赤茶色の長い髪に、琥珀色の瞳。力を入れれば、すぐに壊れてしまいそうなほど小さな体。紛れもなく、自分の膝の上で目を回している存在は、生物学上で女性に分類される容姿を持っていた。自分の知っている、かつての姿とはかけ離れている少女。だが、彼女の存在は自分が殺したいと思ってやまない、「過去の■■」と同じ魂を持つ存在に違いないはずだった。
聖杯戦争。
七人のサーヴァントと七人のマスターが、万物の願望機である「聖杯」を奪い合うために行われる殺し合い。アーチャーが喚ばれたのは、彼が召喚されるのを願っていた、ある時間軸のもの。それを知った時に、彼は歓喜した。ようやく、自分の願いが達成する可能性が出てきたと。だが、それは夜の学校での邂逅の中で儚くも打ち砕かれることとなる。
ふざけた格好をした魔法少女を、気絶させることで確保する。女子の身でありながら、こんな無茶をするなど、一体何を考えているのかと説教をしてやりたくなる。少女を抱き抱えながら自分のマスターのもとに戻ると、彼女はぎょっとした顔で少女を覗き込む。
「男子の制服……って、これ、衛宮君……?」
えみやくん、エミヤクン、衛宮君。と凛の声が自分の中でリフレインする。その、なんだ。うん、よく分からない。
これが衛宮士郎なら、男子制服を着ているのは間違っていないが、制服を押し上げている胸のふくらみや、長い髪とか、小柄な体とか。そういうのが自分のかつての記憶と全く結びつかない。というか、これは性別が違う。誰の? だから、衛宮士郎の性別だ。
一生懸命確認しようとして、少女の胸をまさぐっているマスターの姿を見て、少し冷静になる。驚くことは無い、この世界ではそうであっただけだ。平行世界、と片づけてしまうのは惜しいが、まぁそういう奴なのだろう。元の大木は同じでも、自分が歩んでいった枝とは違う場所。叶うかもしれないと思った願いは、今回もどうやら空振りのようだった。
己はここまで世界に嫌われているのか、とため息を吐き出した。
少女とステッキから事情を聴き納得した様子の凛は、彼女に令呪があるかを調べる。兆候も見られないことを確認すると、忠告を残し学校を去る。凛の後ろに続いて歩き出した自分の背中に注がれる、衛宮士郎という歪な少女の視線を感じながら。
「時にして凛」
遠坂邸に戻り、先程のランサーとの戦闘についてぶつぶつと話していた凛にアーチャーは声を掛けた。
「何よ、アーチャー。魔術師なら、あの子を何で殺さなかったのか、なんていう訳? あの子の手に令呪が無い限り、聖杯戦争に関わることは無い。放っておいてもいいでしょ」
折角の思考を途中で中断させるなと言いたげな彼女に、アーチャーは冷静な声で伝える。
「いや、彼女が関わる気は無くとも、さきほどの青の槍兵はそうは思わないのではないかと思ってね」
「え?」
考えもしていなかった、といった彼女の表情を見て内心ため息をつく。どうやら、彼女の悪い癖が出ているようだと。
「見られたら殺す。それが通常の反応だろう。私がランサーの立場であったら、時間をおいて再び襲撃するだろうと思っただけだ」
「つまり、それって……」
「あの少女を殺すために、ランサーは再び彼女の前に現れるだろう」
さっと顔を青ざめさせて凛は叫ぶ。
「ああっ! 私の馬鹿! そうよ、普通そうよ!」
あぁもう、とそばにあったクッションを反対側の椅子に向かって投げつけた。そしてすぐに凛は立ち上がり、赤いコートを羽織る。アーチャーを一瞥し、部屋の外に駆け出す。
「アーチャー、ランサーの魔力をたどって行くわよ!」
「了解した」
結論を言うと、外側が変わっていたとしても、衛宮士郎が辿る大筋は変わらない。彼女はランサーに追い詰められたところ、土団場でセイバーを召喚し、セイバーはランサーの必殺の一撃の槍を交わし、外にいた私たちに向かって攻撃を仕掛けてくる。
そんなセイバーの美しさに一瞬見惚れてしまった自分を叱咤し、彼女と剣を合わせる。彼女の剣撃を己の剣で防いでいくが、分が悪い。このままの戦闘で勝利を収めるのは厳しい、そう感じた時。あのふざけた格好をした衛宮士郎が現れた。セイバーとの口論の末、令呪を使ってその体を止めさせる。
こんなにまでも、衛宮士郎は愚かで、甘い存在だ。
実に自然な流れで、自分にまでお茶の準備をされ、いたたまれなくなりアーチャーはあの場から出て来ていた。凛に行った通りに、屋根に上り辺りを警戒する。敵のサーヴァントや魔術師の姿は無い。だからといって、安心できるわけでは無いのだが、アーチャーは緊張の糸をわずかに解して、士郎のことを思い浮かべていた。
確かに彼女は自分が殺したいと願う人物とはかけ離れている。だが、そうならないとも限らない。重要なのは外側では無く、中身である魂なのだから。もし彼女が、アレと同じような道を歩むのだとしたら……。
その時にすべきことは、アーチャーにはもう分かっていた。
「とまぁ、こんな感じかな。どう、分かった衛宮さん?」
途方もない話だった。何とかそれを自分の中で噛み砕き、半分ほど理解した士郎は一応返事を返す。
「うん……」
「聖杯戦争ですか……どこかで聞いたことあるような、ないような。でもやっぱりあったような……」
結局アーチャーの分のお茶はルビーが飲んでいた。とりあえず、どこに口があって、どこに消化器官があるかは全く分からないのだが、彼女は羽で上手く湯呑を掴み、中のお茶を飲み干していた。ルビーの奇怪な様子に、気味の悪いものを見るような顔を向けながら、凛は言う。
「まぁ、あなたは巻き込まれたっていうのはあるけれど、これはこれって割り切るのが一番よ。ぼーっとしてたら、真っ先に殺されちゃうもの」
殺される、と聞いてランサーとの戦闘を思い出す。学校で戦った時も、衛宮邸で戦った時も、彼は自分を殺すために戦っていたのだ。あんな敵があと4人もいるなど考えるだけで胃が痛い。
「それじゃあ、あなたが分かったところで行きましょうか」
湯呑をテーブルにおいて立ち上がった凛を不思議そうな目で見つめる。
「こんな時間から、どこに行こうっていうんだ?」
「まだスッキリとしてないんでしょう? なら、あなたの疑問に答えてくれる奴がいるところへ、よ」
渇いた髪はゴムを取って流し、こげ茶色のコートをワンピースの上に羽織る。赤が基調のマフラーを掴むと、編み上げのショートブーツを履き、外に出た。門の所で待っている凛とセイバー。深夜ということでルビーは人目を気にせずに、そのままの状態で浮いている。
「お待たせ」
マフラーを首に巻きながら、士郎は二人の元に駆け寄る。
「え、えぇ……」
士郎の姿を見て、歯切れの悪い返事をする凛。じっと士郎を見つめたかと思うと、どこか不服そうな表情を見せる。
「俺、何か、変なとこでもあるか?」
「ち、違うわよ。ただ、本当に女の子なんだなって思っただけ。その、服とか」
男子制服を着ていた時とは全く異なる。別段、人目を引く格好をしているわけでは無いが、コートの裾から見えるレース、コートの後ろにあるリボンなど。いつも男子として振る舞っているとは考えられないほど、可愛らしい格好をしていた。
「まぁ、俺が選んだわけじゃないけどな」
こいつが選んでいる、とルビーを指さす。胸を張っているつもりなのか、ルビーは持ち手の部分をそらせていた。
と、士郎は凛以外に自分をじっと見つめている存在に声を掛けた。
「セイバー?」
士郎の声に、はっと気が付くと表情を引き締める。
「いえ。少し、あなたの姿を見て知り合いを思い出していたもので」
彼女の言う知り合い、というのが生前の知り合いなのか、はたまた聖杯戦争に召喚されたときのものなのか。それを聞くことは憚られた。
「そっか。それと、ごめんな、そんな変な格好させて」
「構いません。家で待機するようにと、貴女に言われたらどうしようかと思っていましたので」
黄色い雨合羽をかぶっているセイバー。鎧を外すことは出来ない、といった彼女との妥協案がこれだった。家で待っていてくれ、とは凛の話を聞く限り言えなかったためだ。
夜の住宅街を歩いていく三人と一本。士郎は自分がまだ行先を聞いていなかったことを思い出し、凛に尋ねる。
「で、どこに行くんだ、遠坂」
「新都の教会よ」
「魔術師の戦いに教会が関係するのか?」
魔術師同士の殺し合い、と凛が言ったのを思い出す。そして、教会と魔術という関わり合いが全く見えず、凛に尋ねた。
「えぇ、この戦いで手に入るのは聖杯、つまり聖遺物じゃない。聖杯と名が付くからには、教会が監視役として目を光らせてるの。あそこにいるのは、正真正銘のエセ神父よ」
彼女のいう神父、そして新都の教会、という言葉を聞き、士郎はあることを思い出していた。
「何か、急に行きたくなくなってきた……」
「あ、思い出しました? 士郎さん」
「衛宮さん、あそこのエセ神父のこと知ってるの?」
意外、という顔で見られ何と説明しようか迷う。
「いや、えっと」
士郎が口ごもっていると、ルビーが体を伸ばして凛に顔を向けた。
「前に、マジカル☆エミィとなって街を渡り歩いていた時に、警察に補導されたことがありまして」
「はぁ?」
「その時に、通りがかりの神父さんに助けてもらったことがあるんですよ。ここらへんにある教会なんて、新都のだけですから、恐らくこれから会う人と同じ人物かと」
凛は、エミィとなった時の士郎のこと、そしてあの教会の神父の性格を思い出していた。うん、なんというかご愁傷様、衛宮さん。
「それは……まぁ、頑張りなさい」
教会の立つ丘に続く坂道を登りきると、木々の合間から十字架が覗いていた。目的地に着き、中へ入ろうとすると、セイバーは頑なにここで待つ、と言う。それならば、と士郎はルビーに声を掛けた。
「セイバーが来ないなら、ルビーも一緒に待ってくれ」
「えぇ~? あの神父さん、何か私と波長が似てそうで、もう一回会ってみたいと思ってたんですよ」
「ハウス」
マスターに言われてはしょうがない、とルビーは珍しく一度で彼女の言うことを聞いた。凛と士郎は教会の門を開け、敷地内に入っていった。
「それにしても、いいのかこんな時間に来て。寝てたりしないのか?」
時刻は日付をとうに回り、草木も眠る丑三つ時、という奴だ。教会の入り口にある聖母像に気を取られながら、士郎は凛の開いた教会の扉の中に身を滑り込ませる。
「いいのよ、そんなの。どうせ年中暇してるんだから、それに仮に寝てたとしたら、叩き起こせばいいだけのことよ」
静まった礼拝堂に、凛の声が響いた。扉が閉まるのと同時に、ぱたんと本の閉じられる音がする。
「自らの師に対しての言葉とは思えないな、凛」
祭壇のすぐそばに人影を見つける。男は真っ直ぐ士郎たちの元に歩を進めていた。
「再三の呼び出しに応じず、どこで何をやっているかと思えば、どうやら客人を連れてきたようだな」
「うっさいわね、この子、マスターなのよ。素人の」
凛に連れられるようにして礼拝堂の奥まで進む。自分よりも30㎝は高いのではないか、と思える長身の男と視線が交わった。
「……おや?」
「えぇっと……」
頭の先からじっと見られることがじれったく、身じろぎをする。そんな士郎に、にやにやと人の悪そうな笑みを向けながら神父は問いかける。
「何処かで出会ったことがあったかね?」
「い、イエ、初対面デス」
「そうか、ならば君の名を聞こうか。確か、マジカル☆エミィだったか」
「お、覚えてんじゃねーか!」
思わず叫んでしまったが、自分で墓穴を掘っただけな気がする。心底楽しそうな笑みを浮かべている神父に、心の中で舌を突き出しながら噛みしめるように自分の名を名乗った。
「俺は、衛宮。衛宮士郎」
「ほぅ、衛宮、か」
二度目だと思った。自分の名乗る、衛宮と言う名に、何かを懐かしむような、それでいて憎悪を感じさせるような反応を示されるのは。
神父はそれ以上は何も言わず、監視役として、彼女に聖杯戦争の全貌について語り始めた。
神父、言峰綺礼は語る。
彼が語るのは聖杯戦争のルールともう一つ。10年前の冬木の大火災。それは聖杯戦争によって起こされたものであるということ。
時に人を導く説法のように、人を裁く尋問のように。男はいとも簡単に士郎の心を言葉によって揺さぶっていた。夜の教会。罪を犯した罪人を迎え入れる懺悔室のような空気は、彼女の心をさらに惑わせた。
「――――話はここまでだ。衛宮士郎、君が聖杯戦争に参加するか否か。ここで決めよ」
彼の言葉を聞いている間、何故だか迷ってしまった。衛宮士郎ではありえない迷い。それではいけない。自分が何のために、ここに居るのかもう一度自分に問い直す。そして、彼女は決断した。
「決まってる。あんな悲劇を、もう二度と起こさないためにも。俺は聖杯戦争を終わらせる」
「よし、なら決まりね。帰りましょう、衛宮さん」
士郎の言葉を聞くと、凛はさっさとその手を引いて彼女を外に連れ出そうとする。この場に、一秒でもいたくないというように。
「この聖杯戦争という舞台に立つことになったことを喜ぶと良い、衛宮士郎」
出口まで引きずられていった士郎に、言峰は声を掛けた。
「?」
何を言われているのか、分からない。いや、分かりたくない。彼女の心は、言峰の言葉を聞くことを拒否していた。だが、彼はお構いなしに続ける。
「君の願いには、君の敵となる明確な悪が必要だ。その悪を倒すことによって、君の正義は確立する。君にとって最も崇高な願いと最も醜悪な願いは等しい。君がその事実から目を背けたいと願ったとしても、それこそが君の追い求めるものだ」
背筋を撫でられたように悪寒が走る。何故この神父は、衛宮士郎の中身を暴こうとするのだろう。そこに何があるというのか。そこに、何の影があるというのか。
分からない。ただ士郎は、真っ直ぐな瞳を彼に向け言い放つ。
「だから何。私は、戦いから逃げたりはしない」
その言葉と共に、礼拝堂の扉は閉められる。一人残された、監督者という名目の男は乾いた笑みを漏らしてた。
「ふふっ……。あの少女にこそ、相応しいだろうに」
"Date et dabitur vobis."
偽タイガー道場
師匠:うむ、今日も士郎は可愛いよー!
弟子1号:あったりまえですよ、ししょー! なんたって、私の自慢の弟…うーん、妹? なんですから!
師匠:そういえば、弟子よ。そろそろ貴君の出番ではないかえ?
弟子1号:そーなんすよ、ししょー! やっと私の出番が来るんですよ!
ルビー:どうせ、やっちゃえ、バーサーカーからの虐殺ルートでしょう? そろそろ飽きるんですけど
弟子1号:むかーー! 何よ、ただのステッキのくせに! それに、今回は士郎は女の子だもの。女の子は綺麗なまま、私のものになってもらうんだから!
ルビー:いや、本質的には変わってないですって。全く、作者が西野カナ永遠リピートして必死に書いているというのに、残虐さを捨てられないとは……
師匠:ちなみに、西野カナの何聞いてるの?
ルビー:we don't stop、always、aright、happy song、happy happy 等ですって。前向きソング聞きながら、鬱プロット作るって、あの人おかしいですって
師匠:うわぁ……
兎にも角にも、今回もありがとうございます! 次回も読んでいただけると嬉しいです!