その少女はここだけの話、自分の憧れだったりする。ミス・パーフェクトと称されるほどの優等生。容姿端麗、文武両道、才色兼備等の四字熟語は彼女のために存在しているのではないかと思うほどだ。いつか彼女と友人となれる日が来れば、などと思っていたが、こんなにも早くその夢が砕け散るとは思ってもいなかった。うん、ホントに。
「さ、さ、さいあくだあああああ!!」
アーチャーの膝の上から飛び起きる士郎。と同時にもの凄い勢いで二人から遠ざかる。
「な、何よ。いきなり」
士郎がランサーやアーチャーと渡り合う力を持っていると分かり、少なからず警戒していた凛は、彼女の反応に毒気を抜かれていた。自分の前で顔を真っ赤に染め、俯き加減で自分の顔を窺っている少女には自分とアーチャーへの敵意などは存在していなかった。
「最悪だ、よりにもよって、遠坂に見つかった。もう俺、死ぬ。前、警察官に見られた時も思ったけどやっぱ死ぬわ。さよならルビー」
「ちょっと、ちょっと、気が早いですって、マスター。こんな赤いコンビ、マスターの魔術で簡単に記憶消せますって~」
「もう無理。首つって死にます」
「まったく、士郎さんってば、気にしすぎですよ。大体、高校生なんですから黒歴史の一つくらい必要ですって!」
完全に落ち込んでいる士郎をステッキが慰めているという不思議な状況。もうすこし見ていてもいいが、凛はこほんと咳払いをして士郎と視線を合わせる。
「ちょっと、そろそろいい? 衛宮君に聞きたいことあるのよ」
びくりと肩を震わせ、おずおずとした様子で凛の言葉に応じる。
「……今日のこと忘れてくれるなら、何でも答えるけど……」
「忘れないわよ、こんな面白い格好してるんだから」
にっこりと悪魔な笑みを見せると、ひっと声を上げて士郎は更に距離を取る。アーチャーが重いため息をつき、凛は慌てて訂正する。
「ご、ごめんって。忘れないけど、口外したりはしないわよ。私だって、今日のことあなたにバラされたら困るし」
「なら、いいけど……」
5mほど離れていた士郎は、少しずつ凛の元に近づいてくる。その姿は、餌を与えることで懐きだした小動物を思わせる。
「まず、あなたは衛宮君よね?」
「うん……」
歯切れの悪い返事から、訳アリなのだと理解する。凛は士郎の肩を掴んで互いの目を合わせる。
「私、あなたが魔術師だっていう事実よりも、あなたが女の子かもしれないっていう事実の方がびっくりなのよね。そこのところ、説明してもらえるかしら?」
凛の口調は厳しく、有無を言わせずに真実を語らせようとする強さがあった。ぱちりと瞬きをすると、士郎も気を引き締めて凛と目を合わせる。
「えっと、どこから話せば……」
「任せてくださいまし、士郎さん。漫画や小説で必要な、説明役は私が買って出ましょう!」
士郎の肩の上に乗っかっていたルビーは、胸を張るように棒の部分を捻って二人の間に割って入る。凛は心底嫌そうな顔をしているが、士郎にとってみれば助け舟が出された気持ちだ。目の前の「憧れの少女」を前にして、彼女が聞きたい恐らく魔術が絡んだ問いにきちんと答えられる自身は無い。
「まずですね、赤い悪魔さん」
ルビーが口を開いた瞬間、凛が棒の部分を掴み地面に叩きつけた。
「だ・か・ら、誰が赤い悪魔よ! 私には、遠坂凛っていう名前があるんだけれど?」
「すみません、赤い悪魔っていう表現があまりにも似合いすぎていて、本名だと信じて疑わなかったんですよ」
「いや、おかしいって気づきなさいよ! このアホステッキ!!」
悪びれもせずに、若干笑い声も交じりながら言うルビー。凛は更に地面にめり込ませる。慌てて士郎が掘り出すと、ルビーは少し凛と距離を取って離し始めた。
「まず、士郎さんの性別ですけど、紛れもなく生物学上は女の子ですよ? 私と出会ってすぐに、お赤飯も食べましたし」
「お、せき…………でも、毎日学校で見る時は男子よね?」
男の子らしからぬ仕種や行動を見ることは多々あった。女子顔負け、というか全国の主婦顔負けのお弁当を持っていたり、友人のほつれてしまった制服を高速で縫ってあげていたり、等々。その行動が、本当は女性だった、というのならまぁ頷ける。
「士郎さんは、元々私と出会うまでは男の子だったんです。ですが、何か士郎さんを見た時に『この子を女の子にしてみたい!』何ていう私の願望や、何かよく分からない力のせいで女の子に性転換しちゃったんですよ~」
「な、何そのふざけた理由は……」
アバウトすぎる説明に頭を抱えた。まず、性転換をする魔術なども聞いたことは無いのだが、それ以上にこのステッキが告げた内容はぶっ飛んでいる。というか、元々が男の子で女の子になってしまっているが、学校では男の子に見えるけど本当は女の子って、どれだけめんどくさいことになっているのだ、目の前のこの少女は。
結果よりも過程を知りたいと思い、どんな原理で起こったのかを問い詰めようとするが、お構いなしにルビーは話を続けていく。
「まぁ、そんなこんなで女の子になったはいいんですが、『女の子の格好をして日常を過ごすなんて絶対無理!』っていう士郎さんの願いを叶えるため、私が常時、視覚誤認の術を掛けているんですよ」
「じょ、常時?! そんなことが、おもちゃみたいなアンタに出来るの……?」
「まぁ、基本的に魔術は何でも使えますよ、私は」
ふふん、と得意げにルビーは答えた。凛は先ほどアーチャーと士郎が対峙していた時に、この魔術礼装の能力を探ったことを思い出す。確かに今目の前で浮遊している分には、特に問題を感じない。だが、戦闘の時はどうだっただろうか。目の前の少女が、サーヴァントの攻撃を受け流すほどの力を得るために、魔力を供給していたのだろう。
ルビーは考え込んだ凛を他所に、ぴったりと士郎の胸にくっつきながら言葉を続ける。
「簡単に言えば、士郎さんは魔力の保管庫、私は保管するための魔力を持って来たり、別の何かに加工するために魔力を外に出したりする役目ってことです。私と士郎さん、つまり、ステッキとその持ち主がいなければ、こんな芸当できませんけどね!」
運命共同体なんですよ、と言うルビーに士郎は呆れた目を向ける。どの口が言うか、この問題児。くらいの想いが詰まってはいるが、あいにくルビーには届いていない。
「分かった、衛宮君が女の子で、私が今まで衛宮君を見る時はこのステッキの魔術にかかっていたことは分かったわ」
凛は、男子制服の胸部を押し上げる士郎の胸に、刺すような視線を向けながら言う。
「じゃあ、もう一つ。さっきの魔法少女は何?」
一番聞きたかったのはこれだったりする。魔法少女という、日本でのみあり得そうな、俗物に塗れたというか。そういったものと魔術の結びつきがどうにも思いつかない。なんとなく、この風変りというか、ぶっちゃけ色々と破綻しているステッキの趣味な気がするのだが。
「あれは、士郎さんの戦闘形態ですよぅ。一目見た時から私とのリンクが通常よりも強くなることで、破格の魔術を使うことが出来るのです! 士郎さんの意識は完全に奪ってるので、私が好きなように暴れさせてるんですよ~。その気になれば、この街一つ消すことも出来ちゃいます。私と士郎さんの相性って、最高なので」
にっこりという効果音が付きそうな口調で言うルビー。彼女の「街を消す」という部分に凛と士郎は過剰に反応した。
「はぁ?!」
「そんなこと出来るのか?! 初耳だぞ、ルビー!」
凛だけでなく士郎も驚いた声を上げた。
「その気になれば、ですよ。別に悪いことになんか使ってませんからいいでしょう? パトロールと称して、夜の街に現れる痴漢とか、窃盗犯とかそういうのをやっつけてるんですから!」
「あなた、そんなことしてるの……?」
お人よしね、と凛の瞳が語っていることに気が付き、士郎はさっと顔を赤らめる。
「まぁ、趣味みたいなものだから……」
士郎の趣味、という言葉に凛はぎょっとした顔を見せた。趣味って……、趣味って!!
「魔法少女の格好をするのが趣味って、どんな趣味よ?! 学校に女の子の格好してくるほうがマシでしょう」
「そっちじゃない、街をパトロールするほうだ!」
慌てて言葉の訂正をすると、怪訝そうな顔で士郎を見る。嘘はつかなくていいのよ、何て顔に書いてある。士郎は顔を真っ赤にしながら、凛の言葉を否定する。
「と、まぁこんなところです。次は、悪魔さん。あなたとそこの赤い人が戦ってた、青い変態タイツについて教えてくれませんかね?」
二人の少女のじゃれ合いを見ていたルビーは、はぁと息をつきながら凛に言う。こちらの持てる情報は出したのだから、次はそちらの番だと言いたげに。
凛はこほんと、咳払いをすると士郎を真剣な瞳で見つめる。
「……衛宮さん、両手の甲を見せてくれる?」
「え、いいけど」
凛が何故自分にそんなことをいうのか、実に不思議そうにしている。特に抵抗もなく、士郎は両手を差出した。
(……令呪は無い、か)
凛の手の甲にある赤い痣。サーヴァントを従えるマスターを表すそれは、魔術師であろう士郎の手には無い。その事実にホッとしながら凛は士郎の手を取って立ち上がらせる。
「ありがと。さっきの奴は、いずれ私が倒すわ。だから、あなたはもう家に帰りなさい」
用済みだというように背を向けようとする彼女にルビーが噛みつく。
「ちょっと、ちょっと! こっちだけべらべら喋って、つり合いがとれませんよぅ!!」
ルビーの言葉は無視して、凛は士郎にだけ語り掛ける。
「死にたくないのなら、夜は出歩かないこと。そうね、三週間くらいかしら」
「でも、さっきの奴、人間っていう括りに入りそうに無かったよな。そんなのを野放しにして……」
大丈夫なのか、と続く言葉を遮るように凛は言う。
「もう一度言うわ。死にたくないのなら、今夜のことは忘れること。私は、無関係の人間を巻き込みたくなんかないの」
無関係、と自分から出た言葉に思わず失笑してしまう。令呪が無かったからといって、自分が全く気が付かなかった魔術師を野放しにするなど、自分は実に甘い性格をしていると。いくらあの子が懐いているとはいえ、この行動は心の贅肉だとよく自分に言い聞かせなければと感じる。
凛の言葉に何か言おうとしていた士郎だが、その気迫に押されたように否定の言葉は出てこなかった。
「………分かったよ、遠坂」
「それじゃあ、衛宮さん。次に会うときは、衛宮君かしら? とりあえず、ごきげんよう」
凛は恭しくお辞儀をして見せる。彼女の黒髪と赤のコートは冬の風にあおられ揺れる。彼女が身を翻して去っていく後ろに、無言でついて行く赤い外套の男。男の赤を見つめながら、士郎は戦闘で男と対峙した時とは違う、胸が締め付けられるような痛みを感じていた。
夜の住宅街を歩いていく士郎とルビー。
魔法少女化するのには多くの魔力を使用するため、なった後はしばらくルビーの視覚誤認作用の魔術は施されない。パトロールと称して夜の街に出る時は、いつも途中で変身が解けても問題ないような格好をしている。だが、今回は学校で変身したため、着替える暇などなかったため、男子制服を着ているが、士郎の髪は腰まで伸びているというアンバランスな見た目をしている。幸いここまで誰ともすれ違っていないのが、唯一の救いといえるだろう。
無言で歩いていた二人の沈黙を破ったのは、ふてくされたようなルビーの声だ。
「良かったんですか、士郎さん。セイギノミカタとして、さっきのごたごたは見過ごせないでしょう?」
士郎は先ほどやり取りを思い出しながら、淡々とした声で言う。
「もちろん放っては置かない。まぁ、明日から調べればいいさ」
「あれ、あの人に夜遊びは控えるように言われてませんでした?」
ルビーの言葉の中に聞き捨てならないものがあったと、士郎はむっとした表情で反論する。
「語弊が生まれる言い方はやめてくれないか、ルビー」
士郎の言葉に、やれやれといった様子でルビーは答える。
「何をおっしゃいます。士郎さんのパトロールって、夜遊びみたいなものじゃないですか。余ってる魔力を……」
「ルビー!」
「はいはい」
それ以上は言わず、ルビーは大人しく士郎の鞄へ戻って行った。
家に着くと、ルビーはすぐに録画していたテレビの前にかじりつく。やれやれと肩を竦めながら士郎は制服の上着を脱ぐ。学校の戦闘で埃っぽくなっているため、夕飯よりも先に汗を流したい、と思った。
「シャワー、かかってくるから」
今のルビーに声を掛けるが、返答は無い。いつものことだと割り切って士郎は浴室へ向かう。バスタオルを用意して、シャツを脱ごうとした時だ。
からんからん、と聞きなれない音が家に響く。その音を聞くのは初めてだったが、すぐに何なのか理解する。義父である切嗣が施した結界に侵入者があったことを知らせているのだ。
今の自分には侵入者と戦う術を持ち合わせていない。まずは武器を探さなくては、と思い浴室から廊下に出た時。呼吸が止まってしまうかと思うほどの威圧感と殺気。心臓を鷲掴みにされたように、胸が苦しい。
「よぉ、また会ったな。嬢ちゃん」
振り返った先に立っていたのは、やはりと言うべきか。士郎が先ほど学校で戦った青い槍兵だった。
"In dubiis non est agendum."
偽タイガー道場
弟子1号:結局ランサー、士郎のところに来てるじゃない!!
師匠:で、でも、ほら。衛宮邸でのエンカウントは、あれでしょ。あれの伏線よ!
弟子1号:え――? 結局士郎は召喚しちゃうの――? 代わり映えもなく、s……
師匠:仕方ないわ――。作者はアーチャーさんを召喚させたかったみたいだけど、魔法少女化して、さらにアーチャーをサーヴァントとか、詰め込み過ぎてなにが何だか分からなくなるって言ってたわ――
弟子1号:……ランサー、士郎に何もしないわよね?
師匠:さ、さぁ? どうでしょうかねぇ……?
弟子1号:ふふっ、変な真似したらお仕置きね☆
師匠:私はもうツッコまないぞ――。では、みなさんまた次回よろしくお願いしま――す!