その槍が放たれれば、目の前の少女はきっと死んでしまう。そんな予感があった。それは、彼女が弱いという問題では無い。まるで、槍がランサーの手から離れたことによって運命が決められてしまったかのような。事象の捻じれがそこにはあった。
士郎は恐怖を感じるよりも強く、その槍の美しさに目を奪われていた。この世の物では無いようなほどの光を放つ。ランサーが自分を殺そうとした時に、ただ持っていたのとは全く違う。
――この槍にだったら、殺されてもよかったかもしれない。
そんな思考が微かに士郎の脳裏を過った。
「"―――刺し穿つ"」
燃えるように赤く揺らめくのは力の全てを注がれているため。
「"――――死棘の槍――――!"」
赤い魔槍はおびただしい量の魔力を携え、彼の手から離れる。剣を構え躱そうと試みるセイバーは、投げられた槍の軌道を見切っていた。穂先を捕らえ、弾こうとした瞬間。まるで初めからそうであったように、槍は彼女の胸に吸い込まれていった。
「セイバーっ?!」
地面に叩きつけられた少女の元に走り出そうとする士郎の足に。ルビーが体を曲げて絡みつく。
「っう……」
一瞬の浮遊感の後、足がもつれ、前のめりになって派手に転んでしまう。うつぶせで倒れる彼女の前にルビーが来た。
「よく見てくださいって、士郎さん」
何を言われているか分からず、士郎は少女が落ちていった地面に視線を向ける。砂煙で覆われていた場所は、だんだんと晴れていく。そこには、地面に座り込み、自分の左胸を押さえているセイバーの姿。
ランサーは士郎との戦いでは見せなかった凶悪な表情を見せていた。
「かわしたな、我が必殺の一撃を……!」
セイバーは左胸の傷を確認しながら呟く。
「これは……呪詛、いや今のは因果の逆転っ!?」
ランサーが放った槍、そして槍自身が持つ力。その二つを理解し、セイバーは彼を仰ぎ見る。
「ゲイ・ボルグ……そうか、御身はアイルランドの光の御子!」
「はぁ、有名すぎるってのも考え物だな。こいつを使うのなら、必殺じゃなきゃいけねぇってのに」
自嘲気味に笑うと、ランサーは背を翻し、その場を後にしようとする。セイバーはその様子に声を荒げた。
「待て、逃げるのか?!」
「言っただろ、俺のマスターは様子見だけしたら帰ってこい、なんて言う臆病者だ。これ以上やり合う気はねーよ」
血気盛んなことで、と言い彼は土蔵の前にいる士郎に視線を向ける。
「それと、嬢ちゃん」
ルビーが介入してくるまでの間のランサーとのやり取りを思い出し、僅かに士郎が顔を赤らめる。ランサーは気にした様子もなく、自然な様子で言う。
「アンタとは、また殺り合ってみたいねぇ。どうせなら、あの馬鹿げた格好の嬢ちゃんの心臓を、俺の槍で貫いてやるよ」
「け、結構だ!!」
悲鳴のように上げられた少女の声に満足げな顔をするランサー。一度セイバーを目に映すと、ひらりと手を振ってみせる。
「じゃあな」
軽く告げると、疾風のように瞬く間に去って行った。
ようやく身の危険から解放されたことで、ほっと一息をつく。だが、すぐに今までランサーと戦っていたセイバーのことを思い出し彼女の元へ走り出す。
あの槍に貫かれ破損していた鎧の傷はすでにない。そればかりか、貫かれた胸の傷さえふさがりかけている。
「あ、えっと、大丈夫か? というか、お前は一体……」
「……見た通り、セイバーのサーヴァントです。ですから、私のことはセイバーと」
厳しい表情をしていた彼女がふわりと、士郎に微笑む。やっとのことで引いていた頬の赤みは、それによって再び誘発される。
「あ、お、俺は、士郎。衛宮士郎」
「! 衛宮……」
士郎が名乗ったことで、セイバーの表情に影が出来る。彼の名乗った名前に、信じがたいものが含まれていたかのように。それに気が付くと、話題をかえるように士郎は言う。
「えっと、あの青タイツのこと、じゃなくて。まずはセイバーが何なのかとか、その……」
彼女に近づこうと足を前に出すと、急に視界がぼやけ、意識が混濁する。このままでは地面にぶつかる、と身を打つ衝撃に構えてしまう。
「マスター!」
まるで風に抱きとめられたようだった。一切の衝撃は感じることは無かった。少女の硬い鎧を感じるが、自分の腕に回された彼女の手は暖かい。目を開くと、心配そうに自分の顔を覗き込む、美しい少女の碧眼があった。
「ご、ごめん。セイバー」
慌てて離れようとすると、彼女が優しく士郎を立たせ、ガラスを払った縁側にセイバーは士郎を座らせた。
「恐らく、私を召喚する時に、大量の魔力を消費したのでしょう。マスター、あなたはここに居てください」
再び両手に剣を構え、壁の外を睨みつけるセイバー。
「外に敵の気配が二つ。あと一度の戦闘であれば、この傷を負っていても問題は無い。貴女はどうか、ここで待機を」
言うことだけ言い、彼女は外にいる敵の元へ跳躍していった。
「ちょ、待ってってば!」
士郎の声は聞こえていないようで、彼女からの返答は無い。呆気にとられていると、士郎の横にちょこんとルビーが座る。
「ありゃりゃ、どうします? 士郎さん」
「どうもこうも……」
全く持って事態は飲み込めない。だが一つわかるのは、外にいる人物を敵と判断したセイバーは、先程のランサーとの戦闘のように戦いをしかける。そして、最終的に敵を殺す。
それが分かっただけで、次に士郎がすることは決まっていた。
「ルビー」
「はいよっ! 士郎さん!」
外にいる素性も分からない人物と、自分の命の危機。士郎にとってみれば、天秤に掛けるほどのことでもない。ルビーを掴み、いつもの呪文を唱える。体中が悲鳴を上げている。これ以上は無理だと。それを無理やり押し込め、士郎は再び魔法少女へと姿を変えていた。
「待つのだわ!セイバー!」
門から飛び出して右を向く。そこにいたのは、やはりというか剣を構え敵に向かって斬りかかっていたセイバーの姿。彼女は先ほど契約したばかりの少女の声を聞き、振り返る。が、数分前に見た時の服装と全く異なることに衝撃を受けていた。
「! ま、マスター?」
マスターと呼ばれたことに対し、彼女は頬を膨らませて見せる。
「エミィのことは、士郎と呼んでくれないと嫌なのだわ」
「で、ではシロウと……」
何度も言うが、魔法少女マジカル☆エミィの姿はぶっ飛んでいる。そんな彼女はセイバーの腕をぎゅっと引っ張る。
「この街で、セイバーのようなコスプレをして一般道を歩いていたら、絶対に警察に連れてかれて、補導されるのだわ!! だから、いっちゃダメ、というか一緒にいる私が恥ずかしいのだわ!!」
「な、シロウの今の格好の方がよほど恥ずかしいでしょう!」
「ひ、酷い!! 本当のことを言わなくてもいいのにっ!」
セイバーからの、お前が言うな攻撃を受け、腕を掴む力が弱まる。それを見計らったように、彼女は再び敵に斬りかかろうとする。
「とにもかくにも、止めるのだわ、セイバー!!」
手を伸ばして、セイバーを止めようと叫ぶ。その時、彼女の右手の甲にあった赤き紋様が力を発揮する。魔力の奔流はセイバーに絡みつき、その動きを強引に止めさせる。
「っ……正気ですか、シロウ?! 今なら、確実に彼らを倒せ……っ!」
怒りとも取れるセイバーの言葉。彼女が自分のマスターを振り返った時、そこにはふざけた格好をした少女では無く、先程の戦闘での傷を押さえてうずくまる姿があった。
「っう……」
痛みに耐えるようにして、彼女はセイバーを見上げた。
「待ってくれ、セイバー。マスターとか、敵とか。俺にしてみれば、訳が分からないことのオンパレードなんだ。まずは、これが何なのかを説明してくれ」
「敵を目の前にして、何を言うのです!」
憤慨するセイバーの声を遮るように、その場に新たな声が響いた。
「ふぅん、つまりそういう事。素人のマスターさん」
数時間前に聞いた、澄んだ少女の声。士郎が声の主に目を向けると、予想通りの人物がそこに立っていた。
「遠坂……」
「とりあえず、二回目の挨拶ね。こんばんは、衛宮さん」
「遠坂、その……話を始める前に一ついいか?」
「何、突拍子もないことじゃなければいいけど」
真剣な瞳で迫られ、何事かと思う凛。心を引き締めて聞かねば、と思っていると思いもしなかったことを士郎は言う。
「シャワーにかからせてくれ」
時間にしてきっかり5秒。
「……はぁ?」
それだけの間を開けて、凛は疑問詞を士郎に返す。すると、彼女は言いにくそうにしながら話し出す。
「あの青タイツが来る前、お風呂入ろうとしてて。でも戦闘が始まってそれどころじゃなくなっちゃったし、血も気持ち悪いし」
シャツを引っ張り、ほらと血の付いた箇所を見せてくる士郎。しかし、凛の視線は、シャツ一枚で色々と危険なことになっている胸元に、嫉妬の色を交えながら注がれる。そんな凛は、はっと自分の家訓を思い出す。「遠坂たるもの常に優雅たれ」という父から受け継いだもの。そうだ、いくら目の前の彼女が、自分よりも女性らしい体つきをしているからといって、優雅さを見失ってはいけない。羨ましいが。実に羨ましいが。
「……いいわよ。というか、あなた殺されかかってたっていうのに余裕ね」
凛の返答に士郎は苦笑して見せる。彼女は長い髪を揺らしながら、ぱたぱたと廊下を駆けて行った。
下着と着替え、バスタオルを用意し、浴室へ入る。ランサーの襲撃前に沸いていた風呂は、蓋をしていたため冷めることなく、湯気を立ちあがらせていた。
士郎は、湯につかる前にシャワーのコックを捻り、全身にお湯を浴びる。流れていく湯と共に、埃や血が排水溝に流れていく。長い髪も湯にさらし、汚れを払っていく。シャンプーを取って丁寧に泡立てていく。髪を含め全身を清めたあとにようやくゆっくりと浴槽に体を沈めた。
体中に熱が染み渡り、やっと一息つくことが出来た。しかし、ここから出ればすぐに凛からこの状況の説明を受けることとなる。自分でも厄介なことに巻き込まれているという自覚はある。そしてだからこそ、自分は知らねばならないとも。大きく伸びをして、温まるのもほどほどに士郎は風呂から上がった。
あらかじめ用意していたバスタオルで体を拭いていく。髪は水気を取り、すぐに着替えに袖を通していく。学校に行くときは男子制服だが、家で過ごすときは女性の格好をしろとルビーに言われ、僅かながら持っているワンピースに着替える。白のシフォン生地に、小さな花の柄があるというルビーの趣味の物だ。出かける時の服、というより普段着を思わせる。冷えは女性の天敵、といつも言うルビーに従い、冬はいつも履いているタイツに足を通し、着替えは完了した。
ただでさえ待たせてしまっているのに、のんびり髪を乾かしている暇は無い。そう考え、軽くタオルドライをした後にゴムで一纏めにし、居間へと急いだ。
「あ、れ?」
「やっと帰ってきましたよぅ、士郎さん」
家主が戻った今は、張りつめているというか、殺気に満ちていた。テーブルに向かい合って座っている凛とセイバー。セイバーのほうは、明らかな殺気を放っていた。そして、部屋の隅に佇んでいるアーチャー。彼もまた、セイバーを牽制するように気を緩めずに視線を向けている。
「せ、セイバー。そんなに気を張らなくても」
姿を現した士郎に、とんでもないと言ったようにセイバーは返す。
「何を言っているのですか、シロウ。彼女たちは敵です。敵を目の前にして、気を立たせない戦士がいるとでも?」
「遠坂は、俺に現状を教えてくれるためにわざわざ来てくれたんだ。それに敵と決まったわけじゃ……」
彼の口からでた、敵ではないという言葉に凛はため息をつく。
「はぁ、何も分かってはいないとはいえ、あなた結構軽率よ。こんな敵意丸出しの獣と人間を同じ籠に入れておくなんて」
「ごめん……」
彼女が称した獣というのが、セイバーのことだと分かる。士郎が謝罪の言葉を聞くと、凛は悪魔な笑みを彼女に向ける。
「で、客人である私に、お茶も無しに現状について話させようというのかしら? 衛宮さん」
「うぅっ……分かったって、緑茶しかないけどいいか?」
「えぇ、構わないわ」
にこりと笑みを見せ、凛は了承する。次に士郎は申し訳なさそうにしながら、セイバーに視線を向けた。
「セイバー、その……」
「……マスターの命とあれば」
彼女の言わんとすることを読み取って、セイバーは頷く。その顔には不服だと書いてあったが、彼女の言葉を信じ、台所へ行った。
士郎がお盆に乗せてきた湯呑の数を見て、凛は怪訝そうな顔を見せた。
「四つ?」
「あ、遠坂のアーチャー、さん? にもどうかと思ったんだ」
だめだったか、と首を傾げて聞く少女を見て凛は吹き出してしまう。
「ぷっ、あはははっ。あなた、面白いわね!」
心底面白そうに笑っていた彼女は、我関せずとしていたアーチャーに視線を向けた。
「だそうよ、アーチャー?」
「私は結構だ。凛、外を見張っていよう」
「はいはい、ぷくく」
アーチャーの返答に頷くと、彼はさっさとその姿を粒子に変え、その場から消えてしまう。視線すら合わせずに去って行ったアーチャーを見て、士郎はぽつりと言葉を漏らす。
「嫌われてるのかな……」
士郎の瞳に、僅かに悲しそうな色があるのを凛は見つけ、意外そうな顔をして問いかけた。
「何、私のアーチャーに冷たくされて寂しいの?」
「いや、そうじゃなくて。理由もなく嫌われるのは、悲しいなって思っただけだ」
士郎の言葉に、セイバーが反応する。
「シロウ、アーチャーは敵のサーヴァントです。彼にとってみれば、あなたは敵のマスターであり倒すべき相手。いずれ倒す相手に気を掛ける必要はないと彼は態度で示しただけでしょう」
あの反応は当たり前だ、というセイバー。まだそれがよく分かっていない士郎は、歯切れの悪い返事を返していた。
「まぁ、いいわ。そこのところも含めて、私がちゃんと衛宮さんに教えてあげるから」
そう言うと凛は湯呑に手を付け、緑茶を一口飲む。ふぅと息をつくと、彼女は士郎に向かって語り始めた。彼が巻き込まれてしまった、聖杯戦争という儀式についての全てを。
"Timendi causa est nescire."
偽タイガー道場
師匠:作者がジャンピング土下座をしながら、皆さんにお礼を言っています!
弟子1号:初めて投稿したのに、こんなに反応を頂けてうれしいとでんぐり返ししながら言っております!
師匠:いやーそれにしても、士郎は可愛いのう
弟子1号:入浴シーンは、体洗うとこを丁寧に書きたかったけど、もう変態みたいな文章になったから、一回全部消したと作者はいってやがりましたです!
ルビー:Fateの二次って、一人称の小説が多いじゃないですか。作者も一人称で書こうと思ってたらしいですけど、士郎さんを取り巻く皆様がどんなふうに士郎さんを見ているかを描写したくて、三人称に挑戦しているらしいですよ。
あ、そうだ師匠さん。あれ、お願いします。
師匠:あ、そうそう忘れてた。士郎のプロフィールを公開しちゃうわ!
衛宮士郎(♀)
身長:160㎝ 体重:48㎏
スリーサイズ:B86 W56 H80
イメージカラー:琥珀色
天敵:ルビー、どこぞの似非神父、金ぴか
ルビー:ひどい!! 私が、神父と金ぴかと同列なんて……! 士郎さんにはお仕置きが必要みたいですね、うふふ
師匠:あ――、公開したのを後悔、なーんて。みなさん、今回も読んでくださってありがとうございます! 嬉しすぎて、作者は壁倒立してたわ。次回も良ければ、よろしくお願いしまーす!