ベテランパーティーの冒険譚   作:高丸

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第三話

 

 

 翌朝。

 鉄盾組は再びギルド一階の酒場へ集まっていた。

 

 朝の酒場は比較的静かだった。朝帰りの冒険者達が遅めの食事を取っている程度で、夜のような喧騒はまだない。

 

 空いていた奥の席へ腰を下ろすと、フィンが大きく息を吐いた。

 

「びっくりしたっす……」

 

「何がだ?」

 

 ガレスが笑う。

 

「何がって、Bランク昇格試験っすよ」

 

「今さらだろ」

 

 ヴィオラが鼻を鳴らした。

 

「あたしはそのうち来ると思ってた」

 

「ヴィオラさんはそうかもしれないっすけど……」

 

 フィンは苦笑した。

 

「俺とリリアはまだソロランクDっすからね」

 

 隣ではリリアも小さく頷いている。

 

 初めて挑む本格的なB級任務だ。

 緊張するのも無理はない。

 俺だって緊張している。

 

 だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 

「浮かれるのは後だ」

 

 全員が視線を向ける。

 

「まずは銀鏡蟹を調べる」

 

 その一言で場の空気が引き締まった。昇格試験だろうが何だろうが、やるべきことは変わらない。

 

 敵を知る。

 

 地形を知る。

 

 準備を整える。

 

 そして生きて帰る。それが鉄盾組が今まで続けてきたやり方だった。その日の午後、鉄盾組は手分けして動き始めた。

 

     ◇

 

 カイルとリリアが向かったのはギルド資料室だった。

 

 静かな室内には紙とインクの匂いが漂っている。棚へ並ぶ報告書を眺めながら、カイルは改めて銀鏡蟹という相手について考えていた。

 

 B級魔物。

 

 その一言で片付けられる相手ではない。討伐記録そのものが少なかった。倒せる実力者が限られているからだろう。資料を読み進めるうちに、その理由が少しずつ見えてきた。

 

「やはり厄介なのは反射です」

 

 リリアが一冊の報告書を差し出した。そこには火球を跳ね返され、重傷を負った魔法使いの記録が残されていた。内容へ目を通し、同時に気付く。

 

 完全な反射ではない。

 

「高出力の攻撃は通るらしいな」

 

「はい。一定以上の威力になると防ぎきれないようです」

 

 なら対処法はある。そう考えた直後、別の報告書が目に留まった。

 

「こちらも反射被害ですね」

 

 カイルは書類を覗き込む。

 

 負傷者一覧には魔術師だけでなく前衛戦士の名前まで記されていた。

 

「前衛まで巻き込まれたのか」

 

「魔術が弾けて飛散したようです」

 

 リリアが説明する。

 

 銀鏡蟹へ命中した魔術は砕けるように散り、その一部が盾役へ直撃したらしい。

 

「乱反射か」

 

 思わず眉をしかめる。

 

 単純な反射ならまだ軌道を読める。だが飛散するとなれば話は別だ。後衛だけでなく前衛まで危険に晒される。ヴィオラの火力をどう使うか。そこは慎重に考えなければならないだろう。

 

 さらに資料を読み進める。

 

 銀鏡蟹は強固な甲殻を持つだけの魔物ではなかった。

 

 報告書によれば、岩礁地帯では甲殻種とは思えない速度で移動するという。実際に馬で逃げた商人達が追い付かれそうになった事例も残されていた。

 

「速いな……」

 

 カイルは小さく呟く。

 

 硬い敵なら珍しくない。力の強い敵も数多く見てきた。だが銀鏡蟹はその両方を備えた上で機動力まで持っている。巨大な鋏に捕まれば、人など容易く両断されるだろう。

 

 硬く、速く、力も強い。

 

 その三つを兼ね備えているからこそ、B級魔物として恐れられているのだ。

 

「弱点は関節部ですね」

 

 リリアが言う。

 

「目も比較的柔らかいそうです」

 

 そうだ。

 

 なにも甲殻を正面から破壊する必要はない。足を潰し、動きを止める。その上で仕留める。

 

 現実的なのはその形だろう。

 

「打撃武器が欲しいところですね」

 

 リリアの言葉にカイルは首を横に振った。硬い外殻を持つ相手には、内部にも衝撃を通せる打撃武器が有効だ。

 

 それは確かに正しい。しかし訓練の時間が足りない。無理に今から武器種を変えようとすれば、かえって戦力が落ちることになる。

 

「五日じゃ足りない」

 

 ならば、慣れた武器を最大限活かした方がいい。

 

「今ある戦力で勝つ方法を考える」

 

 それがリーダーの仕事だった。

 

 二人は日が沈むまで資料を読み続けた。

 

     ◇

 

 その頃、ガレスとフィンは馴染みの鍛冶屋を訪れていた。

 

「お前さん、本当に物を大事にしねぇな」

 

 ガレスの大盾を見るなり、鍛冶師は呆れたように言った。

 

 盾の表面には無数の傷が刻まれている。縁も何度となく修理されており、新品とは程遠い姿だった。

 

「大事に使ってるぞ?」

 

「その状態でよく言う」

 

 ガレスは豪快に笑った。

 

 盾の傷を見るたびに悪い気はしない。

 

 新品同然の盾は綺麗だろう。だが、それは戦っていないということでもある。

 

 この傷の一つ一つが仲間を守った証だった。

 

 鍛冶師は盾を裏返し、縁を叩きながら唸る。

 

「鉄板は張り替えだな」

 

「頼む」

 

「六万ゴールドに負けといてやる」

 

「助かる」

 

 安い金額ではない。

 

 だが装備を惜しんで死ぬより遥かに安い。

 

 鍛冶師は続いて鎧を確認した。

 

「軽化核の調子はどうだ?」

 

「ああ、最高だな」

 

 ガレスは肩を回した。

 

 以前より明らかに身体が軽い。

 

 長距離遠征での疲労も大きく減っていた。

 

 軽化核とは、大型飛行魔物の体内に存在する特殊器官だ。魔力を流すことで重量を軽減する性質を持ち、高級装備の素材として重宝されている。自重の重い巨大な魔物が空を飛べるのは、この器官のおかげである。

 

 ガレスの鎧へ組み込まれている軽化核も、かつて鉄盾組が討伐したC級魔物《スカイバード》から回収した素材だった。

 

 当時は売却案も出た。

 

 かなりの高値が付く素材だったからだ。

 

 だが最終的に彼らは装備強化を選んだ。

 

 その判断は正しかったとガレスは思っている。

 

 重装鎧と大盾を装備したまま長距離を移動できるようになったことで、遠征時の消耗は大きく減った。結果として鉄盾組全体の生存率向上にも繋がっている。

 

「売らなくて正解だったな」

 

 鍛冶師が言う。

 

「ああ」

 

 ガレスも迷わず頷いた。

 

 戦力とは武器だけではない。生き残るための積み重ね全てが戦力だった。

 

 隣ではフィンが愛剣を預けている。

 

「大きな問題はねぇな」

 

「本当っすか?」

 

「ああ。ただ歪みはある。研ぎ直しも必要だ」

 

 フィンは安堵したように笑った。

 

 この剣はまだ魔物素材武器ではない。だが冒険者になってからずっと共に戦ってきた相棒である。

 

「ちゃんと整備しろよ」

 

 鍛冶師が言う。

 

「鈍った刃で魔物に向かうのは自殺と変わらん」

 

「分かってるっす」

 

 フィンは素直に頷いた。

 

     ◇

 

 ヴィオラは馴染みの魔道具店を訪れていた。

 

 店主の老婆は彼女を見るなり笑った。

 

「何やら大仕事ですかな」

 

「なんで分かるんだよ」

 

「長く生きておりますからな」

 

 老婆は微笑んだ。

 

「そういう顔をした若者を何人も見てきました」

 

 そして少しだけ声を落とす。

 

「二度と顔を見なくなった者もおりますが」

 

 ヴィオラは肩を竦めた。

 

「縁起でもねぇな」

 

「だからこそ慎重に」

 

 その言葉には妙な重みがあった。

 

 ヴィオラが銀鏡蟹討伐の話をすると、老婆は静かに頷く。

 

「魔法使いには厄介な相手ですな」

 

「だろうな」

 

 火力担当としては最悪に近い相手だ。

 

 雑に火球を撃てば味方が被害を受ける。

 

 だからといって指を咥えて見ているつもりもなかった。

 

 棚へ視線を巡らせていると、一つの小瓶が目に留まる。

 

 黒い液体がゆっくりと揺れていた。

 

 銀鏡蟹。

 

 鏡の甲殻。

 

 リリアの報告。

 

 頭の中で何かが繋がった。

 

「これ……」

 

 思わず呟く。

 

「使えるかもしれねぇな」

 

 老婆は何も言わず、ただ面白そうに目を細めていた。

 

     ◇

 

 夕方。

 

 鉄盾組は再び酒場へ集まった。

 

 自然と同じ席へ腰を下ろし、報告会が始まる。

 

 リリアが資料をまとめる。

 

 ガレスが装備状況を報告する。

 

 フィンが武器整備の結果を伝える。

 

 ヴィオラが消耗品の在庫を確認する。

 

 情報を集める。

 

 装備を整える。

 

 足りない部分を埋めていく。

 

 派手さはない。

 

 だが、この積み重ねこそが鉄盾組が今まで誰一人欠けることなく生き残ってきた理由だった。

 

 報告が終わったところで、ヴィオラが椅子へ寄り掛かった。

 

「で、リーダー」

 

「なんだ」

 

「勝てそうか?」

 

 全員の視線がカイルへ集まる。

 

 カイルはしばらく考えた。

 

 集めた情報。

 

 整備した装備。

 

 仲間達の状態。

 

 それらを一つずつ頭の中で並べていく。

 

「分からない」

 

 フィンが苦笑した。

 

 だが誰も不安にはならない。

 

 カイルが安易に大丈夫と言わないことを知っているからだ。

 

「ただ」

 

 カイルは静かに資料を閉じた。

 

「勝てる可能性は十分ある」

 

 その言葉に空気が少し和らぐ。

 

 根拠のない楽観ではない。

 

 調べた上での判断だ。

 

 だから信頼できる。

 

 ガレスが笑った。

 

「なら十分だな」

 

「そうっすね」

 

 フィンも頷く。

 

 ヴィオラは酒を飲み干した。

 

「よし」

 

 口元を吊り上げる。

 

「なら倒そうじゃねぇか」

 

 誰も異論はなかった。

 

 銀鏡蟹。

 

 鉄盾組が挑む最初のB級魔物。

 

 そしてBランクへの扉を開く試練。

 

 五日後、その戦いが始まる。

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