カポーンと言う音が鳴りそうな大浴場、広すぎず狭すぎずな大きさ、内装も一般的なそれと変わらないそこにベクターさんは居た。
無論、入浴のために来ており現在は既に体も洗い終えて湯に浸かり気持ちよさそうな顔を晒している、尚、既に1時間は経っている模様。
「……『ニューヨーク』で『入浴』、ふふっ」
ここはアメリカではない、と誰かがツッコミを入れた気がするがこの場には彼女しか居ないのでありえない、ともかくそんな聞いてる者の温度が物凄い勢いで下がりそうなギャグを放つくらいには今のベクターさんのテンションはうなぎ登りなことになっていると大浴場の扉が開かれ、見れば
「今日のお勤めは終わったのかしらスチェッキン?」
「ん?おお、Vectorか、終わりだよ~、今日もいい感じに稼いできた」
この基地の財政担当であるスチェッキンさん、彼女はベクターさんの質問に答えつつ風呂いすに座ってからシャワーを流し体を洗い始める。
この基地の特徴の一つとして実は人間は指揮官だけ、あとは人形のみで運営している特殊な基地であり、そうなれば医者や銃の整備は勿論、資金確保も人形が担当することになる、そうした中で立候補したのがこのスチェッキンさんだ。
もっとも基地そのものがかなり特殊であり、街の中にそれがあるという形になっている。なので人形だけで運営というのも少々誤癖があり正確に言うのならば街の住民とも協力関係がある基地というのが正しいのかもしれない。
ともかく、結果だけ言えば彼女は大成果を上げこの基地には居なくてはならない存在となっている、彼女が商売をし、資材の搬送も行い、そうして出した利益が今の基地の資金源となっている。
なので指揮官も副官たるベクターさんも彼女には割と頭が上がらなかったりする、と言うよりこの基地において彼女と医者役をしているPPSh-41には誰も頭が上がらないだろう。
「お疲れ様、指揮官が助かってるって言ってるわよ」
「はは、私は好きでやってるだけなんだけど、そう言われると嬉しい限りだねぇ」
「でも『お金』が底をついちゃうと『おっかね~』から貴女の働きは私から見ても本当に助かるものよ」
「……いやぁ、湯船に浸かる前に温度を下げてくるとは思わなかったよ」
洗いを終えた彼女がベクターさんの絶好調過ぎるギャグにそう苦笑しつつゆっくりと気持ちのいい声を上げつつ湯に浸かっていき、最後には幸せそうなため息を吐いて縁に体重を預ける。
疲れを癒やすために暫しの沈黙、それからスチェッキンさんはふと疑問に思った事を口にした、それはベクターさんと指揮官の事であり。
「そう言えばさVector」
「何かしら?」
「どうして指揮官は君に惚れたんだい?」
彼女からしてみればオンの時はまだしも、オフの時はよく分からんギャグで周りの温度を急激に下げるしかやらない彼女の何処に惚れる要素がありしかも誓約まで至ったのかというのは前々から疑問ではあった、なので今日折角なので思い切って聞いてみれば返ってきたのは
「……さてね、皆目検討もつかないわね」
「ふぅん、じゃあ質問を変えよう、Vectorは指揮官の何処に惚れたんだい?」
どうやら答える気がないなこれはと判断したスチェッキンさんはならばと質問を変えてみれば、今度は嬉しそうにふふっと笑いそれから
「こんな私を、あの人は迷いない瞳で君に基地に来て欲しいと言い切ったのよ?惚れない理由があるかしら?」
「はは、その光景が目に浮かぶよ、確かにそれは落ちるね」
目を瞑りぐっと伸びつつその光景がありありと目に浮かんで笑うスチェッキンにどうやら持ち込んでいたお酒が入ったグラスを差し出され、とりあえず受け取る。
どうしたのかとベクターさんを見れば意味深な笑みを浮かべつつ、自分もグラスにお酒を注ぎ、大浴場の窓に視線を運んで
「質問に答えたのだから『月』を見つつ一杯『付き』合ってもらえないかしら?一人って意外と寂しいのよ」
「お風呂に入ってるのになんで温度が下がるかはすごく疑問だけど、まぁその分はお酒で温まる事にするか……いいよ、一杯と言わずに君が満足するまで付き合うよ」
こうして、二人だけの月見酒が始まるのだが、スチェッキンさんはベクターさんが満足するまでと言ってしまったが為に開始して数十分後、彼女は思いっ切り自身の言葉に後悔することになっていた。
と言うのもベクターさん、中々満足したと言わないのだ、しかも一本だけかと思ったそのお酒、実は数本持ち込んでたと知ればスチェッキンさんの顔も流石に引き攣り軽く青くなりだす。
「ね、ねぇVector、付き合うと言った手前悪いんだけど、上がっていいかな?」
「えぇ~、まだ呑みましょうよ、お『風呂』でアルコールがオーバー『フロー』するまで呑みましょうよ~、ふふふっ」
「オーバーフローするまで呑んだら駄目だからなぁ!?」
お風呂でベロンベロンに酔うまで飲むとか何考えてんだこのSMG!?と叫びつつ、このままでは自分も二の舞になってしまうとスチェッキンさんが焦りだす、しかし彼女はベクターさんに肩を捕まれどうしようもない状況、もはやここまでかと思ったその時、ガラッ!!と勢いよく大浴場の扉が開かれたと思えば
「酒瓶が幾つか消えてたと思えば、やっぱりこういうことなのね……Vector、私言ったわよね?持ち込むなって、忘れたのか、ええ?」
「ネゲブ、助かった!」
「ん~?あ、ネゲブ~、貴女も呑むのかしら?」
「はぁ、泥酔状態になるまで風呂に入って呑むなって何度も言ってるじゃない……スチェッキン、すぐにそいつ引っ張り出して、投げてもいいから」
「いや、今日はやけに力が強くて動けないんだよ私」
彼女の言葉に再度大きくため息を吐いたネゲブは結局、彼女が引っ張り出して介護しつつ体を拭いて服を着せてから指揮官の自室に運んで
「監督責任よ、後は任せたから、それとスチェッキンには後で謝っておきなさい」
「おぉう、こりゃまた酷く酔ってるな……分かった、謝罪しておく」
「うへへ、あなた~、撫でて~、へへ~」
後日、酔いから復活したベクターさんと指揮官がスチェッキンに謝罪したがベクターさんには今一記憶に残っておらず、軽くため息を吐かれるのであった。
『スチェッキンさん』
基地の財源担当、あれこれと商売したり物資輸送したりで大忙し、彼女が居なければこの基地はとっくの昔に財政破綻してたかも知れない。
ポンコツ指揮官書いてた時期だからそのまま商売人役にしたんですねこれは。