来るもの拒まず去るもの追わず、エーアデントと言う街を表している言葉であり実際に定住する人もいれば別の街に出ていく人や人形は日常的に見られる。
されど去るのもこの街の居心地が悪いとかではなく、もっと広い世界を見てみたいやこの街で得た技術を他の街で活かしたい等といった前向きな理由が大半である。
「ふぅ、今日も街を綺麗にしていかないとですね!」
「張り切ってるわね、一〇〇式」
「当然です、日々の清掃は大事ですし街が綺麗なら此処に定住する人も増えますからね!」
街が清潔であるというのもエーアデントに人が多い一因であるのもそうだろう。とは言え街の大きさと人の多さが合わさり清掃員だけでは手が回らないという部分も増え始めているというのも街の問題として浮き上がっている。
最もこれに関してはエーアデントが出来た頃から将来的にそうなると予測されていたことであり、故にボランティアという形で住民も清掃に限らず街の業務に携わるようにしてあり、結果として今も街は平常運転で回るくらいにはなっている。
「そう言えば今日は炊き出しの方にも顔を出すのかしら?」
「はい、先日辺りに人が多く流れてきたとかで手伝いが欲しいと」
「もしかして近くであった大きめの戦闘が原因かもしれないわね」
頻繁ではないとは言え大規模戦闘自体は無くなったという訳では無く、それが起きれば街や村から逃げ出した人々、所謂【難民】が生まれてしまう。
エーアデントはそんな人々も受け入れているため、近くで起きれば一気に人が流れ込むことも珍しくないし、そんな人たちの為への福利厚生も整っている。
今しながた二人が話した炊き出しもその一つとなるし、他にも職の斡旋等も含まれているとまぁ手厚いサポートがあることは有名らしくエーアデントに人が来ない日はほぼ無いとも言えるくらいだ。
「とは言え人が来るのは良いことだけじゃないのよね」
「産業スパイやテロリストのことですね」
「それだけじゃないけど、まぁ大体はそれね」
人が集まるということは善悪も集まるということ。善意だけが集まればいいが何をどうやったとして悪意ある人間も中には混ざってしまう、それを防ぐために検問などもしているが
「それで防げたら苦労しない、ですよね」
「上手い人間はその辺りを素通りしてくる。絶対に防げるなんて口が裂けても言えないわ」
そしてとベクターさんはエーアデントに今来たという感じの人の集団を見つめ、己の勘が間違っていなければあの中にその手の輩がもう既に混ざっていると確信する。
根拠はと聞かれても彼女的には昔取った杵柄的なものだとしか言えないくらいには曖昧な物ではある、あるが無視して良い直感でもないのは経験則から分かっている。
「副官さん、私はそろそろ炊き出しの方に向かいますがそちらはどうします?」
「手伝うわ、あの人数だと配膳も遅れが出て喧嘩になりそうだし」
「むむ、それは確かにです。空腹というのはどうしてもイライラしてしまいますからね」
ともすればエーアデントのイメージダウンにも繋がりかねない、もっともベクターさんは別の考えとして炊き出しの集団に混ざってなにかやらかすんじゃないかという心配もあったのだが。
いざ始まってみれば、割りと平和だった。これだけの人だかりでは動きようがなかったのか、将又そいつ自身も空腹が限界だったのかどうなのかは分からないが炊き出しは順調に進み、一〇〇式とベクターさん、それと調理役兼配膳係というハイスペックなことをしているネゲブさん、ちょこちょこと配膳係をしているカラビーナ、他にもエーアデントの住人たちのお陰で大きな混乱もない。
「はいどうぞ、お腹空いてるでしょうけど慌てて食べちゃ駄目よ」
「ありがとうございます……本当に」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「ふふっ」
難民の中には親子も居る、恐らくは何日も禄に食べてなかったのだろうという姿にこの世界も平和なようでそうじゃないのよねとベクターさんは思いつつ微笑み、シチューを手渡していく。
因みにこういう場面ではベクターさんの悪癖こと寒いギャグは出てこない。彼女も空気は読むというわけなのだがこれにはカラビーナ辺りが納得できない言う顔をしてたのは記憶に新しい。
(さて、奴は動いたかしらね?)
配膳をする最中でも警戒は怠らない、勘が外れてるのであればそれでいいが先程から警鐘にも似た感覚が止まらず、だからこそベクターさんは己が間違っていないと一人の人物を監視する。
見てくれは難民、動きも表情も言動も全てがそうとしか思えない、だからこそ違和感になった。
(まるでそうであれという行動、素人じゃないけど手練れってわけでもなさそうね)
露骨な演技だと言うわけではないし大体の者は騙せるものではあったが如何せん相手が悪かったとしか言いようがない。
ベクターさんから言わせれば及第点かなというものだったらしい、なんともスパイ泣かせな観察力だが此処で皆様に知ってもらいたいことがある。
この事に気付いたのはベクターさんだけじゃないという事実を、この街はエーアデント、来るもの拒まず去るもの追わず……結果としてこの街の諜報力と言うものは下手な軍よりもガチガチだということを彼は知ることになる。
「あぁ、とりあえず潜り込むことには成功した。なぁに来るもの拒まず去るもの追わずなエーアデント様だ、すんなりと入れたぜ」
男は言ってしまえば産業スパイ、やはりと言うべきかこの街のちょっとネジが飛びすぎている技術力と言うのは誰もが喉から手が出る代物らしく彼にようなスパイは珍しくもない。
なんたって潜り込む事は容易なのだから。されど誰もが疑問に思うだろう、ならば何故その技術が流出しないのか、知ってるのは正式に取引した組織だけのか、その答えが……今彼の通信端末を貫いた。
「っ!?」
「やれやれ今月だけで何件目じゃ、この手のスパイは。全く入れる前に弾けるようにしろと何度も言っておるじゃろうて」
貫かれた通信端末を見れば刺さっていたのはスティレットに似た形状の短剣、それから聴こえた声に振り向けば雑貨屋ナデシコ店長のナガンの姿。
だがその手に握られているのは己の半身とも言える拳銃、ではこの短剣は誰がとなるが正体はすぐに判明する。
「秘密漁りとは、感心しないわね。でも分かるわ。秘密は甘いものでだからこそ、恐ろしい死が必要なの……愚かな好奇を、忘れるようなね」
「いやいやいや、殺しちゃ駄目ですからね」
ベクターさんと少女の声にまた振り向けばいつの間にそこに居たのは二人の姿が、いや、とスパイはすぐに気づくもう既に自身は囲まれているということを最も手遅れなのだが。
その後彼がどうなったかは誰も知らない、或いはエーアデントから放逐された程度かもしれない、正直な話一々処理してたらキリがないのだから。
「ってことがあったわ、指揮官」
「了解、にしても本当にこの街のボランティアは優秀だよな」
「ふふっ、本当にそうね」
この街、エーアデントではボランティアと書いて諜報員と読むとかなんとか。これは余談というわけではないがベクターさんとともに現れた少女は一応NINJAの末裔らしい。
まぁカニファンとイチゴ味混ざった感じの世界とは言え元がドルフロだし、多少はね?