「ここが......スクールアイドル同好会......!」
まぁ、なんの変哲もない普通の部室といった感じだな。
「あの、2人とも───」
「何をしているんですか?」
歩夢が何かを言いかけたが、背後からの声に遮られる。振り向くと、そこにいたのは黒髪を三つ編みにした眼鏡の女子だった。リボンの色を見るに、オレたちと同じ2年生のようだ。
「普通科2年、高咲侑さん、上原歩夢さん、小日向晴陽さん」
「えっと......どこかで会ったことありましたっけ?」
名前を呼ばれて驚きながらも侑は問いかけた。
オレも面識はないはずなんだが、なんでか初めて見た気がしない。
「生徒会長たるもの、全生徒の名前を把握するのは当然です」
「「生徒会長!?」」
「いや、驚くとこそこか......?」
全生徒って、一体どれだけの生徒がうちに在籍してると思ってんだよ......
「申し遅れました。
会長は自らそう名乗って軽く会釈をする。
「あー、そういえば生徒集会で見たかも......」
そう言われればオレにも覚えがある、というか生徒会選挙の時に唯一立候補してた人だった気がする。
特にこれといった特徴的のない、真面目で勤勉そうな印象しかなかったもんですぐに忘れてしまったけど、こうしてよく見ると会長って顔立ちもスタイルも中々なモンなんだな。中川だけに。
......うん、何考えてんだろう。
心の中で自分に呆れていたところに、会長から怪訝な表情を向けられる。
「なんでしょうか? 小日向さん」
やべ......ついまじまじと見過ぎてしまった。
「あ、いや、こう近くで見ると、会長って美人だよなーって......はは......」
ない。咄嗟に出た言い訳だったとしてもこれは絶対にない。もっと他にあっただろ、オレ。
一旦目を逸らしてから、おそるおそる会長の方へ再び見ると、
「なっ......!? き、急に何を言い出すんですか......!」
会長は顔を赤くしてあたふたとしていた。
あれ......思っていた反応と違う。てっきり「その不快な視線をこちらに向けないでください」みたいなことを言われるかと思った。
しかし、新たな問題にオレは気づく。それは会長の方ではなく、横にいる2人から強烈な視線を送られていることだ。
「ハルくん......?」
「なんでいきなり口説いてんの......?」
目が怖い歩夢と若干引き気味の侑。
「ちげーよ......! 口説いたわけじゃねえって」
「「ふーん」」
なんでそんな疑うんだよ......
「んんっ、ところで......」
と、ここで落ち着きを取り戻した会長が咳払いをして話題を変え始める。ナイスタイミングだ。
「その同好会に何か御用ですか?」
「はいっ、優木せつ菜ちゃんに会いに来ました!」
すると、会長の表情が曇っていく。
「どうかしたか?」
「......残念ですが、彼女はもうここに来ないと思いますよ」
「え......? それってどういう......」
「スクールアイドルは、もう辞めたそうです」
やめた......? 昨日の今日でか? そもそもあのライブは同好会のお披露目ライブだったんだろ。それがなんで......
呆然と、理解が追いつかないオレたちに、会長は部室のドアに近づいてなおも淡々と続ける。
「それだけではありません。優木さんが抜けたことでスクールアイドル同好会の部員は4人......同好会の規定人数である5人を下回ったため───」
スクールアイドル同好会のネームプレートを手に取って告げた。
「同好会は廃部となります」
「そ、そんな......」
「侑ちゃん......」
「......失礼します」
思いもよらなかった事態に動揺を隠し切れない侑を、歩夢は心配そうに見つめる。
だが会長は、そんなことはお構いなしに一言おいて、来た道を引き返していった。
オレたちのもとに残ったのは、言いようのない虚無感だけだ。
*
下校時刻も迫っていたため、オレたちは学園を後にして、近くのコンビニ前のベンチに座って小休止していた。
「歩夢、それ何味?」
「ラクレットチーズ蜂蜜。食べる?」
「うんっ」
「ハルくんも食べる?」
「いや、オレはいい」
「そっか。じゃあ半分こだね」
歩夢はコンビニで買ったパンを半分に割って片方を侑に手渡す。
「はむ......ん、これも美味しいね!」
本当に美味そうに食ってんなコイツ......やっぱオレももらっときゃよかったな。
「......残念だったね」
そんなのほほんとした雰囲気に、歩夢の沈んだ声。
「ん?」
「せつ菜さんのこと......まさか辞めちゃったなんて...」
「あー、そうだね......」
「で、でもうちの生徒なら会おうと思えば......!」
「それはいいよ。何か理由があるんだろうし......」
侑にしては潔く割り切った判断だった。事情がどうあれ、スクールアイドルを辞めたのに追っかけ回されたんじゃ、本人からしたらいい迷惑だしな。
「やっぱり夢を追いかけるのって、難しいのかな......?」
「......簡単に叶いっこないから、夢なんだろ」
そんな侑の問いかけに、半ば無意識にオレはそう答えていた。
夢が叶わなかった人なんてこの世にごまんといるだろう。どれだけ努力したとしても叶わない......例えば病気やケガ、やむを得ない事情があったり。運だって絡むことだってある。
現実を見て、挫折して、夢を諦めるというのは往々にしてよくある話だ。
「だよね......アイドルやるって大変だと思うし。でもあんな風に夢を追いかける人を応援できたら、私も何かやりたいことが見つかるのかなって......」
「侑ちゃん......」
「......なんてねっ。お台場寄って帰ろっか!」
ベンチから立ち上がって、
優木せつ菜には会えず、同好会も廃部。さすがに侑も
それはそうと。
「あの生徒会長......どっかで見たような感じするんだよな......」
「ハルくん?」
不思議そうにオレを見る歩夢をよそに、考え込む。
生徒集会で見た記憶とは別に、見覚えのある感覚。直接顔を合わせて話したのもあの時が初めてなのに、なぜか初対面の気がしない。それが異様に引っかかっていた。
「おーい、早く行こうよ〜!」
「あ、今行くよ! ほら、ハルくんも早くっ」
「あ、あぁ......」
2人の呼びかけに思考が遮られる。すっきりしない気分だけど、すぐ思い出せないってことはきっと気のせいなんだろう。
そう納得して2人に急かされるまま、オレは歩き出した。
昨日と同じくお台場のショッピングモールでオレたちはいろいろな店を見て回る。
雑貨屋で各自適当に品物を物色していたところ、歩夢が店の入り口にあるショーケースの前でボーッと立ち尽くしているのが見えた。
あれ、そういえばあのショーケースにあったのって......
「歩夢?」
「は、ハルくん......⁉︎」
近づいて声をかけたオレに、歩夢は驚いて振り向く。
歩夢が先ほどまで見つめていたショーケースに目を向けると、そこにはやっぱり昨日見たピンクのワンピースが飾られていた。
「ほんとは着てみたいって思ってるんじゃないのか?」
「......もう卒業だよ、こういうのは。さすがに高校生にもなって......子供っぽいでしょ?」
茶化すように笑う歩夢。でもその笑顔は明らかにぎこちなかった。
「......まあ、歩夢がそう言うんなら何も言えないけどさ。でも、好きなものに子供っぽいとか高校生だからとか関係ないんじゃね?」
「え......?」
「誰に何を言われても、どう思われたって好きなものは好きでいたいじゃん。その方がなんか......ロックだろ?」
自分でもクサいセリフを言ってしまったなと思う。
それでも、心から思った言葉だ。
歩夢に自分の本当の気持ちから、目を逸らしてほしくないから。
好きなものから目を逸らし続ける辛さは味わってほしくないから。
「あ、2人ともここにいた。買い物終わったー?」
そこで、オレたちを探していた様子の侑がやってきた。
「ああ、オレはもういいけど」
「......ごめん、ちょっと待ってて!」
そう言うなり慌てて雑貨屋に入っていく歩夢。その様子にオレは侑と目を見合わせて首を傾げていた。
ショッピングモールで時間を潰している内に、外は陽が沈みきって真っ暗になっていた。
バスに乗って自宅の最寄りで降りた後、街灯で仄かに照らされた夜道を駄弁りながら歩いていく。
「そういえば明日の数学さ───」
侑の話の途中。ふと、歩夢が立ち止まる。
「歩夢? どうしたの?」
侑が声をかけても返事はない。
数秒の沈黙の後、やがて歩夢は何かを決心したかのような顔つきで口を開いた。
「3人で......3人でやってみようよ! スクールアイドル!」
「え?」
思いがけない提案に、侑は目を丸くさせて驚く。
「実はね......私も見てたんだよ、スクールアイドルの動画。せつ菜さんだけじゃなくていろんな人のも見ててみんなすごかった......! 自分の気持ちを真っ直ぐに伝えてて、私もあんな風に伝えられたらって......」
栓が外れたかのように、抑えていた歩夢の気持ちが止めどなく言葉に乗って溢れ出る。
こんなに熱弁する歩夢は初めて見るせいか、オレと侑は口を挟むことなく真剣に耳を傾けていた。
「本当は私もせつ菜さんに会ってみたかったんだ......でも、会っちゃったら気持ちが止まらなくなりそうで怖かった」
胸に両手を置いて、縮こまるように下を向く歩夢。
歩夢が同好会に行くのを躊躇っていた理由が、オレにはわかる気がする。
憧れやそれになりたいという思いは強すぎると、周りが見えなくなってしまい、暴走してしまう。
オレたちを、周囲の人間を振り回してしまうのではないかと不安を抱いていたから、歩夢は遠慮しがちになっていたんだろう。
「それでも、動き始めたのなら止めちゃいけない......我慢しちゃいけないんだって......! 自分に、正直になりたい!」
そう言ってパッと顔を上げた歩夢の瞳は、真っ直ぐにオレたちを見据えていた。
「私、好きなの! ピンクとかかわいい服とか! 今でも着てみたいなって思ってる!」
隠し続けてきた気持ちを解き放つように歩夢は言葉にした。若干照れつつも、その瞳はキラキラと輝いている。
そして歩夢は鞄を置いて、すぐ横にあった階段を駆け上がっていく。広く開けた踊り場まで上ると、オレたちの方へ向き直り、宣言した。
「スクールアイドルだって、かわいくて......キラキラしてて......私もやってみたい!」
歩夢はさらに階段を上って、一番上までたどり着く。
そして、
「〜♪」
静かに歌い出し、リズムを刻んで踊り始めた。
たぶんスクールアイドルの動画を見て覚えたのかもしれない。ただ、歌声は緊張しているせいか震えていて、振り付けもぎこちない。客観的に見れば所詮は素人の真似事だと評価せざるを得ないものだった。
─────────だけど。
それでも......オレの目には確かに、キラキラと輝くスクールアイドルの姿が映っていた。
自分の気持ちに嘘はつかない、なりたい自分に一歩一歩進もうとする......そんなスクールアイドルが。
階段の電光飾や街灯がまるでステージのように歩夢を輝かせる。その光景にオレと侑は言葉を失い、ただ見惚れていた。
ワンコーラス歌いきった歩夢は階段から降りてオレたちのもとへ戻る。慣れないことをしたせいか歩夢の呼吸は少し乱れていた。
「今はまだ、勇気も自信もないからこれが精一杯だけど......」
歩夢は置いていた鞄を持ち上げ、その中からピンク、緑、ブラウンと3つのパスケースを取り出す。
「一緒に、私の夢を見てほしい......!」
そのうちの緑のパスケースを侑に、ブラウンのパスケースをオレに向けて差し出した。
夜風がそよりと吹き抜け、一瞬の静寂が訪れる。
「そんなの───」
先に反応したのは侑だった。
「そんなの、応援するに決まってるっ!」
「......っ!」
「さっきの歩夢、すっごくキラキラしてて......今まででいっっっちばんときめいちゃったもん!」
グイグイと身を乗り出すようにして歩夢に迫る。珍しく真剣な表情をしてたなと思った途端にこれだ。
......まあこっちの方が侑らしいけどさ。
「それにね......それが歩夢の夢なら私も一緒に見てみたい。だから、私は歩夢の隣にいるよ」
にかっと笑う侑の笑顔に、歩夢は涙ぐみながらも顔を
「ありがとう、侑ちゃん......!」
「そ・れ・と、もちろんハルもねっ!」
と、今度はオレにその笑顔を向けてくる。
「......まったくお前は」
呆れて呟く。大事なことなんだからせめてオレの意見を聞いてほしいんだが......
いや、侑にはオレがどうするのかわかってるんだろうな。
「つーか一緒にとか、いちいち聞かなくていいんだよ。今更だろ?」
昔から内気で引っ込み思案だった歩夢がここまで自分の気持ちを言ったのは初めてだった。いつも気遣ってオレと侑に合わせるばかりだった歩夢が、初めて自分のやりたいことを、我儘を言ってくれたんだ。
なら、オレはその想いに答えるしかないだろう。
「侑だけじゃない、オレだって歩夢の隣にいるさ。お前の夢をオレにも応援させてくれ」
その答えを聞いた歩夢は今までに見たことないような、とびきりに眩しい笑顔で頷いた。
「──────うんっ!」
歩夢が差し出すパスケースをオレと侑はしっかりと手に取り、受け取った。
なんてことない普通のパスケース。だけど歩夢の想いが込められたそれは特別なものに感じた。たぶん、侑が言っていたトキメキってこういうことなんだろうな。
きっとこの瞬間、新しいトキメキがこのパスケースには生まれた......
オレにはなんだか、そんな気がしたんだ。