こいつ本当に。ネゲブは割りと本気で頭痛を感じていた、人形なのに頭痛ってなんだよと彼女は思わずにいられないが痛みは確かにあるので頭痛は存在しているのだ。
いや、今はそれはどうでもいいと思考を振り払い眼の前の現実に意識を向ける。向けてから大きなため息と同時に向けなきゃ良かったとなるのだが。
見える範囲にあるのは地獄とそれを作り出した者と哀れな被害者と何食わぬ顔で地獄を練り歩いている男という構図、正直に言えばネゲブはこのまま見て見ぬふりして自室に帰ろうかとも思った。
が、それは許されない。何故かと言えばここが己の城であり絶対の聖域の一つである食堂だからだ、故にネゲブは軽く眉間を揉んでから何故か1人の死体が転がっている光景を前に満足気に頷いている地獄を生み出した人形ことベクターさんに向けて
「おい、何してやがる」
「あらネゲブ。何って見ての通りよ」
「そうね、見て分かるのは私の聖域で可哀想な被害者を生み出したって事実だけ、お前マジでいい加減にしろよ」
ネゲブが怒りをギリギリで抑えながらそう告げるようにベクターさんがこの惨状を作り出すのは初犯でもなんでもない、何だったらすでに前科は数え切れない。
ついでに言えば被害者も大体固定されているのも彼女としてはいい加減学習しろよとしか言いようがない。
「んで、今度はどんな言いくるめされて食ったんだ、カラビーナ」
「誰ですの、軽い気持ちでジャーマンポテトなら副官でも作れますなんて言ったのは……私ですわぁ~」
どうやら自業自得だったらしく涙目で残りをモシャモシャと咀嚼し始めたカラビーナにネゲブはこの短時間に何度目か分からない頭痛を感じざるを得なかった。
ここでネゲブはベクターさんが作ったジャーマンポテトに目を向ける。お洒落な皿に乗せられているそれは見てくれだけでも駄目だろコレと言う厳し目の評価を下すしかない出来栄え。
所々焦げているのは当たり前、カラビーナの反応から見るに味もまばらなのかもしれない。とりあえず見える範囲ではここまでしか分からないとネゲブはベクターさんにフォークを要求し、受け取ってから適当なポテトに刺し口に運ぶ。
「ま、迷いなく行きましたわ……」
驚きの表情と声を漏らすカラビーナに反応を見せること無く数回咀嚼していたネゲブだったが、直ぐに眉間にシワが寄り、嚥下してから息を吐き出しベクターさんに告げる。
「10点」
「あら、満点かしら?」
「100点満点中に決まってんだろ。寧ろ点が増えただけありがたく思いやがれ」
「はは、相変わらず手厳しいなネゲブは。でもVector、ネゲブの言う通り点は少しだけ上がってるじゃないか」
「と言うかよく平然としてられますわね。私なんて一口食べただけでとてもとても辛い思いしましたのに」
ここまで言い切ってからカラビーナは指揮官の言葉に疑問を覚えた。え、あれで点が上がっていますの? と。それとついでに指揮官の更に盛られていた結構な量だったはずのジャーマンポテトが消えていることにも気付きつつ、そこは記憶の奥底へと焼灼処分した。
人形の自分が苦しんでまだ食べているというのにコレを完食できるとか多分、この人は人間の枠を超えつつあるのですわとかなり失礼なことも思いつつ、とりあえずで彼女は聴いてみて〝前回は何点でしたの?〟と、聴いてから後悔した。
「5点」
「え?」
「5点、その前は0点。あの頃はこの嫁バカ以外が食べたら昏睡して帰ってこれない代物だったわね」
「懐かしいわね、流石にあの頃の料理は自分でも酷いものだとは思ってるわよ」
何やら自分の知らない過去の話を始めましたわとカラビーナ。詰まる所、現状こうして食べて昏睡しないで感想すら述べられるということを考えれば相当な成長なのである。
だからといってこの劇物に近いものを食べさせられたという事実は変わらないし、カラビーナの怒りが収まることはないのだが。
しかし、カラビーナは何も毎回、言い包められて試食しているわけではない。実はとある理由で彼女はベクターさんの料理に付き合っているのだ、そう、今しがた冷蔵庫から取り出された器に入ったチョコレート、これが目的の代物である。
「今回も付き合ってもらってごめんなさいね。これ、いつものやつよ」
「待ってましたわ~!」
「ん? それって街のお菓子屋のやつよね、割りと有名どころの」
言ってからネゲブは違和感に気付く、言語化するのは難しいが器に盛られている市販されたチョコレートと言うのには何かが違うと。
なのでカラビーナに断りを入れ一つ摘んで観察をし気付けた。先に言ってしまえばネゲブだから気付けたという程度の違い、これはそう〝買ってきたやつ〟じゃないなと。
(包みがあの店のとは微妙に違う、ってことはだ)
包みを開き中に入っている一口大のチョコレートを口に入れ味わうように中で転がしてみれば疑惑が確信へと変わる。
同時にコイツこんな姑息な真似をと思わざるを得なかった、単刀直入に答えを言ってしまえばこれは市販のを買ったのではない、一から手作りされたものなのだ。
しかもパッと見だけでは市販のそれだと勘違いさせるレベルで偽装されているのでカラビーナが気付けないのも無理はないだろう。
「……随分と手の込んだことをやるわね、アンタ」
「手の込んだことじゃないわよ、チョコを『ちょこ』っと、ね?」
ふふっとお決まりのギャグをぶっ込んでくるベクターさんにはぁとため息を吐くしかないネゲブ。この人形の何があれと言えば料理は壊滅的だと言うのにお菓子作りは職人レベルの腕を持っているということだろう。
寧ろどうして料理が出来ないんだよと何度ネゲブは思ったことか、言ってしまうとこの事実を再確認する度に彼女は割りと腹が立ってくるとも言う。
「本当に分からんわ、アンタのことが」
「あら、ネゲブがそんな事言うなんて珍しいわね」
「そうだな、カラビーナ残りを貰うぞ」
「勝手に食えばいいですわ」
それはそれとして、この試食会が終わったと同時にネゲブさんはベクターさんと指揮官とカラビーナには食堂の片付けを命じた、無論、彼らに拒否権などない。
『指揮官』
定期的な健康診断で過去から今日まで一度も引っ掛かったことはない
Q どうして料理は駄目なのにお菓子作りは完璧なの?
A 中の人ネタでナギサ様が入ってるからですね