ベテランパーティーの冒険譚   作:高丸

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第一話 鉄盾組

 辺境都市アルドの冒険者ギルドは今日も騒がしかった。

 

 昼を過ぎた酒場スペースは依頼帰りの冒険者達で埋まり、大声の武勇伝と酒の匂いが入り混じっている。獣皮鎧の若者達が討伐の成果を競うように語り合い、商隊護衛帰りの中年冒険者達が安堵した様子で杯を傾けている。

 

 そんな喧騒の中を、五人組の冒険者達が歩いていた。

 

 先頭を歩くのは薄い金髪の男だった。

 

 背には盾を背負い、腰には剣を提げている。年齢は二十代半ばほど。派手な装備ではないが、使い込まれた鎧や傷の残る盾が経験を物語っている。

 

 その男、カイルは報告書を手に受付へ向かっていた。

 

 今回の依頼は近隣農村に出没した大狼の群れの討伐だ。任務等級はC。

 

 数は予想より多かったものの、負傷者は出ていない。消耗も軽微で、回収した素材の状態も悪くなかった。予定より多少時間は掛かったが、結果としては上々と言えるだろう。

 

 何より全員が無事に帰ってきた。

 

 その事実が大きい。

 

 冒険者として長く活動していると、依頼達成より生還の方が難しいことを嫌というほど理解するようになる。実力のある冒険者が一度の油断で死ぬこともあれば、簡単な討伐依頼が予想外の事態で壊滅的な結果を招くこともある。

 

 実際、そうやって消えていった顔をいくつも知っている。昨日まで酒場で笑っていた者が、翌日には帰ってこない。

 

 冒険者とはそういう仕事だ。

 

 だからこそ今日も五人揃って街へ戻れたことに価値があるのだ。

 

「お疲れ様です、カイルさん」

 

 受付嬢の声にカイルは我に返った。目の前には見慣れた受付カウンターがある。いつの間にか考え込んでいたらしい。

 

 カイルは手にしていた報告書を受付嬢へ差し出した。

 

「討伐完了です。確認お願いします」

 

「はい」

 

 受付嬢は慣れた手付きで書類を確認していく。

 

 討伐数。

 

 遭遇地点。

 

 戦闘経過。

 

 消耗品使用量。

 

 回収素材。

 

 一つずつ目を通しながら、やがて苦笑した。

 

「相変わらず細かいですね」

 

「必要なことですから」

 

 実際その通りだった。

 

 新人時代、自分達は先人達の残した報告書に何度も助けられてきた。魔物の生態や行動範囲、危険地帯の情報、依頼内容との違い。そうした記録がなければ危険な目に遭っていた場面はいくらでもある。

 

 だから自分達も残す。

 

 次に同じ場所へ向かう誰かのために。

 

 受付嬢は素材袋へ視線を移した。

 

「大狼の魔石が九個、毛皮が九枚、大牙が十三本ですね」

 

「状態は悪くないはずです」

 

 討伐後の解体作業は面倒だが、雑にやれば素材価値は大きく下がる。遠征費や装備の維持費を考えれば無視できる差ではなかった。

 

 受付嬢は毛皮を広げ、感心したように頷いた。

 

「綺麗ですね。傷も少ないです」

 

「売るなら状態が良い方が高くなりますから」

 

「それでもここまで丁寧なのは珍しいですよ」

 

 査定を終えた受付嬢は計算表を確認しながら続けた。

 

「依頼報酬と素材買取を合わせて四十七万六千ゴールドになります」

 

「問題ありません」

 

 報酬袋を受け取ったカイルは軽く重さを確かめる。

 

 悪くない額だ。

 

 パーティー資金へ回す分を差し引いても十分残る。贅沢しなければ、しばらくは困らないだろう。

 

 その時だった。

 

「おーいカイル!」

 

 酒場の奥から声が飛んできた。

 

 顔を向けると見知った冒険者達が手を振っている。

 

「報告終わったんだろ!飲もうぜ!」

 

「後でな」

 

「ガレスも連れて来いよ!」

 

「本人に言え」

 

 途端に笑い声が広がった。

 

 ガレスは酒場でも有名人だった。飲み比べを挑まれることなど日常茶飯事で、挑んだ側が返り討ちに遭うところまで含めていつもの光景になっている。

 

 さらに今度は若い冒険者が駆け寄ってきた。

 

「カイル先輩!」

 

 最近Eランクへ昇格した新人だ。

 

「今度依頼の話を聞かせてください!」

 

「構わないぞ」

 

 青年の顔が明るくなる。

 

 少し前までの自分を見ているようだった。

 

 右も左も分からない頃、先輩冒険者の話には何度も助けられた。だから聞かれればできる限り答えるようにしている。経験は共有した方がいい。その方が生存率は確実に上がる。

 

 そんなやり取りをしながら仲間達の待つ席へ向かう。報告中に席を確保しておくのもいつもの流れだった。

 

「おう、終わったか」

 

 真っ先に声を掛けてきたのは黒髪の大男、ガレスだった。

 

 相変わらず肉料理の皿を前にしている。

 

 昔から変わらない男だ。

 

 まず食う。

 

 そして飲む。

 

 考えるのはその後。

 

 もっとも、その豪快さに何度も助けられてきたのも事実だった。

 

 重装鎧と大型盾を扱うガレスは鉄盾組の防御の要だ。こいつの背中があるからこそ前線を維持できるし、撤退時も安心して背後を任せられる。

 

「終わった」

 

「じゃあ飯だな」

 

「お前はそれしか考えてないのか」

 

「腹減ったんだから仕方ねえだろ」

 

 豪快な笑い声が響く。

 

 すると隣でヴィオラが呆れたように肩をすくめた。

 

「ガレスは朝からずっと飲み会の話してたからね」

 

 とんがり帽子から流れる炎のような赤い髪の下には、ルビーのように光る瞳が呆れたように細められている。黒いレザーコートから伸びた足は膝で組まれ、退屈げに揺らされていた。

 

 彼女はヴィオラ。鉄盾組最大の攻撃力を担う炎魔法使いだ。

 口は悪いが腕は確かで、あの火力には何度も助けられてきた。

 

「ヴィオラさんだって肉ばっか食ってたじゃないっすか」

 

 横から茶髪の青年が口を挟み、即座に頭を叩かれる。

 

「痛っ!」

 

「余計なこと言うんじゃないよ」

 

 頭を押さえながら情けない声を上げる様を見て、少し自分の口許が緩むのがわかった。

 

 彼はフィン。

 

 軽量な革鎧を好み、身の丈ほどもある特大剣を振り回す鉄盾組の近接アタッカーだ。

 まだ若く経験不足な部分もあるが、その才能は確かだ。

 

 あの年齢であそこまで身体強化を使いこなせる冒険者はそう多くない。

 いずれは俺より前に立つ日も来るかもしれないな。

 

 その様子を見てリリアが小さく笑った。

白いローブを羽織り、傍らには木製の長杖を立て掛けている。

 水色の髪と青い瞳を持つ彼女は昔からこうだ。騒ぐよりも少し離れた場所で皆を見守っている方を好む。今も楽しそうに仲間達のやり取りを眺めていた。

 

 だが戦場では誰より頼りになる。

 治癒魔術師であるリリアは鉄盾組の生命線だ。リリアがいるからこそ継戦能力は維持されるし、多少の負傷なら即座に立て直せる。

 

「皆さん元気ですね」

 

「お前も少しは騒げ」

 

 ガレスが言うと、リリアは困ったように微笑んだ。

 

「私は見てる方が好きです」

 

「相変わらずだな」

 

 自然と笑みが漏れる。

 

 これが鉄盾組だった。

 

 決して最強ではない。

 

 王国中に名を轟かせる英雄でもない。

 

 だが生き残ってきた。

 

 危険を見誤らず、撤退を恥じず、仲間全員で帰ることを最優先にして。

 

 その積み重ねが今の自分達だ。

 

 だからこうして全員が同じ席にいるだけで十分だった。

 

 カイルが腰を下ろそうとした時だった。

 

「カイルさん」

 

 聞き慣れた声がした。

 

 振り返ると先ほどの受付嬢が立っている。表情は穏やかだが、どこか仕事の顔だった。

 

「どうしました?」

 

「少しお時間をいただけますか」

 

 どうやら軽い用件ではないらしい。

 

 わずかに気を引き締める。

 

「何か問題でも?」

 

 受付嬢は周囲を見回し、小さく声を落とす。

 

「ギルドマスターがお呼びです」

 

 その言葉にガレス達も顔を上げた。

 

 ギルドマスターから直接呼び出されることなど滅多にない。

 

「俺達全員ですか?」

 

「はい。鉄盾組の皆さんです」

 

 心当たりはない。

 

「内容は聞いてますか?」

 

「いえ。ただ……」

 

 受付嬢は少し言葉を選び、

 

「かなり大きな案件だと思います」

 

 と続けた。

 

 カイルは仲間達を見た。

 

 ガレスは面白そうに笑い、ヴィオラは腕を組み、フィンは緊張した顔をしている。リリアだけは普段通り穏やかだった。

 

 いつもの顔ぶれだ。

 

 そのことに少しだけ安心しながら立ち上がる。

 

「行こう」

 

 受付嬢に案内され、ギルドの奥へ向かう。

 

 やがて重厚な扉が見えてきた。

 

 その前で足を止めた時、胸の奥がわずかにざわつく。

 

 理由は分からない。

 

 ただ経験が告げていた。

 

 人生が大きく動く時には、こういう予感がするものだと。

 

 そして、その予感は案外外れない。

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