こより監督とホロメンたちの栄冠ナイン 2022年、ホロライブ高校始動   作:きのこ大三元

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第10話 たい焼きと、道具の話

5月4日、木曜日。

 

 空は、朝から薄い雲に覆われていた。

 

 雨が降るほどではない。

 けれど、青空が広がるわけでもない。

 

 春の終わりと初夏の入口が、少しだけ曖昧になったような天気だった。

 

 ホロライブ高校のグラウンドでは、この日も練習が始まっている。

 

 昨日までの熱は、まだ少し残っていた。

 

 スカウトが来た。

 こよローが推薦された。

 メルメルが、特訓で広角打法を覚えた。

 

 けれど、特別なことが起きた後も、野球部の時間は止まらない。

 

 バットを振る。

 ボールを投げる。

 グラウンドを走る。

 

 できることを、ひとつずつ積み重ねる。

 

『今日は投手のフォームを見ていきます!』

 

 配信の向こうで、こより監督の声が響いた。

 

フォームチェック

制球大事

ミオしゃ頼む

おかゆんも伸ばしたい

投手力ほしい

 

 コメント欄も、すぐに反応する。

 

 この日の練習は、投手のフォームチェックを中心に行うことになった。

 

 大神ミオ。

 猫又おかゆ。

 上級生投手たち。

 

 投手陣が順番にマウンドへ立ち、自分の投げ方を確認していく。

 

 足の上げ方。

 腕の振り。

 リリースの位置。

 体重移動。

 投げ終わった後の姿勢。

 

 ただ投げるだけではない。

 

 どこで力が抜けるのか。

 どこで体が開くのか。

 どこでボールが高く浮くのか。

 どこで狙った場所から外れるのか。

 

 ひとつずつ確認していく。

 

「フォームをしっかり確認すれば、制球力が鍛えられるかもしれません」

 

 杉谷が、メモを取りながらこより監督へ説明した。

 

「制球力……コントロールですね」

「はい。ただ速い球を投げるだけではなく、狙ったところへ投げる力です。四球を減らすためにも、投手には欠かせません」

 

 こより監督は、マウンドを見る。

 

 投手が崩れれば、試合は壊れる。

 

 どれだけ打線が点を取っても、四球で走者をためてしまえば一気に苦しくなる。

 守備が踏ん張ろうとしても、投手の球が定まらなければ、チーム全体が不安になる。

 

 夏の県大会まで、まだ時間はある。

 けれど、時間があるからこそ、今のうちに土台を作っておきたい。

 

「ミオしゃ、もう一球お願いします!」

「はい!」

 

 大神ミオが、力強く返事をする。

 

 足を上げる。

 踏み込む。

 腕を振る。

 

 白球が、赤井はあとのミットへ向かう。

 

 少し高い。

 

「今の、ちょっと高かったですね!」

 

 はあちゃまが捕手として声をかける。

 

「もう少し低め、意識します!」

 

 ミオはすぐに頷き、もう一度ボールを握った。

 

 その真面目さは、投手としての大事な土台に見えた。

 

 次に、猫又おかゆがマウンドへ立つ。

 

 おかゆは、ミオほど気合いを前面に出さない。

 けれど、投げる前に自分の足元を見て、ゆっくりと呼吸を整える。

 

「おかゆん、今日はフォーム確認だから、焦らなくて大丈夫です」

「はーい」

 

 ゆったりとした返事。

 

 だが、投げる瞬間だけは目が少し細くなる。

 

 腕が振られ、白球がミットへ届いた。

 

「今の、ちょっといい感じだったかも」

 

 おかゆが、自分の感覚を確かめるように呟く。

 

『ミオしゃは力強いし、おかゆんは感覚派って感じするね』

 

ミオしゃ熱血

おかゆんマイペース

制球上げたい

はあちゃま捕手いいな

投手陣がんばれ

 

 上級生投手たちも、ひとりずつフォームを確認していく。

 

 まだ、誰が夏のマウンドに立つのかは分からない。

 

 1年生が投げるのか。

 上級生が経験で支えるのか。

 継投で繋ぐのか。

 

 答えは、まだ先にある。

 

 今はただ、投げる姿を見て、少しずつ知っていくしかなかった。

 

 練習がしばらく続いた頃。

 

 グラウンドの入口に、穏やかな表情の男性が姿を見せた。

 

 谷郷校長だった。

 

「みなさん、お疲れ様です」

 

 その声に、選手たちが振り向く。

 

「お疲れ様です!」

「YAGOO校長!」

「校長先生、お疲れ様です!」

 

 選手たちの声には、すでに親しみが混じっていた。

 

 谷郷校長は、いつものように柔らかい表情で頷く。

 そして、その両手には紙袋があった。

 

 ひとつではない。

 

 いくつもの紙袋。

 そこから、甘く香ばしい匂いがふわりと漂ってくる。

 

「校長先生、それは……?」

 

 こより監督が尋ねると、谷郷校長は少しだけ目元を和らげた。

 

「練習の合間に、少し休憩してください。甘いものも、時には必要ですから」

 

 紙袋の中に入っていたのは、たい焼きだった。

 

 つぶあん。

 こしあん。

 カスタード。

 チョコ。

 

 種類も多い。

 しかも、まだほんのり温かい。

 

『たい焼き!? 差し入れだあああ!』

 

たい焼ききた

YAGOO校長ありがとう

うまそう

差し入れ助かる

種類多いな

 

 コメント欄も、一気に柔らかくなる。

 

 ついさっきまで、制球力やフォームの話をしていたグラウンドが、たい焼きの匂いで少しだけ違う場所のようになった。

 

「ありがとうございます、谷郷校長!」

 

 こより監督が、両手で紙袋を受け取る。

 

「みなさんで食べてください。練習も大事ですが、休むことも大事です」

「はい! みんな、一度休憩にしましょう!」

 

 その一言で、グラウンドの空気がぱっと明るくなった。

 

 選手たちは、紙袋の中をのぞき込みながら目を輝かせていた。

 

「つぶあん、こしあん、カスタード、チョコ……迷いますね」

 

 杉谷が、種類を確認しながら並べていく。

 

 大神ミオは、少し考えてから王道のつぶあんを選んだ。

 

「やっぱり、たい焼きはつぶあんかなって」

「ミオしゃ、似合う!」

 

 こより監督が頷く。

 

 猫又おかゆは、こしあんを手に取った。

 

「こっち、なめらかそうだから」

 

 そう言って、ゆっくりと一口食べる。

 

「うん。おいしい」

 

 表情はあまり変わらない。

 けれど、声が少しだけ柔らかくなっていた。

 

 赤井はあと――はあちゃまは、勢いよくチョコを取った。

 

「私はチョコにします!」

「はあちゃま、即決だね」

「甘いのは元気が出ますから!」

 

 獅白ぼたんは、カスタードを選んだ。

 

「ぼたんちゃんはカスタード?」

「はい。たまにはこういうのもいいかなと」

 

 落ち着いた表情で食べているが、どこか満足そうだった。

 

 こよローは、紙袋の前で少し悩んでいた。

 

「つぶあんも気になるし、チョコも気になる……」

「こよロー、悩んでるね」

「走攻守そろってても、たい焼きは悩みます!」

「そこ関係ある!?」

 

 最終的に、こよローはチョコを選んだ。

 

「今日はチョコにします!」

 

 夜空メルは、甘い匂いに引き寄せられるようにカスタードを手に取った。

 

「カスタード、いい匂い……!」

「メルメル、嬉しそう」

「はい! 練習の後に甘いの、幸せです!」

 

 稲葉さんは、つぶあんを選んでいた。

 その選び方が妙に落ち着いていて、どこか似合っている。

 

「稲葉さん、つぶあんなんですね」

「たい焼きなら、まずはこれかなと」

 

 渋いようで、少しだけ分かる気がした。

 

ミオしゃつぶあん似合う

おかゆんこしあん分かる

はあちゃまチョコ即決w

ぼたんカスタードいいな

こよロー悩むのかわいい

メルメル嬉しそう

稲葉さん渋い

 

 コメント欄まで、完全にたい焼きの話になっていた。

 

 ついさっきまで緊張感のあったフォームチェックも、今は少しだけ休憩。

 

 みんなで温かいたい焼きを食べる時間は、野球部の日常らしい、穏やかな時間だった。

 

 甘いものを食べる。

 笑う。

 味の話をする。

 誰がどれを選んだかで少し盛り上がる。

 

 それだけで、選手たちはすっかりご機嫌になっていた。

 

 何人かのテンションが上がった気がした。

 

 休憩を終えると、練習は再開された。

 

 投手陣は、再びフォームチェックへ戻る。

 

「ミオしゃ、もう一回いきましょう!」

「はい!」

 

 大神ミオは、差し入れで元気を取り戻したのか、いつも以上に力強く腕を振った。

 

 ただし、こより監督はすぐに声をかける。

 

「力が入りすぎると高くなるから、フォームは丁寧に!」

「はい、丁寧にいきます!」

 

 猫又おかゆは、こしあんの余韻を残したまま、ゆったりとしたフォームで投げていた。

 

「おかゆん、眠くなってない?」

「大丈夫。ちょっと幸せなだけ」

「幸せならよかった!」

 

 赤井はあとが、捕手としてしっかり球を受ける。

 

「低め、いい感じです!」

「もう一球、お願いします」

 

 制球力がすぐに劇的に伸びるわけではない。

 

 それでも、投手陣は自分のフォームを少しずつ見直していた。

 

 足の上げ方。

 腕の振り。

 リリースの位置。

 体重移動。

 

 何度も繰り返す。

 少しずつ直す。

 また投げる。

 

 たい焼きの匂いがまだ少し残るグラウンドで、ホロライブ高校野球部は、またいつもの練習へ戻っていった。

 

 5月5日、金曜日。

 

 翌朝、空からは雨が落ちていた。

 

 グラウンドの土は湿り、ところどころに小さな水たまりができている。

 外での練習は、少しやりにくい。

 

 選手たちは、屋内練習場や部室を使いながら体を動かすことになった。

 

『今日は雨かぁ……でも、できることはある!』

 

雨だ

屋内練習かな

筋トレ日和

休みじゃないのか

野球部に休みはない

 

 こより監督は、予定表を見つめながら次の練習方針を考えていた。

 

 そんな中、杉谷がいくつかの道具を並べた。

 

 バット。

 グローブ。

 スパイク。

 練習用のボール。

 

「監督、選手にはバットやグローブなどの道具をプレゼントすることもできます」

「おお、道具で強化できるんですね!」

 

 こより監督の目が輝く。

 

 いいバット。

 手に馴染むグローブ。

 走りやすいスパイク。

 

 道具が変われば、プレーも変わる。

 それは、とても分かりやすい強化のように見えた。

 

 しかし、杉谷は少しだけ真面目な顔になる。

 

「ただし、ひとりにつき一回までです」

「一回だけ?」

「はい。道具の力だけで上手くなった気になってしまっては、よくありませんから」

 

 その言葉に、こより監督は瞬きをした。

 

 道具は大事だ。

 

 いい道具は、選手の力を引き出してくれる。

 手に合ったグローブは、捕球の不安を減らしてくれるかもしれない。

 振りやすいバットは、打撃を支えてくれるかもしれない。

 走りやすいスパイクは、一歩目を助けてくれるかもしれない。

 

 けれど、道具を持っただけで強くなったわけではない。

 

 ろくに練習もせず、いい道具を持っただけで上手くなったつもりになる。

 それでは、本当の意味で成長したとは言えない。

 

「野球人としてだけではなく、人間としても成長してほしいですから」

 

 杉谷は、そう続けた。

 

 その言葉は、少しだけ重かった。

 

 野球は、道具を使うスポーツだ。

 

 バットがなければ打てない。

 グローブがなければ守れない。

 スパイクがなければ、土の上で踏ん張れない。

 

 けれど、道具だけでは勝てない。

 

 道具を大切にすること。

 道具を使いこなせるだけの努力をすること。

 道具に頼り切らず、自分自身も成長すること。

 

 それが必要なのだ。

 

「なるほど……道具は大事。でも、道具だけじゃだめなんですね」

「はい」

 

 杉谷は頷いた。

 

「使うタイミングも大事です。誰に何を渡すか、監督がよく考えてあげてください」

 

『道具にもルールがあるんだ……これは大事に使わないとね』

 

道具説明きた

一人一回か

タイミング大事

いい道具だけじゃ勝てない

人間として成長

 

 こより監督は、机の上のバットとグローブを見つめる。

 

 いつか、誰かに渡す時が来る。

 

 その時は、その選手に本当に必要なものを考えたい。

 

 そう思った。

 

 この日、こより監督は再び指立て伏せを重点的に行うことにした。

 

 雨の日でも、できることはある。

 

 屋内での筋力トレーニング。

 体幹トレーニング。

 フォームを崩さないための基礎づくり。

 

 以前にも取り組んだ練習だが、きついものはきつい。

 それでも、強い打球を打つためにも、体の土台を作るためにも、避けては通れない。

 

「今日からまた、指立て伏せを重点的にやっていきます!」

「また、あれですか……!」

 

 はあちゃまが、少しだけ腕を見た。

 

「チョコたい焼きの分、頑張りましょう!」

「昨日の分がここで!?」

 

 こより監督の言葉に、選手たちが笑う。

 

 屋内練習場に、選手たちが並ぶ。

 

 指先で体を支える。

 腕に力を入れる。

 肩と体幹で、姿勢を保つ。

 

「いきます!」

 

 大神ミオは、気合いを入れて一回ずつ丁寧にこなしていく。

 

「うーん、これやっぱりきついね」

 

 猫又おかゆは、無理をしすぎないように、自分のペースで続ける。

 

「声出していきます! いーち!」

 

 はあちゃまは、やはり声が大きい。

 

「声出しの練習にもなりますね」

 

 ぼたんが、さらりと言う。

 

「それ、ほんとにそうかも!」

 

 こよローは、きつそうにしながらも前向きだった。

 

「これで強い打球が打てるなら、頑張れます!」

 

 メルメルも、腕を震わせながら続けている。

 

「広角に……強い打球……!」

「メルメル、気合い入ってる!」

 

 こより監督が嬉しそうに声をかける。

 

 稲葉さんも、黙々と体を支えていた。

 

 派手ではない。

 

 だが、全員が同じ床の上で、同じように自分の体と向き合っている。

 

 雨の日でも、練習は止まらない。

 

 筋力がついた気がした。

 

 練習が終わる頃には、雨も少し弱まっていた。

 

 屋内練習場の外では、雨音がまだ細く続いている。

 選手たちは、少し疲れた顔で帰り支度をしていた。

 

 その中で、1年生たちが何やら楽しそうに話している。

 

「この後、どうする?」

「行く?」

「行こうよ!」

 

 こより監督が、少し首を傾げる。

 

「みんな、何の話ですか?」

 

 はあちゃまが、堂々と胸を張った。

 

「カラオケです!」

「カラオケ?」

「はい! 声出しも野球部には大事ですから!」

 

 あまりにも堂々とした言い方だった。

 こより監督は一瞬だけ固まり、それから笑った。

 

「それは……練習、なのかな?」

 

 大神ミオが真面目に頷く。

 

「たしかに、ベンチから声を出すのも大事だよね」

「ミオしゃが真面目に受け止めてる!」

 

 猫又おかゆは、ゆるく笑った。

 

「じゃあ、練習ってことでいいんじゃない?」

「おかゆんの判定がゆるい!」

 

 こよローは、すでに少し前のめりだった。

 

「こよ、いっぱい歌います!」

「喉を痛めない程度にね!?」

 

 夜空メルも、嬉しそうに頷いている。

 

「メルも行きたいです! 声出し練習、頑張ります!」

 

 獅白ぼたんは、どこか余裕のある表情でその様子を見ていた。

 

「まあ、楽しそうでいいんじゃないですか」

「ぼたんちゃんも行くんだよね?」

「付き添いということで」

「それ、絶対歌うやつ!」

 

カラオケw

声出し練習は草

高校生らしい

1年生仲いいな

ぼたん付き添い(歌う)

 

 コメント欄も、すぐに笑い始める。

 

 練習漬けの日々。

 夏へ向けた準備。

 個別指示。

 道具の話。

 筋力トレーニング。

 

 野球部として考えることは、たくさんある。

 

 けれど、彼女たちは野球部員である前に、高校生でもある。

 

 雨の日の練習後に、友達とカラオケへ行く。

 声出し練習だと言い張って、少しはしゃぐ。

 

 そういう時間も、きっと必要なのだ。

 

「高校生らしくて、いいじゃないですか」

 

 こより監督が、柔らかく笑う。

 

「ただし、明日の練習に響かないようにしてくださいね!」

「はい!」

 

 1年生たちの声が、明るく揃った。

 

 何人かのテンションが上がったようだった。

 

 試合はない。

 

 大きな勝利もない。

 誰かが劇的に能力を伸ばしたわけでもない。

 

 けれど、こういう日々がチームを作っていく。

 

 練習で投げ方を見直す。

 差し入れで笑う。

 道具の意味を知る。

 雨の日に筋力を鍛える。

 帰りに、声出し練習という名目で少しだけ高校生らしく過ごす。

 

 ホロライブ高校野球部は、まだ名門ではない。

 まだ強豪でもない。

 

 それでも、少しずつ、野球部らしくなっていた。

 

『こういう日々も大事にしながら、もっと強くしていきます!』

 

たい焼き回よかった

道具説明も大事

カラオケ楽しそう

ホロライブ高校の日常

連休も終盤か

 

 雨音が、まだ少しだけ残っている。

 

 その音の向こうで、ホロライブ高校野球部の時間は、また少しずつ進んでいく。




3年生が出てこないって…?

栄冠3年縛りでは、殆ど出番がないですからね…今作でも…
なので、3年生は他部活からの助っ人などに調整しています。
もしかしたら、今後出番があるかもしれません…

片平先輩、和田先輩、大迫先輩、柴田先輩、橋本先輩、菅原先輩…
一応、キャラ設定にはまとめてあります…笑
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