こより監督とホロメンたちの栄冠ナイン 2022年、ホロライブ高校始動 作:きのこ大三元
4月21日、金曜日。
指立て伏せを中心にした三日間が終わり、ホロライブ高校野球部は次の練習へ進んだ。
守備連携。
それは、打つ練習でも、投げる練習でもない。
誰かひとりの力を伸ばすというより、チーム全体の動きを合わせるための練習だった。
内野から内野へ。
外野から中継へ。
投手からベースカバーへ。
捕手から全体への声かけへ。
野球は、打球が飛んだ瞬間に全員が動く。
打者だけではない。捕った選手だけでもない。次の塁を狙う走者がいて、それを止めようとする守備がいて、送球の後ろには必ず誰かが走り込む。
ひとつのプレーには、いくつもの役割があった。
『今日は守備連携! 守りも大事だからね!』
配信の向こうで、こより監督の声が響く。
守備連携きた
エラー怖いからな
守備大事
連携ミスは命取り
チーム練習だ
グラウンドには、いつもより多くの声が飛んでいた。
杉谷が、手元のメモを確認しながら説明する。
「今日は、内野の連携、外野からの中継、投手のベースカバーを中心に見ていきます」
「はい!」
「守備連携は、一人だけ上手くても成立しません。誰がどこへ動くのか、誰に投げるのか、次のプレーをどう予測するのか。全員で確認していきましょう」
こより監督は、予定表を握りながら頷いた。
「全員で確認……」
素振りでは、バットの振り方を見た。
変化球では、投手の指先を見た。
指立て伏せでは、選手たちの体と性格を見た。
そして今度は、チームとしての動きを見る番だった。
まずは、内野のゲッツー練習から始まった。
「サードからセカンド! セカンドからファースト!」
杉谷の声に合わせて、打球が転がされる。
三塁手が捕る。
二塁へ送る。
二塁に入った内野手が受ける。
素早く一塁へ転送する。
ひとつのアウトを、二つのアウトに変えるための動き。
そこに少しでも迷いがあれば、間に合わない。送球が高ければ、次の動作が遅れる。足の入り方が悪ければ、体勢が崩れる。
獅白ぼたんは、三塁で落ち着いて打球を待っていた。
「ぼたん、セカンドへ!」
「はい」
捕る。
投げる。
強い打球にも、あまり表情を変えない。慌てた様子もない。
打球へ入る一歩目に迷いが少なく、送球も無理に力任せではなかった。
「ぼたんちゃん、落ち着いてる……」
こより監督が、思わず呟く。
ぼたんは、淡々と次の打球を待っている。
まるで、強い打球が飛んでくることを最初から楽しみにしているようだった。
ししろんサード似合う
落ち着いてる
強い打球好きそう
守備うまくなってほしい
内野の要だな
一方で、連携は一人だけでは終わらない。
二塁に入る選手のタイミング。
一塁へ投げる角度。
送球が少し逸れた時のカバー。
ひとつがずれれば、全部が遅れる。
最初の数本は、やはりぎこちなかった。
「今の、セカンド入るの遅れました!」
「送球、ちょっと高かったです!」
「もう一回お願いします!」
大神ミオが、投手練習の時と同じように真面目な声を出す。
内野手ではなくても、グラウンドの流れを見ようとしている。
「ミオしゃ、よく見てるね」
「投げた後も、守備に入るって聞いたので。流れを覚えておきたいです」
「おお……!」
投手は、投げたら終わりではない。
打球が飛べば、守備の一部になる。ベースカバーにも入る。送球が逸れれば、次のプレーを支える。
投手も野手も、ひとつの守備の中にいる。
その当たり前のことを、こより監督は改めて知っていった。
次は、外野からの中継プレーだった。
外野手が捕る。
中継へ返す。
内野手が受ける。
ベースへ送る。
たったそれだけに見えて、いくつもの判断が詰まっている。
遠くへ投げればいいわけではない。速ければいいわけでもない。誰に返すのか。どの高さで返すのか。走者をどこで止めるのか。
外野手の一球で、試合の流れは変わる。
「外野、いきます!」
こよローの声が響いた。
打球が外野へ飛ぶ。
こよローは一歩目が速かった。落下点へ入るまでの動きに、無駄が少ない。
捕る。
踏み込む。
投げる。
ボールは低く伸び、中継に入った選手の胸元へ向かった。
パン、と乾いた音が鳴る。
「こよロー、返球いい……!」
こより監督が、目を見開いた。
捕ってから投げるまでが速い。軌道も悪くない。
まだ1年生。まだ入部して間もない。
それなのに、外野からの一球に、少しだけ空気を変える力があった。
こよローすごい
外野手だ
返球いいね
これは目立つ
守備でも見込みある
こよローは、受け手の反応を見て、嬉しそうに笑った。
「今の、大丈夫でしたか?」
「大丈夫どころか、すごくよかったです!」
「やった!」
無邪気な返事だった。
けれど、その一球を見た上級生たちの表情は、少しだけ変わっていた。
すごい後輩が入ってきた。
それは、もう誰もが感じ始めていることだった。
隣では、夜空メルが外野守備の動きを確認していた。
メルは、まだ迷っている。
どこへ返すべきか。どのタイミングで声を出すべきか。捕ってからの足の運びも、まだぎこちない。
こよローと並ぶと、差は見えてしまう。
けれど、メルは止まらなかった。
「メルメル、焦らなくていいよ! まずは中継の位置を見よう!」
「はい!」
こより監督の声に、メルは大きく返事をする。
もう一度、外野へ走る。
打球を追う。
捕る。
中継を見る。
投げる。
少し遅い。
少し高い。
少し逸れる。
それでも、さっきよりはよかった。
「今の、最初より良かったです!」
「ほんとですか?」
「うん! ちゃんと中継を見てから投げられてた!」
「やった……!」
メルの顔が明るくなる。
うまくいかない。
でも、止まらない。
それだけで、今は十分だった。
メルメルがんばれ
ちょっとずつ良くなってる
こよローと一緒に外野育てたい
焦らなくていい
成長枠だ
捕手の赤井はあと――はあちゃまは、守備連携の中でよく声を出していた。
「セカンド入って! ライト、カバーお願いします!」
声が通る。
明るくて、強い。
守備連携では、技術だけでなく声が必要になる。誰かが指示を出さなければ、一瞬の迷いが生まれる。
その意味で、はあちゃまの声はチームにとって大きかった。
「はあちゃま、声いいですね」
杉谷がメモを取りながら言う。
「うん。投手陣だけじゃなくて、守備全体に声が届いてる」
こより監督は、捕手の位置から周りを見るはあとを見つめた。
捕手は、ただ球を受けるだけではない。
投手を支え、守備に声を出し、グラウンド全体を見る。
その役割の入り口を、はあちゃまは声で掴もうとしていた。
猫又おかゆは、投手カバーの動きをゆっくり確認していた。
「投げた後、ここに入るんだね」
「そうです。打球方向や走者によって変わるので、最初は難しいと思います」
「うん。覚えること多いね」
そう言いながらも、おかゆは何度も同じ動きを繰り返す。
大きな声は出さない。派手に目立つわけでもない。
けれど、自分の中で少しずつ整理しているようだった。
練習後。
杉谷は、メモにいくつも印をつけていた。
「今日の守備連携、最初としては良かったと思います」
「ほんと?」
「はい。まだ迷いはありますけど、みんな自分の役割を覚えようとしています。特に、捕手の赤井さんの声と、こよローさんの外野返球は目を引きました」
「おお……!」
こより監督は、少し嬉しそうにグラウンドを見た。
守備連携は、派手な練習ではない。
けれど、今日の練習には確かに意味があった。
誰がどこへ動くのか。
誰が声を出すのか。
誰が中継に入るのか。
チームがチームとして動くための、最初の確認だった。
『守備連携、地味だけど大事だね。これ、試合で絶対効くやつ!』
大事
エラー減らしたい
はあちゃまの声いい
メルメルがんばれ
こよロー守備でも目立つな
その日の練習は、守備の課題と小さな手応えを残して終わった。
4月24日、月曜日。
守備連携を中心にした数日間は、あっという間に過ぎた。
内野のゲッツーは、最初より少しだけ流れが良くなった。
外野からの中継も、誰に返すべきかを確認する声が増えた。
投手のベースカバーも、少しずつ体に入ってきた。
まだ完璧ではない。
送球が高くなることもある。カバーが遅れることもある。メルが迷って、一瞬だけ足を止めてしまうこともある。
けれど、そのたびに声が飛ぶようになった。
「次、もう一回!」
「今のは中継を早めに!」
「カバー入ります!」
「メル、今の位置で大丈夫!」
失敗しても、次を確認する。
それだけで、初日とは少し違っていた。
練習の最後。
こより監督は、杉谷と内匠と一緒に記録をまとめていた。
「守備連携、少し形になってきましたね」
内匠が、練習で使ったボールを片付けながら言う。
「はい。まだ試合でどれだけできるかは分かりませんが、チームとして動こうとする意識は出てきています」
杉谷も頷いた。
「最初は、みんな自分のことで精一杯でした。でも今は、次の動きを見ようとしています」
「次の動き……」
こより監督は、グラウンドを見渡した。
野球は、ひとつのプレーで終わらない。
捕った後がある。投げた後がある。走者が進んだ後がある。
その次を考えることが、守備には必要だった。
そしてそれは、監督にも必要なことだった。
今日の練習だけを見るのではなく、次に何を伸ばすかを考える。
目の前のプレーだけでなく、夏の試合を想像する。
今の小さな確認が、いつか大事なアウトになるかもしれない。
『守備、ちょっとずつ良くなってる気がする。みんな、ちゃんとチームになってきてる!』
守備大事
チーム感出てきた
声が増えたね
はあちゃま捕手っぽい
メルメルも成長してる
守備連携の練習が終わると、選手たちはそのままグラウンド整備へ移った。
トンボを片手に、グラウンドへ散っていく。
スパイクでガタガタになった地面。
ベース周りの削れた土。
走り込みで荒れたライン際。
ノックで何度も踏み込んだ三塁前。
投手たちが蹴り続けたマウンド。
それを、ひとつずつ丁寧にならしていく。
こよローが外野のライン際を整え、メルがその横を真似するようにトンボを引く。
「こよローちゃん、こう?」
「うん! たぶん、まっすぐ!」
「たぶん?」
「まっすぐな気がする!」
「ふふ、じゃあもう少し丁寧にやろう」
メルが笑いながら、もう一度トンボを引き直す。
ぼたんは、三塁周りを黙々とならしている。
強い打球を受け続けた場所には、足跡がいくつも残っていた。
「ここ、けっこう荒れますね」
「サードはよく踏み込むからね」
「なら、ちゃんと整えておきます」
短い返事だったが、手つきは丁寧だった。
ミオとはあとが、ブルペン前の土を整える。
「投げた後って、こんなに足跡残るんですね」
「ミオしゃ、いっぱい投げてたから!」
「はあちゃまも受けてくれてありがとう」
「任せてください!」
おかゆは少しゆっくりだが、丁寧にトンボを動かしていた。
「おかゆん、綺麗にしてるね」
「うん。明日、変なところで転んだら嫌だし」
「理由が実用的……!」
こより監督は、その光景を見ていた。
グラウンド整備。
それは、試合で派手に映る場面ではない。
配信画面で大きな数字が動くようなイベントでもない。
けれど、野球部の日常には確かにある時間だった。
「グラウンド整備も、練習なんですね」
こより監督がぽつりと言った。
「はい」
杉谷が頷く。
「自分たちが使った場所を、自分たちで整える。それも野球部の日常です」
野球は、打つだけではない。投げるだけでもない。走るだけでもない。
使った場所を整える。
次の日も練習できるようにする。
誰かが怪我をしないように、土をならす。
それもまた、チームの時間だった。
整備が終わる頃には、グラウンドが少し綺麗になった気がした。
もちろん、実際には完璧ではない。
また明日になれば、土は荒れる。白線は薄くなる。足跡は増える。
けれど、そのたびに整える。
そうやって、野球部の日常は続いていく。
4月も終わりに近づいていた。
校内では、そろそろゴールデンウィークの話題が出始めている。
「連休、どこ行く?」
「実家帰るかも」
「友達と遊びに行く予定あるんだよね」
教室のあちこちから、そんな声が聞こえてくる。
春の大型連休。
新しい学校生活が始まって、少し疲れが出る頃。普通なら、休みを楽しみにする時期だった。
だが、野球部にとっての休みは、少し意味が違う。
学校が休みの日は、むしろ一日中練習に使える。
朝から夕方まで、グラウンドで野球ができる。
こより監督は、部室で予定表を見つめていた。
夏の県大会まで、時間は多くない。
今はまだ4月。それでも、7月はすぐに来る。
この連休をどう使うかで、チームの成長は変わる。
『もうすぐゴールデンウィーク……ここ、大事にしたいね』
GWだ
練習漬けか
野球部に休みはない
ここで伸ばしたい
夏まで時間ないぞ
コメント欄も、その意味を分かっていた。
試合はまだ遠い。
だが、夏は待ってくれない。
素振り。
変化球投げ込み。
指立て伏せ。
守備連携。
グラウンド整備。
どれも地味で、すぐに結果が出るものではない。
けれど、こより監督は少しずつ分かり始めていた。
名門は、一日で作られるものではない。
強豪も、ひとつの練習だけで生まれるものではない。
小さな積み重ねが、いつか大きな一打になる。
小さな確認が、いつか大事なアウトになる。
地味な整備が、明日の練習を支える。
それが、野球部の日々だった。
こより監督は、予定表に視線を落とす。
ゴールデンウィーク。
ホロライブ高校野球部にとって、初めての大型連休が近づいていた。
休みではない。
止まる時間でもない。
強くなるための、まとまった時間。
ホロライブ高校の練習は、ここからさらに本格的になっていく。