すでに意識はぶっ飛んでいる。だからこそ、自分もまた人間らしからぬ動きをすることが出来る。そして、こんなにも恥ずかしいセリフを言いまくれるのだ。
突き刺す、なんて生ぬるい。目の前の男から感じるのは、抉り出されるような殺気。自分の肌を切り裂いて、内臓を抉り出される、そういった感覚だ。だが、殺気すらも気分がいい。自分がこの殺気を受けて、なお男に向かおうとする。自身の無謀な勇気に、エミィは歪んだ笑みを見せた。
青い槍兵から繰り出される槍の一撃を、紙一重でかわす。安心するのも束の間、標的を見失うことなく次なる攻撃が士郎に放たれる。今回は完全に見切ることは出来ず、僅かに刃先が髪をかすり、暗闇に赤茶色の髪が弾けた。
続けて接近戦をするのは分が悪いと判断し、エミィは大きく跳躍し男から距離を取る。男も少女もどちらも、息一つ乱れてはいない。無音の圧力のある校舎は、毎日通っている場所とは思えないほど空気が張りつめている。緊張をほぐすように、右手に握っていたステッキを両手で包み込んだ。
「男に見せかけて、お前さんが女だと分かった時はどうしようかと思ったが……、これだけぶつかり合って汗一つかいちゃいねぇとは、女のわりに中々やるな」
男は槍をもてあそぶように手で回しながらエミィに言う。
「女だからと言って舐めている男に灸を据えてやるのが、私の得意技なのだわ。でもまだ、この程度じゃ足りない……」
雲の切れ間から月が覗く。黒が支配していた廊下に、銀の光が差し込んだ。男の赤と、少女の橙。その二つの瞳が混じり合った時、再び槍とステッキは交差する。
単純な力勝負でかなうはずは無い。だが、鍔競り合いをしたまま両者は一歩も動かない。ルビーを通してエミィに注がれる魔力は、肉体の強化とこの体勢の維持にあてがわれている。今の士郎には、この状態を少しでも長く維持する必要があった。残った魔力をステッキに溜め、男を完全に自分から引き離す一撃を放たねばならないのだから。
「まぁ、俺とここまでやり合える嬢ちゃんを、ここで殺すのは勿体ねぇな……」
吐き出すように言い、男はステッキごとエミィを弾き飛ばす。間合いを取る暇など与えない。赤き槍は刹那の間で、彼女の左胸を貫こうと数㎝のところに迫る。
その瞬間を待っていた。
「
「待ってましたよ、エミィさん!」
エミィが変身してからというもの、ずっと黙っていたルビーが歓喜の声を上げる。赤い槍は時が止まったかのように動かず、少女の胸を貫くことは無い。
そして、彼女と槍兵との間に一つの魔法陣が現れた。
ステッキに溜まっていた魔力が、全て魔法陣に注がれていることに気が付き、男は目を見開いた。先ほどの魔力の砲弾とはわけが違う。魔術を避けることはこの距離からでは不可能。魔法陣から溢れ出した光は収束し、琥珀色の閃光となって男を襲った。
遠坂凛は困惑していた。それは、学校に貼ってある趣味の悪い結界存在や、自分の元に現れたランサーのサーヴァントの襲撃では無く。自分たちの戦いを見てしまった、恐らく一般人がいるということ。そして、その一般人が逃げて行った学校の校舎からぶつかり合う二つの魔力を感じることだ。
一度目、誰もいないはずの廊下が光った時、もしやと思った。そして、次の瞬間から感じる、ランサーとぶつかり合う魔力。今まで感じたことの無い、知らない人物のもの。激しくぶつかり合うのが分かり、どうやら自分のサーヴァントであるアーチャーと同等、もしくはそれ以上の力を持つランサーと善戦しているのが分かった。
この学校に魔術師の存在は無かったはず。だが、走り抜けていった人物の服装を見る限り、この穂群原学園の制服を着用していた。それを踏まえて考えられるのは、この学園に自分が完全に見落としていた魔術師がいるということ。
「何なの……わけ分からない……」
舌打ちと共に吐き出した言葉に、自分の横に立つアーチャーが僅かに反応を見せるのを感じた。二つの魔力がぶつかり合う校舎を見つめながら、アーチャーは静かに凛に問いかける。
「凛、校舎で戦っているのは、ランサーと魔術師か?」
「えぇ、少なくとも私はそう思っているわ。どこの誰だか知らないけれど」
そうか、と一言告げまたアーチャーは黙ってしまう。彼が校舎を見つめる瞳が、何かを探るように揺れているのを見つける。一体何が気になっているのかと聞こうとした時。再び校舎から溢れんばかりの光が放たれる。次の瞬間には、廊下の窓が割れる音がし、青く光るものが校庭に叩きつけられるのが見えた。
「ぐあっ!!」
叩きつけられたものが先程アーチャーと戦っていたランサーだとすぐに気が付く。そう考えると、あの槍兵を吹き飛ばしたのは、先程ランサーに追われていった人物だと分かる。凛は自分の背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「ランサーが死んだ……?」
アーチャーがぽつりと呟くと、土煙が上がる中から「死んでねぇよ!」と怒声が聞こえてきた。どうやらダメージはほとんどなく、単に少女の奇襲に引っかかったのだと分かる。
「あら、人間の形をしている割に丈夫なのね。でも、まだまだエミィの力の四分の一も出していなくってよ。変態青タイツ、勝負はまだまだ続くのだわ――!!」
まるで悪の女王のように高らかな笑い声を響かせながら、校舎の窓から一人の少女が現れた。イヌ耳や尻尾、リボン、フリル等をその身に着けている。少女の姿を二度見ならぬ三度見ほどしたところで、隣に立つアーチャーに声を掛けた。
「あ、アーチャー? 私、あなたを召喚した疲れがまだ残っているのかしら? なんか、へんてこりんなステッキを持った、魔法少女が見えるのだけれど」
こほんと咳払いをし、アーチャーは淡々とした声で言う。
「凛、同じことを私も聞こうと思っていた。記憶の混乱だけでなく、精神に混乱が見られるのかと思ってね。私には、いわゆる魔法少女の格好をしてランサーを吹き飛ばしたと考えられる少女が見えるのだが……」
二人して同じようなことを互いに確認し合ったことで沈黙が流れる。顔を見合わせ、もう一度少女に視線を向ける。自分たちが形容した通りの格好をしているのが目に入り、もう一度顔を合わせる。
「夢じゃない?!」
赤い主従のユニゾンはしっかりとランサーの元にも届いていた。
「ちぃっ……とんだ伏兵だな」
ドヤ顔で自分の前にふわふわと浮いている少女を見ながら、ランサーはやれやれと肩を下ろす。自分の戦況が不利だと分かった彼のマスターからは、すでに撤退するようにと命令されていた。気に食わない命令ばかりを受けるマスターではあるが、今回ばかりはその意見に全力で同意した。
どうにも分が悪い。ここで「仕切り直す」のが得策だ。
ランサーが戦闘を離脱しようとしているのを感じ取ったのか、士郎はランサーに飛びかかろうとする。
「逃がさないのだわ!」
「俺のマスターからの命令でね。勝ち目が無いんなら、帰って来いと言いやがった。てめぇの相手は、また今度だ。変なかっこした、嬢ちゃん」
獣を思わせる俊足は、エミィとの戦いの中では見せなかったものだった。あっという間に姿だけでなく気配も消えてしまった相手。エミィは頬を膨らませると、右手のステッキを見る。
「ルビー、逃げられちゃったのだわ」
「まぁ、何だかんだ言って、士郎さんってどんくさいですもんね。変身するのもかなーり渋りますし」
責任は自分には無いと言いたげなステッキに反論しようとすると、ピリッとした殺気が自分に向けられるのを感じた。振り向くと、そこには赤いコートを身に纏う黒髪の少女の姿があった。
「動かないで」
「!」
指先を自分に向けている少女のことを、士郎は知っていた。コートの下の制服は、自分の通う穂群原学園の女子制服だ。
「動けば、あなたの命は無いわ。大人しくその杖を置いて、私に従うことね」
黙って自分の前の少女をまじまじと見ていたエミィは、一度ステッキに視線を落とす。先ほどランサーを退ける時に使った魔力は、ルビーの力ですでに回復している。それに、ランサーとの戦闘では、まだ満足できない。
そんな主人の思惑をくみ取ったのか、ルビーは人の悪そうな声で彼女に尋ねる。
「エミィさん、新たな敵が現れてしまったようですよ? どうしますか、マイマスター?」
「決まっているのだわ。こんな夜に学校で危ないことする赤い悪魔も、その横のかっこつけてる赤い変な奴も。冬木の平和を脅かすものに、変わりない。ならば、私のやることは……」
地面を蹴って、目の前の赤に向かってステッキを振りかざす。
「冬木の平和を守るため、悪を倒すのだわ――!」
ステッキの五芒星の部分が光のが見えた。魔力の塊が打ち出されるのだと理解し、凛は応戦すべく指先に力を込める。
「誰が赤い悪魔よ!!」
エミィから放たれた琥珀色の光、凛から放たれた赤黒い呪いの魔力。二つはぶつかり合い、爆発した。白い煙が上がる中、ステッキの光を凛は視認する。もう一度打ち込もうとすると、彼女の前に赤い弓兵が立った。
「凛、私に行かせてくれ」
彼の背中を見ると、どことなく安心している自分がいた。凛は分かったと返答する。
「任せたわよ、アーチャー」
エミィから距離を取り、アーチャーに前衛を任せる。赤い弓兵と、ドレス姿の魔法少女が対峙しているのを見て、そのアンバランスさに気が抜けるのを感じた。どうにも締まらない。
両手に陰陽の夫婦剣を持ち、アーチャーはエミィの前に立つ。
少女は、ランサーとはまた違った闘気を放つアーチャーを前に、怯むどころか、自分が高揚しているのを感じた。正義である自分の前に立ちはだかるものは、全て悪。そうずっと思っていたが、目の前の赤い男は何故か悪と感じない。それよりも、自分と似たものさえ感じる。どくりと、心臓が音を立てているような錯覚に陥った。早くこの男と戦ってみたいと。
「君は、愛と正義のために戦っていると言っていたな」
「もちろんなのだわ。私は、正義の味方。この冬木を守る、唯一の善!」
きっぱりと言い切った少女。ついでに、決めポーズまでしている。アーチャーは痛いものを見てしまったとばかりに、自身の眉間を押さえる。
「むぅ、人のことをまるで痛い子のように見るなんて、許せないのだわ! ルビー、いっちゃえ――」
「了解です、マスター! ぶっちゃけ、エミィになってるあなたは、痛い子通り越して重症患者ですけど、ここはぱーっとやっちゃいましょう!」
エミィにとって二度目の戦闘が始まる。相手の攻撃は両手の双剣。ランサーとの戦闘のように、不意を突いて魔力の塊をぶつける戦法で行こう。そう考え、エミィはステッキ一本でアーチャーの攻撃を弾いていく。
戦闘をアーチャーに任せた凛は、目でエミィと彼女の持つ魔術礼装のステッキを観察していた。天才と呼ばれる彼女をもってしても、魔法少女の全貌を理解することは出来なかった。だが、どういったカラクリで彼女がサーヴァントと渡り合えるほどの戦闘を行えるかは見えていた。
『アーチャー、あの魔法少女は魔術礼装によって身体や魔術回路を強化してるわ。それと、魔術礼装の特性がなんとなく見えてきた』
『ほう、それはどのような?』
『あのね、とんでもない代物よ。何でかは分からないけど、マスターであるあの子がある限り、無限の魔力供給を行ってる。あの子の魔術回路の性能は分からないけど、ガス欠を狙うのは厳しそうね』
どうするの、と凛が聞こうとした時には、アーチャーはすでに行動を起こしていた。
「ならば……!」
少女の振り回すステッキを掴み、自分のほうへ引き寄せる。予想外のアーチャーの行動に、バランスを崩したエミィ。アーチャーは地面に倒れこもうとした彼女を抱きとめ、無防備にさらされた首元に手刀を入れる。
「ふみゅううう……」
「げえっ!! マスター? 士郎さ――ん?!」
ガクリと力が抜け、アーチャーにもたれかかる。と同時にアーチャーは、彼女の魔術礼装であり、魔法少女化の原因であるステッキを力の抜けた手から取り上げた。アーチャーは自分の後ろに立つ凛のほうを、若干ドヤ顔気味で振り向く。
「このように、マスターとこの杖を引き離してしまえばいいだろう」
「おおっ、すごいわね――って……え?」
ルビーがエミィの手から離れたことで、見ている方も恥ずかしくなる魔法少女のドレスは消え、元の男子制服へと変わる。
「む……」
少女を抱き抱えていたアーチャーは、怪訝そうに眉をひそめる。
「男子の制服……って、これ、衛宮君……?」
同学年の男子生徒、のはずだが彼の髪は先ほどの魔法少女と同じように腰まで伸びているロングヘア。とりあえず、アーチャーの膝に頭を乗せ、地面に寝かせる。
「ああっ、ダメじゃないですか。エミィさんと私を離してしまえば、マジカル☆エミィの洗脳……じゃなかった変身が解けて、衛宮士郎に戻ってしまいます! 私、士郎さんに、怒られちゃいますよ――」
アーチャーに捕まれたまま、何とか抜け出そうとぴょんぴょんと体を動かしている。一方の凛は、少女が少年だったりと色々とキャパオーバーだったりする。
「待って、私、頭の中が混乱してて。だって、さっきあの服着てたときは、女の子の格好で、胸あったし。でも、男子の制服着てるから男の子? でも衛宮君って髪、こんなに長かったっけ? 髪が長いと女の子? うわああ、よく分からない!!」
「落ち着け凛。気になるのなら、触って確かめればいい。うん、それがいい」
冷静な声で言っているが、アーチャーもだいぶ壊れているようだ。だが、目をぐるぐるとさせている凛は、アーチャーの言葉に何も疑問を抱かず、士郎の胸に手を伸ばす。で、手のひらを押し付けてみると。
「い、い、い、今、むにっとした!! むにっとした!!」
「な、そんな訳あるか。しっかり確認しろ、凛!!」
「だって、だって、むにっとしてるし。それに何か、私よりも大きいんだけど。え、どういうこと?」
むにむにと士郎の胸を何度も触っている凛は真顔だ。それと対照的に焦った顔をしているアーチャー。
「ありえん! ここにいるのは、衛宮士郎なのだぞ?! そんな訳あってたまるか!!」
「じゃ、じゃあ触ってみなさいよ! 結構大きいわ! 通常より絶対大きいもの!」
「な、な、何を言っているんだね君は! 女性の胸を許可なく触るなど、私がするわけないだろう!」
「それじゃあ、確かめられないでしょうが!!」
ぎゃんぎゃんと騒いでいる赤い主従を見て、ステッキは大きくため息をついてみせる。
「さっきから黙って聞いてれば、何ですか。私のおもちゃにセクハラしていいのは、タイガーさんだけですよ?」
士郎の胸をずっともんでいた凛だが、ルビーの声を聞き、はっと我に返る。
「そうよ、こっちも意味わかんないわ。何なの、この魔術礼装! 見たことない魔術理論ばっかり使われてるし! あぁっ!! わけ分かんないことばっかり……何でこんなことになってるのよ……私の聖杯戦争がっ!」
悲鳴にも似た凛の心からの叫びが起因したのか、まどろみの中にいた眠り姫はうっすらと目を開いた。
「う……」
「あ、目、覚めましたか? 士郎さん」
若干ぼやけている視界。その前に聞きなれた声がして、安心する士郎。だがすぐに、はっきりとした視界でとんでもないものと出会う。
「うきゃあああああっ!? と、遠坂?!」
「とりあえず、こんばんはかしら? 衛宮君、というか、衛宮さん?」
Nemo timendo ad summum pervenit locum.
NG集
その1
槍「まぁ、俺とここまでやり合える嬢ちゃんを、ここで殺すのは勿体ねぇな……」
ランサー、ステッキごとエミィを弾き飛ばす。
ゲイボルグがエミィの左胸を貫こうと数㎝のところに迫る。
ゲイボルグが刺さる。
槍「あれ?」
エミィ「ふみゅうう……。ぱたり」
槍「あ、間違えた! 刺しちゃいけないんだよな、今回! 夜の学校で何度も何度も刺してたから、勢い余って刺しちまった! お――い、嬢ちゃん、起きろ――起きてくれ――!」
その2
弓「君は、愛と正義のために戦っていると言っていたな」
エミィ「もちろんなのだわ。私は、正義の味方。この冬木を守る、唯一の善!」
エミィ、自信満々に決めポーズ。
ついでに投げキッスのサービス。
弓(イラッ)
干将莫邪がエミィにぐさり。
エミィ「きゅうううう……ぱったり」
凛「こらぁ!! 勝手に殺さない!! アーチャーが士郎をぐさりとやるのは、柳洞寺でしょうが!!」
弓「……性別が変わったとしても、イラッとくるものは、イラッとくものだ」
凛「開き直るな!!」
その3
士郎「思ったんだけどさ」
弓「何だ」
士郎「許可があれば、女の子の胸触っていいのか?」
弓「な、ナニガイイタイノカサッパリワカラナイゾ」
士郎「あ、逃げた!!」