こより監督とホロメンたちの栄冠ナイン 2022年、ホロライブ高校始動   作:きのこ大三元

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第5話 変化球と、先輩の意地

4月13日、木曜日。

 

 ホロライブ高校のグラウンドには、昨日までとは少し違う音が響いていた。

 

 バットが風を切る音ではない。

 

 白球が、指先から離れる音。

 ミットに収まる音。

 捕手が小さく声を返す音。

 

 この日から、こより監督が選んだ練習方針は変化球の投げ込みだった。

 

 素振りの三日間で、野手たちは少しだけバットの形を覚えた。

 ボールに当てるための入り口を、ほんの少し掴んだ。

 

 次は、投手陣。

 

 点を取るだけでは勝てない。

 取った点を守らなければ、試合は勝ちきれない。

 

 だからこそ、マウンドに立つ選手たちを見ておく必要があった。

 

『今日は投手陣! 変化球、見ていきます!』

 

 配信の向こうで、こより監督の声が響く。

 

投手育成きた

ミオしゃ頼む

おかゆんもいるぞ

変化球大事

夏までに投手力ほしい

 

 ブルペンには、投手陣が集まっていた。

 

 1年生の大神ミオ。

 同じく1年生の猫又おかゆ。

 そして、上級生の投手たち。

 

 まだ、誰が夏のマウンドに立つのかは分からない。

 

 能力だけで決まるものでもない。

 調子もある。

 成長もある。

 試合の流れもある。

 

 けれど、今この瞬間、全員が同じブルペンでボールを握っていた。

 

「まずは、持っている球を確認していきましょう」

 

 杉谷が、スコアブックを抱えながら言った。

 

「曲がり方、制球、投げた後のバランス。すぐに完璧にする必要はありません。まずは、自分の球がどう動くのかを知るところからです」

「自分の球を知る……」

 

 こより監督は、その言葉を繰り返す。

 

 ゲーム画面で見れば、変化球の経験値を積むだけの練習かもしれない。

 

 けれど、グラウンドでは違う。

 

 投手が、自分の指先と向き合う時間だった。

 

「もう一球、お願いします!」

 

 最初に声を出したのは、大神ミオだった。

 

 ミオは、力強く腕を振る。

 

 ボールが指先から離れ、捕手のミットへ向かう。

 まっすぐではない。

 ほんの少し、横へ逃げるように軌道が変わった。

 

 ミットを構えていた赤井はあとが、ぱん、と受ける。

 

「今の、ちょっと曲がりました!」

「本当?」

「はい! さっきより、少しだけ!」

「じゃあ、もう一球!」

 

 ミオは、すぐにボールを握り直した。

 

 一球ごとに、前へ出る。

 一球ごとに、声が強くなる。

 

 まだ完成された投手ではない。

 球速も、制球も、変化球も、これから磨く必要がある。

 

 それでも、前に進もうとする熱だけは、はっきり見えた。

 

ミオしゃいいぞ

はあちゃま捕手いいな

バッテリー感ある

ちょっと曲がった

伸びてくれ

 

 一方で、猫又おかゆは静かだった。

 

 大きな声を出すわけではない。

 気合いを前面に出すわけでもない。

 

 ただ、投げる前にボールを指先で確かめる。

 縫い目に指をかける。

 少しだけ握りを変える。

 

 そして、投げる。

 

「うーん」

 

 投げ終わった後、おかゆは少しだけ首を傾げた。

 

「どうかしましたか、おかゆん?」

 

 こより監督が声をかける。

 

「今の、思ったより曲がらなかったかも」

「分かるんですか?」

「なんとなく」

 

 おかゆは、いつもの柔らかい表情のまま、もう一度ボールを握った。

 

「次、ちょっと指のかけ方変えてみる」

 

 派手さはない。

 

 けれど、自分の感覚を探るように、一球ずつ丁寧に投げている。

 

 ミオが熱で前へ進む投手なら、おかゆは静かに自分の中へ潜る投手だった。

 

おかゆん職人感ある

感覚派?

内気だけど投手っぽい

静かな練習いい

こういう子も伸びそう

 

 上級生投手たちも、持ち球を磨いていた。

 

 新入生だけに投手陣を任せるわけにはいかない。夏を戦うには、経験のある上級生の力も必要になる。

 

 ブルペンには、それぞれの音がある。

 

 力強い音。

 少し沈む音。

 捕手のミットがずれる音。

 首を振って、もう一度投げ直す音。

 

 練習終わり、杉谷はメモに目を落とした。

 

「初日としては、悪くないと思います」

「ほんと?」

「はい。大神さんは、投げるたびに腕の振りが安定してきています。猫又さんは、自分の感覚を掴むのが上手そうですね」

「おお……!」

 

 こより監督は、ブルペンを見つめる。

 

 劇的に変わったわけではない。

 

 けれど、一日目の投げ込みには、ちゃんと手応えがあった。

 

『ミオしゃもおかゆんも、ちょっとずつ良くなってる気がする!』

 

いいね

投手育成楽しい

小さな成長だ

夏まで積み重ねよう

変化球はロマン

 

 4月13日の練習は、そうして終わった。

 

 大きな成果ではない。

 

 けれど、投手たちは自分の球と向き合い始めた。

 

 その事実だけで、ホロライブ高校の一日は少し前へ進んでいた。

 

 

4月15日、土曜日。

 

 新入生が加わったことで、グラウンドの空気は少しずつ変わっていた。

 

 1年生たちは、まだ新しい環境に慣れようとしている。

 練習の流れも、道具の場所も、先輩たちの名前も、ひとつずつ覚えている途中だ。

 

 その一方で、2年生と3年生の先輩たちは、いつもより少し声が大きかった。

 

「一年、そこはもっと広く使っていいぞ!」

「ボール回し、もう一本いくぞ!」

「メル、外野の返球は焦らなくていい。まずは正確に!」

「はい!」

 

 新入生にいいところを見せたい。

 先輩として負けたくない。

 自分たちも、まだまだやれると示したい。

 

 そんな空気が、練習のあちこちにあった。

 

『先輩たち、張り切ってる?』

 

 こより監督が、少し楽しそうに言う。

 

先輩の意地

新入生効果か

張り切ってるw

いい雰囲気

上級生も大事

 

 チームは、新入生だけでできているわけではない。

 

 こよローがどれだけ目を引いても、ミオやおかゆがどれだけ投手候補として期待されても、夏を戦うのはチーム全員だ。

 

 2年生もいる。

 3年生もいる。

 去年からこのグラウンドで練習してきた選手たちがいる。

 

 その中で、特に目を引いた選手がいた。

 

 稲葉さん。

 

 2年生の外野手。

 

 どこか、ただの高校生とは違う野球勘を持っている選手だった。

 

 打球への入り方。

 送球までの速さ。

 素振りの時のバットの軌道。

 

 ひとつひとつが、少しだけ洗練されている。

 

 コメント欄でも、その名前は早くから拾われていた。

 

稲葉さんいるの強い

上級生にも柱ほしい

転生OBだっけ

この人も使いたい

こよローだけじゃないぞ

 

 稲葉さんの視線が、ときどき外野へ向く。

 

 そこには、こよローがいた。

 

 まだ入ったばかりの1年生。

 それなのに、バットを振れば目を引く。

 走れば速い。

 守備につけば、どこか空気が変わる。

 

 才能という言葉は、便利だ。

 

 けれど、近くで見る側にとっては、ただ便利なだけでは済まない。

 

 後輩に、すごい選手が入ってきた。

 

 その事実は、頼もしい。

 同時に、少しだけ胸をざわつかせる。

 

「……面白い後輩が入ってきたな」

 

 稲葉さんが、誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

 声は小さかった。

 

 だが、その目は笑っていなかった。

 

 敵意ではない。

 嫉妬とも少し違う。

 

 けれど、静かな闘志があった。

 

 先輩として、負けていられない。

 同じ外野手として、簡単に場所を譲るつもりはない。

 新入生にいいところを見せるだけではなく、自分自身がこのチームに必要だと示したい。

 

 その日、稲葉さんの動きはいつもより少し鋭かった。

 

 ノックの打球に一歩早く入る。

 返球が低く伸びる。

 打撃練習では、外角の球に無理なくバットを合わせた。

 

「稲葉さん、今日すごく集中してますね」

 

 杉谷が、メモを取りながら言った。

 

「うん……先輩たちも、燃えてるのかな」

 

 こより監督は、グラウンドを見渡す。

 

 2年生も、3年生も、いつも以上に練習に集中している。

 

 新入生が入ったことで、チームが少し揺れた。

 

 その揺れは、不安だけではない。

 

 刺激だった。

 

 誰かが入ってくる。

 誰かが目立つ。

 誰かが追いかける。

 誰かが負けまいとする。

 

 その連鎖が、チームを少しだけ前へ進める。

 

『いいね。新入生が入って、先輩たちも引っ張られてる感じする』

 

上級生も伸びてる?

いい刺激だ

稲葉さんかっこいい

こよローとの外野争いある?

チーム内競争だ

 

 練習終わり、杉谷は上級生たちの名前にも印をつけた。

 

「今日は、上級生の動きも良かったですね。稲葉さんだけじゃなくて、全体的に声も出ていました」

「新入生が入ったことで、刺激になったのかな」

「そうだと思います」

 

 劇的ではない。

 

 何か特別な技を覚えたわけでもない。

 試合で結果を残したわけでもない。

 

 けれど、ほんの少しだけ。

 

 先輩たちの技術が、気持ちに引っ張られるように上向いた気がした。

 

 栄冠ナインの小さなイベントは、画面の中では一瞬で終わる。

 

 だが、グラウンドの中では、それは誰かの意地だった。

 

 

4月17日、月曜日。

 

 変化球の投げ込みも、一区切りを迎えていた。

 

 ブルペンでは、投手陣がそれぞれの課題に向き合っている。

 

 白球が指先から離れ、ミットへ向かう。

 

 まっすぐではなく、少しだけ軌道を変えながら。

 

「もう一球、お願いします!」

 

 大神ミオの声には、初日よりも少しだけ自信が混じっていた。

 

 赤井はあとがミットを構える。

 

 ミオが投げる。

 

 ボールはほんの少し曲がり、ミットの端に収まった。

 

「今の、いいです!」

「ほんと?」

「はい! 最初の日より、ちゃんと曲がってます!」

 

 ミオの顔がぱっと明るくなる。

 

 猫又おかゆも、黙って投げ続けていた。

 

 大きな変化はない。

 

 けれど、指先で探っていた感覚が、少しだけ形になってきている。

 

「今の、ちょっと好きかも」

「好き?」

「うん。投げやすい感じ」

 

 おかゆは、そう言ってもう一度同じ握りを試す。

 

 自分の球を、自分で見つけていく。

 

 その静かな作業を、こより監督はじっと見ていた。

 

 野手陣も、休んでいたわけではない。

 

 外野では、こよローと夜空メルが返球練習をしている。

 

 こよローの動きは、やはり速い。ボールへ入る一歩目が鋭く、送球までの動きも滑らかだった。

 

 メルは、それを横目に見ながら、自分の動きを確かめる。

 

「こよローちゃん、速いね……!」

「メルメルも一緒に速くなろう!」

「うん!」

 

 こよローは、明るく返す。

 

 その無邪気さが、少しだけ眩しかった。

 

 内野では、獅白ぼたんが三塁でノックを受けている。

 

 強い打球にも、あまり表情を変えない。

 

 捕って、投げる。

 捕って、投げる。

 

 赤井はあとは、ブルペンとグラウンドを行き来しながら、声を出している。

 

 投手陣を受け、野手練習にも顔を出し、誰かが沈みそうになるとすぐ声をかける。

 

 練習の音が、夕方まで続いていた。

 

 走り込み。

 ノック。

 キャッチボール。

 守備位置の確認。

 バットを振る音。

 ボールがミットに収まる音。

 

 こより監督は、そのすべてを見ていた。

 

 誰が声を出すのか。

 誰が黙って努力するのか。

 誰が負けず嫌いなのか。

 誰が周囲をよく見ているのか。

 

 まだ分からないことは多い。

 

 能力表を見ても、実際の練習を見ても、分からないことだらけだ。

 

 それでも、最初の一週間で見えてきたものは確かにあった。

 

『少しずつだけど、チームが分かってきた気がする』

 

 こより監督が、ぽつりと言う。

 

 コメント欄の流れが、少しだけ落ち着いた。

 

わかる

みんな個性ある

まだ弱いけどいいチーム

夏まで見守りたい

ここからだな

 

 練習後、杉谷と内匠が記録をまとめる。

 

「変化球練習、ちゃんと意味がありましたね」

 

 杉谷が言った。

 

「大神さんは、球の曲がり方が少し安定してきました。猫又さんも、自分に合う握りを探せていると思います。上級生投手も、前より意識して投げられています」

「ほんと……?」

「はい。まだ試合で使えるかは分かりません。でも、投手陣は少し前に進みました」

 

 こより監督は、ブルペンを見る。

 

 そこには、投げ終えた投手たちの足跡が残っていた。

 

 4日間で、何かが劇的に変わったわけではない。

 

 けれど、投手たちは自分の球と向き合った。

 

 上級生は、新入生に刺激されて少しだけ目の色を変えた。

 

 こよローは、相変わらず目を引く。

 ミオは、一球ごとに前へ進もうとしている。

 おかゆは、自分の感覚を静かに探っている。

 はあちゃまは、捕手として声を出す。

 ぼたんは、三塁で淡々と強い打球を待つ。

 メルメルは、ぎこちなくても練習を続ける。

 稲葉さんは、先輩として簡単に場所を譲るつもりはない。

 

 ホロライブ高校野球部の、最初の一週間が終わった。

 

 まだ試合はない。

 まだ勝利もない。

 まだ、誰かが劇的な活躍をしたわけでもない。

 

 物語としては、小さな一歩でしかない。

 

 けれど、グラウンドには確かに変化があった。

 

『まずは一週間。ここから、もっと強くしていくよ』

 

 こより監督の声が、画面の向こうで少しだけ柔らかく響く。

 

ここからだ

まだ一週間

でもいい雰囲気

夏まで頑張れ

ホロライブ高校、育っていけ

 

 次に待っているのは、さらに続く練習の日々。

 

 そして、夏へ向けた最初の準備。

 

 ホロライブ高校は、まだ名門ではない。

 まだ強豪でもない。

 

 けれど、最初から名門だった学校など、ない。

 

 だから今日も、ボールを投げる。

 

 バットを振る。

 声を出す。

 走る。

 

 小さな練習を積み重ねる。

 

 いつか、その小さな積み重ねが、栄冠へ届くと信じて。

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