00 ☆
月下の元で、その誓いは果たされた。世界の呪いをその身に受けた男は、彼の呪いを解き放った少年に全てを託し眠りについた。
ある冬の月の美しい夜のことだった。
さて、月日が経つのは早く――。
師走の終わり、いわゆる大晦日に当たる今日。冬木市の深山町にある武家屋敷に一人住む少年、衛宮士郎はその日、毎日の掃除では手を付けない土蔵の整理をしていた。
大晦日といえば大掃除。使う物も使わない物も押し込められて、一年を過ごしてしまったこの場所を一新する。思い出の品も、必要のないものも、どちらも満遍なくあるこの場所を士郎はどこか寂しそうな目で見つめている。そして、一つの箱を見つけてしまう。ノート二つ分くらいの大きさの木箱。特に目立った装飾があるわけでもない。だが、士郎はその箱を、段ボールに埋もれている中から見つけ出した時、何故だかこの箱を開けてしまいたくなった。何の変哲もないこの箱に、確かに士郎は魅了されていたのだ。
箱の蓋に手を掛け、ゆっくりと開けた。そして、それは士郎の前に現れた。
「ぷっは――!! やあっと外に出ることが出来ましたよ~」
ぴょ――んという効果音がつきそうな感じで、勢いよく箱から飛び出してきたのは一本のステッキ。日曜日の朝八時くらいからのアニメで、少女たちが振り回していそうな感じの、いわゆる魔法少女のおもちゃのステッキ。そう表現する物が、士郎の前で自分の力で浮遊し、喋っている。テレビの画面の中か、漫画のコマの中でしか見られないような光景が、現実となり自分の前で起きていることに、士郎の意識は若干、というかかなり驚きと言うものに支配されていた。
「ふ、ふええええ?!」
ずるずるとものすごい勢いで後退りをする。無機物であるはずのおもちゃのステッキは、自力で浮いていることが当たり前のように存在している。
いや、あり得ない。
目を丸く、白黒させていた士郎は、現実から目をそらそうと必死に首を振っていた。
そんな士郎にはお構いなしに、杖は士郎を覗き込むように頭頂部を眼前に滑り込ませる。
「あ、出してくださった恩人に自己紹介もせずにすみませーん。私は、愉快型魔術礼装カレイドステッキに宿る人工妖精、マジカルルビーと申します。あなたのような方に見つけてもらえて、ルビーちゃん幸せです。何かこう、騙されやすそうな感じで」
「つ、つ、杖が、しゃ、喋っ……?!」
杖が浮いている事実よりも、喋るという事実の方がショックの割合が大きいらしく、目をぱちくりさせながら更に距離を取る。土蔵の壁に自分の背中が当たったことで、士郎はそれ以上逃げ場がないことを知った。大きく跳躍して杖が自分の前に現れ、ひっ、と声を漏らす。その反応を楽しむかのように、杖は士郎の周りをくるんくるんと勢いよく回り出す。
「そりゃあ、杖だって喋りますよ? このご時世、どれほどの魔法少女物の版権作品があると思っているんですか? 魔法少女と契約するものが、喋るなんて普通すぎて普通すぎて。かわいいマスコットの動物になればいいってもんじゃない。反対にそっちの方が需要が大きいので、私は敢えて杖でありながらマスターと契約をし、意志相通を測ろうという新天地を求めているんですよ」
生き生きと語る杖の言葉の中に、不穏な一語が聞こえた。
「ま、魔法少女? 何だよそれ……」
何度も確認してしまうが、ここは日曜朝八時の女児向けアニメの画面の中でも、深夜の大人向けアニメの画面の中でもない。魔法少女など、全く持って笑えない冗談だ。士郎は自分の義父が語った、魔法使いという言葉を思い出していた。
「爺さんは魔術師でも、魔法少女じゃないはず……。なんでこんなものがここにあるんだ?」
杖は爺さんという言葉に、とんでもないと言うように体を大きく曲げて見せた。
「爺さん? あぁ、あのゼルレッチじじぃのことですか? 普通に考えてくださいよ、マスター。さすがの私、人格破綻ステッキルビーちゃんでも、じじぃを魔法少女にする趣味なんてありませんよ。目に毒ですから。そう、魔法少女にするなら……」
「な、何で俺の方を見るんだよ。俺は、男だぞ?!」
一体何がこの杖の感覚器官なのかは全く持って分からない。だが、何故か品定めするような視線だけは感じることができる。杖は心底楽しそうな声を上げながら彼との距離をさらに縮める。
「ふふ、何かルビーちゃん、今なら何でもできそうな予感がしますよ? 何というか、今ならあなたを性転換出来ちゃいそうな感じです。カレイドステッキとしての本能が、この少年を女体化させろと言っている……!」
この杖、マジカルルビーは簡単に言うと興奮していた。十年ぶりに目を覚まし、彼の心をちょっと覗いてみたところ、何やらいい感じに歪みを持つ可愛らしい少年と出会ってしまったのだ。これは何と言うか、運命。そう陳腐な言葉で片付けてしまうのはもったいないが、この少年と出会ったことに並々ならぬ意味があると感じていた。
まぁ、そんなルビーとは反対に、士郎の方は逃げ出したくてたまらないのだが。しかも、何か女体かとか聞いてはならない言葉も聞こえたし。
「な、何かすごく不穏な言葉が聞こえた気がする。ちょ、ちょっと待って、や、やだ何して……ふあああああああっ?!」
ぴったりとくっついてきただけでは飽き足らず、何やら服をごそごそし始めたルビー。士郎があらぬ悲鳴を上げていると、土蔵は一瞬にしてルビーから発せられた光に飲み込まれた。
そして、光が収まって士郎が目を開けた時、彼の世界は変わっていた。
「な、な、なんじゃこりゃああああ?!」
元々、年相応の少年たちよりも小さかった士郎の体はさらに小さく、小柄なものに変化していた。短く切ってあった赤茶の髪は、肩より長く伸びふわりと揺れている。そして、士郎はまだ気が付いていないが、ズボンの中にあったあるものが消え、その代わりに彼の胸部は布を押し上げる慎ましやかな膨らみを持っていたりする。グッバイ昨日までの俺、ハロー今日からの私、といったところか。
身体的な変化にだけ士郎が驚いているわけでは無い。
飾り気のないトレーナーにジーパンを履いていたはずの士郎の服は、ひらっひらといやもうひらひらふわふわのドレスに身を包んでいた。白を基調としたドレス、薄いオレンジ色のリボンが至る所にほどこされている。そして、誰得だと叫びたくなるイヌ耳と尻尾のオプションサービス付き。
「おぉっ! 思ったよりも随分と可愛らしい魔法少女が出来上がりましたね!」
満足気な声を上げるステッキは、持ち手の部分を曲げ、うやうやしくお辞儀をする。
「まぁ、とりあえず、魔法少女もあなたの目指すセイギノミカタも、大した差はありません。私と契約してくれたんですから、楽しい毎日を過ごしましょう、マスター!」
杖、もといルビーは士郎の右手に収まると、小さな羽を羽ばたかせ土蔵を飛び出す。若干体が浮いたような気がしたと感じると、士郎の体は大空を跳躍していた。
「う、そ……」
某四次元ポケットの漫画にある黄色い竹コプターを頭に乗せているように、何の抵抗もなく空を飛ぶ。
「嘘なんかじゃありませんよ、これはマスターの想像力が成している技です。何だかんだ言って、魔法少女になることを受け入れているという証拠でもありますよ」
高度は上がっていく。大晦日の昼間ということで、買い物に出かけている人々が道を行くのがよく見える。
「さて、最初に何をしましょうか? あそこで、ナンパに困ってるお姉さんを助けます? それとも、駄菓子屋で万引きして逃げてる子供をぶっ飛ばします? マスターの思うままにどうぞ、やっちゃって下さい!」
熱を持ったように、頬を興奮から紅潮させていた士郎は、ルビーに話しかけられたことで現実に戻る。自分の手の中に納まるルビーに、初め抱いていた恐怖感はすでにない。まぁ、信用しきっているわけでもないのだが、それ以上に、自分を夢に近づけてくれる存在なのではないかと感じていた。
自分のユメ、理想。あの男の語ったものを、現実に出来るのではと。
「うん、それもいいけど。まず、俺のことマスターじゃなくて、名前で呼んでくれないか? 俺は、士郎。衛宮士郎っていうんだ」
かくして、運命の夜の前に、運命の大晦日を体験してしまった衛宮士郎。ちなみに、女性の体になったとこに気が付くのは、万引き犯を警察に引き渡した時に、警官から「いやぁ、君は小さい女の子なのにえらいねぇ」と声を掛けられた時だったりする。
"Alea iacta est!”
偽タイガー道場
弟子1号:ししょ―――!! 私のお株が士郎に取られちゃいましたよ――!
師匠:うむ、仕方あるまい。今の士郎は、女の子になってしまった士郎は、誰にとってみても、正義の味方に憧れる、健気なヒロインで……!
ルビー:申し訳ないですけど、うちの士郎さんにそんなこと期待しないで下さいまし。
弟子1号:うわ――元凶来た――!
ルビー:読者のみなさん、こんにちは。皆さんの心のアイドル、マジカルルビーちゃんです。TSで恋愛要素を入れるとなると、男といちゃいちゃすると、元が男だからBL? じゃあ、女子と仲良くすればいいと思ったけどそっちはGL?と混乱していますが、ばっちしラブコメってもらいます。R-15は、ちょっとくらいHなこと書いてもいいよね?という作者の迷いが付けさせたようですよ。
私の士郎さんは、最高に歪んでにぶっ壊れてる方なので、大変おいしい展開を考えております。また、次回の更新をお楽しみに――!
師匠:ちょっと、そこのステッキ! 士郎に変なことするなんて、聞いてないわよ!
弟子1号:恋愛要素とかも聞いてないわ! 誰とくっつけるの?! ううん、こうなったら男キャラ全員殺っちゃわないと……
師匠:うわわわ、残虐ロリっ子の本性が目覚めそうだから、今回はここまで! みなさん、ありがとうございました!