01
血に塗れた手を見つめている。
その手は何千という人を殺してきた。
今更何も感じることはない。
誰に理解されなくてもいい。
彼は自分に言い聞かせ、天を仰ぐ。
――あぁ、彼は泣きたかったのだ。
空を見上げて、表情を隠している彼を見てそう感じた。何故だか、自分の頬が濡れている事に気がつく。
「あれ、なんで……」
思わず漏れた声に、青年が振り返ろうとする。
「あ、ダメ……!」
理由もなく涙を流している姿を彼には見られたくない。思わず叫んでしまった。彼の背中がゆっくりと振り向いて。
ガンと頭に響いた衝撃で、士郎は目を覚ました。
「い、たっ……」
頭の頂点にクリーンヒットした腕。もちろん自分のものではなく、横にいる大河のものだ。次に襲ってきたのは背中に感じた寒気。自分の体をよく見ると、パジャマだけで、それ以外何もない。就寝時に被ったタオルケットや布団は、見事に隣の大河に奪われていた。
「藤ねぇ……!」
気持ちよさそうに寝息を立てて、まだ夢の中にいる彼女を恨めしそうに見る。鼻でもつまんでやろうか、と考えたがすぐに振り払った。衛宮士郎ならまだしも、昨日彼女に語ったシェロという少女がすることではない。仕返しが出来ないことは残念だが、士郎は潔く身を起こした。
タンスの横にかかっている穂群原学園の女子制服にどうしても目が行く。嬉々として大河が持ってきたこれに、自分が袖を通さねばならない。そう考えるだけで憂鬱になる。
今までひたすらに隠してきたことが、今になって自分に跳ね返ってくるとは。昨日の油断をしていた自分を叱咤してやりたい。まぁそんなことを思っても、変えられるわけでは無いので、僅かな抵抗とばかりに大きく深く一度ため息をついてみせた。それからさっさと制服に着替えていく。
胸元のリボンを結び終わったところで、まだ寝ている大河に一声かける。
「藤村先生、朝食の準備しますから、早めに起きてくださいね」
士郎の言葉に手を振って応える。どうやら微妙に意識はあるらしい。髪をゴムで纏めながら、部屋を出ようとする。そこで、隣の部屋の障子が開いていることに気がつく。障子の隙間から覗いてみると、布団は綺麗に片付けられて隅に置いてある。そこで眠っていたはずのセイバーの姿はすでに無かった。
「道場、かな?」
昨日家の中を一通り案内した時、剣の修行をする場所といって紹介した道場に興味を寄せていた。やはりセイバー、剣の英霊ということなのだろう。
道場に着いた士郎は扉を引いて、中を確かめる。
「セイバー、いる……?」
声をかけてすぐに彼女の姿を見つけた。板張りの床に正座をして瞼を閉じている。窓から入る日の光が彼女の金の髪にさらなる光を魅せていた。
彼女の声でセイバーはゆっくりと目を開く。入り口に士郎の姿を見つけると、表情を綻ばせた。
「おはようございます、シロウ。早いのですね」
「朝ごはんの用意とかあると、いつもこのくらいの時間に起きるんだ」
士郎はセイバーの隣まで来て、ちょこんと腰掛けた。冷静な彼女がどこかうずうずしていることに気がつく。そして、ここが剣道場だということを思い出す。
「セイバーがよければ、ちょっと竹刀握ってみる?」
剣の英霊である彼女からすると、剣道場はどこか惹かれるものがあるかもしれない。セイバーは士郎の言葉に面食らったような表情を向ける。
「いいのですか? 朝食の準備があるのでは?」
「ちょっとくらいなら大丈夫。あ、この竹刀使って」
隅に置いていた竹刀を二本持ってきて、セイバーに一つ手渡す。士郎が軽く構えて見せると、セイバーも竹刀を彼女に向けた。
「……それでは、いかせて頂きます」
彼女が敵と対峙した時のように、自分に向けて竹刀の先が真っ直ぐ向けられる。軽く息を吐き、士郎は自分から剣を振りかざして走り出した。
で、結論から言うと十分後。床に倒れ伏している士郎と、それを心配そうに見つめるセイバーの姿があった。
「すみません、シロウ。その、ここまでやるつもりは……」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ……。わたしも、ここまでボロ負けするとはおもってなかった、から……ガクリ」
人と英霊の違いというものを痛いほど思い知らされた。そもそも勝とうと思って始めたわけでは無かったのだが、負けず嫌いの性が出てしまった。勝てなくとも一矢報いたい、と思ったのが最後。体が限界を迎えるまで彼女と打ち合っていた。
申し訳なさそうな顔をしていたセイバーだったが、士郎が中々回復しないのを見て顔を青ざめさせる。
「も、もしや今朝はシロウの作る朝食が……」
何を言うかと思うと、気になったのは朝食のことらしい。真面目な彼女だが、食べ物のことになると少し人が変わったようになるところが面白いと思う。
シロウのご飯が食べられない、とガクブルしているセイバーを安心させるように彼女は体を起き上がらせた。
「大丈夫、大丈夫。五分くらい休めば多分平気だから」
「本当ですか、よかった……」
心底安心という顔つきのセイバー。そして、料理以外の士郎の仕事を少しでも減らせば彼女の負担は軽くなるだろうと即座に考えた。
「シロウ、何か手伝えることがあれば言ってください」
キリッと男前なことを言われる。料理は自分がやるため、他のことを頼むことにする。
「それじゃあ、俺が朝食作ってる間に、郵便物を取って来てもらえないかな。新聞くらいしか無いと思うんだけど」
「了解しました、シロウ。造作もありません」
士郎の依頼を快く引き受ける。セイバーは道場に一礼し、その場を離れていく。笑顔でそれを見送った士郎は、セイバーの姿が見えなくなったところで小さく息を吐く。
「かっこいいな……」
士郎からセイバーへの一番の印象はそれだった。
今のセイバーだけでなく、彼女の見せる全てがかっこいい。出来ることなら、自分も彼女のように凛々しく美しい女性になれたらいいのに。
そこまで考え、自分がこのまま女性の姿で生きることを肯定したような気持ちになり、それをすぐに振り払う。
「卵焼き、作ろう」
みりんを入れたふわふわの卵焼き。大河とセイバー、そしてズカズカと上がってくるであろう王様の分を作るために士郎はゆっくり立ち上がった。
昨日の朝食、昼食、夕食。どれを取ってもセイバーが口にした料理は、彼女が生きてきた中で食べた料理を凌駕していた。聖杯から与えられた知識で、彼女の作る食事はこの島国特有のものなのだとわかる。もし前回の聖杯戦争で、この食事を口にすることが出来たのなら。少なからずセイバーの士気にかかわっていたかもしれない。
前回の聖杯戦争で自分のマスターである衛宮切嗣。そして今回のマスターである衛宮士郎。自分のマスターとの関係は、第四次聖杯戦争の時より格段にいい。マスターから供給される魔力量や、戦闘の慣れ具合など前回より劣るものは沢山ある。だが、そんなことよりもサーヴァントとマスターの相性というのは重要だ。
どんなに強い組み合わせだとしても、互いに相容れない思想を持ち合わせていれば、六組の参加者よりも先に自分のパートナーが敵となりうる。前回は最後まで自分のマスターを理解することはなかったし、マスターもまたセイバーを理解することはなかった。
しかし、今回は違う。
彼女は自分をいないものとしたりしないし、不条理な嫌悪感を自分に向けない。セイバーと対等に立つことを良しとする彼女。彼女がマスターであれば、きっと今度こそ、自らの手に聖杯を。
そして、今度こそ自らの願いを聖杯に。
物思いにふけっていたセイバー。シロウから言われたお仕事を思いだす。
「いけません、シロウから郵便物を取ってくるように言われたのでした。郵便受けはどこなのでしょう……」
門のところと教えてもらっていたが、いまいち場所がぱっとせず、きょろきょろと辺りを見回す。すると、ぽすりと肩にものが乗せられる感覚があった。振り向かずにそのまま手に取ってみると、新聞とそれに挟まっていた広告のチラシなどがあった。
「郵便物とは、これのことか?」
後ろから聞こえてきた声。そうか、現世に慣れていない自分を助けてくれる存在が後ろに立っているのだと理解する。騎士たるもの、恩を受けたのなら礼を言わねば。彼女がそう思って顔を振り向かせると。
「俗世にまみれ、随分と腑抜けたものよ、騎士王?」
あり得ないものが目の前にある。
「なっ……!?」
驚愕に目を見開き、手にあった郵便物を地面にバラまいてしまう。
目に焼き付く金。妖艶さを放つ赤。その二つを持ち合わせる目の前の男を、セイバーは知っていた。すぐ前に彼女が想いを馳せた第四次聖杯戦争で刀を交えたサーヴァント。
「貴様はアーチャ、もごっ……」
「あまり騒ぐなよ。シロウに気取られたくないのは、互いに同じだろう?」
大声で叫びそうになったセイバーの口をふさぎ、彼女を牽制する。身を固くしたセイバーだったが、彼の口から出た自らのマスターの名を聞き息を飲んだ。
彼は、あの少女を知っている。
セイバーは彼の手を払いのけ、間合いを取る。今にも斬りかかりそうな勢いで睨みつけた。
「貴方がこの時代に現界をしているなどあり得ない。ですが、それよりも、なぜ貴方がシロウのことを。彼女が切嗣の娘だから近づいたというのですか」
疑問はいくつもある。それを聞きださねばとも思う。しかし、一番セイバーが気にしたのは彼が自分のマスターを知っているということ。殺気を隠しもしないセイバーに反して、ギルガメッシュは涼しい顔をしている。
「まぁ、細かいことは気にするでない」
「細かいことではありません!」
間髪入れずに声を荒げた。彼女の様子を見て、彼はやれやれと首を振った。
「血気盛んすぎるのも困りものだぞ、セイバー? 十年ぶりの再会ではないか」
彼女の頬に手を伸ばそうとした男を全力で拒否する。
「アーチャー、貴方が何を思ってここにいるかなど関係ありません。ですが、貴方は私とシロウの障害となる存在。ならば……」
続く言葉を一度切る。いや、言わずともそんなこと、最初から決まっている。
それが自分に残された唯一の道。
目の前サーヴァントは敵だ。
敵は倒す。
ただそれだけ。
ならば迷う必要は何処にも無い。
瞬きの合間にブラウスにスカート姿だった彼女は、全身を鋼の鎧で包む。手には不可視の騎士王の愛刀。地を蹴り、獅子のように大きく剣を振りかぶり。
「あー、ギルっちだ。おはよー」
「はっ?!」
戦場の重い空気を吹き飛ばすのんきな声が響いたことで、セイバーの緊張は途切れ地面に落下する。ついでに、武装化も解かれてしまっていた。
先ほどまでぬくぬくと士郎の布団の中にいた大河。彼女が手を振って、二人の元にやってきた。大河がこの男と知り合いなことにも驚くことだが、目の前のサーヴァントが彼女に特に何もしないことにも同じように驚く。
「タイガ、この男を知っているのですか?!」
噛み付くように言われた知り合い、というセイバーの言葉に大河はにっこりと笑顔肯定する。
「うん、前に士郎が拾ってきてね、それで懐いちゃったからよく来るのよ、うちに」
「おい、人を犬猫のように語るでない! 特にセイバーにはな!」
ギルっちもとい、ギルガメッシュ。彼の言葉を大河はさらりとスルーする。
「ギルっち、士郎のご飯食べに来たの? 今日もおいしそうな匂いが台所からしてたのよぅ」
彼女のギルガメッシュのあしらい方、弟分とかなり似ていることにギルガメッシュは気づいていない。
「成程な。この我が来ると知っていたから、最高の料理を献上しようとしているのだな。あ奴にしては、中々の心がけだ」
うんうん、と頷いている彼は放置し、大河はセイバーに向き直る。
「ご飯がね、そろそろ出来そうだったから、セイバーちゃん呼びに来たの。ギルっちもセイバーちゃんも、早く行きましょ」
二人分の名前を呼ばれたことで、彼女は顔を曇らせる。大河とこの男の関係も、士郎と男の関係も自分は知らない。自分が知っているのは、この男はサーヴァントであり、自らの敵。そして、自分が知る限り最も危険なサーヴァントだということ。
「タイガ、しかし……」
頷きがたい、と眉をひそめたセイバーを見て、大河は彼女の両手を包み込んだ。
「大丈夫よ、セイバーちゃん。ここでは喧嘩とかはご法度だから。それに、
言いたいことはたくさんあった。それでも、大河の「士郎が悲しむ」という言葉にセイバーは渋々頷く。
「……わかり、ました」
「うん、それじゃあ行こっか」
大河が先導して衛宮邸の中に入っていく。ギルガメッシュも勝手知ってたる場所だというように、遠慮なく進む。自分から遠ざかる彼の背中を見ながら、セイバーは唇を強く噛みしめる。
あの男は危険だ。
前回の聖杯戦争の折に自分にいきなり求婚してきた時も感じた。この男の手に自分のマスターが堕ちてしまったら……。
確証はない。
しかし、もしそんなことが起きてしまったら。
それを止めるのは自分の役目であると、彼女の持ち合わせる直感スキルが強く囁きかけていた。
偽タイガー道場
師匠:で、言い訳とはいかに?
作者:そ、卒業式とか
弟子1号:ほうほう?
作者:だ、大学の入学案内とか
ルビー:他には?
作者:卒業旅行の奈良とか
師匠:そして、最大の原因は?
作者:……。艦これととうらぶやってましたぁっ!!!!(土下座)
師匠:であえー! であえー! この者をひっ捕えよーー!!
作者:ど、どうかご慈悲をお願いします、お代官様!!
師匠:ええぃ、聞く耳を持たぬ! 艦娘愛でて、剣を愛でて、楽しかっただろうな!!
作者:マジ楽しかったです。連続で、雪風と阿武隈と鬼怒と伊8が出た時、むっちゃテンション上がりました。大太刀もようやく出て……
弟子1号:ふふふ、そしてもう一つある様ね、執筆しなかった理由
作者:そ、それは……
ルビー:吐いちゃってくださいよ。私たちも、無駄に苦しめたい訳ではありません。
作者:五月にある……
師匠:五月にある?
作者:とあるオンリーイベントに申し込んじゃったよ、てへぺr……ぐほあっ
師匠:よって、この者の罪は決まった。死刑ー死刑ー!
ルビー:今までの応援ありがとうございました。次回からは、「ドキッ、男だらけの第四次聖杯戦争! 愛を貫けマジカル☆エミィ」をよろしくお願いしますね
凛:ちょっと待ったーーー!!
作者:あ、あなたは!!!
凛:とある時は学園の優等生、とある時は夜の街を駆ける天才魔術師。遠坂家当主、遠坂凛!
ルビー:見せられないよカレイド☆ルビーと、もっと見せられないよ英霊トーサカが抜けてますよ
凛:だまらっしゃい!! いいこと、この作者は殺させない。そもそも、アーチャーが偽・螺旋剣を打った時点でこれは、四月から二期が始まるUBWいわゆる凛ルート! どのルートでも輝く私が、もっとも輝くルートなの!
打ち切りなんて、この遠坂凛が絶対に許さないわ。
作者:り、凛さん……!
凛:でも、お灸は据えないといけないと思うわ
作者:え?
凛:これだけひっぱといて、私の出番ないとかおかしいんじゃないの? そのこと、ちゃんと分からせてやらなきゃね!
作者:え、え? ちょ、ちょっと凛さん何してうわあああああああ
ルビー:という訳で、作者がグッバイしたので、次回からは「チキチキ! 士郎子に似合うのは、白の水着? 黒の水着? ぽろりもあるよ冬木市第三回ビーチバレー大会」をお送りします。是非お楽しみに!
師匠:と色々ありましたが、今回も読んでくださってありがとうございます。またちまちまと更新していくと思うので、よろしくお願いしまーす!