こより監督とホロメンたちの栄冠ナイン 2022年、ホロライブ高校始動 作:きのこ大三元
中々大変です…
6月10日(土)晴れ。
白球が、猫又おかゆの手に収まった。
ホロライブ高校、初めての練習試合。相手は、知多工業。ホロライブ高校は後攻で、先発マウンドに立つのは1年生投手の猫又おかゆ。その球を受けるのは、同じく1年生捕手の赤井はあとだった。
こより監督は、ベンチからグラウンドを見つめている。練習では何度も見てきた光景だ。おかゆんが投げる。はあちゃまが受ける。内野が構え、外野が位置につく。けれど、今日は違う。相手打者がいて、審判がいて、スコアボードがあり、勝敗がある。
『いよいよ、初めての練習試合です……!』
ついに始まる
おかゆん先発
はあちゃま頼む
こよ監督初采配
まずは初回大事
コメント欄も、いつもの練習回とは空気が違っていた。試合が始まる。けれど、こより監督は、最初から自由に動けるわけではない。投げるのは、おかゆん。捕るのは、はあちゃま。打球を追うのは、選手たち。監督はベンチから見守る。
見守るしかない時間が、試合にはある。
1回表。
知多工業の攻撃。スコアは0対0。
1番打者が打席に入る。おかゆんが、ゆっくりと振りかぶった。初球。白球が、はあちゃまのミットへ向かう。打者が振る。打球は二塁方向へ転がった。
「セカンド!」
内野の声が飛ぶ。2年生の脇田が前に出て、落ち着いて捕球。一塁へ送球する。アウト。1アウト走者なし。
「まずひとつです!」
はあちゃまが、マウンドへ声をかけた。続く2番打者はショート方向へのゴロ。西田が捕り、一塁へ投げる。アウト。2アウト走者なし。
『おかゆん、いい立ち上がり!』
おかゆん落ち着いてる
打たせて取ってる
守備もいいぞ
あとひとつ
初回いけるか
3番打者。ここで打球がセンター方向へ抜けた。ヒット。2アウト1塁。初めての走者に、こより監督の肩へ少しだけ力が入る。ただのランナーひとり。けれど、試合ではそのひとりから何かが始まることもある。
「大丈夫です! あとひとつです!」
はあちゃまの声が、またマウンドへ飛ぶ。4番打者。相手の中軸。おかゆんは少しだけボールを握り直し、投げた。打球はセンターへ上がる。
夜空メルが後ろを確認しながら落下点へ入り、グラブを構え、白球を収めた。センターフライ。3アウトチェンジ。
「よし……!」
こより監督は、小さく息を吐いた。初回無失点。猫又おかゆの、初めての試合の立ち上がりは、静かに始まった。
1回裏。
ホロライブ高校の攻撃。スコアは0対0。
先頭打者は、1番、脇田。脇田の打球はレフト方向へ上がった。レフトフライ。そう思った瞬間、相手レフトのグラブから白球がこぼれた。
「落とした!」
ベンチから声が上がる。脇田はすぐに走り、一塁へ。セーフ。ノーアウト1塁。
相手ポロリ
チャンスきた?
先頭出た!
ここからだ
初得点ある?
いきなり走者が出た。けれど、ここでこより監督が細かく指示を出せるわけではない。打席に立つのは、2番、獅白ぼたん。こより監督はベンチから見つめる。できることは、ほとんどない。
ぼたんが打つ。打球はピッチャー前へ転がった。ピッチャーゴロ。1アウト。続く3番、稲葉の打球はセンターへ上がる。センターフライ。2アウト。
そして、4番。
こよロー。
「こよロー、お願いします……!」
こより監督は、思わず声をかけた。1年生ながら4番。転生イチロー由来の、別格の外野手。期待は大きい。こよローがバットを振る。打球はセンター方向へ上がった。
センターが落下点へ入り、捕球。センターフライ。3アウトチェンジ。
先頭打者は出た。けれど、得点には繋がらなかった。期待される選手でも、最初から全部うまくはいかない。こより監督は、それを初めて、試合の中で見た。
2回表。
知多工業の攻撃。スコアは0対0。
5番打者から始まる。打球はファースト方向へ。ファーストゴロ。1アウト。6番打者はセンター方向へのヒット。1アウト1塁。
7番打者の打球は、センター方向への低いライナーだった。夜空メルが一歩前に出る。反応は遅れていない。グラブを差し出し、白球を収めた。
「メルメル!」
こより監督が声を上げる。飛び出していた1塁走者が戻れない。メルはすぐに送球する。中継を経て、一塁へ。アウト。ダブルプレー。3アウトチェンジ。
「メルメル、ナイスです!」
こより監督の声が弾んだ。注目選手に選んだ夜空メル。その最初の見せ場は、打撃ではなく守備で訪れた。
メルメルナイス!
センターライナー捕った
ダブルプレー!
注目選手きた
守備で魅せた
メルメルは、少し驚いたようにグラブを見ていた。それから、ベンチの方へ小さく笑った。
2回裏。
ホロライブ高校の攻撃。スコアは0対0。
5番、西田から。ショートゴロ。1アウト。
6番、赤井はあと。
「はあちゃま、いきます!」
勢いよく打席に入る。投じられた球を振り抜いた。打球はセンター方向へ抜けていく。ヒット。1アウト1塁。
「はあちゃま、ナイスヒット!」
こより監督が声を上げる。
はあちゃまナイス!
初ヒットきた?
ここから繋ぎたい
捕手も打てる
流れこい
しかし、流れは簡単には続かない。7番、大迫。打球はセカンド方向へ転がった。二塁へ送球。一塁へ転送。ダブルプレー。3アウトチェンジ。
はあちゃまのヒットで生まれたチャンスは、一瞬で消えた。こより監督はベンチで手を握る。試合は、思ったよりも流れが速い。少しチャンスが来たと思ったら、すぐに終わってしまう。
3回表。
知多工業の攻撃。スコアは0対0。
8番打者の打球は三塁方向へ鋭く飛んだ。ぼたんが反応する。サードライナー。1アウト。
9番打者はレフト方向への打球。ヒット。1アウト1塁。1番打者も再びレフト方向へ。ヒット。1アウト1、2塁。ベンチの空気が少し固くなる。
2番打者。打球はセンター方向へ抜けた。ヒット。1アウト満塁。
『満塁……!?』
まずい
満塁だ
おかゆん踏ん張れ
はあちゃま頼む
ここで失点したくない
この試合、初めての大きなピンチだった。1アウト満塁。スコアは0対0。外野フライでも、内野ゴロでも、点が入る可能性がある。こより監督は、ベンチから立ち上がりそうになる。けれど、ここで自由にマウンドへ行けるわけではない。自由に試合を止められるわけでもない。
見守るしかない。
そのことが、こんなにも重い。
「おかゆん!」
はあちゃまが、ミットを叩いた。
「大丈夫です! ひとつずついきましょう!」
おかゆんは、静かに頷いた。
「うん。ひとつずつ」
3番打者。おかゆんが投げる。打球は内野の上へ上がった。サードフライ。ぼたんが落下点へ入り、しっかり捕る。2アウト満塁。まだ、ピンチは終わらない。
4番打者。ここで打たれれば、一気に試合が動く。こより監督は息を止めるように見つめた。おかゆんが、ゆっくりと投げる。打者のバットが空を切った。ストライク。もう一球。ファール。追い込む。
はあちゃまが、ミットを構える。
「ここです!」
3球目。おかゆんの球が、ミットへ向かう。打者が振った。空振り。三振。3アウトチェンジ。
三振きたあああ
無失点!
おかゆん踏ん張った
はあちゃまナイスリード
満塁しのいだ!
こより監督は、思わず息を吐いた。
初めての満塁。
初めての大きなピンチ。
それでも、スコアボードにはまだ0が並んでいた。
3回裏。
ホロライブ高校の攻撃。スコアは0対0。
先頭は、8番、夜空メル。注目選手に選んだメルメルに、打席が回ってきた。ノーアウト走者なし。
左打席に入ったメルは、バットを握り直している。緊張しているのが、ベンチからでも分かった。その時だった。こより監督の前に、試合指示の選択肢が並んだ。
おまかせ。
センター返し。
流し打ち。
引っ張り。
転がせ。
待て。
「えっ、ここで……!」
初めて、監督が試合中にサインを出せる場面が来た。こより監督はメモを見下ろす。まだ野球知識は十分ではない。どれが正解か、すぐに分かるわけではない。
ノーアウト走者なし。まずは出塁したい。メルメルは左打ち。広角打法を覚えていることを考えるなら、流し打ちも気になる。転がせで足を使うのか。待てで相手を見るのか。それとも、おまかせにするのか。
けれど、数字が一番高いのは、④のセンター返しだった。こより監督は、息を吸う。
「……センター返しでいきましょう」
サインが出る。メルメルが、小さく頷いたように見えた。
初指示きた
メルメルにサイン
センター返し④
監督っぽい
頼むメルメル
1球目。メルが振る。打球は三塁側へ切れていった。ファール。
2球目。再び、メルはバットを出した。今度はボールに当たる。打球は、ショート方向へのゴロ。メルが走る。一塁へ。ショートが追いつく。捕球。素早く一塁へ送球。
メルの足が、一塁ベースへ迫る。
間に合うか。
ぎりぎり。
アウト。
1アウト走者なし。
「ああっ……!」
こより監督は声を漏らした。結果はアウト。けれど、何もできなかったわけではない。サインを見て、バットに当てた。ゴロを転がし、一塁まで走った。あと少し。あと少しだった。
「今の、悪くなかった……ですよね?」
こより監督が杉谷に尋ねる。杉谷はスコアブックに目を落としながら頷いた。
「はい。結果はアウトですが、しっかり当てています」
その言葉に、こより監督は少しだけ息を吐いた。初めてのサイン。初めての結果は、アウト。けれど、それは失敗だけではなかった。
続く9番、おかゆ。アウト。1番、脇田。アウト。3アウトチェンジ。ホロライブ高校は、この回も得点できなかった。
4回表。
知多工業の攻撃。スコアは0対0。
さきほどの満塁ピンチを切り抜けたおかゆんは、少し落ち着きを取り戻したように見えた。
5番打者。アウト。6番打者。アウト。7番打者。アウト。三者凡退。
「おかゆん、いい流れです!」
はあちゃまの声が響く。
『さっきの満塁から、よく立て直しました!』
三者凡退!
おかゆん落ち着いてる
守備もいいぞ
まだ0対0
次こそ点ほしい
スコアは、まだ動かない。0対0のまま、試合は4回裏へ入る。
4回裏。
ホロライブ高校の攻撃。スコアは0対0。
先頭は、2番、獅白ぼたん。ぼたんの打球はショート方向へ転がった。ショートゴロ。1アウト。
3番、稲葉。稲葉さんが、静かに打席へ入る。こよローに刺激を受け続けてきた、2年生外野手。ここで、打球がライト方向へ転がった。ゴロが抜ける。ヒット。1アウト1塁。
「稲葉さん、ナイスヒット!」
こより監督の声が弾む。続く4番、こよロー。こよローが打席に入ると、ベンチの空気が少し変わる。1年生。4番。外野手。走攻守三拍子の主力候補。
「こよロー、お願いします!」
投じられた球を、こよローが捉えた。打球はセンター方向へ、低く鋭いライナー。ヒット。稲葉が2塁を回る。さらに3塁へ。こよローは一塁へ。1アウト1、3塁。
この試合、ホロライブ高校最大のチャンスだった。
稲葉さんヒット!
こよローきた!
4番の仕事!
1アウト1、3塁!
先制チャンス!
外野手同士が繋いだ。稲葉が出て、こよローが続く。こより監督は、ベンチでメモを握りしめた。
ここで1点が欲しい。
5番、西田。
また、こより監督の前に指示の選択肢が広がる。
強振。
ミート。
おまかせ。
センター返し。
流し打ち。
引っ張り。
転がせ。
送りバント。
犠牲フライ。
「さっきより、できることが多い……!」
1アウト1、3塁。内野ゴロでもいいのか。犠牲フライで3塁走者を返せるのか。送りバントは違うのか。ここは打たせるべきなのか。選択肢が増えた分、迷いも増える。
こより監督は、西田の名前の横に表示されたものに目を止めた。
闘魂。
1試合に一度だけ使える、選手固有の力。闘志が溢れるバッティングができそう。
「……使います」
こより監督は小さく言った。西田の目つきが、少し変わった気がした。打席の中で、気合いが一段上がる。
「西田さん、お願いします……!」
指示は、犠牲フライ。3塁走者を返す。最低限でも、1点を取りにいく。
闘魂きた
固有スキル!
犠牲フライ狙い
ここで1点ほしい
西田頼む
1球目。ストライク。
2球目。西田は振らない。見逃しストライク。追い込まれた。こより監督の喉が詰まる。
3球目。西田が振る。けれど、バットは空を切った。三振。2アウト1、3塁。
「ああ……!」
こより監督は思わず声を漏らした。闘魂を使った。犠牲フライを狙った。1点を取りにいった。それでも、結果は三振。サインを出しても、成功するとは限らない。その当たり前のことが、初めてはっきりと胸に刺さった。
まだチャンスは残っている。
6番、赤井はあと。
2アウト1、3塁。スコアは0対0。
「はあちゃま……!」
こより監督の前に、また選択肢が並ぶ。そして、はあちゃまにも固有の力があった。
熱血。
パワーが上がるようだ。瞳の奥に、炎が燃えて見える。
「使います。はあちゃま、お願いします!」
はあちゃまが、打席でバットを構える。いつも以上に気合いが入っていた。
「任せてください!」
指示は、④の引っ張り。思い切り振り抜いて、強い打球を飛ばす。
熱血きた!
はあちゃま頼む
引っ張り④
ここで打てば先制
打ってくれー!
1球目。空振り。
2球目。低めのボールに、またバットが出る。空振り。追い込まれた。
「打って〜!」
こより監督は、思わず叫んだ。
3球目。正面のボール。はあちゃまのバットが出る。当たった。しかし、芯ではない。ボテボテのゴロが、ピッチャー前へ転がっていく。ピッチャーが前に出る。捕球。一塁へ送球。アウト。
3アウトチェンジ。
得点は、入らなかった。
4回裏終了。
スコアは、0対0。
ホロライブ高校は、初めて大きなチャンスを作った。稲葉が出た。こよローが繋いだ。1アウト1、3塁。
こより監督は、サインを出した。西田に闘魂。はあちゃまに熱血。犠牲フライ。引っ張り。けれど、得点には届かなかった。
初めてのサイン。
初めてのチャンス。
初めての、あと一本が出ない感覚。
試合は、まだ0対0。
『チャンスは作れました。でも……点が、遠いです』
惜しい
無得点かあ
闘魂も熱血も使ったのに
あと一本が遠い
まだ0対0
後半勝負だ
知多工業との練習試合は、静かなまま後半へ入っていく。