こより監督とホロメンたちの栄冠ナイン 2022年、ホロライブ高校始動   作:きのこ大三元

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ゆっくりペースですが、更新していきます。


第15話 初めての練習試合

6月7日(水)晴れ。

 

 初めての練習試合は、6月10日に決まった。

 

 相手は、知多工業。

 

 ホロライブ高校にとって、こより監督就任後、初めての対外試合だった。

 

 これまで、練習は重ねてきた。

 素振り、指立て伏せ、遠投、守備連携、ミートバッティング、ペッパー、投げ込み。

 

 グラウンドの整備もした。

 雨の日の練習も経験した。

 赤いマスで怪我の怖さも知った。

 緑色のマスで、休ませる判断も覚えた。

 

 けれど、試合はまだだった。

 

『練習試合が決まりました。相手は知多工業です!』

 

ついに試合だ

初めての対外試合

知多工業か

練習試合でも緊張する

こよ監督、初采配だ

 

 コメント欄も、いつもの練習回とは少し違う反応を見せている。

 

 本来なら、この日から5日間、変化球の投げ込みを中心に行う予定だった。

 

 変化球は、投手にとって大事な武器だ。

 真っ直ぐだけでは、相手打者に狙われる。

 曲がる球、落ちる球、タイミングを外す球。

 それらがあるだけで、投球の幅は変わってくる。

 

 けれど、試合が近い。

 

 こより監督は、予定を少し早めに切り上げることにした。

 

「試合前ですから、追い込みすぎないようにしましょう」

 

 そう言う声には、以前より少し慎重さがあった。

 

 西川が肩を痛めた日。

 赤いマスの前で立ち止まった日。

 あの経験は、まだこより監督の中に残っている。

 

 強くすること。

 無理をさせないこと。

 

 その両方を考えなければならない。

 

 投手陣には、変化球の感覚を確認させる。

 野手陣には、軽い打撃と守備練習を続けさせる。

 走塁の確認も入れる。

 

 練習は、いつもより少し短め。

 それでも、中身は薄くしない。

 

「ミオしゃ、変化球は力まないで。腕の振りは同じように」

「はい!」

 

 大神ミオは、真面目な顔でボールを握る。

 投手として出番があるかもしれない。

 そう思っているのか、いつも以上に表情が引き締まっていた。

 

「おかゆん、感覚どうですか?」

「うーん。悪くはない、かな」

 

 猫又おかゆは、表面上はいつも通りゆるい。

 けれど、ボールを握る指先には、少しだけ力が入っていた。

 

 赤井はあと――はあちゃまは、捕手として投手陣の球を受けている。

 

「ナイスボールです! もう一球いきましょう!」

 

 声は大きい。

 ただ、その声はいつもより少しだけ大きすぎる気もした。

 

 緊張しているのかもしれない。

 

 獅白ぼたんは、落ち着いて見えた。

 いつも通り、余計な動きが少ない。

 

 けれど、打席に立つ前の素振りは少し鋭かった。

 

「ぼたんちゃん、気合い入ってます?」

「まあ、試合前ですから」

 

 さらりと言う。

 その声は落ち着いているのに、バットの音だけは少し強い。

 

 こよローは、前のめりだった。

 

「試合、楽しみです!」

「こよロー、楽しみなのはいいけど、力みすぎないでね」

「はい! 落ち着いて、いっぱい打ちます!」

「いっぱい打つ前提なんですね!?」

 

 明るく、勢いがある。

 緊張よりも、試合への期待が勝っているようだった。

 

 夜空メルは、バットを握ったまま深呼吸をしていた。

 

 広角打法を覚えてから、少し自信はついた。

 それでも、初めての試合となれば緊張しないわけがない。

 

「メルメル、大丈夫ですか?」

「はい……! 大丈夫です。ちょっとだけ、どきどきしてます」

「それは普通です。初めての試合ですから」

 

 こより監督は、そう言って頷いた。

 

 練習では見えないものが、試合では見える。

 

 この子たちが、試合の中でどう動くのか。

 どんな顔で打席に立つのか。

 どんな声を出すのか。

 どんな失敗をして、どんな成功を掴むのか。

 

 それを、監督として見なければならない。

 

試合前っぽくなってきた

1年生みんな緊張してる

こよローだけ楽しそう

メルメル頑張れ

おかゆん先発ある?

 

 グラウンドの空気は、少しずつ変わっていった。

 

 いつもの練習と大きく違うわけではない。

 

 それでも、初めての練習試合が、着々と近づいていた。

 

 

6月10日(土)晴れ。

 

 練習試合の日が来た。

 

 会場は、ホロライブ高校のグラウンド。

 

 朝から、いつものグラウンドが少し違って見えた。

 

 白線が引かれている。

 ベースが置かれている。

 ベンチには、ヘルメット、バット、キャッチャー防具、飲み物、タオルが並べられている。

 

 杉谷は、スコアブックを準備していた。

 内匠も、マネージャー見習いとして道具の確認を手伝っている。

 

「ボール、確認しました」

「予備のバットも大丈夫です」

「スコアブック、準備できています」

 

 そのひとつひとつが、試合前の空気を作っていく。

 

 やがて、相手校の選手たちが到着した。

 

 知多工業。

 

 三塁側が知多工業。

 一塁側がホロライブ高校。

 

 相手の選手たちは、きびきびと動いていた。

 荷物を置き、アップを始め、キャッチボールをする。

 

 同じ高校生。

 同じ野球部。

 

 けれど、相手がいるだけで、いつものグラウンドはまったく違う場所に見えた。

 

『相手チーム、来ました……!』

 

知多工業きた

いよいよ試合

相手いると雰囲気違う

練習試合でも緊張する

ホロライブ高校がんばれ

 

 チームレベルとしては、同じくらいだろうか。

 

 こより監督は、相手選手たちを見ながら、少しだけ息を呑んだ。

 

 いよいよ、試合が始まる。

 

 

 試合前。

 

 杉谷が、こより監督の隣に立った。

 

「監督、今日は注目選手を選べるみたいです」

「注目選手……?」

 

 こより監督は、聞き慣れない言葉に瞬きをする。

 

「はい。試合中、監督からの指示が多くなる選手です。つまり、その試合で特に目をかける選手、という感じですね」

 

 注目選手。

 

 試合中、指示の機会が増える選手。

 その分、監督が何を見て、何を任せるかが重要になる。

 

 こより監督の頭に、3人の候補が浮かんだ。

 

 2年生の和田。

 1年生のこよロー。

 そして、1年生の夜空メル。

 

 和田は、もともと起用予定に入っていた選手だ。

 上級生として、試合の中でどう動くかを見てみたい気持ちがある。

 

 こよローは、1年生ながら別格の才能を持つ外野手。

 新入生時点で総合評価☆453。転生イチロー由来の選手として、走攻守すべてに期待できる。

 打撃も、走塁も、守備も、試合で見せ場を作れる可能性が高い。

 

 そして、夜空メル。

 

 まだ能力は未熟だ。

 外野手としても、打者としても、こよローほど目立つわけではない。

 

 けれど、あの日。

 

 特訓で、広角打法を覚えた。

 

 失敗しても、もう一回とバットを握った。

 逆方向へ、力の乗った打球を飛ばした。

 

 あれが偶然なのか。

 それとも、何かの始まりなのか。

 

 試合で、見てみたい。

 

「……メルメルにします」

 

 こより監督が言うと、杉谷は少し驚いたように目を開いた。

 

「夜空さんですか?」

「はい」

 

 こより監督は頷く。

 

「まだまだ力は未熟です。でも、何かを感じさせる才能があるんです」

 

 強い選手に託すなら、こよロー。

 経験や上級生を重視するなら、和田。

 

 けれど、今この試合で見てみたいのは、夜空メルだった。

 

「メルメルを、注目選手にします」

 

メルメル!?

注目選手メルか

こよローじゃないんだ

広角打法見たい

これは成長枠

 

 コメント欄も少しざわつく。

 

 こより監督は、そのざわつきを見ながらも、考えを変えなかった。

 

 強い選手だけが、未来を作るわけではない。

 

 まだ未熟な選手が、試合で何かを見せることもある。

 

 その可能性を、見てみたかった。

 

 

 試合前、選手たちがベンチ前に集合した。

 

 こより監督は、オーダーを書いた紙を手にしている。

 

 緊張していた。

 

 ただ練習メニューを読むのとは違う。

 ここに書かれている名前は、今日の試合に出る選手たちだ。

 打順があり、守備位置があり、役割がある。

 

 これが、こより監督にとって初めての実戦オーダーだった。

 

「それでは、今日のスタメンを発表します」

 

 選手たちが姿勢を正す。

 

 空気が、少し引き締まった。

 

「1番、2年、脇田さん。セカンド」

 

「はい!」

 

 脇田が、短く返事をする。

 

「2番、1年、獅白ぼたんさん。サード」

 

「はい」

 

 ぼたんは、落ち着いた声で返事をした。

 少し調子が良さそうに見える。

 

「3番、2年、稲葉さん。ライト」

 

「はい!」

 

 稲葉さんの返事には、静かな力があった。

 こよローに刺激を受け続けてきた上級生外野手。

 その意地を、試合で見せる機会が来る。

 

「4番、1年、こよロー。レフト」

 

「はい! こよロー、打ちます!」

 

 明るい返事。

 

 4番。

 1年生。

 外野手。

 

 その並びだけでも、期待の大きさが分かる。

 

「5番、2年、西田さん。ショート」

 

「はい!」

 

「6番、1年、赤井はあとさん。キャッチャー」

 

「はい! 任せてください!」

 

 はあちゃまの声が、ベンチ前に響いた。

 おかゆの球を受ける捕手として、この試合で重要な役割を担う。

 

「7番、3年、大迫さん。ファースト」

 

「はい」

 

 本来なら、2年生の和田を入れる予定だった。

 

 けれど、和田は少し調子が悪い。

 試合前の動きも、万全とは言いづらかった。

 

 そこで急遽、3年生の大迫を助っ人として起用することになった。

 

「お願いします」

 

 こより監督が頭を下げると、大迫は静かに頷いた。

 

「8番、1年、夜空メルさん。センター」

 

 メルメルは、少し驚いたように目を開いた。

 

 注目選手に選ばれた。

 その上、スタメン。

 

 緊張しないわけがない。

 

 それでも、今日のメルは調子が良さそうだった。

 

「は、はい! 頑張ります!」

 

 声は少し揺れていた。

 けれど、逃げる声ではなかった。

 

「9番、1年、猫又おかゆさん。ピッチャー」

 

「はーい。投げてみるね」

 

 おかゆんは、いつものようにゆるく返事をした。

 

 だが、これから向かうのは試合のマウンドだ。

 練習の投げ込みとは違う。

 相手打者がいて、審判がいて、点が入る。

 

 こより監督は、全員を見渡した。

 

 初めての練習試合。

 初めてのオーダー。

 初めての指示。

 

 まだ完璧ではない。

 

 けれど、ここから始めるしかない。

 

スタメン発表きた

こよロー4番!

おかゆん先発

メルメル注目選手でセンター

はあちゃま捕手頼む

ぼたん2番サードいいね

 

 コメント欄も、オーダーを追いながら盛り上がっている。

 

 杉谷は、こより監督の読み上げに合わせて、スコアブックへオーダーを書き込んでいった。

 

 1番、脇田。

 2番、獅白ぼたん。

 3番、稲葉。

 4番、こよロー。

 5番、西田。

 6番、赤井はあと。

 7番、大迫。

 8番、夜空メル。

 9番、猫又おかゆ。

 

 内匠も横で確認しながら、必要な道具を整えている。

 

「キャッチャー防具、確認しました」

「ヘルメットも並べています」

「ベンチ裏の飲み物も大丈夫です」

 

 試合が始まる前から、マネージャーの仕事は多い。

 

 やがて、相手校とのオーダー表交換が行われた。

 

 紙一枚。

 

 けれど、その紙には今日の試合を戦う選手たちの名前が並んでいる。

 

 こより監督は、その重さを少しだけ感じていた。

 

 ただ名前を書くのではない。

 その選手を、そこに置く。

 その打順で、試合に送り出す。

 

 監督の判断が、紙の上に並んでいる。

 

 

 審判の集合の合図がかかった。

 

 両校の選手たちがベンチを出る。

 

 三塁側、知多工業。

 一塁側、ホロライブ高校。

 

 全員が一列に整列する。

 

 コイントスの結果、ホロライブ高校は後攻になった。

 

 守るところから始まる。

 

 猫又おかゆが、マウンドへ向かうことになる。

 

「おかゆん、いきましょう」

 

「うん。いってくるね」

 

 おかゆは、そう言ってグラブを軽く握った。

 

 いつものゆるい声。

 

 けれど、その背中が向かう先は、練習のブルペンではない。

 

 試合のマウンドだ。

 

 こより監督は、ベンチからその背中を見る。

 

 練習では何度も投げてきた。

 フォームも確認した。

 投げ込みもした。

 捕手のはあちゃまも、何度も球を受けてきた。

 

 けれど、試合は違う。

 

 相手がいる。

 審判がいる。

 スコアがある。

 勝敗がある。

 

 練習試合とはいえ、グラウンドに立つ選手にとっては本物の試合だった。

 

 選手たちは、相手校へ向き直る。

 

「お願いします!」

 

 全身で頭を下げる。

 

 次に、審判へ。

 

「お願いします!」

 

 声が、グラウンドに響いた。

 

 こより監督も、ベンチ前で頭を下げる。

 

 初めての練習試合。

 初めての実戦。

 初めての後攻。

 

 知多工業との試合が、いよいよ始まる。

 

『お願いします! ホロライブ高校、初めての練習試合です!』

 

ついに始まる

おかゆん先発がんばれ

はあちゃま頼む

メルメル注目選手

こよ監督、初采配だ

 

 白球が、マウンドへ渡される。

 

 猫又おかゆが、ゆっくりとボールを受け取った。

 

 ホロライブ高校の初めての試合は、猫又おかゆの一球から始まろうとしていた。

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