就寝前の夜更け。暗がりの部屋の中、オレはベッドに寝転がりながらスマホの画面を見つめていた。映し出されていたのは、華やかな衣装を着て、歌って踊る少女たちの姿。スクールアイドルの動画だ。
数時間前、侑たちと一緒に見たあのスクールアイドルのステージ。その時に受けた衝撃が忘れられなくて、気づけば動画を見漁っていた。
それまでアイドルには興味もなかったし、オレが今まで好んでいたジャンルの音楽とはまるで違うのに、ステージを心から楽しむアイドルたちの姿に心を惹きつけられる。この感覚を、オレは知っている。
歌を通して見てくれる人に自分の想いを、心をまっすぐに伝える。スクールアイドルも、オレの憧れだったソレも、毛色は違っても根幹は同じなんだ。
「スクールアイドル......」
ひとつ動画を見終えると、また次の動画へ。そうしている間にどれだけ時間が過ぎていたのかわからないが、だんだん瞼が重くなり始めていた。
目を開けた次の瞬間、時間が吹き飛ばされたかのように朝を迎えていた。開きっぱなしのスマホの画面を見ると、2人と待ち合わせるいつもの時間が差し迫っていた。
「やばっ!」
オレはベッドから飛び出して、急いで制服に着替え始めた。
支度を済ませてマンションの外へと出ると、談笑し合う2人の姿を見つける。
「あ、おはよう、ハルくん!」
「やっときた。遅いぞ〜」
いつものように柔らかい笑顔を浮かべる歩夢と、口を尖らせる侑。
「
「全然来ないから、ハルの部屋に突撃しに行くところだったよ」
......侑のこれは冗談ではなくマジにやる。
というのも、我が家での幼馴染という立場は時に厄介なもんで、顔パスでほぼ出入り自由みたいな感じになってしまっているからだった。もちろん騒がしくなるんでやめてほしい。
「
自宅では現在、オレを含めて3人が暮らしている。そのうちの1人が陽鞠───ひとつ年下の妹だ。
いつもなら寝坊しかけた時に起こしてくれるんだが、オレが部屋から出た時にはもう誰もいなかった。
「アイツ、今日は朝早いって昨日言ってたからな」
「ハルとは違ってホント、妹の方がしっかり者だよね」
「うっせ」
揶揄うような嫌味だが、紛れもない事実だ。反論のしようもないんで、一言吐き捨てて先を行こうとした時。
「あっ、ハルくん待って!」
「んぁ?」
歩夢に呼び止められて、振り返る。すると、歩夢はオレの目の前まで近づいてきた。
「ネクタイ曲がってるよ? じっとしてて」
指摘されて初めて気がついた。
急いでたからな......そこまで気を回す余裕がなかった。
「はい、これで大丈夫だよ!」
「さんきゅーな、歩夢」
丁寧に、素早く直してくれた歩夢に礼を言う。こういう細かい気配りができるの、
「2人とも、そうしてるとなんか新婚さんみたい」
そこで、オレたちの様子を見ていた侑が何気なく口を開く。
「ええっ⁉︎ そそそ、そうかなぁ......!」
歩夢は不意を突かれたように驚いた後、顔を赤くして、もじもじとしながら人差し指を突き合わせていた。
なんでそんなに照れてるんだ......?
「何言ってんだ、今のはどっちかっつったら保護者みたいなモンだろ」
「えっ?」
「あー、そう言われるとそっちかも。歩夢って、たまに心配性すぎて過保護なお母さんみたいになるし」
「ええっ⁉︎」
オレの一言で歩夢の印象が一変すると、また驚いた声を上げていた......
「って、呑気に話してる場合じゃないよ! バス行っちゃう〜!」
「あ、おいっ。オレらも行こうぜ......歩夢?」
ドタバタと走っていく侑を尻目に歩夢の方へ目を向けると、
「保護者......お母さん......」
何かを呟きながら、放心状態だった。
*
放課後。いつものように3人で集まって帰る───はずだった。
「スクールアイドル同好会に行ってみようよ!」
突然、侑が言い出した。十中八九昨日のライブを見た影響だろう。授業中やけに眠そうにしてたと思ったら、昨晩遅くまでスクールアイドルの動画を見ていたっていうし......まぁ、オレも人のことは言えないが。
「お前はまたそんな急に......」
「スクールアイドルってすごいんだよ! みんな、かっこよくって......かわいくって......輝いてて......」
「話を聞け」
「完っ全にときめいちゃった‼︎」
ダメだこいつ聞く耳持たねえ!
「でもやっぱり一番ときめいたのは、昨日のあの子!
優木せつ菜、か......聞いたことない名前だ。ウチの学校のスクールアイドルだっていうし、あんだけすげえライブができるヤツなら噂くらいは耳にすると思ったけど......
「なんでも神出鬼没、校内じゃ同好会の活動以外で見かけた人は1人もいないんだって......」
いやいや、都市伝説か何かかよ。
「ファンクラブとかあるのかなぁ......次のライブとか決まってるなら見に行きたいなー!」
「で、でもそんな暇あるの? 3人で予備校通うってこの前......」
ゔっ.......予備校か......そういえばそんな話もしてたな......
「うん。でもまだ後でもいいかな〜って。昨日せつ菜ちゃんの歌聴きながら勉強してたらすっごく捗ったんだよ! 今日の小テストだってバッチリだったし!」
得意げに笑って侑はVサインを見せる......単純すぎやしないか。
......いや待てよ、ここでコイツに流れを合わせておけば予備校へ行かなくて済むのでは......?
「ま、まあ、こうなった侑は何言っても聞かないし、オレは別に付き合ってもいいけどナ〜」
「ハルくんはただ予備校に行きたくないだけでしょ?」
「......ソンナワケナイジャナイカ、ハッハッハ!」
歩夢にはオレの魂胆などお見通しだった。
「それにさ、なんかすごくやる気が湧いてくるんだよ〜! こんな気持ち、生まれて初めてかもっ。えへへっ......!」
「侑ちゃん......」
「よーし、まずはサインをもらわなくっちゃ! 2人とも、行こっ!」
「あ、待ってよ〜」
我慢の限界といった感じで走り出した侑を、歩夢は慌てて追いかける。
「ったく......しょうがねえ奴だな......」
軽く嘆息して、オレも2人の後を追いかけた。
場所は変わり、部室棟へ。
「うわっ......うちの部室棟、広すぎ......!」
一昔前のネット広告みたいなリアクションを見せる侑。でも驚くのも無理はない。
ここ、虹ヶ咲学園は自由な校風と専攻の多様さから人気を博する中高一貫校であり、故にその生徒数も高等部だけで3000人はいるという。いわゆるマンモス校というやつだ。
必然的に学園の敷地はとんでもないスケールを誇り、部室棟だけでもまるで一つのイベント会場を思わせるような広さがあった。
「そういえば私たちここに来るの初めてだもんね」
高校に入ってから部活なんて一度も入らなかったオレたちにとって、一切足を踏み入ることがなかったここは未知の領域のようなもんだ。
「それで、スクールアイドル同好会はどこにあんだ?」
「わかんないっ!」
ドヤ顔で言うことじゃないっす、侑さん。
「ホームページは更新止まってるし、案内図にも載ってないんだよ〜」
「ホントだ。どこにも書いてないね」
歩夢が近くにあった校内図で探しても、どこにもスクールアイドル同好会の文字は書かれていなかったようだ。
「じゃあどうすんだよ? まさか片っ端から聞いて回るなんて言わないだろうな?」
「え? そのつもりだけど?」
「えぇ........?」
「大丈夫だって! きっとすぐ見つかるよ!」
その根拠のない自信はどこからやってくるんだ......
聞いて回る体力はあったとしても、それをやろうという気力はオレにはない。
しかし今更何を言おうが、既にやる気に満ちている侑が止まるわけもなく、脳筋的思考による部室棟ローラー作戦が始まった。
......んだが、当然上手くいくわけもなく。オレたちは部室各所を巡り、エントランスにいる人たちにも聞いて回ったものの、手ががりは何も得られず。
「はぁ〜、見つからないね......」
「そんな簡単に見つかるわけないだろ......」
「同好会だけで100個以上あるらしいよ?」
「うへぇ......まじか......」
「うちもハンパじゃない生徒の数だしなぁ。その分だけ部活の数も多いんだろ」
気の遠くなる話だ。オーソドックスな部活や同好会に加えて、『絡まりイヤホンほどき同好会』『下校時白線だけ踏む同好会』など、なぜ承認されたのかわからない同好会が多々見つかった。
いやなんだよ下校時白線だけ踏む同好会って。ただの帰宅部の遊びじゃねーか。
「ま、他にどうしようもないしテキトーに聞いて回るしかねえか......」
「そうだねぇ。あっ、すいません! ちょっといいですか?」
と、ちょうどオレたちの近くを通りかかった女子に侑が声をかける。
パッツンとした鮮やかなピンクの髪に、150にも満たないであろう小柄な身長。そして黄色のリボンから1年生であることがわかる。
「スクールアイドル同好会の部室を探してるんだけど......どこにあるかわかるかな?」
「............」
返ってきたのは、無言。表情一つ変えずこちらをただじっと見つめているだけだった。
「もしかして急ぎだったとかかな......?」
「き、聞こえなかったんじゃない?」
1年生の反応に困惑してしまう侑と歩夢。そこでオレが代わりに聞き直してみることにした。
「なぁ、スクールアイドル同好会の部室って知らないか?」
「......! えっと......」
聞き逃してしまわないように少し大きめに声を出すと、ようやく1年生は言葉を出す。
だが、変わらず動かない表情とは裏腹に、その声色から1年生もまた、困っているような様子だった。
「あれ? りなりーじゃん」
会話がままならない状況の中、1年生の後方にある階段から誰かを呼ぶ声。1年生が反応して振り返ったところを見るに、この子のことを呼んだんだろうか。反射的にオレたちもその声の主へと視線を向けた。
オレたちと同じ2年生であることを示すピンク色のリボン。そして真っ先に目につくド派手な金髪、爪にはマニキュア、腕にはシュシュや髪ゴムをつけ、カーディガンを腰に巻いたその人物の姿は、それはもうクラス内の上位カーストに君臨しているような、まさしくギャルとも呼べる風貌だった。
「愛さん」
まさかこの1年生、あのギャルと知り合いなのか......?
まるで接点が予想できない。そう言えるくらいには、雰囲気にギャップがあり過ぎた。
しっかし、結構いろんな人に聞いて回ってきたけど、有力な情報が全く得られないな......
この感じじゃ、今日中に部室に辿り着けるかどうか怪しいけど、過度な期待はせず、一応あのギャルにも話を聞いてみて───
「ここがスクールアイドル同好会の部室だよっ」
「知ってんのかよ!」
「へ?」
校内図で場所を指差しながら、あっさりと答えるギャルに思わずツッコミが口に出てしまい、不思議な表情をされた。
「おお、誰に聞いてもわからなかったのに......」
「確か今年できたばっかりだし、部活の多い
その答えを聞いてなるほど、と納得する侑。
校内図に載っていないのは単純に反映されるのが遅れているということだろうか。ともかく部室の場所を突き止められたのは幸運だった。
「ありがとう! すっごく助かったよ!」
「困った時はお互い様だよ。それじゃね!」
侑が礼を言って、ギャルが立ち去ろうとしたその時に。
「あの......」
おずおずとした様子で、1年生は侑の制服の裾をきゅっと掴んでいた。
「うん?」
「別に、急ぎじゃなかった。いきなり声をかけられてびっくりしてただけ」
たぶん、さっきのやりとりについてだろう。考えてみれば、初対面の先輩3人にいきなり問い詰められたら誰だって驚くよな。
「......スクールアイドル、好きなの?」
「うん。昨日ハマったばっかだけどね」
「そう......」
相変わらず表情が動かないなこの1年生は。たぶんこの子なりに頑張って話しかけてはいるんだろうけども。
「あなたも?」
「わ、私?」
同じ質問を歩夢にも投げかける。
「私は......まだわかんない、かな?」
「......そう」
気持ちがまだはっきりとしていないような返答。
......なんだろう、歩夢の様子が妙に引っかかる。どこか遠慮してるような、気のせいだろうか。
そして1年生は次にオレへ視線を向けると、お互いに目が合う。
「......っ」
「おっ、どーしたん? りなりー」
ギャルの背後に隠れるように移動した1年生。
......明らかに警戒されている。オレ、何かまずいことしたか?
その理由もわからないところに、もしかして、と歩夢がオレに言った。
「さっきのハルくんの話しかけ方が、ちょっと怖かったんじゃないかな?」
「え?」
「かもね。ぶっきらぼうなんだよ、ハルは」
「いや、そんなつもりは......」
確かにあの時、上手く聞き取れなかったと思って少し声を大きくしてたけど、こんな反応されるなんて思わないだろ......
いや、真意がどうあれ怯えさせたのは事実だし、誤解されたままなのも体裁が良くない。
「えっと、その......別に怒ってたとかそういうわけじゃないんだ。悪かったな......」
そう謝罪すると、1年生は少し様子を窺っていたが、やがてギャルの背後から一歩前へ踏み出して、オレの正面に立つ。
「私の方こそ、勘違いしちゃってごめんなさい......」
ぺこり、と一礼する1年生。ひとまず誤解は解けたようで、侑と歩夢、ギャルも安堵した表情を浮かべていた。
「あなたも、スクールアイドルが好き?」
1年生は顔を上げると、
「......さぁな」
スクールアイドルが好きかどうかと聞かれたらそう答えるしかなかった。
今までそういうジャンルに触れてこなかったせいか、
それでも、はっきりと言えることがあるとするなら、
「でも、悪くないかもな」
侑と歩夢のように、オレの中で何かが動き始めているのかもしれない。
「2人ともどうもありがとね。それじゃ行こっか」
ギャルと1年生に別れを告げ、オレたちはスクールアイドル同好会の部室へ向かった。