こより監督とホロメンたちの栄冠ナイン 2022年、ホロライブ高校始動   作:きのこ大三元

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第8.5話 はじめての個別指示

 4月25日、火曜日。

 

 四月の終わりが近づくと、ホロライブ高校の空気も少しだけ変わり始めていた。

 入学式の慌ただしさは少し落ち着き、教室ではゴールデンウィークの話題が増え、放課後の廊下にはどこか浮き立つような声が流れている。けれど、野球部の予定表に並んでいるのは、休みの予定ではなかった。

 

 素振り。

 変化球投げ込み。

 指立て伏せ。

 守備連携。

 

 まだ試合はない。勝利もない。けれど、グラウンドには少しずつ、練習を重ねた跡が残り始めていた。

 

 その日、こより監督が選んだのは、いつもの練習ではなかった。

 

「今日は、ボランティア活動をしましょう!」

「ボランティア、ですか?」

 

 大神ミオが、少し意外そうに目を瞬かせる。夜空メルも、不思議そうに首を傾げた。

 

「野球部だけど、練習じゃないんですか?」

「練習も大事です。でも、今日は地域活動です!」

 

『今日はボランティア! 地域の評判も大事だからね!』

 

ボランティアきた

評判アップだ

地域活動大事

野球だけじゃない

ホロライブ高校、いい部活になれ

 

 選手たちは、少し戸惑っていた。

 野球部なのに、練習ではなくボランティア活動。バットも持たない。ボールも投げない。スパイクでグラウンドを走るわけでもない。

 

 けれど、杉谷はすぐに頷いた。

 

「いいと思います。地域の方に応援してもらえる野球部になるのも、大事ですから」

「応援してもらえる野球部……」

 

 こより監督は、その言葉を小さく繰り返した。

 

 強いチームになる。

 それはもちろん大事だ。けれど、野球部は学校の中だけで完結しているわけではない。

 

 学校の近くには地域がある。通学路がある。毎朝、選手たちを見かける人たちがいる。試合の結果を気にしてくれる人たちが、いつか生まれるかもしれない。

 

 応援されるチームになる。

 

 それもまた、甲子園を目指す野球部にとって、大事なことなのかもしれなかった。

 

 この日、ホロライブ高校野球部は学校周辺の地域活動に参加した。

 公園のゴミ拾い。通学路周辺の清掃。学校前の花壇の整理。地域の人たちへの挨拶。

 

 最初は、選手たちも少しぎこちなかった。

 

「えっと……これは燃えるゴミですか?」

「たぶん、そうじゃない?」

「分別、ちゃんとしないとですね!」

 

 大神ミオは真面目にゴミ袋を持ち、拾ったものをひとつずつ確認している。猫又おかゆは、マイペースに道端を歩きながら、見落としそうな小さなゴミを拾っていく。

 

「おかゆん、けっこう見つけるね」

「うん。下見て歩いてるから」

「なるほど……?」

 

 こより監督が妙に納得したような顔になる。

 

 赤井はあと――はあちゃまは、勢いよく動いていた。

 

「こっち、けっこう落ちてます! まとめて拾っちゃいますね!」

「はあちゃま、道路に出すぎないようにね!」

「はい!」

 

 獅白ぼたんは、全体を見ながら落ち着いて動いている。誰かが持ちきれなくなった袋を自然に受け取り、花壇の周りの土が荒れすぎないように気を配っていた。

 

 こよローは、相変わらず反応が速かった。

 

「あ、あそこにもあります!」

 

 誰も気づかなかった小さな紙くずを見つけ、軽い足取りで拾いに行く。野球の練習ではないのに、動きの一つひとつが目を引いた。

 

「こよロー、そういうの見つけるの早いね」

「外野手なので!」

「たぶん関係あるような、ないような……!」

 

 こより監督の声に、周囲が少し笑う。

 

 夜空メルは、地域の人へ元気よく挨拶していた。

 

「こんにちは!」

「あら、野球部の子たち?」

「はい! ホロライブ高校野球部です!」

「頑張ってねえ」

「ありがとうございます!」

 

 メルの声は明るかった。通りかかった人が自然と笑顔になるくらい、まっすぐな挨拶だった。

 

メルメル挨拶いい

地域活動いいな

みんな個性出てる

野球してないのにチーム感ある

評判上がりそう

 

 野球の練習ではない。

 肩が強くなるわけでもない。バットが鋭くなるわけでもない。

 

 けれど、チームとして一緒に動く時間にはなった。

 

 誰が周りを見るのか。誰が声を出すのか。誰が黙々と手を動かすのか。誰が人に声をかけるのが得意なのか。

 

 グラウンドでは見えにくいものが、少しだけ見えた気がした。

 

 活動を終える頃には、学校周辺が少しだけ綺麗になっていた。そして、ホロライブ高校野球部の評判も、少しだけ上がったように感じられた。

 

『いいね。強いだけじゃなくて、応援されるチームにしたいよね』

 

 こより監督が、穏やかに言う。

 

評判アップ

応援されるチーム

地域密着だ

こういう積み重ね大事

ホロライブ高校いいぞ

 

 その後、選手たちはついでにグラウンドも軽く整備した。

 トンボで土をならし、ベース周りを整える。自分たちが使う場所も、地域も、少しずつ綺麗にしていく。

 

 こより監督は、その様子を見ながら思った。

 

 強いだけのチームではなく、応援されるチームにしたい。

 

 それは、まだ遠い甲子園へ向かうための、もうひとつの土台だった。

 

 4月26日、水曜日。

 

 この日から、こより監督は遠投を中心とした練習を指示した。

 

 遠投。

 

 ただ遠くへ投げるだけの練習ではない。

 肩の強さ。送球の軌道。体の使い方。下半身から上半身へ力を伝える感覚。

 

 大きく腕を振る。体全体を使って投げる。相手の胸元へ、強く、正確に返す。

 

 杉谷が、手元のメモを見ながら補足する。

 

「遠投を中心にすれば、肩力が鍛えられるかもしれません」

「肩力……」

 

 こより監督は、グラウンドに並ぶ選手たちを見る。

 

 外野手なら、遠くの塁へ正確に返す力。内野手なら、素早く強い送球をする力。捕手なら、盗塁を刺すための力。投手にとっても、腕の振りや投げる感覚に繋がる。

 

 打つ力。

 投げる力。

 守る力。

 

 そのどれにも、肩は関わってくる。

 

「よし。次は肩を鍛えていこう!」

 

『遠投いきます! 肩力、大事!』

 

遠投きた

肩力上げだ

外野手に大事

捕手にも必要

送球強くしたい

 

 選手たちは、グラウンドに距離を取って並ぶ。

 最初は短い距離から。少しずつ間隔を広げていく。

 

 ボールが空を行き交う。

 

 高く浮く球。途中で失速する球。相手の少し横へ逸れる球。低く伸びる球。

 

 同じ遠投でも、選手ごとにまるで違った。

 

 大神ミオは、力強く投げようとしていた。投手らしく、腕の振りに気持ちが乗っている。

 

「もう少し、下半身を使うと楽に飛ぶかもしれませんね」

 

 杉谷に言われ、ミオはすぐに足の踏み込みを確かめる。

 

「はい。もう一回お願いします!」

 

 猫又おかゆは、無理に力を入れすぎず、ふわりと投げる。ただ、時々思ったより伸びる球があり、本人も少しだけ不思議そうな顔をしていた。

 

「今の、けっこう飛んだね」

「うん。なんか、いい感じだったかも」

 

 赤井はあと――はあちゃまは、捕手らしく送球の形を気にしている。

 

「盗塁刺すには、もっと速く投げないとですよね!」

「まずは正確に胸元へ!」

「はい!」

 

 獅白ぼたんは、淡々と投げていた。力任せではなく、体の使い方を確認するような遠投だった。

 

 夜空メルは、距離が伸びるとまだ少し不安定になる。けれど、受け手の方をしっかり見て、何度も投げ直していた。

 

「メルメル、焦らなくていいよ!」

「はい! ちゃんと届かせます!」

 

 その中で、特に目を引いたのは、やはり外野手のこよローだった。

 

 こよローは、軽く助走をつけた。

 

 足を踏み込む。

 体がしなる。

 腕が振られる。

 

 次の瞬間、白球は大きく山なりに浮かぶのではなく、まるで一本の線を引くように伸びていった。

 

 低く。

 速く。

 まっすぐに。

 

 受け手の胸元へ、吸い込まれるように届く。

 

 パン、と乾いた音がした。

 

「……すごい」

 

 誰かが、小さく呟いた。

 その場にいた何人かが、自然とこよローの方を見る。

 

 遠くへ投げただけではない。

 ただ肩が強いだけでもない。

 

 投げるまでが速い。軌道が綺麗。受け手が捕りやすい。

 

 まるで、レーザービームのようだった。

 

「こよロー……今の、すごくない?」

 

 こより監督が、思わず声を漏らす。

 

『え、今の送球すごい! こよロー、肩もいいの!?』

 

レーザービーム

外野手だ

こよローやばい

肩もあるのか

走攻守いける?

これは見込みある

 

 こよローは、受け手の反応を見て、少し嬉しそうに笑った。

 

「今の、いい感じでしたか?」

「すごくいい感じでした!」

「やった!」

 

 こより監督は、その送球に目を奪われていた。

 

 外野からの一球で、走者を止められる。

 外野からの一球で、次の塁を諦めさせられる。

 外野からの一球で、試合の流れを変えられる。

 

 こよローには、それができるかもしれない。

 

 もちろん、まだ練習だ。実戦ではない。本当にその肩が試合で生きるかどうかは、これからの話である。

 

 それでも、グラウンドにいた全員が少しだけ感じていた。

 

 この1年生は、やはり何か違う。

 

 その日の練習後。

 杉谷は、遠投の記録をメモにまとめていた。

 

「初日としては、かなりいい練習でした」

「肩力、上がりそう?」

「はい。今日だけで急に強肩になるわけではありませんが、投げ方を意識できた選手は多かったと思います。こよローさんの送球は、特に目を引きましたね」

「やっぱり……!」

 

 こより監督は、嬉しそうに頷いた。

 

 打つだけではなく、守る。

 守るだけではなく、投げる。

 投げるだけではなく、走る。

 

 こよローの可能性は、練習を見るたびに少しずつ輪郭を濃くしていく。

 

『遠投初日、いい感じ! 肩も鍛えて、守れるチームにしていこう!』

 

肩力大事

こよローの送球いい

はあちゃまも伸ばしたい

メルメルも頑張ってる

外野守備楽しみ

 

 この日の練習は、遠投の手応えを残して終わった。

 

 4月30日、日曜日。

 

 遠投練習は、5日目を迎えていた。

 

 肩を作る。強く投げる。正確に返す。相手が捕りやすい球を投げる。

 

 単純なようで、簡単ではない。

 

 力を入れすぎれば、軌道が乱れる。遠くへ飛ばそうとしすぎれば、相手が捕りにくい球になる。弱すぎれば、走者は進む。遅すぎれば、間に合わない。

 

 遠投は、ただ遠くへ投げるだけの練習ではなかった。

 

 何人かの選手は、前よりも少し肩が強くなった気がした。

 

 特に、こよローの送球は相変わらず目を引く。低く伸びる球。捕ってから投げるまでの速さ。外野手としての存在感。

 

 だが、それだけではない。

 

 はあちゃまの送球にも、少し力強さが出てきた。内野手たちも、ただ一塁へ投げるだけではなく、次のプレーを意識するようになった。投手陣にとっても、肩の使い方を確認する時間になった。

 

 練習後、杉谷がこより監督に声をかけた。

 

「監督、練習の指示にもだいぶ慣れてきましたか?」

「慣れて……きた、のかな?」

 

 こより監督は、少し考え込む。

 

 最初は、何を選べばいいのかも分からなかった。

 

 素振り。変化球投げ込み。指立て伏せ。守備連携。遠投。

 

 ひとつずつ練習方針を決めてきた。そのたびに、選手たちは少しずつ変わっていった。

 

 大きな変化ではない。

 だが、何かを選べば、何かが積み上がる。

 

 その感覚は、少しずつ掴めてきた気がする。

 

「最初よりは、少しだけ分かってきたかも」

「それなら、来月からは、月初めに選手ごとの練習指示をしてみませんか?」

「選手ごと?」

 

 こより監督が顔を上げる。

 杉谷は、手元のメモを一枚めくった。

 

「はい。チーム全体の練習方針とは別に、選手一人ひとりへ、どの能力を重点的に伸ばしていくかを伝えるんです」

「一人ひとりに……」

「ミート、パワー、走力、肩力、守備力、捕球。投手なら、球速、コントロール、スタミナ、変化球。もちろん、特定の能力に偏らず、万能型として満遍なく育てる方法もあります」

 

 こより監督は、メモに並ぶ項目をじっと見つめた。

 

 それは、これまでより一段深い選択だった。

 

 チーム全体をどう鍛えるか。

 それだけではない。

 

 誰を、どう育てるのか。

 どんな役割を任せたいのか。

 どんな選手になってほしいのか。

 

 そこまで考える必要がある。

 

「迷った時は、お任せにすることもできます。でも、目標を決めてあげれば、みんなももっとやる気が出ると思います」

「目標……」

 

 こより監督は、グラウンドを見る。

 

 遠投を終えて、片付けをしている選手たち。

 

 外野で低く伸びる球を投げたこよロー。

 捕手として送球を確認したはあちゃま。

 投手として肩の使い方を確かめたミオとおかゆ。

 守備位置から返球を繰り返したぼたん。

 少しずつでも正確に投げようとしたメル。

 その向こうには、上級生の稲葉さんもいる。

 

 全員に同じ未来を求めるわけではない。

 全員を同じ選手に育てるわけでもない。

 

 それぞれに、役割がある。

 伸ばしたい力がある。

 任せたい場面がある。

 

「分かりました」

 

 こより監督は、ゆっくり頷いた。

 

「明日から、選手ごとの練習指示を考えてみます」

 

『個別指示……! いよいよ育成っぽくなってきた!』

 

個別指示きた

ここ大事

誰をどう育てるか

監督の方針が出る

5月から本番だ

 

 4月が終わる。

 そして、5月が始まる。

 

 こより監督は、初めて本格的に、個別育成を考えることになった。

 

 ゴールデンウィークは、もう始まっている。

 学校が休みでも、野球部に休みはない。むしろ、まとまった練習ができる貴重な時間になる。

 

 遠投で鍛えた肩。

 地域活動で少しだけ上がった評判。

 そして、これから始まる選手一人ひとりへの育成方針。

 

 夏へ向けた準備は、まだ始まったばかりだった。

 

『よし……5月も、しっかり育てていこう!』

 

5月突入

個別指示楽しみ

GW練習だ

休みのない連休

夏まで積み上げよう

 

 ホロライブ高校野球部の練習は、さらに続いていく。

 

 次にこより監督が決めるのは、チーム全体の練習ではない。

 

 一人ひとりの未来へ向けた、最初の矢印だった。

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