「それじゃ、ホームルームはここまで。これから部活がある人は部活に。そうじゃない人は、下校時刻過ぎないようにねー!」
担任の先生がホームルーム終了を告げると、クラスメイトたちはそれぞれの行動に移る。
部活や帰宅で颯爽と教室を出るヤツだったり、仲のいい友人同士で寄り集まって雑談を始めるヤツだったり。何の他愛もない放課後が幕を開ける。
そしてオレはというと、
「......だる」
無気力に机に突っ伏して、ひとりごちていた。
「放課後早々しけてんなぁ、
そんなオレを見て、隣席のクラスメイトである
「同じクラスになってから、相変わらず」
今度は後ろの席から、
「いけませんぞ、お二方。小日向氏にだって、無気力に日々を貪るダウナーな自分に酔いしれたい気分があるやもしれませんからなぁ」
さらに、その加賀美の隣席である
「うるせーな......んなワケねーだろ」
顔を上げて、揶揄うような3人の言葉を一蹴する。
草薙、加賀美、八坂とは今春、2年生に進級し、このクラスになってから近くの席ということで自然と話すようになった間柄だ。
お調子者の草薙。物静かで不思議な雰囲気の加賀美。THE・オタクの八坂。
俺たちはそれぞれ全く趣味や性格が違うけど、それなりに友人関係を構築できていると思う。
「なあ、今日はどっか寄っていかね?」
「あー......えっと悪いけどオレはパス」
「何か、用事?」
草薙からの誘いを断るオレに、加賀美が尋ねてきた。
「用事というか、先約が───」
「ハル!」
理由を話そうとした矢先、その要因である人物が、オレの
その声の方へオレは振り返ると、セミロングの黒い髪をツインテールにした、子供の頃からよく見慣れた顔の少女の姿がそこにあった。
「
返事をするように、オレもその少女の名前を呼んだ。
オレの幼馴染で、幼稚園の頃からの付き合いだ。昔は髪が短くボーイッシュな見た目と活発な性格から男友達みたいな感覚だったが、今じゃ性格はあまり変わらないものの、成長期を経て女子らしい容姿をしている。しかし見た目が変わっても今までの距離感が変わるわけでもなく、依然として気の置けない親友だ。
「小日向お前ェ!」
「なん───ぐえっ」
草薙のものすごい剣幕の声と同時に、オレは胸ぐらを掴まれてゼロ距離まで詰め寄られた。
「俺たちを差し置いてこの野郎!」
「我々と時間を共にするより、美少女とのデートが優先というわけですかな?」
「見損なった」
「先約だっつってんだろ!」
デートって、何を勘違いしてんだコイツらは......
家族ぐるみの付き合いのオレと侑は、ほぼ家族同然みたいな感じで、そんなつもりはお互い全くないし......
「デ、デートとか、そういうのじゃないからね!
慌てて弁明するように発した侑の言葉からはもう1人、約束をしていた人物の名前が挙げられた......あ、なんか嫌な予感がす───
「
「なるほど、両手に花というわけですか......どう致しますかな加賀美氏、処す? 処す?」
「慈悲なし」
火に油注いでんじゃねえか!
「だあああああ‼︎ 離しやがれ!」
いい加減鬱陶しいんで、力づくで草薙の手を振り払って距離を取るように椅子から立ち上がった。
「えっと、邪魔しちゃってごめんね? ハル、借りてってもいいかな?」
「「「どうぞどうぞ」」」
どうしよう、コイツらグーで殴りたい。
「ほらっ、はーやーくー!」
「わーったから引っ張んなって......!」
痺れを切らした侑に腕を引き寄せられ、オレは教室を後にする。
「どう考えても見せつけられてるよな俺ら......」
「小日向氏に全く自覚がないのが尚更タチが悪いですな......」
「リア充、滅ぶべし」
*
だだっ広い廊下を歩いて行き、昇降口へと辿り着くと、少し離れた先にいる1人の女子がオレと侑に気づいたかのように反応して駆け寄ってきた。
「侑ちゃん! ハルくん!」
「ごめん歩夢! 待たせちゃった?」
「ううん、大丈夫だよ」
屈託のない笑顔で答えたのは上原歩夢。放課後の約束をしていたもう1人の人物で、歩夢もまた、オレと侑の幼馴染だ。
侑とは雰囲気が対照的で、目を引く綺麗な桃色の髪をお団子でヘアアレンジしたり、花形の飾りがついたヘアピンをつけていたりと見た目通り女子力が高い。
性格も穏やかなんだが、引っ込み思案なところもあって、初めて歩夢と出会ったばかりの頃は、怖がられてよく逃げられてたもんだ。それに対してオレもガキだったから、ちょっとムカついて余計に怯えさせてたけど......まあいろいろあって、今では3人こうして一緒にいることが当たり前になっていた。
「よーし、じゃあ行こっか!」
「うん!」
侑が先立って踏み出し、歩夢が合わせてその隣を並び歩く。オレはその2人の後ろをついていくように歩き出した。
とりあえずと言った感じで、オレたちはショッピングモールに足を運んで買い物を楽しんでいた。いや、正確には侑と歩夢だが。ショッピングに興味もなければ、特に欲しいものもないオレは、楽しそうに商品を見る2人とは違って退屈そうに眺めているだけだ。
「これなんかどう?」
歩夢が商品棚に置かれたパスケースを指差して言う。
「う〜ん......いまいちトキメキが足りないね〜」
「いやどんな判断基準だよそれ......」
今時の女児向けアニメでも、トキメキなんてワードそうそう聞かないぞ。
「んー、じゃあどうしよっか?」
「他のお店見てみよ〜」
結局侑たちのお眼鏡に適うものはなかったらしく、雑貨屋を出ることにした。
「そういえばこの前取り損ねたぬいぐるみさ〜、ネット見たらオークションに出てて......」
「ん......?」
会話の途中でふと何かを見つけて立ち止まる歩夢。
「歩夢?」
気になって歩夢の視線を追ってみると、そこにはショーケースに飾られたピンクのワンピースがあった。侑もそれに気がついたようでショーケースのそばへと近寄る。
「わぁ、これすごくかわいい〜! 歩夢に似合うんじゃない?」
「えぇ......⁉︎ 確かにかわいいけど私には合わないって......!」
「そんなことないってば。ハルもそう思うでしょ?」
「俺に振るなし......まあ歩夢は何着たってかわいいだろ」
「かわっ......⁉︎ も、もうっ! ハルくんまで適当なこと言わないでっ」
いや、別にテキトー言ったわけじゃないんだけどな......
「あっ! 見て見てこれ!」
お次はワンピースの隣に飾られている、フードに兎の耳がついた子供用のパーカーに興味を示した侑。
「幼稚園の頃、歩夢こんな格好してた時あったよね〜」
「あー、そういえばあったな」
「かわいかったなぁ......あれは今でもときめいちゃうよ〜」
十年以上も前の記憶だから曖昧だけどなんとなく覚えている。あれは確かうさぴょんとかいう、子供向けのマスコットが好きだった歩夢がよく真似をしていたんだっけな。
「ねえ、ちょっとやってみてよ!」
「何を?」
「あゆぴょん」
「......は?」
両手で兎のポーズをとる侑に、呆れ果てた声を出す歩夢。
「やるわけないでしょ、もう......!」
まあ、当然断られるに決まってる。
「ええ〜?」
「なんかお腹空いてきちゃった。下降りない?」
「賛成だぴょ〜ん」
「ゆうぴょんの方がかわいいんじゃない?」
「それはないぴょん、ハルぴょんの方がかわいいかもだぴょん」
「ハルぴょん......」
「やらないからな?」
侑から雑に話を振られて、なぜか期待の眼差しを向けてくる歩夢だったが、オレがやるはずもなかった。
その後、ショッピングモールを出て近くの広場に向かった俺たちは、ちょうどそこに来ていた移動販売のコッペパンを買ってベンチで一息つくことにした。
「あ、歩夢のそれ何味?」
「食べる? 限定のレモン塩カスタード」
「うん!」
「はい、あーん」
歩夢が自分のパンを差し出すと侑がパクリと一口。
「ん〜! おいしいじゃんこれ!」
と、大絶賛なご様子。
「クリームついてんぞ」
「えっ、どこ?」
「ほら、取ってあげるからじっとしてて」
侑の口元についたクリームを歩夢がさっと指で拭う。
「はい。取れたよ」
「ありがとね〜。私のも食べてみる?」
「うんっ。あ、なら写真撮ろ〜!」
鞄からスマホを取り出した歩夢は、カメラアプリを起動して内レンズを自分たちの方に向ける。自撮りなんて、いかにも今時の女子高生って感じだな。
「ほら、ハルもこっち向いてー!」
横目で2人を見ながらそんなことを考えてたら、侑からお呼びがかかっていた。
「オレも撮るのかよ......」
撮られるのはあまり好きじゃないんだけどな......
愛想がないのは自覚してるし、だからって意識的に笑顔を作るのも苦手だ。
「とーぜんでしょっ。ほーら、早く早く!」
しかし侑はお構いなしに......というかそういうのをわかった上で誘ってるんだろう。相変わらず強引なヤツだ。
「はぁ、しょうがねえな......」
侑に急かされ、仕方なくカメラの方へ視線を向ける。
とはいえ、なんだかんだこの3人で写真なんて何回も撮ってきてるわけだし、今更か。たいして仲も良くないヤツと撮るよりかはマシって考えれば気が楽だ。
「撮るよ〜。はい、チーズっ」
歩夢が画面をタッチすると、パシャリとシャッター音が鳴る。
すぐさま歩夢が撮った写真を俺と侑にも転送してくれたから見てみる。手前から歩夢、侑、オレの順番に写っていて、笑顔の侑と歩夢に対して、素っ気ない表情のオレ。
......まぁ、いつもの写真って感じだな。誰に見せるってわけじゃないから、気にする必要もないけどさ。
「あ、そういえばハルはどんなの頼んだ?」
侑は写真を満足そうに眺め終えたあと、オレの選んだものが気になったのか、覗き込むように身を乗り出してくる。オレは手元のコッペパンを2人に見えやすいように持ち上げると、
「「なに、これ......」」
信じられないようなものを見たように絶句し始める2人。
「限定のメロン紫蘇マスタード」
「メロ......なに?」
「ハルがまた変なの食べてる......」
「結構イケるぞ? 食うか?」
「いや、いい......」
「私も大丈夫、かな......」
「そうか」
2人に遠慮されたオレはコッペパンを一口頬張った。
うん......やっぱり美味いな。見た目こそ変わってるかもだけど、メロンの甘味に紫蘇とマスタードの辛味酸味が絶妙なアクセントになってて中々の味だ。これから流行るんじゃないか、コレは。
「味音痴って直らないのかな......?」
「本人が美味しいと思ってるならそれでいいんじゃない......?」
オレがコッペパンの味を噛み締めている間、2人が小声で何か話していたようだったが聞き取ることはできなかった。
軽食も済ませ、まだ時間もあるからとこの後の予定についてだらだらと3人で考えているところに───
「ん? あっちの方、何かやってるのかな?」
侑が視線を向けたその方向。あそこは大階段がある広場のようなエリアで、確かに歓声も聞こえてくる。
......イベントか何かか?
「結構盛り上がってるみたいだな」
「見に行ってみよっか!」
「そうだね」
この後の予定も特に決まりそうにもなかったオレたちはそのイベントを見に行くことにした。
人が集まる大階段の前に到着すると、そこにはオレたちと同年代と思わしき少女がひとり、赤い衣装を身にまとって歌と踊りを披露していた。
「これって......」
「ライブ......だろうな」
「すごい......」
その小柄な身体からは想像つかない力強い歌声とパフォーマンスに魅了されたオレたちは彼女から目を離すことができない。
曲のラスサビに入り、少女の全身全霊のシャウトが響く。その瞬間、身体中に電流のような衝撃が走った。この感覚はまるで───。
曲が終わると、周りの観客から盛大な拍手と歓声が少女に送られる。少女は深くお辞儀をした後、その場を去っていた。
「〜〜〜〜〜‼︎ すっっっっっっっっごいときめいちゃった‼︎!」
「うおっ......⁉︎ 急に大声出すなよ......!」
ボーッとしたまま立ち尽くしてたと思ったらいきなりなんだ。
「凄くない⁉︎ かわいかったよね⁉︎ かっこよかったよね⁉︎」
「え? う、うん......そうだね......!」
「とりあえず落ち着けっての」
興奮冷めやらぬままぐいぐいと迫る侑の頭に軽くチョップ。
でも、気持ちはわからなくもない。あのステージ、あの歌を聴いている時、少女から溢れる気持ちが胸を熱くさせてくるみたいで......すげえロックだった。
「今のってスクールアイドルってやつだよな......?」
「ハルくん知ってるの?」
「いや、ネットでちらっと見かけた程度だけど......」
部活でやるアイドル活動......みたいな感じだったな、確か。要するにご当地アイドルみたいなもんだろう。
「スクールアイドルかぁ......なんて子なんだろう、あの子」
「あそこにポスターがあるな」
「本当っ⁉︎ 見てみよう!」
「っておい!」
「きゃっ⁉︎」
侑はオレと歩夢の手を引っ張ってそのポスターへ一直線に駆け寄る。
「えっと、なになに〜? 『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』......」
「ちょっと待て、虹ヶ咲ってまさか......」
「「「うちの高校(だ)⁉︎」」」
寸分の狂いなく重なったオレたちの声が青空へと響いた。
スクールアイドルとの出会いが、オレたちのこれからを大きく変えていくなんて、この時まだ想像すらついていなかったんだ───。