こより監督とホロメンたちの栄冠ナイン 2022年、ホロライブ高校始動   作:きのこ大三元

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第12話 信頼を積み重ねる日

5月15日(月)晴れ。

 

 昨日まで空に残っていた曇りは消え、ホロライブ高校のグラウンドには朝から日差しが差していた。

 

 土は乾き始めている。

 白線も引き直され、外野の芝も少しだけ明るく見える。

 

 けれど、こより監督の中には、まだ昨日の音が残っていた。

 

 グキッ。

 

 2年生投手、西川が肩を押さえた時の、嫌な音。

 練習が止まった瞬間。

 ベンチで肩を冷やす姿。

 そして、スケジュール帳に浮かんでいた赤いマス。

 

 練習は大事だ。

 強くなるためには、積み重ねるしかない。

 

 けれど、無理をさせれば選手は壊れてしまう。

 

『今日は、少し慎重にいきます』

 

赤マスの後だしな

西川さん大丈夫かな

無理は禁物

練習も大事だけど休むのも大事

こよ監督、慎重にいこう

 

 コメント欄も、昨日の出来事を覚えている。

 

 こより監督は、練習予定表を見つめながら、今日からのメニューを決めた。

 

 次の2日間は、腕立て・腹筋。

 

 パワーを鍛えるための基礎練習。

 打球を強くするためにも、投げる体を作るためにも、筋力は欠かせない。

 

 ただし、昨日肩を痛めた西川には、無理をさせない。

 

「西川さんは、肩に負担がかからない範囲でお願いします。痛みが出たら、すぐに休んでください」

 

 こより監督がそう伝えると、西川は少し申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「すみません、監督」

「謝らなくていいです。ちゃんと治すことも、練習です」

 

 昨日も口にした言葉だった。

 

 けれど、今日のこより監督は、それをより強く意識していた。

 

 チームを強くすること。

 選手を守ること。

 

 その両方を考えなければならない。

 

 監督の仕事は、練習メニューを選ぶだけではないのだと、改めて感じていた。

 

 

 練習は、腕立て伏せと腹筋を中心に進んだ。

 

 腕。

 胸。

 腹。

 体幹。

 

 バットを振るにも、ボールを投げるにも、走るにも、体の軸は必要になる。

 

 派手な練習ではない。

 試合のように歓声が上がることもない。

 

 それでも、地面に手をつき、体を支え、ひとつずつ回数を重ねる時間には、確かな意味があった。

 

「いーち、にー、さん!」

 

 はあちゃまの声が響く。

 

「はあちゃま、今日も元気ですね」

「声出しも筋トレです!」

「たぶん違うけど、いいことではあるね!」

 

 大神ミオは、真面目に一回ずつ腕立てをこなしている。

 

「ミオしゃ、無理しすぎないでね」

「はい。でも、最後までやります」

 

 いつもの力強い返事。

 

 猫又おかゆは、自分のペースを崩さない。

 

「おかゆん、ゆっくりだね」

「うん。速くやると途中で溶けちゃいそうだから」

「溶けないで!?」

 

 こより監督が思わずツッコむと、近くで聞いていたメルメルが小さく笑った。

 

 そのメルメルも、以前より粘れるようになっていた。

 腕立ての途中で崩れそうになりながらも、もう一回、もう一回と自分に言い聞かせるように続けている。

 

「メルメル、いい感じです!」

「はい……! 強い打球を、打ちたいので……!」

 

 広角打法を覚えた日の一本は、まだメルの中に残っているようだった。

 

 獅白ぼたんは、相変わらず落ち着いている。

 腕立てでも腹筋でも、余計な動きが少ない。

 

「ぼたんちゃん、安定してるね」

「地味な練習ほど、雑にやると損しそうですからね」

「説得力がある……!」

 

 こよローは、今日も前のめりだった。

 

「こよ、まだいけます!」

「こよロー、無理はだめだよ!」

「無理じゃない範囲で、もう一回いけます!」

「その言い方がちょっと怖い!」

 

腕立て腹筋回

みんな慣れてきたな

メルメルの意識変わってる

こよロー元気すぎる

西川さんは無理しないで

 

 1年生たちは、もう入部したばかりの頃とは少し違っていた。

 

 最初は、練習の流れについていくだけで精一杯だった。

 どこに並ぶのか。

 誰の声を聞くのか。

 何をどれだけやるのか。

 

 それを覚えるだけでも大変だった。

 

 けれど今は、自分なりに声を出し、ペースを作り、周囲を見ながら動いている。

 

 まだ、飛び抜けた成果ばかりではない。

 誰もが一気に強くなったわけではない。

 

 それでも、野球部の一員になってきた感じがある。

 

 こより監督は、その姿を見ながら思った。

 

 この中から、誰が大きく伸びていくのだろうか。

 

 最初から目立つ才能。

 少しずつ積み上げる努力。

 きっかけひとつで変わる選手。

 

 答えは、まだ出ていない。

 

 だからこそ、毎日の練習を見る意味があった。

 

 

5月16日(火)晴れ。

 

 翌日も、空は晴れていた。

 

 練習前のグラウンドでは、選手たちが準備運動を始めている。

 こより監督が予定表を確認していると、杉谷が少し興奮した様子で駆け寄ってきた。

 

「監督、聞きましたか?」

「え、何をですか?」

「こよローさんが、不良グループに絡まれていた生徒を助け出したそうです!」

「えっ!?」

 

 こより監督は、一瞬きょとんとした。

 

 こよローが。

 学校内で。

 困っていた生徒を助けた。

 

「け、怪我とかはありませんか!?」

「大丈夫です。派手な喧嘩をしたわけではないみたいです」

 

 杉谷の説明によると、どうやら昼休みの出来事らしかった。

 

 廊下の端で、何人かの生徒に絡まれて困っていた生徒がいた。

 そこへ通りかかったこよローが、間に入った。

 

 怒鳴り返したわけではない。

 力ずくでどうにかしたわけでもない。

 

 落ち着いて声をかけ、周囲の先生にも知らせた。

 結果として、大きなトラブルになる前に、その場は収まったらしい。

 

「それで、校内でも噂になっているみたいですよ。野球部の1年生、すごいって」

 

「こよロー……!」

 

 こより監督は、思わず胸を張りたくなった。

 

 こよローは野球だけではない。

 学校の中でも、きちんと誰かのために動ける選手なのだ。

 

 その日のこよローは、いつも通りグラウンドにいた。

 

 特別に誇る様子もない。

 大きな武勇伝のように語ることもない。

 

「こよロー、聞きましたよ」

「えっ、何をですか?」

「困っていた生徒を助けたって」

「あ、あれですか。たまたま通りかかっただけです!」

 

 こよローは、少し照れたように笑った。

 

「でも、ちゃんと動けたのはすごいことです」

「そうですか?」

「そうです。野球部員としても、ホロライブ高校の生徒としても、誇らしいことだと思います」

 

 その言葉に、こよローは少しだけ目を丸くした。

 

 それから、ぱっと明るい顔になる。

 

「じゃあ、こよロー、これからも困ってる人がいたらちゃんと動きます!」

「無茶はしないでくださいね!?」

「無茶じゃない範囲で!」

「それ、練習の時も聞いた気がします!」

 

こよローいい子

校内評価アップだ

野球だけじゃない

ちゃんと先生呼んだの偉い

無茶はだめだぞ

 

 コメント欄も、明るく流れる。

 

 杉谷は、嬉しそうにメモを取っていた。

 

「監督への信頼も、チームメンバーへの信頼も上がった気がしますね」

「それは分かります。こういう行動は、チームの評価にも繋がりますから」

「あと、なぜかスカウト評価も上がった気がします」

「スカウト評価も!?」

 

 こより監督が首を傾げる。

 

「……内申点、というやつでしょうか?」

「どうでしょう……でも、良いことをしたのは確かです」

 

 理由は分からない。

 

 けれど、良いことをしたのは確かだった。

 

 野球部の1年生が、困っていた生徒を助けた。

 その噂は、校内に少しだけ広まった。

 

 チームの空気も、少し前向きに戻っていく。

 

 昨日まで残っていた赤いマスの重さが、ほんの少しだけ和らいだ気がした。

 

 

5月17日(水)晴れ。

 

 この日から4日間、ホロライブ高校野球部は再び腕立て・腹筋を中心に練習していくことになった。

 

 雨の日の屋内練習とは違い、晴れたグラウンドでの基礎トレーニングは、少し空気が軽い。

 

 腕立て。

 腹筋。

 体幹。

 合間にキャッチボール。

 軽い素振り。

 走り込み。

 

 同じ筋力練習でも、選手たちの表情は少しずつ違う。

 

 ミオしゃは、暑さに少し顔をしかめながらも、決めた回数を最後までやり切ろうとする。

 おかゆんは、休憩の取り方がうまい。力を抜くところは抜き、続けるところは淡々と続ける。

 はあちゃまは、声を出しすぎてこより監督に「喉も休ませてね」と言われていた。

 ぼたんは、筋トレと素振りを淡々と繋げて、無駄のない動きでこなしていく。

 こよローは、基礎練習の後の軽い素振りでも、外野へ飛ばすイメージを作っていた。

 メルメルは、広角へ打つ感覚を忘れないように、逆方向への素振りを何度も確認している。

 

 西川は、肩に負担の少ないメニューを選んでいた。

 腕を大きく振る練習は避け、体幹や下半身中心の内容にする。

 

「西川さん、痛みはどうですか?」

「昨日よりは落ち着いています。まだ少し違和感はありますけど」

「今日は投げる練習はなしでいきましょう」

「分かりました」

 

 西川は素直に頷いた。

 

 その表情には、少し悔しさもある。

 

 けれど、こより監督はそこで練習に戻すことはしなかった。

 

 焦らない。

 無理をしない。

 治す時間も、チームにとって必要な時間だ。

 

 すぐに強打者になるわけではない。

 すぐに投手陣が完成するわけでもない。

 

 けれど、パワーを支える土台は少しずつ作られていく。

 

 腕立てと腹筋の4日間は、そんな地味な積み重ねの時間だった。

 

 

5月21日(日)晴れ。

 

 練習後、杉谷がスケジュール帳を開いた。

 

「監督。今日は、今後のスケジュールを見直せるみたいです」

「スケジュールを?」

 

 こより監督は、杉谷の隣から帳面を覗き込む。

 

 そこには、これから先の予定がいくつか見えていた。

 まるで、3つの分岐が浮かび上がっているようだった。

 

 上の予定。

 真ん中の予定。

 一番下の予定。

 

 どの道を選ぶかで、進む日程が少し変わる。

 どの練習ができるか。

 どのイベントに止まるか。

 良いことが起きるか、悪いことが起きるか。

 

 少し前なら、こより監督は深く考えずに選んでいたかもしれない。

 

 けれど、今は違う。

 

 赤いマスで、西川が肩を痛めた。

 

 もちろん、すべてを避けられるわけではない。

 何が起きるか、完全に分かるわけでもない。

 

 それでも、少し先を見ることはできる。

 どの道を選ぶか、考えることはできる。

 

「……少し先まで見て、選びたいですね」

 

 こより監督は、スケジュールを見比べた。

 

 上の予定。

 真ん中の予定。

 一番下の予定。

 

 どれが正解かは分からない。

 けれど、なんとなく一番下の予定が良さそうに見えた。

 

「これでいきましょう」

 

 こより監督は、一番下の予定を選んだ。

 

スケジュール見直し

赤マス見た後だと慎重になる

下ルートか

いいマス踏みたい

監督っぽくなってきた

 

 コメント欄の言う通りだった。

 

 ただ日数を進めるだけではない。

 

 予定を見る。

 道を選ぶ。

 その先で何が起きるかを考える。

 

 それもまた、監督の仕事だった。

 

 

 スケジュールを見直した後、こより監督は次の練習メニューを決めた。

 

 選んだのは、2日間のスクワット。

 

「スクワットは、足腰を鍛える練習ですね。スタミナが鍛えられるかもしれません」

 

 杉谷が説明する。

 

「足腰……下半身ですね」

「はい。走るため、踏ん張るため、投げるため、打つため、長い試合を戦い抜くため。野球は腕だけではできませんから」

 

 こより監督は、グラウンドを見る。

 

 下半身が崩れれば、打撃も投球も守備も崩れる。

 

 バットを振る時も、足で地面を掴む。

 投手が投げる時も、踏み込む足がある。

 守備で一歩目を出す時も、走塁で次の塁を狙う時も、支えるのは足腰だ。

 

「よし。次はスクワットで、足腰を鍛えていきましょう!」

 

 選手たちは、グラウンドの端に並ぶ。

 

 腰をしっかり下ろす。

 膝を曲げる。

 背中を丸めすぎない。

 一回一回、丁寧に繰り返す。

 

「いーち!」

 

 はあちゃまの声が響く。

 

「また声出し練習も兼ねてる?」

「はい!」

「迷いがない!」

 

 ミオしゃは、スタミナ強化中ということもあり、真剣な表情で回数を重ねている。

 

「足腰、大事ですよね」

「夏に長く投げるためにも必要です!」

 

 おかゆんは、少し眠そうな顔をしながらも、フォームは崩さない。

 

「おかゆん、膝大丈夫?」

「うん。ゆっくりやれば、いける」

 

 ぼたんは、安定していた。

 

「ぼたんちゃん、スクワットも得意そう」

「得意というか、こういうのは姿勢ですね」

 

 こよローは、足腰を鍛えれば走塁にも打撃にも繋がると聞いて、やる気が増していた。

 

「こよ、もっと速く走れるようになります!」

「今日は速くやる練習じゃなくて、丁寧にやる練習です!」

「はい、丁寧に速く――」

「速くは一回置いておこう!」

 

 メルメルは、きつそうにしながらも、隣のこよローに合わせようとしていた。

 

「メルメル、自分のペースでいいよ」

「はい……でも、置いていかれたくないので!」

 

 地味で、きつい。

 

 けれど、足腰を鍛えることは、夏へ向けて必ず力になる。

 

 何人かのスタミナが、少し上がった気がした。

 

 

 練習後。

 

 こより監督は、スケジュール帳の上に緑色の印が重なっていることに気づいた。

 

 赤いマスとは違う。

 

 どこか、少しだけ安心できる色だった。

 

「杉谷さん、この緑色のマスは?」

 

 杉谷は、穏やかに答える。

 

「今日は、少し良い流れみたいですね。選手たちを休ませるには、ちょうどいいかもしれません」

「休ませる……」

 

 こより監督は、選手たちを見る。

 

 ここ最近、練習が続いていた。

 西川の肩のこともある。

 1年生たちも、慣れてきたとはいえ疲れがないわけではない。

 

 練習を詰め込むだけが、監督の仕事ではない。

 

 休ませること。

 疲れを取ること。

 明日また動ける状態にしておくこと。

 

 それも、チームを強くするために必要な判断だった。

 

 こより監督は、少し考えてから頷いた。

 

「今日はここまでにしましょう。しっかり休んで、また明日から頑張りましょう!」

 

 選手たちは、少し驚いたように顔を上げた。

 

「もう終わりですか?」

「はい。休むのも大事です」

 

 その言葉に、何人かの表情がぱっと明るくなる。

 

「やった……じゃなくて、しっかり休みます!」

 

 はあちゃまが慌てて言い直す。

 

「今、ちょっと本音出たね」

 

 おかゆんがゆるく笑う。

 

「休みも練習のうちってことだよね」

 

 ミオしゃは、真面目に頷く。

 

「明日のために、ちゃんと休みます」

 

 ぼたんは、軽く肩を回した。

 

「まあ、たまにはこういう日も必要ですね」

 

 こよローは少し物足りなさそうだったが、すぐに頷いた。

 

「こよ、休む時も全力で休みます!」

「それはそれでいいことです!」

 

 メルメルも、ほっとしたように笑っていた。

 

 何人かの疲れが取れた気がした。

 

緑マスだ

休ませる判断いいね

赤マスの後だし大事

休養も育成

こよ監督、学んでる

 

 コメント欄も、少し安心したような空気だった。

 

 赤いマスには、悪いことが起きるかもしれない。

 

 けれど、緑色のマスでは、少し良いことが起きるかもしれない。

 

 スケジュール帳の色ひとつにも、意味がある。

 

 こより監督は、それを少しずつ覚えていく。

 

 

5月21日(日)晴れ。

 

 ホロライブ高校野球部は、またひとつ学んだ。

 

 練習を詰め込むだけが、監督の仕事ではない。

 予定を見直すこと。

 赤いマスを警戒すること。

 緑色のマスで休ませること。

 選手の状態を見ること。

 

 それもまた、チームを強くするために必要な判断だった。

 

 こよローの校内での行動は、野球部への信頼を少し上げた。

 1年生たちは、基礎練習の中で野球部員らしくなってきた。

 西川は無理をせず、少しずつ状態を戻している。

 

 大きな試合はない。

 劇的な勝利もない。

 

 それでも、信頼は積み重なっていく。

 

 監督が選手を見て、選手が監督の言葉を聞く。

 チームが学校の中で少し認められ、練習と休養の意味を覚えていく。

 

 こより監督は、スケジュール帳を閉じた。

 

 次は、5月23日(火)晴れ。

 

 夏へ向けた日々は、まだ続いていく。

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