Be with you!   作:冥華

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人は各々自分自身の運の作者である



04

「いいですか、士郎さん。セイギノミカタのお手伝いはしますが、私の力を使って魔法少女になれるのは、一日15分までですから、そこんとこ肝に銘じてくださいね。あんなに大量に魔力を消費して、魔術回路を酷使するんです。時間以上使えば、きっと士郎さんの魔術回路は焼き切れて、それはもう惨たらしい死体が出来上がるでしょうね!」

 

自分と契約を果たし、初めて魔法少女となった日の夜。ルビーが自分に言った言葉だ。嬉々とした声で告げられた内容は、まだまだ小さかった自分にとってはかなり衝撃的だった。挙句の果てには、惨たらしい死体、というものがどんなものなのか一から説明される始末。夜眠れなくなるどころか、次の日は一日中嘔吐感と戦っていたのが懐かしい。

 

 

 

人の家に土足で上がるなとか、持ってる赤い槍で板張りの廊下を傷つけないでくれとか。自分の生死の心配よりもそちらが先に出てきたことに、笑ってしまいそうになる。全く持って衛宮士郎は、衛宮士郎なのだと。

ルビーが加勢に来る気配はない。大方今日の業務時間は終わりだとか、来たところで魔法少女にはもうなれないのだから無意味だと言い訳する姿が予測できる。

士郎は男を睨みつけると、背を向けて一気に廊下を走り出した。

「!」

当然士郎が応戦するものと考えていたのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。彼女の姿が視界から消え去ったことで、大きくため息をつく。その姿は、捕らえた獲物で遊び飽きた獣を思わせた。

 

学校での戦闘を思い出す。校内の廊下も狭かったが、衛宮邸の廊下は当たり前だがもっと狭い。魔法少女にはならないとはいえ、あんな場所で戦闘は行えない。縁側まで走り、体をぶつけて窓を割った。破片が自分の肌をシャツの上から裂いたのか、腕から僅かに出血していた。痛みに目を細めつつ、武器となるものがある土蔵へ足を進めようとした。

空気を裂く音が聞こえた瞬間、青の槍兵の蹴りが彼女の脇腹を襲った。

「っ……!」

跳ね飛ばされた少女の体は地面を滑っていく。想像を超える痛みに、声を漏らすことも出来ない。それでも彼女は、震える足を叱咤し立ち上がろうとする。士郎が顔を上げた瞬間、ランサーは彼女の前に立っていた。

「おいおい、さっきは随分と強気でぶつかってきたってのに、いきなり逃げ出すとは、拍子抜けだな。嬢ちゃん」

彼の赤い瞳が士郎の全身を見定めるように眺めている。彼の赤い槍は士郎の首に向けられていた。その気になれば、いつでも殺せるというように。

「あの変な格好をしては、戦わないのか? あんな魔術、俺のいた時代には無くてよ。できれば、嬢ちゃんを殺す前にもう一度くらいは見ておきたかったんだが」

右足に重心をかけ、やっとのことで立ちあがった。全身を支配する痛みにくらりと眩暈がするが、ランサーに鋭い視線を向けて自分はここに居るのだと自覚させる。士郎は脇腹を押さえながら、ランサーに答えた。

「残念だが、あれは一日一回限定なんだ。もし見たいなら、この場から去って、明日にでももう一度来てもらえないか?」

「……本当に残念だな。俺も、マスターの命が無けりゃそうしてもいいと思えるほど、嬢ちゃんともう一度戦いたいんだがね。それは無理な相談だ」

ランサーから発せられる殺気。これは校庭で凛と共に居た、赤い弓兵に向けられていたものと同じ。目の前の相手を本気で殺そうとしている。

「っ……ぁ……」

彼から伸ばされた手が士郎のシャツの襟を掴み、体を持ち上げる。首が締まり一気に苦しくなる呼吸に、士郎は足をばたつかせる。僅かに涙にぬれた士郎の瞳は、眼前の男の瞳を見つめる。哀愁、憤り、愛情。様々な色が灯った赤の瞳が、いまは自分だけを映している、そんなことがどうしようもなく心を躍らせた。それと同時に、士郎の中に「まだ死ぬわけにはいかない」という強い意志が再び燃え上がる。

 

彼が槍を構えた時、渾身の力を振り絞り左手に握りこんでいたガラスの破片を、自分を掴んでいたランサーの腕に突き立てた。

「っ……」

予想できなかった思わぬ反撃にランサーは手を離す。阻害されていた呼吸を整える暇もなく、彼女は土蔵に向かって走り出す。

四肢が悲鳴を上げているのが分かる。ランサーによって、好き勝手傷つけられているのだから当たり前だ。それでも、僅かな可能性に賭けて前へ進んだ。やっとのことで土蔵の中に入り、武器となりそうな物を手に取ろうと、咄嗟に地面に転がっていた丸まったポスターを掴む。

(――――同調開始)

瞬時にポスターを広げ、その隅々にまで自分の魔力を注ぎ込む。決して溢れることなく、しかし余すところなく。槍の先端が士郎の胸を貫く前に、それは鋼鉄の板となりランサーの一撃を防いだ。

「あ……っ……」

防いだ、といっても刃が自分を貫かなかっただけであり、士郎の体は衝撃によって土蔵の奥、ガラクタの山へと体を沈める。土蔵の入り口から見えていた月は、ランサーがそこへ立つことで見えなくなる。

「今のはちょいと驚いたぜ、何だ普通に魔術も使えるのか。となると、嬢ちゃんは七人目だったかもしれないってことかね」

痛みを堪えて体を起き上がらせるが、士郎の左胸に向かって槍の刃は真っ直ぐに向いていた。ぴたりと静止したまま動かさずにいるのは、いつでも貫くことが出来るという余裕からなのか。

「くそ……」

万事休す、という文字が脳裏を過り、思わず悪態をついてしまう。それは目の前に立つ男への憤りではなく。ここで死んでいくことが決まってしまった己の弱さ。自分はこんなところでは死ねない、否、死んではいけない。助けてもらった命を、ここで散らすことなどしてはならないのに。あの日誓った約束を、果たすことが出来ていないのに。それなのに、自分はここで殺されるのだ。

ランサーは彼女のそんな思いを知らずか、槍の標的はそのままに士郎の顔を覗き見る。

 

「さっきからずっと戦ってばっかで、じっくりと見れなかったが、中々いい顔してるじゃねぇか」

自分に頬を撫でられ、顎を掴まれたことで、強気な色だけを灯していた少女の瞳に、恐怖の色が滲んでいるのを見つけた。

「や、だ……」

力なくランサーの胸を押しのけようとする。ランサーはその手をつかみ、正面から士郎をじっとみつめる。薄く涙を溜め、先ほどの戦闘でよれているシャツ。扇情的かつ、人の嗜虐心を煽る士郎の姿に彼は笑みをこぼした。

「そそるねぇ」

ランサーはぴゅうと口笛を吹き、心底楽しそうな声を上げる。

「さっきまでの、強気な瞳と今の瞳。たまんねぇな、嬢ちゃん。せめて気持ちいいまま、死なせてやろうか」

彼の言葉の意味が一瞬分かり兼ねた。だが、ランサーの指が自分の唇を一撫でし、顔を寄せてきたことで事の重大さが分かる。「初めては好きな人とですからね、間違えないで下さいよ」とルビーに言われたことを思い出す。せっかくあの時に忠告してくれたのに、ごめんと心の中で呟き、士郎は目を瞑ってしまう。

次の瞬間、びゅうんという風を斬る、というか風をぶち破る感じで飛んできたものが、ランサーの後頭部を強打した。

 

「ぐぉっ……」

「呼ばれて飛び出て、ルビーちゃ――ん!!」

 

緊迫した空気をランサーごとふっとばして土蔵に入ってきたルビー。ランサーの顔が土蔵の床にめり込んだことを確認すると、自身の主人である士郎の元へ飛んでいく。

「士郎さん、純潔はまだ守られてますか~?」

まだ、の部分を強調して彼女のもとへ行くと、うるうると若干涙を溜めている士郎の姿があった。散々死にかけて、挙句の果てにファーストキスを奪われそうになるなど、悪夢としか言いようがない。

「る、ルビー!!」

「あぁ、もう泣いちゃって~。これだから士郎さんと一緒にいるのはやめられませんよっ!」

うふふ、と安心しているのか、この状況を楽しんでいるのか判断を下すのは微妙な感じのルビーの声。ステッキの羽の部分でよしよしと彼女の頭を撫でていた。

「ってぇな……さっきも思ったが、その杖、固すぎやしねぇか?」

士郎が突き立てたガラスの傷よりも、ルビーによって後頭部を強打した方がダメージは大きいらしく、頭をさすりながらランサーは言った。すぐに起き上がったランサーを見て、舌打ちを漏らしながらルビーは士郎とランサーの間に出る。

「何ですか、ルビーちゃんの必殺の一撃を食らってまだ生きているとは……。私にも言わせてくださいよ、『ランサーが死んだ!』って」

「死んでねぇよ! ったく、この程度で死ぬんだったら、英霊なんざやってねぇっつの」

「ちっ、脳挫傷を狙ったんですが」

ふよふよと士郎を守るかのように浮いているステッキ。三度目の正直といったように、ランサーが槍を構えるのを見た。士郎は、自分を守るように存在している彼女に士郎は必死に手を伸ばす。

 

「ルビー、私はっ……!」

ルビーを掴み再び立ち上がった彼女の瞳には、強い意志があった。

「私は、助けてもらった。だから私は、私の義務を果たすまで、死ぬわけにはいかない……!」

血を吐くようにして告げられた言葉と共に、彼女の右手に魔力が集まっていく。誰の魔術でもない、彼女が選ばれたことを示す証がそこにある。月の光に照らされ、士郎の足元に描かれていた陣がその光を放つ。

自らと同じ気配を持つ者が現れようとする異変に、ランサーは気が付いた。しかし、突き出した槍を引くことはなく、真っ直ぐ士郎の左胸へと進めた。

士郎は叫ぶ。その想いは集まり、右手の甲に完全なる紋様を刻んだ。

「貴方のように、簡単に人を殺そうとする人に、殺されるわけにはいかない!!」

 

そして、少女の叫びと共に、青き騎士が現実世界へと召喚された。

 

騎士としての清廉な気を纏い、それでいて戦士としての闘気も持ち合わせる少女。その姿は、ギリシア神話の戦の女神であるアテナを思わせる。

少女の気に押されながら惚けた表情をしていた士郎は、はっと気が付き自分の横のルビーを見た。

「え……、る、ルビーまた変なの出して……」

「残念ながら、それ、私の魔力で出したものではないですよ。そんな規格外なもの、さすがのルビーちゃんでも無理です」

規格外、と称したのは彼女から発せられる魔力だ。先ほどから士郎に突っかかってくる青い槍兵や、凛と共にいた赤い弓兵に似たものを感じる。

「サーヴァントセイバー、召喚に従い参上した。マスター、指示を」

指示を、と言われ無言になった土蔵のなか。それに気が付きルビーが士郎をつっついた。

「あ、士郎さん。そこの子、士郎さんのことをマスターって呼んでるんですよ」

「お、俺……?」

いきなり振られたことで戸惑いを隠せない士郎を見て、セイバーは言うべきことのみを淡々と告げた。

「……これより私は貴女の剣となり、あなたの運命は私と共にある。ここに契約は完了した」

そこまで言うと、セイバーは外で闘気を持て余していたランサーに向かうべく、土蔵の入り口を蹴って飛び出していった。

「け、契約って……っう……」

セイバーの動きにつられて勢いよく駆け出したが、ランサーとの戦闘のダメージが残っており、土蔵の入り口の壁に寄りかかってしまう。そこで士郎が見た物は、やはりというか、少女とランサーの人間離れした戦闘だった。

飛び出したセイバーは手に携えた不可視の武器を手に、ランサーへと斬りかかる。一度、二度、二つの武器がぶつかり合い互いに間合いを取る。思わぬ敵の出現に、ランサーの口角は上がっていた。

息をつく間もなく、再びぶつかり合う。人の目で追うことは出来ないほどの速さで繰り出される剣と槍。

「うわお! アンビリーバボー! あの子、変態青タイツさんとやり合ってますよ。ちっちゃいのに、ちっちゃいのに!!」

目の前で繰り広げられる戦いに、ルビーは目を輝かせている。

士郎は自分から脅威が離れたことで、冷静に二人のぶつかり合いを見ていた。速さに長け、その俊足を生かした戦いをするランサー。不可視の武器を使い、相手に間合いを悟らせること無く戦うセイバー。あれほど自分が苦戦したランサーは、セイバーの不可視の武器に翻弄されているように見えた。

「ったく、武器を隠されるっつーもんは、やりにくいったらありゃしねぇ」

吐き捨てるように言うランサーを挑発するようにセイバーは声をかける。

「どうした、ランサー。自慢の脚は、もうここまでか? 止まっていては、槍兵の名が泣こう」

「うっせーよ、剣使い」

 

二人の間の闘気は再び膨れ上がる。どちらかが動いた時、それは弾け再びぶつかり合う。ランサーは場の空気を変えるようにして、一度構えを解く。

「こっちは、様子見だけしてろって言われてきたんだが。こうにも熱が入った戦いをすることになるとはな」

彼はそう言いながら赤い魔槍を改めて構え直す。

「で、こいつは提案なんだが、お互いこれが初見だろう? ここいらで分けってことにしねぇか? うちのマスターは腑抜けた奴でね。様子見だけしたら帰ってこい、なんていいやがる」

「断る。ランサー、貴方がマスターの元に帰ることは無い」

間髪入れずにセイバーは彼の提案を切り捨てる。

「え」

「おぉ! 大きく出ましたね!」

完全に観客モードだった士郎とルビーの声が聞こえ、ランサーは笑いを漏らす。

「どうやらお前のところのマスターは乗り気じゃないみたいだが?」

「いいえ、貴方はここで倒れる、ランサー」

セイバーのゆるぎない返答を聞き、やれやれと肩を竦める。次の瞬間、彼の槍に持ちうる全ての魔力が注ぎ込まれるのを感じる。校庭で見た時と同じ、だが距離が先ほどより離れていない分、自分に襲い掛かる威圧感は何倍にも膨れ上がる。脚から力が抜け、床に膝をついてしまう。十分に注がれた魔力を持つ槍は、一つの爆弾のような印象を受ける。ランサーは目の前の敵に向かって告げた。

 

「その心臓、貰い受ける」

 

 

 

 

"Faber est suae quisque fortunae."

 




偽タイガー道場

弟子1号:ランサーは死刑で相違ないですよね、師匠!

師匠:うむ、仕方あるまい。女の子蹴り飛ばして、あわよくばファーストキス奪おうとしやがったランサー兄貴は死刑でオッケー!
ちなみに作者は腹パンチや、本格的な首締め、その他もろもろを考えていたのですが、内容が一気にR-18になるのでやめたそうです!

弟子1号:よーし、師匠の許可もいただけましたし、惨殺しに行っちゃえ――! バーサーカー!!

ルビー:こんなおまけコーナーでですら死の輪廻から解き放たれることの無いランサーさん、実においたわしや……

弟子1号:分かってないわね、腹黒ステッキ。こういったおまけコーナーだからこそ、やっちゃわないと。ギャグでの爆発落ちで人が死なないのと同じ原理なんだから

師匠:それで、ルビーちゃん、何しに来たの?

ルビー:あぁ、いえですね。作者のやつが、感想や評価、お気に入りの数にビビってるんですよ。「士郎魔法少女化TSとか誰得wwww 俺得以外の何物でもねぇからwww」みたいな感じで、もうそれはふざけたプロット立てたので頭抱えててですね。

弟子1号:へ、へぇ……まだ私も出て来てないから、序盤の序盤よね? 修正は効くんじゃないの?

ルビー:作者のこの小説のコンセプトが「歪みとハッピーエンド」というものでして☆

師匠:何それ怖い!!

弟子1号:ちょっと、タグにギャグって付けてるでしょ? ギャグもあるのよね?

ルビー:私の口からは何とも……。ですが、一つ言えるのは、わ・た・し・の士郎さんはもうそれはさいっこうに歪んでるっていうことですかね!!

師匠:へ、閉幕! 閉幕! 幕下ろして!! とにもかくにも、皆さん今回も読んでいただいてありがとうございます。次回もよろしければよろしくお願いします!


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