納しているものを、持ち主が口寄せしたのだった。
「こんなときのための辞書さ 任せておきたまえ」
コクりとうなづくピロロに、キルバーンは命じた。
「ピロロ 紙と筆記具を新しく用意してくれるかな 気になるものはメモしておくから」
*
卓上の古びたランプに、新品の蝋燭を設置する。使い魔は小さな灯りを灯した。死神は自前の辞書と資料を照らし合わせる。ピロロも主人の横に座り、古びた本を覗き込む。
「……邪教徒達がここの宮廷を建てたのは今から六百年前 剣豪ヒュンケルが活躍した時代に近いね」
尖った指が文字の羅列をなぞる。死神は一言一句漏らさず、確実に翻訳した。
「呪法の研究……自分達の呪法を研究する為に ここ第六宮廷を建てた 元は研究施設だったんだね」
ピロロは主人がなぞる文字を見つめる。だが、古代語を習得していない彼は渋い表情をした。
「彼らが行っていた呪法は魂を操作したり 目に見えない力を扱うもので……どうやら太古の技術を復興させようとしていたみたいだ」
キルバーンは訝しげに頭を掻く。
「中には不死の研究や 人工的に竜の騎士なんかを作ろうとしていた連中もいた……物騒な奴らだ」
銀の指が慎重にページをめくる。茶色く変色した挿し絵には禍々しい竜の騎士が描かれている。キルバーンはピロロにメモを取るよう指示した。羽根ペンを使い、使い魔は羊皮紙に文字を書く。
メモを取り終えたのを確認すると、キルバーンは続きを読み上げる。
「……他の傭兵や国とも交流があった 技術を共有したり 情報の取引が行われていたようだ 組織の規模はそこまで大きくなかったようだがね」
死神はページをめくってゆく。
数ページめくられると、突然銀の手が止められる。不思議に思ったピロロはキルバーンと顔を合わせた。
暗がりでよく見えないものの、赤い瞳が何故か揺らいでいる。主人は動揺していた。
「どうしたの? キルバーン?」
死神はページをめくるのを止め、深いため息をついた。止められたページを見ると、そこには邪教徒らのシンボルマークが書かれていた。
生き物の骨が幾つも重なった背後に、黒と白の翼が書かれている。ピロロはページを一通り見つめると、再び主人に視線を戻す。
「………………」
キルバーンは手で自らの目を覆う。すると、声を出して笑い始めた。ピロロはますます困惑し、筆記具を置いた。
「キ キルバーン……大丈夫?」
指の隙間から濁った赤が現れる。キルバーンはピロロと目を合わせず、ボソリと呟いた。
「ボクはコイツらを知っている 知り合いだよ」
使い魔は主人のただならぬ様子に硬直する。
「え え……しっ 知り合いなの……」
キルバーンは一息つくと、呆れたように話し始めた。
「いやぁ……こんなところでまた会うなんて……腐れ縁ってヤツなのかなぁ……」
主人の表情や仕草を見るに、明らかに良いコンタクトがあったとは思えない。ピロロは色んなことを聞きたい気持ちを抑え、慎重に質問する。
「戦ったことがあるの? この邪教徒達と」
キルバーンは首を横に振る。
「いいや ボクの一族と交流があったんだ」
あの饒舌な道化師が、苦い顔をしながら話す。
「どこに行ったのかと思っていたら……こんな建物を建てて ふざけた研究を続けてたんだねぇ」
ピロロは主人の殺気に身をすくませる。鬼の形相をする死神に、使い魔は顔を強ばらせながら話しかけた。
「……ごめんね もういいよ」
しゅんとする使い魔に気付き、主人は殺気を抑えた。下を向く三角帽子を優しく撫でてやる。
「いやぁ悪いねぇ……話を切り替えよう」
キルバーンは手元の本を閉じ、違うものを手に取る。ピロロは再び筆記具を持ちなおす。
「確かにコイツらが建てたなら この宮廷の不可解なことも納得出来るね」
黒皮の表紙の本を、キルバーンはパラパラとめくる。宮廷の全体図が書かれたページを開いた。銀の指が方角を表す印を指差す。ひし形が北を向いており、第六宮廷は北向きに建てられていることが判明した。
「ご覧よ この建物は北に向いている……つまり悪いモノの通り道 『鬼門』に建てられているんだ」
ピロロは首をかしげ、主人に質問する。
「きもん? 悪いモノの……通り道?」
キルバーンは頷き、説明を続ける。
「そう 『鬼門』は負の要素を含むものが通りやすいとされている方角のことでね この方角に何かがあると良くないことが起こる確率が増えるのさ」
宮廷の全体図をキルバーンはじっと読み解く。
「……それにこの建物は盆地に建っている 窪んだ土地にわざわざ建てられているんだ」
ピロロは本に描かれた宮廷の絵をまじまじ観察する。主人の話を理解半ばに聞いていた。
「この窪んだ土地というのも曲者だ 一度流れた空気が出て行きにくい構造になっている」
使い魔は両手でお椀の形を作る。キルバーンはそうだよ、と相槌を打った。
「この『鬼門』と『盆地』という条件を組み合わせるとだ ここ第六宮廷は悪い力が特別働きやすい場所と言うことになる」
死神は仮面をさすりながら、図面を睨む。ピロロは主人に質問をする。
「じゃあ もしかして呪法が強化されたり 幽霊を見たりっていうのは この建物の建っている場所が悪いってこと?」
恐らくは、と死神は頷く。
「……ボクはこういう風水を重要視していない 魂や目に見えないものを扱う呪法は不安定だから」
使い魔は主人の今までの仕事を想起する。
呪法、と一口に言えど種類は様々である。コアを吹き込んで命を宿してやる禁呪法から、鉱物を加工して超破壊爆弾を作成するものも存在する。
キルバーンが今まで使用していたのは主に機械や装置を用いる、科学的なものだった。
「魔法を極めたものは科学と言うらしい だから一見デタラメに見えるものだって仕組みはあるんだろうけど……」
死神は困った様子で頬杖をつく。
「コイツらのやってたことや 太古の昔に由来するものなんかは 理解出来ないところがあってね……きっと危険だから途絶えた技術なんだろう」
ピロロは博識な主人に感心した。
「……じゃあもしさ そのカーディスって奴が 邪教徒達の使っていた呪法で襲ってきたら……どうするつもりなの?」
キルバーンは使い魔と目を合わせる。先日鏡の呪法で襲われたときは、死神が仕組みを知っていたからこそ対処出来た。ピロロは不安げに主人に質問する。死神は肩を揺らして笑った。
「フフフ ボクは腐っても呪法のプロさ 必ず対処してみせるよ」
火に照らされた瞳は力強く輝く。
「詳しい仕組みは分からないとは言ったけど ボクだって昔の呪法が扱えない訳ではないよ? ちゃんと勉強したんだもの」
自慢げに胸を張る主人の頭を、使い魔は笑顔で撫でた。
「えっへへへっ 流石キルバーン! 偉いねぇ~!」
二人の死神は和やかに笑う。ピロロは主人の殺気が完全に収まったのを確認し、安心した。キルバーンは開いていた本を閉じる。死神が空中に手をかざすと、空間に渦が発生した。ぽっかりと空いた虚無に、キルバーンは五冊の本を放り込む。
作業を終えると死神は亜空間を閉じてしまった。
「面白い本だからもらっておこう ここにあってもほこりを被るだけだろうし」
ピロロはランプの蓋を空け、炎に息を吹き掛ける。閉ざされた図書館に闇が戻った。
「……ねぇキルバーン ここの成り立ちや呪法については分かったけどさ……」
使い魔の言葉に、死神は耳を傾ける。
「肝心の邪教徒達はどこに行ったんだろう? ここを魔王軍が占拠したときに殺されたのかな?」
キルバーンは部屋の暗がりに目をやる。赤い瞳に闇の黒が差し込んだ。
「……他の宮廷の幹部達に ここを手にした経緯を知る者はいなかった ラミア達が詳しいことを口外してないんだろう」
ピロロは直感的に嫌なものを感じる。キルバーンは難しい表情で続けた。
「占拠したってことは奴らの勲章になるさ 自慢したっておかしくない……だけれども 誰にも口外していないと言うことは」
二人の死神の間を、冷たい風が通り抜けた。
「誰にも話せないようなことが 行われた可能性が高い」