こより監督とホロメンたちの栄冠ナイン 2022年、ホロライブ高校始動   作:きのこ大三元

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第2話 ホロライブ高校野球部、始動

 4月10日、月曜日。

 

 放課後。

 

 ホロライブ高校のグラウンドには、春の光が落ちていた。

 砂の上に長く伸びる影。外野の奥に揺れる木々。まだ夏の熱はないが、白球を追う音だけは、もう夏に近い。

 

 カキン、と金属音が響く。

 

 遠くから、選手たちの声が聞こえてくる。走る足音。土を蹴る音。ボールがグラブへ収まる音。

 こより監督は、書類を片手にグラウンドへ向かっていた。

 

 校長室での挨拶も、校内案内も終わった。名簿も受け取った。必要な書類も、部室の場所も、用具置き場も確認した。

 けれど、それだけでは監督になったとは言えない。

 

 今日から、本当に野球部の監督になる。

 

『いよいよグラウンドだ……!』

 

 配信の向こうで、こより監督の声が少し弾む。

 

初練習!

監督デビュー

選手いる?

ドキドキする

ここから栄冠始まる

 

 グラウンドでは、すでに野球部員たちが練習していた。

 まだ誰が誰なのかは分からない。けれど、白いユニフォーム姿の生徒たちが、打って、投げて、走っている。

 

 その横で、赤い服を着た茶髪の女性が、選手たちへ声をかけていた。

 スコアブックらしきものを抱え、練習の様子を見ながら、時折メモを取っている。

 

 マネージャーだろうか。

 

 こより監督がグラウンドへ一歩踏み入れる。

 すると、その女性がこちらに気づいた。

 

「そこの方!」

「は、はい!?」

「すみません、部外者の方はグラウンド立ち入り禁止です!」

 

 かなりはっきり言われた。

 コメント欄が一斉に跳ねる。

 

止められたw

不審者扱い

監督です

帽子深すぎたか

部外者w

 

 こより監督は、慌てて両手を振った。

 

「ち、違います! あの、部外者ではなくてですね!」

 

 女性は、そこでようやくこより監督の顔をまじまじと見る。

 そして、不思議そうに首を傾げた。

 

「……あれ?」

「え?」

「今年入ってきた1年生の子に、ちょっと似ているような……?」

 

 ほんの一言だった。

 何気ない違和感。この時点では、ただの聞き間違いのようにも思える言葉。

 

 けれど、コメント欄はざわついた。

 

1年生?

似てる子?

ん?

伏線?

どういうこと?

同姓同名くる?

 

 こより監督も、少しだけ目を瞬かせた。

 

「い、1年生……?」

「あ、いえ、すみません! こちらの話です。えっと、それで、ご用件は……?」

 

 こより監督は、ようやく本来の用件を思い出したように背筋を伸ばす。

 

「今日から野球部の監督になりました。博衣こよりです!」

「えっ」

 

 赤い服の女性は、一瞬だけ固まった。

 それから、さっきまでとは比べものにならない速さで姿勢を正す。

 

「し、失礼しましたっ!」

 

 見事な直角だった。

 コメント欄がまた流れる。

 

杉谷さん!?

めっちゃいい子

礼儀正しい

監督初日から止められるの草

これはマネージャー

 

 女性は、少し頬を赤くしながら頭を上げた。

 

「初めまして、博衣監督。野球部マネージャーの杉谷です!」

「杉谷さん、ですね。よろしくお願いします!」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 杉谷は、ぴんと背筋を伸ばしていた。

 どこか初々しい。けれど、グラウンドを見る目には慣れがある。

 

 こより監督よりも先に、この野球部を見てきた人。選手たちの練習を見て、道具を揃え、スケジュールを確認し、試合の記録をつけてきた人。

 監督としては今日からでも、野球部の時間は今日から始まったわけではない。

 

 こより監督は、少し冗談めかして笑った。

 

「じゃあ、野球部では杉谷さんの方が先輩ですね」

「えっ、あ、はい! そうなりますね!」

 

 杉谷は少し照れたように笑って、それから胸を張った。

 

「精一杯、選手と監督をサポートします!」

 

『頼もしい! 杉谷さん、頼りにしてます!』

 

チュートリアル担当だ

マネージャー助かる

杉谷先輩

これは大事にしよう

こよ監督の相棒枠

 

 こより監督の最初の味方は、グラウンドで出会ったマネージャーだった。

 

「まず、今の野球部について説明しますね」

 

 杉谷は、グラウンド脇のベンチへこより監督を案内した。

 選手たちは練習を続けている。ノックを受ける音、キャッチボールの音、ランニングの掛け声が、話の背景でずっと響いていた。

 

「7月に県大会が始まります。そこを勝ち上がれば、全国大会。つまり、甲子園です」

「甲子園……!」

 

 その言葉に、こより監督の声が少し高くなる。

 

 甲子園。

 

 高校野球をやるなら、誰もが一度は目指す場所。

 ゲーム画面の中では、目標として表示される言葉。けれど物語の中では、途方もなく遠い場所だ。

 

「ただ、ホロライブ高校は、まだ甲子園に行ったことがありません」

 

 杉谷の声は明るいままだった。

 けれど、言っている内容は厳しい。

 

「なので、まずは県大会の初戦突破を目指して頑張りましょう!」

 

初戦突破

現実的

まず1勝

弱小校スタートだ

ここから名門へ

 

 全国制覇。名門。甲子園常連。

 言葉にするのは簡単だ。けれど、最初の一歩はいつだって小さい。

 

 まずは、初戦を勝つ。

 

 それが、ホロライブ高校野球部の最初の目標だった。

 

 こより監督は、グラウンドを見つめた。

 まだ、選手たちの名前も顔も一致していない。能力も、性格も、得意なことも、苦手なことも分からない。

 

 それでも、彼女たちはここで練習している。

 甲子園に行ったことがないチームでも、ボールを投げ、バットを振り、走っている。

 

「まずは1勝……ですね」

「はい!」

「その先に、甲子園」

「はい!」

「その先に、全国制覇!」

「はい……はい!?」

 

 杉谷が一瞬だけ目を丸くした。

 コメント欄が笑う。

 

夢がでかい

いきなり全国制覇

初戦突破から全国制覇まで飛んだ

これがこより監督

いいぞ名将

 

 だが、杉谷はすぐに笑った。

 無謀だと切り捨てるのではなく、少し困ったように、それでも嬉しそうに。

 

「そうですね。まずは、そこに向けて一歩ずつ、ですね!」

「はい! 一歩ずつ、確実にいきます!」

 

 この時点では、まだ誰も知らない。

 1歩ずつどころか、栄冠ナインというゲームが、時に理不尽なほど急な坂道を用意してくることを。

 

 勝てると思った試合で負けることもある。信じた選手が打たれることもある。弱いと思っていた選手が、すべてをひっくり返すこともある。

 けれど、最初の日にそれを知る必要はなかった。

 

 今はただ、目標を決めればいい。

 

「そういえば、博衣監督」

 

 杉谷が、ふと尋ねた。

 

「以前にも、野球部の監督をされていたんですか?」

「…………」

 

 こより監督が固まった。

 ほんの1秒。いや、画面越しにはもっと長く感じた。

 

 コメント欄が察する。

 

初心者?

固まったw

監督?

栄冠初見?

これは……

 

 こより監督は、少しだけ視線を泳がせた。

 

「……いいえ」

 

 正直な答えだった。

 

 監督としての経験はない。野球の知識も、ゲームの仕組みも、まだ完璧ではない。栄冠ナインのすべてを理解しているわけでもない。

 どの練習が正しいのか。どこで休ませるべきなのか。どの選手を伸ばすべきなのか。試合で、どの場面で、誰を信じるべきなのか。

 

 まだ、分からないことの方が多い。

 

「初めて、です」

 

 その言葉は、小さかった。

 けれど、嘘はなかった。

 

 杉谷は、一瞬だけ驚いた顔をした。

 それから、すぐに笑った。

 

「大丈夫です!」

「え?」

「分からないことがあれば、なんでも聞いてください! 私も全部完璧というわけではありませんけど、選手のことや予定のことなら、できる限りサポートします!」

 

 杉谷の声は、明るかった。

 無責任な明るさではない。このグラウンドを見てきた人の、まっすぐな明るさだった。

 

「監督も、最初は1年生みたいなものです!」

「い、1年生……!」

「はい! 一緒に覚えていきましょう!」

 

 コメント欄が少し温かくなる。

 

杉谷さんいい子

チュートリアル優しい

初心者監督いいぞ

一緒に覚えよう

ここから成長する監督

 

 監督も、最初から名将ではない。

 選手が練習して成長するように、監督もまた、采配を覚えていく。

 

 ホロライブ高校の物語は、選手だけの成長物語ではない。

 博衣こより監督が、監督になっていく物語でもあった。

 

「それでは、まず活動の進め方から説明しますね」

 

 杉谷は、手書きのメモを取り出した。

 そこには、日付と練習内容、休養日、試合予定らしき項目が細かく書かれている。

 

「監督には、この予定表を見ながら、練習方針を決めてもらう形になります」

「練習方針……」

「はい。どの日にどんな練習をするか。どこで休ませるか。試合前に誰を重点的に見るか。選手の体力や状態を見ながら、進めていく必要があります」

 

 ゲーム画面でいえば、進行先を選ぶための予定表。

 練習カード。日数。選手の体力。

 栄冠ナインを知っている人間なら、すぐに分かる仕組みだ。

 

 けれど、画面の中では、それは杉谷の手書きメモだった。

 

 数字とアイコンだけだったものが、マネージャーの予定表になる。練習指示が、監督の選択になる。ただ進むだけの日数が、夏までの残り時間になる。

 

「たとえば、基礎体力を上げる日、守備を固める日、打撃練習を多めにする日。それから、疲れが見える時には休ませることも大事です」

「休ませることも……」

「はい。無理をさせすぎると、いざという時に力を出せませんから」

 

 こより監督は、メモを真剣に見つめる。

 

『なるほど……練習させるだけじゃだめなんだ』

 

そう

休養大事

体力管理ゲー

練習効率もある

栄冠ナイン始まったな

 

 杉谷は、さらに別の紙を見せた。

 

「それから、選手ごとに伸ばしたい能力も変わります。投手なら球速、制球、スタミナ。野手ならミート、パワー、走力、守備力。もちろん、全員を一気に伸ばすのは難しいです」

「誰を、どう育てるか……」

「はい。監督の方針が大事になります」

 

 方針。

 

 その言葉が、こより監督の中に落ちる。

 ただ強い練習を選べばいいわけではない。ただ勝てそうな選手を使えばいいわけでもない。

 

 誰を信じるのか。

 誰を育てるのか。

 どんなチームにするのか。

 

 それを決めるのが、監督だった。

 

「……分かりました」

 

 こより監督は、メモを握りしめた。

 

「まずは、この予定表を見ながら、みんなのことを覚えます」

「はい!」

「それで、県大会までにできることを全部やります!」

「はい、監督!」

 

 杉谷が、初めて自然にそう呼んだ。

 

 監督。

 

 その一言で、こより監督の表情が少しだけ変わる。

 呼ばれたからには、応えなければならない。

 

 まだ初心者でも。まだ分からないことだらけでも。まだ、名簿の名前と顔が一致していなくても。

 この瞬間から、彼女はホロライブ高校野球部の監督だった。

 

 こより監督は、グラウンドを見渡した。

 選手たちは練習を続けている。

 

 バットを振る者。

 ボールを拾う者。

 走り込む者。

 声を出す者。

 

 まだ、誰がエースになるのか分からない。誰が打線を支えるのか分からない。誰が夏のピンチでマウンドに立つのか分からない。誰が、最後の一打を放つのかも分からない。

 これから出会う新入生たちもいる。

 

 その中には、さっき杉谷が言いかけた、こより監督に少し似ているという1年生もいるのだろう。

 

 この時のコメント欄は、まだ半分笑っていた。

 初めての監督。初めての予定表。初めてのグラウンド。初戦突破を目指す、まだ何者でもないチーム。

 

 けれど、画面の向こうには、確かに始まりの空気があった。

 

『ホロライブ高校、ここから強くしていきます!』

 

 こより監督が言う。

 その声には、まだ少し緊張が残っていた。でも、校門の前に立っていた時よりも、ほんの少しだけ監督の声になっていた。

 

 コメント欄が流れる。

 

いけえええ

ホロライブ高校、始動

まずは初戦突破

こよ監督がんばれ

甲子園行こう

ここから伝説

 

 全国制覇という夢は、あまりにも遠い。

 県大会の初戦突破でさえ、まだ確かなものではない。

 

 それでも、胸の奥に小さな火が灯る。

 

 ホロライブ高校野球部。

 

 まだ何者でもないチーム。

 まだ弱くて、まだ知られていなくて、まだ始まったばかりのチーム。

 

 けれど、ここから始まる。

 

 博衣こより監督の、最初の練習日が動き出した。

 

 次は、選手たちとの顔合わせ。

 

 そして彼女は知ることになる。

 

 この野球部には、自分と同じ名前を持つ1年生がいることを。

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