こより監督とホロメンたちの栄冠ナイン 2022年、ホロライブ高校始動 作:きのこ大三元
4月18日、火曜日。
ホロライブ高校野球部の最初の一週間が終わった。
素振り。
変化球の投げ込み。
新入生が入ったことによる、上級生への刺激。
グラウンドには、まだ春の空気が残っている。夏の熱には遠く、甲子園という言葉も、まだ画面の向こうにある大きすぎる夢のようだった。
けれど、こより監督の手元にある予定表には、少しずつ線が増えていた。
4月10日から12日。
素振り。
4月13日から17日。
変化球投げ込み。
たったそれだけ。
まだ、それだけ。
だが、何もなかった紙の上に、確かに練習の記録が残り始めていた。
『次は、どうしよう……』
配信の向こうで、こより監督が少し悩む。
部室の机の上には、いくつもの資料が広げられていた。
杉谷の手書きメモ。練習予定表。選手名簿。そして、少し年季の入った練習参考書。
こより監督は、そのページを真剣にめくっている。
打つ。
投げる。
守る。
走る。
野球に必要な力は、ひとつではない。
打つための筋力。
走るための走力。
投げ続けるための体力。
守り切るための技術。
そして、試合の重圧に耐える精神力。
どれも必要で、どれも足りない。
ホロライブ高校は、まだ強豪ではない。
だからこそ、今は基礎をひとつずつ積み重ねるしかない。
「打つ、投げる、守る……全部やりたい……!」
こより監督が、参考書を前に小さく唸る。
『全部やりたいけど、全部一気にはできないんだよね……!』
欲張り監督
でも全部必要
時間足りない
栄冠ナインあるある
基礎からだ
コメント欄も、どこか分かっているように流れていく。
どの練習を選ぶか。
どの日に進めるか。
どの能力を伸ばすか。
たったそれだけの選択が、夏の一球に繋がるかもしれない。
そう思うと、簡単には決められなかった。
参考書をめくる音が、部室に小さく響く。
その時、こより監督の目が、あるページで止まった。
「……指立て伏せ?」
ページの見出しには、そう書かれていた。
見ただけで、かなりきつそうな練習だった。
指先で体を支え、腕、肩、体幹に負荷をかける。
派手な練習ではない。バットを振るわけでも、ボールを投げるわけでもない。
けれど、しっかりこなせば、打球を強く飛ばすための力に繋がる。
杉谷が、横から参考書をのぞき込む。
「これは……パワー、つまり打球を強く飛ばす力が鍛えられるかもしれませんね」
「パワー……」
こより監督は、その言葉を繰り返した。
当てるだけでは足りない。
どれだけバットに当てても、弱い打球では相手の守備を破れないこともある。
内野の間を破る打球。外野の頭を越す一打。あと一歩、あと一押しを生む力。
いつか、必ず強い打球が必要になる場面が来る。
「よし」
こより監督は、参考書を閉じた。
「次の三日間は、これを重点的にやっていこう」
「指立て伏せ、ですね」
「はい! みんなでパワーをつけます!」
『次は指立て伏せ! きつそうだけど、強い打球を打つために必要!』
指立て伏せ!?
きついやつ
パワー上げだ
地味に大事
手が痛そう
こうして、4月18日から4月20日まで。
ホロライブ高校野球部は、指立て伏せを中心にした練習へ入ることになった。
4月18日、火曜日。
最初に指立て伏せを見た選手たちは、少しだけ固まった。
「これ、指で支えるんですか?」
大神ミオが、真面目な顔で確認する。
「はい。無理はしすぎないように、まずは正しい形からです」
杉谷がそう説明しながら、練習メモを確認する。
「腕だけでなく、体幹も意識してください。打球を強く飛ばすには、手先だけではなく、体全体の力が必要になります」
「体全体……」
こより監督は、選手たちを見渡した。
こよローは、もう試してみたくて仕方なさそうな顔をしている。
赤井はあとは、気合いでどうにかしようとしている。
猫又おかゆは、少し眠そうに指先を見ている。
獅白ぼたんは、落ち着いて姿勢を確認している。
夜空メルは、少し不安そうにしながらも周りを見て真似しようとしていた。
「無理はしないで、少しずついこう!」
こより監督の声で、練習が始まった。
指先。
腕。
肩。
体幹。
最初は勢いよく始めた選手たちも、回数を重ねるごとに顔つきが変わっていく。
「うわ、これ……思ったよりきついですね!」
赤井はあとが、腕を震わせながら声を上げる。
「はあちゃま、声は出てるけど腕が震えてるよ!」
「声で耐えます!」
「それで耐えられるの!?」
こより監督のツッコミに、近くの選手たちが少し笑った。
大神ミオは、歯を食いしばるようにして一回ずつ体を上げている。
「もう一回……!」
投手だからといって、打撃につながる練習を流すつもりはないらしい。
猫又おかゆは、無理をしすぎないようにゆっくりと体を下げる。
「おかゆん、大丈夫?」
「うん。たぶん。指がびっくりしてる」
「指がびっくり」
獅白ぼたんは、表情をあまり変えずにこなしているように見えた。
だが、よく見ると少しだけ息が重い。
「ぼたんちゃん、余裕そうに見えるけど……」
「見えるだけですね」
「正直!」
夜空メルは、途中で潰れそうになりながらも、もう一回、もう一回と自分に言い聞かせていた。
「メルメル、無理しすぎないでね!」
「はい……でも、もう一回だけ……!」
そして、こよローは。
きつそうにしながらも、どこか楽しそうだった。
「こよロー、大丈夫?」
「大丈夫です! これ、強くなれそうです!」
「前向き……!」
派手な音が出る練習ではない。
歓声が上がる練習でもない。
バットを振るわけでも、ボールを投げるわけでもない。
ただ、自分の体を支える。
耐える。
もう一回、体を上げる。
それだけの練習だった。
それでも、選手たちはいつもより集中していた。
練習後、杉谷がメモを見ながら言った。
「1日目としては、かなり集中していましたね」
「うん。きつそうだったけど……その分、ちゃんと効いてる感じがした」
こより監督も、選手たちを見渡す。
すぐにホームランが打てるようになるわけではない。
明日から突然、全員の打球が外野の頭を越えるわけでもない。
けれど、いつか必ず、パワーが必要になる場面が来る。
その時のために、今は積み重ねる。
『みんな、よく頑張った! これはきっと後で効いてくるはず!』
指立て伏せお疲れ
地味に効きそう
メルメルがんばってた
こよロー前向きすぎる
パワー大事
その日の練習は、静かな疲労を残して終わった。
4月19日、水曜日。
この日の練習も、いつも通り準備運動から始まった。
ストレッチ。
軽いベースランニング。
キャッチボール。
同じグラウンド。
同じように見える放課後の流れ。
けれど、同じ練習でも、選手ごとに取り組み方は少しずつ違う。
「今日も気合い入れていきましょう!」
声を出しながら動く赤井はあと。
「はい、次いくよー」
力を入れすぎず、自分のペースで進める猫又おかゆ。
「もう一本お願いします!」
負けず嫌いに、少しでも多くこなそうとする大神ミオ。
「ここ、もう少し楽に動いた方がよさそうですね」
周囲を見ながら、無駄なく動こうとする獅白ぼたん。
「こよ、もう少し速くいけます!」
前のめりに挑戦したがるこよロー。
「待って、メルもいけるよ!」
少し遅れながらも、必死に食らいつく夜空メル。
こより監督は、それぞれの動きを見ていた。
同じ練習をしているはずなのに、同じようには見えない。
同じメニューを与えても、同じ反応にはならない。
そのことに気づいたように、こより監督が首を傾げる。
「杉谷さん。みんな、けっこう性格出ますね」
「はい。選手にはそれぞれ性格がありますから」
「性格……」
杉谷は、手元のメモをめくりながら説明した。
「熱血漢の子は、気合いで前に出ようとします。やんちゃな子は、勢いよく挑戦することが多いです。内気な子は、目立たない分、自分の中でじっくり考えるタイプかもしれません」
「なるほど……」
「他にも、クールな子、お調子者な子、いろいろいます。それぞれに良さがありますし、癖もあります。試合での動きや、成長の仕方に少し差が出ることもありますね」
『性格も大事なんだ……!』
性格きた
栄冠ナイン要素
内気は大事
熱血漢も強い
やんちゃ多いな
こより監督は、改めて選手たちを見る。
同じボールを追っても、反応が違う。
同じ指示を出しても、受け取り方が違う。
同じ失敗をしても、次の動きが違う。
この子たちは、能力値だけでできているわけではない。
ポジションだけで決まるわけでもない。
それぞれ性格があり、癖があり、得意な頑張り方がある。
赤井はあとの声は、投手を支えるかもしれない。
おかゆの静かさは、ピンチで不思議な落ち着きになるかもしれない。
こよローの前のめりさは、試合の流れを変えるかもしれない。
メルの食らいつく姿勢は、ベンチの空気を変えるかもしれない。
それを知ることも、監督の仕事なのだ。
「……練習を見るって、能力を見るだけじゃないんですね」
「はい。選手を見ることでもあります」
杉谷の言葉に、こより監督は小さく頷いた。
監督として、まだ分からないことだらけだ。
けれど、分からないなら見ればいい。
見て、覚えて、考えればいい。
選手たちを知ること。
それもまた、練習だった。
4月20日、木曜日。
指立て伏せを中心にした三日間は、想像以上にきついものだった。
三日目になると、選手たちの指先や腕には疲労が残っている。それでも、最初の日より少しだけ、体の支え方が分かってきたように見えた。
「最後、もう一本いきます!」
ミオが声を出す。
「メルも……もう一回!」
メルも、震える腕で体を支える。
はあちゃまは声で自分を励まし、おかゆは自分のペースで最後までやり切る。
ぼたんは無駄な力を抜くことを覚え、こよローは最後まで前のめりだった。
練習が終わる頃には、全員が少し疲れた顔をしていた。
だが、その疲労は悪いものではなかった。
練習後、こより監督は杉谷と一緒に記録を確認する。
「三日間、ちゃんとやり切りましたね」
「うん。みんな、かなりきつそうだったけど……」
「その分、腕や体幹の使い方は少し良くなったと思います。すぐに長打が増えるわけではありませんが、打球を強くするための土台にはなります」
「つまり、パワーの土台……!」
「はい。小さな一歩です」
小さな一歩。
栄冠ナインでは、ほんの少しの経験値かもしれない。
けれど、選手たちの腕には、確かに疲労が残っている。指先には、体を支えた感覚がある。体幹には、崩れないように耐えた時間が残っている。
それは、積み重ねた証だった。
『三日間、お疲れ様! みんな、ちょっとパワーの土台ができてきた気がする!』
地味だけど大事
基礎練いいね
メルメル頑張った
こよロー楽しそうだった
はあちゃま声で耐えてたw
こより監督は、選手たちを見た。
すぐに強くなるわけではない。
すぐに勝てるわけでもない。
けれど、少しずつ見えてきたものがある。
この子は声でチームを明るくする。
この子は静かに考える。
この子は前へ前へ進みたがる。
この子は淡々と続けられる。
この子は遅れても食らいつく。
能力だけではない。
性格だけでもない。
練習の中で、その両方が少しずつ見えてくる。
それを見逃さないこと。
それも、監督の仕事なのだ。
「次は、守備も見ていきたいです」
こより監督が、予定表を見ながら言った。
「守備、ですか?」
「はい。打つ力も大事ですけど、守りの動きも確認しておきたいです」
守備は、ひとりで完結しない。
ゲッツーの動き。
外野から内野への中継。
各ベースでの捕球カバー。
送球が逸れた時のバックアップ。
誰がどこへ入るのか。
誰が声を出すのか。
誰が次のプレーを予測するのか。
ひとつの判断が遅れれば、走者は進む。
ひとつの送球が乱れれば、試合の流れは変わる。
杉谷が予定表に書き込む。
「守備連携を重点的にやれば、守備が上手くなるかもしれません。チーム全体の動きも確認できます」
「じゃあ、次はそれでいきましょう」
「4月21日からですね」
「はい!」
『次は守備連携! 守りも大事!』
守備連携きた
エラー怖いからな
守備大事
連携ミスは命取り
基礎を固めよう
打つ。
投げる。
鍛える。
そして、守る。
ひとつずつ、練習が積み重なっていく。
ホロライブ高校は、まだ何かを成し遂げたわけではない。
けれど、監督の予定表には、少しずつチームの形が書き込まれていった。