こより監督とホロメンたちの栄冠ナイン 2022年、ホロライブ高校始動 作:きのこ大三元
4月10日、月曜日。
ホロライブ高校では、入学式が行われていた。
体育館には、真新しい制服に袖を通した新入生たちが並んでいる。少し大きめのブレザー。慣れない革靴。まだ校歌も校舎の場所も覚えきれていない顔。
それは、どこの高校にもある春の光景だった。
ただし、画面の向こうで始まっているのは、普通の高校生活ではない。
ホロライブ高校野球部の、新しい1年である。
こより監督は、すでに校長室での挨拶を終え、Aちゃんさんに校内を案内され、野球部の名簿を受け取っていた。グラウンドでは、マネージャーの杉谷に部外者と間違えられた。けれど、その後で野球部の現状を聞き、予定表を受け取り、監督としての最初の一歩を踏み出している。
だが、野球部はまだ本当の意味では動き出していなかった。
新1年生が、まだ正式に合流していなかったからだ。
正式に野球部が動き出すのは、今日。
4月10日。
入学式の日から。
『いよいよ新入生だ……!』
配信の向こうで、こより監督の声が少し弾んでいた。
新入生きた
ここ大事
誰が来る?
神引きある?
ホロライブ高校、始まるぞ
コメント欄も、学校案内やグラウンド初訪問とは違う熱を帯びている。
栄冠ナインにおいて、新入生は春そのものだ。たった1人の新入生が、チームの未来を変えることがある。思いがけない才能が入ってくることもある。逆に、思うような補強にならず、夏の計算が崩れることもある。
まだ、誰も知らない。
今日、ホロライブ高校野球部にどんな選手たちが加わるのか。
入学式の後。
体育館の片隅に、野球部の新入部員たちが集められていた。式典用の制服から、すでに野球部の練習着へ着替えている。新品の白い練習着は、まだ土の色を知らない。
その前に立つこより監督は、手元の名簿を見つめていた。
昨日までは、紙の上の名前だった。
顔も声も知らない、ただの文字だった。
けれど今、その名前たちは目の前にいる。
6人。
ホロライブ高校野球部に加わる、新しい1年生たちだった。
杉谷が、隣で小さく息を整える。グラウンドでこより監督を部外者扱いしてしまった、あの2年生マネージャーだ。
「それでは、監督。新入部員の紹介を始めますね」
「お願いします!」
こより監督は頷く。
緊張しているのは、監督だけではない。新入生たちも、どこか落ち着かない顔をしていた。
ここから、チームになる。
その最初の一歩は、名前を呼ばれることから始まる。
「まずは、外野手です」
杉谷が名簿を見ながら、1人目の名前を読む。
「博衣こよりさん」
「はい!」
こより監督が固まった。
ほんの一瞬。しかし、その一瞬は画面越しにもはっきり分かるほどだった。
『……博衣、こより?』
コメント欄が、一斉に反応する。
え?
同じ名前?
監督?
選手こより!?
昨日の伏線これか
こよローきた?
グラウンドで杉谷は、こより監督の顔を見て言っていた。
今年入ってきた1年生の子に、ちょっと似ているような。
その意味が、ここでようやく分かった。
列の端に立っていた新入生は、こより監督と同じ名前を持っていた。
背筋はまっすぐ伸びている。練習着姿なのに、どこかすでに試合の空気をまとっている。外野手、博衣こより。中学時代から、走って、打って、守れる選手として目立っていたらしい。
詳しい能力までは、まだ分からない。
ただ、立っているだけで少し違う。
そんな気配があった。
「えっと……同じ名前、なんですね」
こより監督が、少し困ったように笑う。
「はい! 博衣こよりです!」
元気のいい返事だった。
監督こよりと、選手こより。同じ名前が、同じ野球部に2人。
そのままでは、絶対にややこしい。
杉谷もすぐに察したように、名簿を見ながら苦笑する。
「えっと、区別のために……選手の博衣さんは、何か呼び名を決めた方がよさそうですね」
「呼び名……」
コメント欄が勝手に動き始める。
こよロー
こよローでしょ
外野手だし
これはこよロー
監督こよりと選手こより
こよロー爆誕
こより監督は、コメント欄の勢いに少し笑ったようだった。
『じゃあ……選手のこよりちゃんは、こよローで!』
「こよロー……?」
選手こよりは一度きょとんとして、それからぱっと笑った。
「強そうでいいですね! こよロー、頑張ります!」
その瞬間、ホロライブ高校野球部にひとつの呼び名が生まれた。
こより監督。
そして、こよロー。
同じ名前を持つ2人の博衣こよりが、同じチームで甲子園を目指す。
まだ何も始まっていないはずなのに、もう少しだけ物語の匂いがした。
「次は、投手です。大神ミオさん」
「はい!」
前に出たのは、真面目そうな雰囲気の1年生だった。背筋を伸ばし、しっかりと監督の方を見る。
大神ミオ。
ポジションは投手。
最初からエースと呼ばれるほど完成された選手ではない。けれど、声の出し方や立ち方には、どこか芯の強さがあった。
「中学でも投手をやっていました。まだまだですけど、チームの力になれるように頑張ります」
「よろしくお願いします、ミオしゃ!」
「ミ、ミオしゃ……?」
少し驚いたようにしながらも、大神ミオはすぐに頷いた。
「はい。よろしくお願いします、監督」
コメント欄が温まる。
ミオしゃ投手
エース候補?
真面目そう
鍛えたい
熱血漢っぽい
この時点では、まだ分からない。
彼女がどんな球を投げ、どんな試合でマウンドに立つのか。
ただ、こより監督の中には、投手候補の1人としてその名前が刻まれた。
「同じく投手、猫又おかゆさん」
「はーい」
次に前へ出たのは、どこか眠そうで、柔らかい雰囲気の1年生だった。声も歩き方も、少しゆったりしている。
猫又おかゆ。
ポジションは投手。
大神ミオとは、空気がまるで違う。熱で押すというより、自然体でそこにいる。
「投手、やります。たぶん、がんばります」
「たぶん!?」
こより監督が思わず反応した。
おかゆは、少しだけ目を細めて笑う。
「うん。たぶん、ちゃんと」
おかゆんだ
ゆるい
内気っぽい
投手2枚いるのいいね
たぶんちゃんとw
気合いを前に出すタイプではない。
けれど、そういう投手が、意外な場面でチームを救うこともある。
こより監督は、名簿の名前に視線を落としながら、小さく頷いた。
投手は、大神ミオと猫又おかゆ。
まずは、この2人をどう育てるか。
夏までの大きな課題が、早くも見え始めていた。
「続いて、捕手です。赤井はあとさん」
「はいっ!」
返事が大きかった。
それだけで、体育館の空気が少し明るくなる。
赤井はあと。
ポジションは捕手。
投手陣を支える、大事なポジションだ。1年生捕手というだけで、チームにとっては大きい。
「投手のみんなを引っ張れるように、全力で頑張ります!」
「おお、頼もしい!」
「任せてください、監督!」
勢いがある。声が出る。前に出る力がある。
捕手として必要なものを、すでにいくつか持っているように見えた。
捕手きた
はあちゃまキャッチャー
声出しできそう
投手を引っ張るタイプ
熱血バッテリーあるぞ
ミオとおかゆ。
その2人を受ける捕手として、赤井はあとの存在は大きい。
まだ、技術は分からない。配球も、肩も、捕球も、これから見ることになる。
けれど、声を出せる捕手がいる。
それだけで、弱いチームには意味がある。
「次は、三塁手。獅白ぼたんさん」
「はい」
短い返事だった。
だが、妙に落ち着いていた。
獅白ぼたん。
ポジションは三塁手。
列から一歩前に出た彼女は、新入生らしい緊張をあまり表に出していなかった。周囲をよく見ている。自分がどう見られているかも、たぶん分かっている。
「三塁、守ります。強い打球、好きですよ」
「好きなんだ……!」
こより監督が少し驚く。
ぼたんは、口元だけで笑った。
「飛んでくる方が、退屈しないので」
コメント欄がざわつく。
ししろん三塁
強者感ある
やんちゃだ
サード似合う
怖いもの知らず
三塁は、強い打球が飛んでくる場所だ。反応の速さも、度胸もいる。
そこに、落ち着いた強気さを持つ1年生が入る。
それは、ホロライブ高校の内野にとって悪くない知らせだった。
「最後に、外野手。夜空メルさん」
「はい!」
明るい返事が返ってきた。
夜空メル。
ポジションは外野手。
こよローと同じ外野手だ。
ただし、立っているだけで目を引くこよローとは違い、メルはどこか少しぎこちない。練習着も、まだ体に馴染んでいないように見えた。
けれど、声は明るかった。
「まだ上手くないけど、いっぱい練習します! よろしくお願いします!」
「よろしくね、メルメル!」
「はい、監督!」
メルメル外野
成長枠かな
声が明るい
応援したい
こよローと同じ外野だ
能力だけを見れば、まだ足りないところは多いのかもしれない。
けれど、弱い選手にも役割はある。ベンチで声を出すこと。練習で食らいつくこと。いつか来る1打席のために、バットを振り続けること。
ホロライブ高校は、最初から完成されたチームではない。
だからこそ、こういう選手の成長が必要になる。
6人の紹介が終わった。
外野手、こよロー。
投手、大神ミオ。
投手、猫又おかゆ。
捕手、赤井はあと。
三塁手、獅白ぼたん。
外野手、夜空メル。
まだ、名前とポジションを確認しただけだ。
能力も、適性も、性格も、これから少しずつ知っていくしかない。
それでも、こより監督は名簿を見ながら、不思議な感覚を覚えていた。
まるで、画面のどこかに文字が浮かぶように。
新入部員が加わりました。
誰かが口にしたわけではない。
杉谷が説明したわけでもない。
けれど、こより監督には確かに、そう聞こえた気がした。
『新入部員、入部しました!』
配信の向こうで、こより監督が明るく言う。
きたあああ
6人加入
ここからだ
まずはメンバー確認
ホロライブ高校新体制
その中で、1人だけ。
どうしても目を引く選手がいた。
外野手、博衣こより。
通称、こよロー。
まだ、何もしていない。打ってもいない。走ってもいない。守ってもいない。
ただ、立っているだけだ。
それでも、監督としての直感が、静かに告げていた。
この子は、なかなか見込みがありそうだ。
数字はまだ出さない。
能力もまだ語らない。
今はただ、気配だけでいい。
新しい春の中に、何かとんでもないものが混じっている。
そんな予感だけが、確かにあった。
「それから監督」
新入部員の紹介が終わったところで、杉谷がもう一度名簿をめくった。
「今日から、マネージャー見習いの子も入ります!」
「マネージャー見習い?」
「はい!」
杉谷が手招きすると、体育館の端で待っていた女性が一歩前に出た。
緑のジャージを着ている。背は高く、がたいもいい。少し緊張しているようだが、足取りはしっかりしていた。
「初めまして、監督。内匠といいます。今日から見習いですが、よろしくお願いしますね!」
「内匠さん! よろしくお願いします!」
こより監督が勢いよく頭を下げる。
内匠も、しっかりと頭を下げ返した。
マネージャー追加
内匠さん
がたいがいい
頼れそう
新体制だ
杉谷は2年生マネージャー。
内匠は、新しく加わった見習いマネージャー。
選手6人。
マネージャー1人。
それが、4月10日にホロライブ高校野球部へ加わった新しい力だった。
チームの人数が増える。
声が増える。
役割が増える。
それだけで、さっきまでの体育館の空気も、昨日までのグラウンドも、少し違って見えた。
顔合わせが終わると、体育館の外から春の風が入り込んだ。新入生たちの練習着の袖が、小さく揺れる。
まだ、誰も土で汚れていない。まだ、誰も試合で泣いていない。まだ、誰も夏の重さを知らない。
けれど、もう名前は揃った。
監督がいて、マネージャーがいて、選手がいる。
ホロライブ高校野球部は、ようやくチームの形を取り始めていた。
杉谷は手元の予定表を開き、こより監督へ向き直る。
「では監督」
「はい」
「最初の練習方針を決めましょう」
その言葉に、こより監督は名簿から顔を上げた。
外では、グラウンドが待っている。
白線が引かれたばかりの土。
春の風。
まだ何も知らない新入生たち。
そして、夏までの時間。
ホロライブ高校野球部の1日は、まだ始まったばかりだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
初めての方向性の作品なので、まだ手探りな部分もありますが、お気に入り登録や評価、感想などをいただけると、今後の更新の大きなモチベーションになります。
こより監督とホロライブ高校の物語を、少しでも楽しんでいただければ幸いです。