ベテランパーティーの冒険譚   作:高丸

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第二話

 

 ギルドマスター室の扉が閉じられると、酒場から聞こえていた喧騒が遠のいた。

 

 先ほどまで耳に入っていた笑い声や怒鳴り声は厚い木製の扉に遮られ、今はかすかに聞こえる程度になっている。室内には書棚と執務机、それに応接用の長机が置かれているだけで、余計な装飾はほとんど見当たらない。実務を重視する冒険者ギルドらしい部屋だった。

 

 カイル達は勧められるまま席に着き、向かい側へ視線を向けた。

 

 そこに座っているのはロベルトだった。

 アルド支部のギルドマスターであり、かつてAランクパーティーを率いていた男だ。

 スキンヘッドの頭に、左頬を走る大きな獣爪痕。現役を退いて久しいはずだが、その肉体は今なお筋骨隆々としていた。鷹のように鋭い眼光にも衰えは見えない。

 

 初めて会った新人時代は、視線を向けられるだけで背筋が凍ったものだった。

 

「急に呼び出して悪かったな」

 

 ロベルトはそう言いながら机の上に一冊の資料を置いた。

 

「だが、お前達には早めに伝えておきたかった」

 

 その言葉に、自然と背筋が伸びる。

 

 隣を見ると、リリアも僅かに緊張しているようだった。フィンに至っては肩に力が入り過ぎている。一方でガレスだけは普段と変わらず落ち着いており、こういう場でも動じる様子はなかった。

 

「それで、何の話です?」

 

 遠慮なく尋ねたガレスに、ロベルトが小さく笑う。

 

「単刀直入に言おう」

 

 そう言って資料を軽く叩いた。

 

「鉄盾組へBランク昇格試験任務を打診する」

 

 一瞬、部屋の空気が止まったように感じた。

 

「えっ」

 

 声を漏らしたのはフィンだった。

 

 その横でヴィオラは面白そうに口元を吊り上げている。

 

「へぇ」

 

 短い返事だったが、驚きよりも興味の方が強そうだった。

 

 リリアも目を見開いている。

 

 一度だけ静かに息を吐く。

 予想していなかったわけではない。

 

 ここ数年の実績を考えれば、いずれ声が掛かるかもしれないとは思っていた。それでも実際に告げられると話は別だった。

 

「正式な昇格試験でしょうか」

 

「ああ。本部の許可も下りている」

 

 Bランク。

 

 それは王国全体で見ても一流と認められる冒険者集団の証だった。

 鉄盾組は現在Cランクパーティー。辺境では有力な部類に入るが、Bランクになれば任される任務の質そのものが変わる。

 危険度の高い討伐や遠征任務への参加資格を得て、活動範囲も大きく広がる。

 

 冒険者には個人の実力を示すソロランクと、パーティー全体を評価するパーティーランクがあり、今回問われているのは後者だった。

 

 いつかは辿り着きたいと思っていた場所だった。

 

「理由を聞いても?」

 

 ロベルトは頷いた。

 

「もちろんだ」

 

 資料を開きながら続ける。

 

「まずお前達の任務記録だ。ここ二年間で受注した任務は百十七件。そのうち十二件は未達成になっている」

 

 フィンの表情が僅かに曇る。未達成十二件という数字だけ見ればそうなるのも無理はない。

 

「ただし、その十二件は全て撤退判断によるものだ」

 

 やはりそこだった。

 

 上位魔物との遭遇、事前情報との差異、予想外の群れとの接触。思い返してみれば、どれも無理に続行していれば危険だった案件ばかりだ。

 

「お前達は無理をしなかった」

 

 ロベルトは静かに言う。

 

「死なずに帰り、情報を持ち帰った。その報告のおかげで後続の討伐隊が被害を出さずに済んだ案件も少なくない」

 

 そこで資料を一枚めくった。

 

「そして何より、お前達はそれを一度や二度じゃなく続けてきた」

 

 ロベルトの視線がカイルとガレスへ向く。

 

「鉄盾組を結成して八年以上。死亡者ゼロ。重傷による長期離脱ゼロ。報告書の精度も高い。本部から何度も高評価が来ている」

 

 その言葉を聞きながら仲間達の顔を思い浮かべる。

 

 派手な武勇伝はない。

 

 伝説的な討伐記録もない。

 

 それでも今まで誰一人欠けていない。

 

 それだけは誇っていいと思っていた。

 

「だから今回、お前達をBランク昇格候補として推薦した」

 

 最後の資料が机の上へ置かれる。

 

 表紙に記された文字を見て、思わず眉に皺が寄る。

 

「銀鏡蟹討伐任務……」

 

 ロベルトが頷く。

 

「B級任務だ」

 

 資料を開く。

 

 銀鏡蟹。

 

 海岸岩礁地帯に生息するB級魔物。

 

 鏡面状の甲殻を持ち、一部魔法を反射する性質がある。

 

 厄介だ。

 

 真っ先に頭に浮かんだのはヴィオラのことだった。

 

 火力の要である彼女の魔法が制限される可能性がある。さらに戦場は海岸の岩場だ。足場も悪くなるだろう。ガレスが前に出るにしても戦う場所を慎重に選ばなければならない。

 

 現地を見なければ判断できないことが多そうだった。

 

「面白そうじゃねえか」

 

 ヴィオラが笑う。

 

「魔法反射ねぇ」

 

「お前が一番相性悪そうだな」

 

 ガレスが言うと、ヴィオラが肘で小突いた。

 

「言うんじゃないよ」

 

 だが本気で嫌がっている様子はない。

 

 むしろ強敵との戦いを楽しみにしているように見えた。

 

 再び資料へ目を落とす。

 

 過去十年間の討伐成功四十二件。

 

 撤退十三件。

 

 そして壊滅一件。

 

 その数字で視線が止まった。

 

 壊滅したのはBランクパーティーだった。

 

 実力不足だったとは考えにくい。それでも全滅したということは、判断を誤れば十分に死人が出る相手だということだ。

 

 海岸の岩礁地帯という戦場環境に加え、魔法反射の可能性を持つ甲殻。資料を読み進めるほどに厄介な相手であることが分かる。

 

 だが同時に成功例も多い。

 

 適切な準備と判断があれば勝機はあるはずだった。

 

「覚えておけ」

 

 ロベルトが口を開く。

 

「今回の試験は銀鏡蟹を倒せるかどうかだけを見るものじゃない」

 

 全員の視線が集まった。

 

「事前調査、危険度分析、現地判断、戦闘、素材回収、報告書作成。その全てが評価対象になる」

 

 そこで一度言葉を切る。

 

「もし現地調査の結果、討伐不可能と判断したなら撤退しろ」

 

 フィンが驚いたように目を見開いた。

 

 無理もない。

 

 昇格試験で撤退を認めるなど普通は考えない。

 

「無謀な全滅は最低評価だ。正しい撤退は減点にならん」

 

 しかしロベルトは真顔だった。

 

「死者を出して討伐するより、生きて情報を持ち帰る方が価値がある」

 

 深く頷く。

 

 本当にその通りだと思う。

 

 その考え方こそ、他ならぬ冒険者ギルドが長い年月を掛けて築き上げてきたものだった。

 

「受けるか?」

 

 静かな問いだった。

 

 カイルは仲間達を見回した。

 

 ガレスは笑っている。

 

 ヴィオラは相変わらず楽しそうだ。

 

 フィンは緊張しているが目を逸らしてはいない。

 

 リリアは既に討伐記録へ意識を向けていた。

 

 誰も尻込みしていない。

 

 その姿を見た瞬間、答えは決まった。

 

「受けます」

 

 即答だった。

 

 ロベルトが満足そうに頷く。

 

「そう言うと思った」

 

 そして続けた。

 

「準備期間は五日だ」

 

 銀鏡蟹討伐。

 

 Bランク昇格試験。

 

 五日後、鉄盾組は海へ向かう。

 

カイルは窓の外へ目を向けた。

 夕陽に照らされた街並みは穏やかだった。昔はBランク冒険者など雲の上の存在に思えた。

 だが今は違う。

 

 ここまで来るために積み重ねてきた年月を知っている。死なないための知識を学び、装備を整え、無茶を避け、少しずつ前へ進んできた。

 

 だからBランクもまた、その延長線上にあるだけだ。

 

「受かれば終わりじゃない」

 

 カイルが呟く。

 

 ガレスが横で笑った。

 

「ああ」

 

 短い返事だった。だが、それだけで十分。

 

 二人には分かっている。

 

 自分達が目指している場所は、昔からずっと変わらない。

 そしてそれは、まだ遥か先にあった。

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