こより監督とホロメンたちの栄冠ナイン 2022年、ホロライブ高校始動 作:きのこ大三元
6月1日(木)晴れ。
月が変わった。
ホロライブ高校の校舎にも、グラウンドにも、少しずつ夏の気配が混じり始めている。朝の空気はまだ涼しい。けれど、日差しの強さは5月とは少し違っていた。
こより監督は、朝から部室で練習予定表を広げていた。
月初め。
選手一人ひとりの練習指示を見直す日だった。
「ミオしゃは、スタミナ。おかゆんは、球速。はあちゃまは、守備力。ぼたんは、パワー。こよローも、パワー。稲葉さんは、走力。メルメルは、捕球……」
5月に決めた方針は、今も大きく変わっていない。
投手として長く投げるミオ。真っ直ぐの力をつけたいおかゆ。捕手として守備を固めるはあちゃま。打球の強さを求めるぼたんとこよロー。外野手としての幅を広げる稲葉さん。そして、まず確実に捕ることから信頼を積み上げるメルメル。
どれも、すぐに結果が出るものではない。
けれど、それぞれの役割は少しずつ見えてきている。
「とりあえず、今月もこのまま継続でいきましょう」
こより監督は、予定表に小さく丸をつけた。
『6月も、個別指示は継続! みんな、それぞれの方向で伸ばしていきます!』
6月突入
個別指示継続
ミオしゃスタミナ大事
メルメル捕球も育てたい
こよローとぼたんのパワー楽しみ
コメント欄が流れる。
6月。
夏の大会まで、少しずつ時間は近づいている。
この日から3日間、ホロライブ高校野球部はミートバッティングを中心に練習していくことになった。
強く振るだけではなく、ボールを見て、タイミングを合わせ、バットの芯で捉える。派手な長打を狙う練習ではない。けれど、確実に打ち返す感覚は、試合の一打へ繋がっていく。
カキーン。
グラウンドに、心地よい打球音が響いた。
「いい音しましたね!」
こより監督が声を上げる。
打球は外野の手前へ伸びていった。ホームランではない。けれど、芯で捉えた打球だった。
大神ミオは、投手ながらも真面目にバットを振っていた。
「ミオしゃ、打撃も丁寧ですね」
「投げるだけじゃなくて、打つ方でもチームに貢献したいですから!」
猫又おかゆは、力を抜いた自然なスイングで球に合わせる。
「おかゆん、無理に振らないね」
「うん。力むと当たらなそうだから」
軽く振っているように見えるのに、バットにはちゃんと当たる。
赤井はあと――はあちゃまは、声もスイングも大きかった。
「いきます!」
勢いよく振り抜く。
「はあちゃま、強く振るのもいいけど、芯で当てる意識も!」
「はい! 芯で、強く!」
「最終的に強い!」
周りから小さく笑いが起きた。
獅白ぼたんは、落ち着いて芯を探っている。ボールを見て、タイミングを合わせ、余計な力を抜いて振る。パワーを伸ばしているからこそ、まずは当てる感覚を崩さない。
「ぼたんちゃん、打球が安定してますね」
「強く振る前に、ちゃんと当てないとですね」
こよローは前のめりだった。
「次、お願いします!」
「こよロー、どんどん打つね!」
「ミートもパワーも、全部伸ばしたいです!」
打球音が、また響く。
そして、夜空メル。
メルメルは、広角打法を覚えた時の感覚を思い出すように、丁寧にバットを出していた。引っ張りすぎない。体を開きすぎない。ボールを最後まで見る。
「メルメル、今のよかったです!」
「ありがとうございます! あの時の感じ、忘れないようにしたくて」
その声には、少しだけ自信が混じっていた。
ミート練習いいね
メルメル広角意識してる
こよロー前のめり
ぼたん安定
はあちゃま元気
ミート力が鍛えられた気がした。
6月3日(土)雨。
この日は、朝から雨が降っていた。
屋根を叩く雨音。濡れたグラウンド。少し湿った空気。晴れの日のように、思い切り外で打つことは難しい。
けれど、この日のホロライブ高校野球部には、少しだけ特別な空気があった。
夜空メルの誕生日だった。
16歳。
野球部に入ってから、まだ2か月も経っていない。けれど、メルメルは少しずつチームに馴染んできていた。
最初は、同じ外野手のこよローと比べれば目立ちにくかった。能力も高いとは言えず、練習でも必死についていく場面が多かった。
それでも、特訓で広角打法を覚えた。
あの日の一本は、こより監督の中でも、メルを見る目を少し変えた。
ただの低能力枠ではない。
きっかけがあれば伸びる選手。応援したくなる選手。自分の中にある小さな可能性を、少しずつ掴もうとしている選手。
「メルメル、お誕生日おめでとうございます!」
こより監督が声をかけると、メルはぱっと笑った。
「ありがとうございます!」
1年生たちも、それぞれ声をかける。
「おめでとう、メルメル!」
「おめでとー」
「今日はいっぱい打ちましょう!」
「いい日になるといいですね」
「メルメル、おめでとうございます!」
ミオ、おかゆ、はあちゃま、ぼたん、こよロー。
みんなに祝われて、メルは少し照れたように笑った。
「今日は、いっぱい打てる気がします!」
「いいですね、その気持ち!」
誕生日だからなのか。みんなに祝われたのが嬉しかったのか。
この日のメルメルは、いつもより少し張り切っていた。
メルメル誕生日おめでとう
16歳!
今日は打てる気がする
広角打法持ちの誕生日
がんばれメルメル
雨の日の空気が、少しだけ明るくなった。
練習の合間。
杉谷が、こより監督の様子を見て声をかけた。
「監督、お疲れのようですから、肩でも揉みましょうか」
冗談めかしたような、けれど妙に自然な調子だった。
「肩……」
こより監督は、少しだけ迷った。
連日の練習、スケジュール確認、選手の育成方針、赤いマスや緑色のマス、天気、グラウンド整備、そして夏へ向けた準備。考えることが増えた分、たしかに肩は重い気がした。
「じゃあ……お言葉に甘えて」
こより監督がそう言うと、杉谷はにこりと笑って後ろに回った。
もみもみ。
肩に、ちょうどいい力が入る。
「あ、これは……効きますね……」
こより監督は、思わず気を抜いた。練習中の緊張も、予定表を見続けていた疲れも、少しだけ溶けるような気がした。
その時だった。
視線。
「……えっ?」
こより監督が顔を上げる。
何人かの選手が、じっとこちらを見ていた。
はあちゃまは目を輝かせている。ミオしゃは妙に真面目な顔をしている。おかゆんは、いつもの柔らかい表情のまま少し首を傾げている。
こよローは、なぜかやる気に満ちた顔をしていた。
メルメルも、誕生日の勢いのまま、きゅっとバットを握り直す。ぼたんは、少しだけ面白そうにその様子を見ていた。
「……み、みんな?」
監督が少し肩の力を抜いたのを見て、選手たちの表情もどこか明るくなったのかもしれない。張り詰めていた空気がゆるみ、そのぶん次の一本へ向かう声が少し大きくなる。
理由はよく分からない。
けれど、何人かの選手の闘志が少し上がったようだった。
「……みんなも、無理せず頑張りましょうね?」
「はい!」
返事だけは、妙に元気だった。
肩揉みイベントw
杉谷さん有能
選手たち見てるw
なぜか闘志上がった
監督も休んでいいんだぞ
こより監督は、少しだけ気まずそうに笑った。
6月4日(日)雨。
雨は続いていた。
強い雨ではないが、グラウンドを思い切り使うには向いていない。ホロライブ高校野球部は、屋内や雨を避けられる場所を使いながら、ミートバッティングを続けた。
フォーム確認。軽い打撃練習。タイミングの調整。バットの芯で捉える練習。
晴れの日のように外野へ大きく飛ばすことはできない。それでも、できる範囲で練習は続いていく。
「雨の日でも、打撃練習はできますね」
杉谷がメモを取りながら言う。
「ただ、グラウンドを全部使えない分、確認中心になりますね」
こより監督は頷いた。
強く振るだけではなく、確認する日。自分のフォームを見る日。ボールの見方を整える日。
雨の日には、雨の日の練習がある。
この日は短いチームミーティングも挟んだ。
夏の大会まで、何を積み重ねるのか。
投手陣は、無理をせずに投げる力をつける。野手陣は、まず確実に捕り、打席では自分の役割を考える。
こより監督は、選手たちを見渡して言った。
「まだ試合経験は少ないです。でも、練習してきたことは必ずどこかで必要になります。今できることを、ひとつずつ増やしていきましょう」
選手たちは、静かに頷いた。
雨音の中でのミーティングは、派手ではない。
けれど、6月に入ったチームには、こういう確認の時間も必要だった。
ミート力が、また少し鍛えられた気がした。
6月5日(月)曇り。
雨は上がっていた。
空には雲が残っているが、グラウンドは少しずつ乾き始めている。
練習前。
こより監督が予定表を確認していると、杉谷がいつものようにメモを持ってやってきた。
「監督、今度の練習試合についてなんですけど」
「……練習試合?」
こより監督の動きが止まった。
「はい」
「聞いてないです!」
思わず声が裏返る。
コメント欄も、すぐに反応した。
練習試合!?
聞いてないw
急に試合くるじゃん
初試合?
こよ監督パニック
杉谷は、少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。実は、私が勝手に組んだんです」
「勝手に!?」
「でも、監督に試合の指示へ慣れてもらうためでもあります」
練習だけでは分からないことがある。
試合でしか見えない選手の動きがある。
打席に立った時の反応。走者がいる場面での判断。守備での一歩目。投手がピンチでどう投げるか。ベンチからどう声を出すか。
そして、こより監督自身もまた、試合の中で指示を出す経験を積まなければならない。
杉谷は、一冊のメモを差し出した。
「試合でも、もちろん監督の指示が大事になります。このメモを確認してください!」
「こ、これを今から……?」
「はい!」
こより監督は、両手でメモを受け取った。
そこには、試合中の指示についてびっしりと書かれていた。
打撃指示。
走塁指示。
守備指示。
投球指示。
さらに、それぞれの指示には数字がある。
「数字が大きいほど、効果が高いように見えます。ただし、いつでも強い指示が出せるわけではありません」
杉谷が説明する。
「そこには、選手の集中力や、場面の状況が関わってきます」
「集中力……状況……」
「つまり、数字はその時にどれだけ良い指示を出せるか、みたいなものです」
こより監督は、必死にメモを追った。
ミート重視。強振。転がせ。引っ張り。流し打ち。送りバント。盗塁。エンドラン。投球の組み立て。守備位置。
知らないことが、一気に押し寄せてくる。
「さらに、信頼値も大切らしいです」
「信頼値!?」
「はい。選手が監督をどれだけ信頼しているか。監督がその選手をどれだけ見てきたか。積み重ねた練習や声かけが、試合中の反応にも繋がっていくみたいです」
指示。
数字。
集中力。
信頼値。
場面ごとの判断。
相手投手。
走者。
アウトカウント。
情報量が多い。
「頭がパンクしそうです……!」
こより監督が、メモを抱えながら言う。
試合チュートリアルきた
情報量多いw
数字大事
信頼値あるの熱い
監督も勉強だ
コメント欄は楽しそうだが、こより監督にとっては笑いごとではない。
こより監督は、メモを両手で持ったまま、グラウンドを見た。
選手たちは、いつものように練習している。
ミオしゃが投げる。
おかゆんがフォームを確かめる。
はあちゃまが声を出す。
ぼたんが三塁で落ち着いて動く。
こよローが外野で軽快にボールを追う。
メルメルが、捕球の練習を繰り返す。
稲葉さんが、外野で返球の動きを確認する。
上級生たちも、それぞれの場所で汗を流している。
その選手たちを、もうすぐ試合に出すことになる。
打順を考える。
守備位置を考える。
投手を誰にするか考える。
どの場面で、どんな指示を出すか考える。
練習とは違う。
試合には、勝ち負けがある。
たとえ練習試合でも、グラウンドに立つ選手たちにとっては本番に近い時間になる。
こより監督の胸に、少しだけ緊張が生まれた。
それでも、逃げるわけにはいかない。
「……勉強します」
こより監督は、杉谷のメモをもう一度開いた。
分からないことだらけでも、覚えるしかない。
監督として、選手たちを試合へ送り出すために。
『練習試合、聞いてないですけど……やるしかない!』
やるしかない
初めての試合指示
こよ監督がんばれ
選手たちを信じよう
次回、練習試合!
次に迎えるのは、6月7日(水)晴れ。
ホロライブ高校野球部、初めての練習試合が近づいていた。