エーアデントは街であり、街であるのならば日々建築、道路整備、建物の整備や解体などと言う業務が発生するのは当然の話。
そして勿論それらには人の手が必要というのも言うまでもないだろう、最も今の時代ならば人形やオートマタと言う選択肢もあるにはあるが結局は人間がやることには変わりないので置いておく。
ともかく人が作業をするということは怪我が発生する可能性も同時に秘めているということにもなり、だからこそ現場においては様々なマニュアルにより事故を防ごうという試みが行われているわけでもある。
「……」
(あの人、さっきから眺めてるけど何だろ)
ここはエーアデントのとある工事現場、集まっている作業員の中では一番の新入りがふとその少女に気付いたのはついさっきのこと。
今日の作業が始まって少しした辺りから居たと彼は思い出すと同時に何か用事があるというわけでもないのにどうしたのだろうかという疑問も生まれる。
(っと、ヤバいヤバい手を止めてたらサボってるって思われてどやされちまう)
まだ入ったばかりなのにそんな事で評価を悪くしたくないと意識を仕事に戻したタイミングで先輩作業員が現れ、彼を見ておいおいと慌てたような表情を見せる。
なにかやってしまったかとなる新人、その姿を見て気付いてないのかと言う感じの表情に変えてから先輩はこう告げる。
「安全帯が外れかけてんぞ!」
「え、あっ、やばっ!? す、すみません!」
「ったく偶々気付けてから良かったがそのままやってたら落ちて怪我してたぞお前」
その通りな指摘に反論が出来るわけもなく、すみませんと頭を下げてからふと気付く、さっきまで居たはずの少女が居なくなっていると。
まるで初めから存在しなかったかのように影も形もなくなっていたことに新人が首を傾げ、それを見た先輩がどうしたと聞かれれば彼はその事を話せば
「ヒヤリハットの妖精、お前マジで危なかったってことか」
「ヒヤリハットの妖精……?」
なんすかそれと聞いてしまった彼を責めれる者はいないだろう。単語の意味は理解出来るが組み合わさった状態で出てこられると理解の範疇を超えてしまうというものだ。
先輩の方も新人の疑問に分かるという感じに頷いてから静かに語った、ヒヤリハットの妖精というものを。
曰く重大な事故が起こりそうな現場に現れる医者である、曰く発生までそれを自発的に教えることはなく現場を見学している、曰く万が一それに気付かずに重大事故が発生した場合、即座に患者に治療を施してから病院に放り込む者である。
そして完治したとなれば見返りを求めること無く風のように去っていくのだと。それを聞いた新人は素直にこう答えた、ちょっと怖くないですかその妖精と、それに対して先輩もまぁ正体が分かっちまえば未然に事故が防げるからと曖昧な笑みを浮かべるのであった。
「戻りました」
その件のヒヤリハット妖精ことエーアデント基地医務長である『PPSh-41』はあれから特に寄り道もなく帰ってきたのだが【PA-15】と偶々医務室に来ていたベクターさんは時計を見てからそして
「また寄り道してたんですか? 距離的にそこまで時間がかからない筈の往診でしたよね」
「ヒヤリハットを見つけたんでしょうね」
「はぁ、残念でした。ここ最近は平和すぎるのでそろそろ大怪我を負った患者と接することが出来るかと思ったのですが」
はっきりと口にしたその言葉にPA-15が慣れたことではあるが引き攣った笑みを浮かべたくなる。彼女があの場に居たのは怪我人が出ても良いようにというわけではない、だったら忠告の一つでもすれば良いのだから。
このPPSh-41、医者をしているのだが間違っても崇高な理念のもとにだとかいう事でやっているのではない。彼女は【なおす】のが好きだから医者をしているのだ。
「毎度思うんだけど、よくこれで軍医をさせてるわよねこの基地」
「腕は確かだから、それに戦術人形を含めた機械修理とかも出来るってなると居てもらわないと困るし」
「だからって街の住人が怪我しそうなのを止めるじゃなくて眺めて事故ってから治療しますっていうのはどうかと思うのよ」
「治すんだから良いじゃないですか」
よくないけど? こんなのが医務長してるのってやっぱり問題でしか無いよこの基地、PA-15は配属されてから何度目かわからない頭痛を覚えつつ、それでも腕は確かに一流なのよねぇと頭を抱えてしまう。
PPSh-41はそんな彼女を見て何をしてるんですか仕事してくださいと告げ、ベクターさんは彼女の苦悩も理解できるとしつつ
「まぁでも彼女のお陰でヒヤリハットが発生してることに気付けたってお礼の言葉も来てるから」
「完璧にそういう扱いされてるじゃん……」
「ふむ、だったら今度からは姿を隠してみましょうか」
「真顔で人のためにならないことを言わないでくれる医務長?」
仮にも医務長だろ怪我の発生は事前に止めるべきだろと伝えるが肝心の医務長ことPPSh-41はそうですねと物凄く分かりやすい生返事を返すだけの姿にベクターさんもやれやれと言う感じで
「〝医者〟が怪我人を望むは下手したら〝慰謝〟料を請求されちゃいそうよね、ふふっ」
「は?」
「お、ガチ目のキレ方じゃん」
どうやらお気に召さなかったらしい、それどころか書類を片付けていた手を止めてベクターさんを睨むくらいには逆鱗に触れかけていたらしい。
だが彼女がキレているのはベクターさんのオヤジギャグに対してではない、PPSh-41的には慰謝料を請求されるとか理由がないんですけどと言う部分にキレている。
治してるししっかり完治してるし感謝もされてるじゃないですかと、それなのにどうしてと本気で疑問に思っている表情とその声に流石のPA-15はドン引きするしか無い。
「ちょっと真面目に異動を考えていいですか?」
「駄目よ、副官権限で却下しておくわ」
「そもそも薬剤師は貴女しか居ないんで許すわけ無いですよね」
「ヤバいですねこの基地!!」
PA-15、遂に叫ぶ、噂に聞く他の基地よりはホワイトかもと思われるこの基地も決して真っ白じゃないのである。
今日もエーアデント医療班は平和であり、PPSh-41が言ったようにここ最近は住人からも大怪我の連絡もないほどにはご安全に! が定着している。
『PPSh-41』(医務長)
エーアデント基地の軍医であり街の名医の一人とも言われる戦術人形。
だがその正体は本編どおりであり元々はメカニックだったが〝なおす〟事が好きなんだと自覚してからは医者に転職した。
医者の理由は人間はよく怪我をしてくれるし治し甲斐があるからとのこと、最も外面は非常に良いので真実を知っているのは基地の一部だけである。
『PA-15』(軍医兼薬剤師)
薬剤師の腕を買われてこの基地に来た戦術人形、来たは良いが医務長が倫理的にどうかと思うと毎日のように思ってる。