こより監督とホロメンたちの栄冠ナイン 2022年、ホロライブ高校始動 作:きのこ大三元
4月25日、火曜日。
四月の終わりが近づくと、ホロライブ高校の空気も少しだけ変わり始めていた。
入学式の慌ただしさは少し落ち着き、教室ではゴールデンウィークの話題が増え、放課後の廊下にはどこか浮き立つような声が流れている。けれど、野球部の予定表に並んでいるのは、休みの予定ではなかった。
素振り。
変化球投げ込み。
指立て伏せ。
守備連携。
まだ試合はない。勝利もない。けれど、グラウンドには少しずつ、練習を重ねた跡が残り始めていた。
その日、こより監督が選んだのは、いつもの練習ではなかった。
「今日は、ボランティア活動をしましょう!」
「ボランティア、ですか?」
大神ミオが、少し意外そうに目を瞬かせる。夜空メルも、不思議そうに首を傾げた。
「野球部だけど、練習じゃないんですか?」
「練習も大事です。でも、今日は地域活動です!」
『今日はボランティア! 地域の評判も大事だからね!』
ボランティアきた
評判アップだ
地域活動大事
野球だけじゃない
ホロライブ高校、いい部活になれ
選手たちは、少し戸惑っていた。
野球部なのに、練習ではなくボランティア活動。バットも持たない。ボールも投げない。スパイクでグラウンドを走るわけでもない。
けれど、杉谷はすぐに頷いた。
「いいと思います。地域の方に応援してもらえる野球部になるのも、大事ですから」
「応援してもらえる野球部……」
こより監督は、その言葉を小さく繰り返した。
強いチームになる。
それはもちろん大事だ。けれど、野球部は学校の中だけで完結しているわけではない。
学校の近くには地域がある。通学路がある。毎朝、選手たちを見かける人たちがいる。試合の結果を気にしてくれる人たちが、いつか生まれるかもしれない。
応援されるチームになる。
それもまた、甲子園を目指す野球部にとって、大事なことなのかもしれなかった。
この日、ホロライブ高校野球部は学校周辺の地域活動に参加した。
公園のゴミ拾い。通学路周辺の清掃。学校前の花壇の整理。地域の人たちへの挨拶。
最初は、選手たちも少しぎこちなかった。
「えっと……これは燃えるゴミですか?」
「たぶん、そうじゃない?」
「分別、ちゃんとしないとですね!」
大神ミオは真面目にゴミ袋を持ち、拾ったものをひとつずつ確認している。猫又おかゆは、マイペースに道端を歩きながら、見落としそうな小さなゴミを拾っていく。
「おかゆん、けっこう見つけるね」
「うん。下見て歩いてるから」
「なるほど……?」
こより監督が妙に納得したような顔になる。
赤井はあと――はあちゃまは、勢いよく動いていた。
「こっち、けっこう落ちてます! まとめて拾っちゃいますね!」
「はあちゃま、道路に出すぎないようにね!」
「はい!」
獅白ぼたんは、全体を見ながら落ち着いて動いている。誰かが持ちきれなくなった袋を自然に受け取り、花壇の周りの土が荒れすぎないように気を配っていた。
こよローは、相変わらず反応が速かった。
「あ、あそこにもあります!」
誰も気づかなかった小さな紙くずを見つけ、軽い足取りで拾いに行く。野球の練習ではないのに、動きの一つひとつが目を引いた。
「こよロー、そういうの見つけるの早いね」
「外野手なので!」
「たぶん関係あるような、ないような……!」
こより監督の声に、周囲が少し笑う。
夜空メルは、地域の人へ元気よく挨拶していた。
「こんにちは!」
「あら、野球部の子たち?」
「はい! ホロライブ高校野球部です!」
「頑張ってねえ」
「ありがとうございます!」
メルの声は明るかった。通りかかった人が自然と笑顔になるくらい、まっすぐな挨拶だった。
メルメル挨拶いい
地域活動いいな
みんな個性出てる
野球してないのにチーム感ある
評判上がりそう
野球の練習ではない。
肩が強くなるわけでもない。バットが鋭くなるわけでもない。
けれど、チームとして一緒に動く時間にはなった。
誰が周りを見るのか。誰が声を出すのか。誰が黙々と手を動かすのか。誰が人に声をかけるのが得意なのか。
グラウンドでは見えにくいものが、少しだけ見えた気がした。
活動を終える頃には、学校周辺が少しだけ綺麗になっていた。そして、ホロライブ高校野球部の評判も、少しだけ上がったように感じられた。
『いいね。強いだけじゃなくて、応援されるチームにしたいよね』
こより監督が、穏やかに言う。
評判アップ
応援されるチーム
地域密着だ
こういう積み重ね大事
ホロライブ高校いいぞ
その後、選手たちはついでにグラウンドも軽く整備した。
トンボで土をならし、ベース周りを整える。自分たちが使う場所も、地域も、少しずつ綺麗にしていく。
こより監督は、その様子を見ながら思った。
強いだけのチームではなく、応援されるチームにしたい。
それは、まだ遠い甲子園へ向かうための、もうひとつの土台だった。
4月26日、水曜日。
この日から、こより監督は遠投を中心とした練習を指示した。
遠投。
ただ遠くへ投げるだけの練習ではない。
肩の強さ。送球の軌道。体の使い方。下半身から上半身へ力を伝える感覚。
大きく腕を振る。体全体を使って投げる。相手の胸元へ、強く、正確に返す。
杉谷が、手元のメモを見ながら補足する。
「遠投を中心にすれば、肩力が鍛えられるかもしれません」
「肩力……」
こより監督は、グラウンドに並ぶ選手たちを見る。
外野手なら、遠くの塁へ正確に返す力。内野手なら、素早く強い送球をする力。捕手なら、盗塁を刺すための力。投手にとっても、腕の振りや投げる感覚に繋がる。
打つ力。
投げる力。
守る力。
そのどれにも、肩は関わってくる。
「よし。次は肩を鍛えていこう!」
『遠投いきます! 肩力、大事!』
遠投きた
肩力上げだ
外野手に大事
捕手にも必要
送球強くしたい
選手たちは、グラウンドに距離を取って並ぶ。
最初は短い距離から。少しずつ間隔を広げていく。
ボールが空を行き交う。
高く浮く球。途中で失速する球。相手の少し横へ逸れる球。低く伸びる球。
同じ遠投でも、選手ごとにまるで違った。
大神ミオは、力強く投げようとしていた。投手らしく、腕の振りに気持ちが乗っている。
「もう少し、下半身を使うと楽に飛ぶかもしれませんね」
杉谷に言われ、ミオはすぐに足の踏み込みを確かめる。
「はい。もう一回お願いします!」
猫又おかゆは、無理に力を入れすぎず、ふわりと投げる。ただ、時々思ったより伸びる球があり、本人も少しだけ不思議そうな顔をしていた。
「今の、けっこう飛んだね」
「うん。なんか、いい感じだったかも」
赤井はあと――はあちゃまは、捕手らしく送球の形を気にしている。
「盗塁刺すには、もっと速く投げないとですよね!」
「まずは正確に胸元へ!」
「はい!」
獅白ぼたんは、淡々と投げていた。力任せではなく、体の使い方を確認するような遠投だった。
夜空メルは、距離が伸びるとまだ少し不安定になる。けれど、受け手の方をしっかり見て、何度も投げ直していた。
「メルメル、焦らなくていいよ!」
「はい! ちゃんと届かせます!」
その中で、特に目を引いたのは、やはり外野手のこよローだった。
こよローは、軽く助走をつけた。
足を踏み込む。
体がしなる。
腕が振られる。
次の瞬間、白球は大きく山なりに浮かぶのではなく、まるで一本の線を引くように伸びていった。
低く。
速く。
まっすぐに。
受け手の胸元へ、吸い込まれるように届く。
パン、と乾いた音がした。
「……すごい」
誰かが、小さく呟いた。
その場にいた何人かが、自然とこよローの方を見る。
遠くへ投げただけではない。
ただ肩が強いだけでもない。
投げるまでが速い。軌道が綺麗。受け手が捕りやすい。
まるで、レーザービームのようだった。
「こよロー……今の、すごくない?」
こより監督が、思わず声を漏らす。
『え、今の送球すごい! こよロー、肩もいいの!?』
レーザービーム
外野手だ
こよローやばい
肩もあるのか
走攻守いける?
これは見込みある
こよローは、受け手の反応を見て、少し嬉しそうに笑った。
「今の、いい感じでしたか?」
「すごくいい感じでした!」
「やった!」
こより監督は、その送球に目を奪われていた。
外野からの一球で、走者を止められる。
外野からの一球で、次の塁を諦めさせられる。
外野からの一球で、試合の流れを変えられる。
こよローには、それができるかもしれない。
もちろん、まだ練習だ。実戦ではない。本当にその肩が試合で生きるかどうかは、これからの話である。
それでも、グラウンドにいた全員が少しだけ感じていた。
この1年生は、やはり何か違う。
その日の練習後。
杉谷は、遠投の記録をメモにまとめていた。
「初日としては、かなりいい練習でした」
「肩力、上がりそう?」
「はい。今日だけで急に強肩になるわけではありませんが、投げ方を意識できた選手は多かったと思います。こよローさんの送球は、特に目を引きましたね」
「やっぱり……!」
こより監督は、嬉しそうに頷いた。
打つだけではなく、守る。
守るだけではなく、投げる。
投げるだけではなく、走る。
こよローの可能性は、練習を見るたびに少しずつ輪郭を濃くしていく。
『遠投初日、いい感じ! 肩も鍛えて、守れるチームにしていこう!』
肩力大事
こよローの送球いい
はあちゃまも伸ばしたい
メルメルも頑張ってる
外野守備楽しみ
この日の練習は、遠投の手応えを残して終わった。
4月30日、日曜日。
遠投練習は、5日目を迎えていた。
肩を作る。強く投げる。正確に返す。相手が捕りやすい球を投げる。
単純なようで、簡単ではない。
力を入れすぎれば、軌道が乱れる。遠くへ飛ばそうとしすぎれば、相手が捕りにくい球になる。弱すぎれば、走者は進む。遅すぎれば、間に合わない。
遠投は、ただ遠くへ投げるだけの練習ではなかった。
何人かの選手は、前よりも少し肩が強くなった気がした。
特に、こよローの送球は相変わらず目を引く。低く伸びる球。捕ってから投げるまでの速さ。外野手としての存在感。
だが、それだけではない。
はあちゃまの送球にも、少し力強さが出てきた。内野手たちも、ただ一塁へ投げるだけではなく、次のプレーを意識するようになった。投手陣にとっても、肩の使い方を確認する時間になった。
練習後、杉谷がこより監督に声をかけた。
「監督、練習の指示にもだいぶ慣れてきましたか?」
「慣れて……きた、のかな?」
こより監督は、少し考え込む。
最初は、何を選べばいいのかも分からなかった。
素振り。変化球投げ込み。指立て伏せ。守備連携。遠投。
ひとつずつ練習方針を決めてきた。そのたびに、選手たちは少しずつ変わっていった。
大きな変化ではない。
だが、何かを選べば、何かが積み上がる。
その感覚は、少しずつ掴めてきた気がする。
「最初よりは、少しだけ分かってきたかも」
「それなら、来月からは、月初めに選手ごとの練習指示をしてみませんか?」
「選手ごと?」
こより監督が顔を上げる。
杉谷は、手元のメモを一枚めくった。
「はい。チーム全体の練習方針とは別に、選手一人ひとりへ、どの能力を重点的に伸ばしていくかを伝えるんです」
「一人ひとりに……」
「ミート、パワー、走力、肩力、守備力、捕球。投手なら、球速、コントロール、スタミナ、変化球。もちろん、特定の能力に偏らず、万能型として満遍なく育てる方法もあります」
こより監督は、メモに並ぶ項目をじっと見つめた。
それは、これまでより一段深い選択だった。
チーム全体をどう鍛えるか。
それだけではない。
誰を、どう育てるのか。
どんな役割を任せたいのか。
どんな選手になってほしいのか。
そこまで考える必要がある。
「迷った時は、お任せにすることもできます。でも、目標を決めてあげれば、みんなももっとやる気が出ると思います」
「目標……」
こより監督は、グラウンドを見る。
遠投を終えて、片付けをしている選手たち。
外野で低く伸びる球を投げたこよロー。
捕手として送球を確認したはあちゃま。
投手として肩の使い方を確かめたミオとおかゆ。
守備位置から返球を繰り返したぼたん。
少しずつでも正確に投げようとしたメル。
その向こうには、上級生の稲葉さんもいる。
全員に同じ未来を求めるわけではない。
全員を同じ選手に育てるわけでもない。
それぞれに、役割がある。
伸ばしたい力がある。
任せたい場面がある。
「分かりました」
こより監督は、ゆっくり頷いた。
「明日から、選手ごとの練習指示を考えてみます」
『個別指示……! いよいよ育成っぽくなってきた!』
個別指示きた
ここ大事
誰をどう育てるか
監督の方針が出る
5月から本番だ
4月が終わる。
そして、5月が始まる。
こより監督は、初めて本格的に、個別育成を考えることになった。
ゴールデンウィークは、もう始まっている。
学校が休みでも、野球部に休みはない。むしろ、まとまった練習ができる貴重な時間になる。
遠投で鍛えた肩。
地域活動で少しだけ上がった評判。
そして、これから始まる選手一人ひとりへの育成方針。
夏へ向けた準備は、まだ始まったばかりだった。
『よし……5月も、しっかり育てていこう!』
5月突入
個別指示楽しみ
GW練習だ
休みのない連休
夏まで積み上げよう
ホロライブ高校野球部の練習は、さらに続いていく。
次にこより監督が決めるのは、チーム全体の練習ではない。
一人ひとりの未来へ向けた、最初の矢印だった。