十年前、ルートシューター好きの神によって世界は作り変えられた。

地下資源は枯渇し、人類は銃を手にダンジョンへ潜り、魔石を持ち帰ることで文明を維持している。

会社を辞めた佐伯直人、三十四歳。特別な能力も優れた才能もない彼は、専業探索者としての初日を迎える。

選んだのは難易度2「森の集落」。大勝ちは狙わず、外周を回って小さな利益を積み重ねる――はずだった。

普通の探索者が、漁り、戦い、生還を目指す現代PvPvE短編。

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銃火器系のサバイバルゲームの前知識がないと少しわかりづらいかも


神様はルートシューターがお好き

 

 十年前、突如として下された神託によって、世界は激変した。

 

 

 

『私、ルートシューターというゲームが好きなんですよ』

 

 

 

 神を名乗る存在が全人類へ最初に告げた言葉は、あまりにも軽かった。

 

 

 

『なので、この世界もそんな感じにしますね。詳しいことは天使を使いに出すので、そちらに聞いてください』

 

 

 

 冗談だと笑う暇さえ与えられなかった。世界各地に巨大な門が出現し、その前には白い翼を持つ天使が立っていた。天使が告げたのは、さらに衝撃的な事実だった。

 

 

 

 地中や海底に残されていた石油、天然ガス、金、希少金属。これから人類が採掘するはずだった資源は、すべて消滅した。既に採掘されていた資源と各国の備蓄は残っている。しかし、それが尽きれば新たに入手する手段はない。門の先を除いて。

 

 

 

『門の先にあるダンジョンから魔石を持ち帰り、ポイントへ変換してください。ポイントを使用することで、皆様の世界に必要な資源を購入できます』

 

 

 

 それが天使の説明だった。各国政府は混乱する暇もなく、備蓄が尽きる前に探索者制度を整備した。十八歳以上で、所定の講義を十二時間受講し、資格を得た者は門の先へ入れる。

 

 

 

 門の先は、神が用意した敵――武装した人造人間《ホムンクルス》と、世界中から集められた探索者が互いに争う戦場だった。敵を倒して武器や魔石を奪い、時間内に脱出する。成功すれば利益を得て、死亡すれば装備を失う。神が愛するルートシューターというゲームは、そのまま人類の新たな仕事になった。 

 

 

 

 そして神託から十年。佐伯直人、三十四歳。会社を辞めた翌朝、彼は二十一万八千ポイント分の装備を前に腕を組んでいた。

 

「少し高かったか」

 

 正面のディスプレイには、装備の合計価値が表示されている。メイン武器はAK-102。短めの銃身を持つ、5.56ミリ弾仕様のアサルトライフルだ。

 

 

 安価な光学サイト、最低限のフォアグリップ、予備マガジン三本。弾薬は大半がコモンで、マガジンの上部にだけエピック弾を詰めてある。防具もリュックも難易度2では珍しくない中価格帯だ。高級品ではないが、失えば笑って済ませられる金額でもなかった。

 

 

 昨日までは会社員だった。平日は働き、休日にだけ門をくぐる兼業探索者。探索歴は五年あるものの、ランクはシルバー5。今季が始まったばかりとはいえ、決して高くはない。

 

 友達も社会人になってからはいないし、クランから誘われたこともない。何度も死に、何度も装備を失った。ポイントが底をつき、無料支給のハンドガン一丁で難易度1へ潜ったこともある。

 

 最寄りのホムンクルスを倒して装備を奪い、それを元手に少しずつ立て直す。そうやって五年間続けてきただけの、ごく普通の探索者だった。

 

 

「専業初日だからって、気負う必要はないか」

 

 

 直人はAK-102を手に取った。持ち帰れば装備は自動的に修復されるが、戦闘中は故障も損傷も起こる。事前確認を怠ってよい理由にはならない。

 

 

 マガジンを抜いて弾数を確認する。サイトを覗き、射撃場で数発撃つと、銃声が反響した。肩に伝わる反動も、火薬の臭いも、現実とほとんど変わらない。

 

 

 ただし、ここにいる直人の身体は神が用意した仮想肉体だ。空腹も排泄もなく、現実の身体能力にも左右されない。何時間走っても現実の肉体は疲れないが、恐怖や緊張による精神的疲労までは消してくれない。

 

 

 射撃を終えた直人はマガジンを交換し、出発用ディスプレイへ向かった。表示された行き先から、目的のマップを選択する。

 

 

《森の集落》

 

《難易度2》

 

《ソロ》

 

《装備価値条件を満たしています》

 

 

 森の集落は、初心者から中級者まで幅広く利用するマップだ。同じ名前でも地形や建物の配置は出撃するたびに変化する。今回の地形では、中央に木造家屋が密集した集落があり、北には製材所、南には廃教会。東西を林道が走り、外周部には狩猟小屋や倉庫が点在していた。

 

 

 中央は物資が多い代わりに、プレイヤーもボス部隊も集まりやすい。今日の目的は大勝ちではない。外周を回って小さな箱を漁り、ホムンクルスは必要な分だけ倒す。敵プレイヤーを見つけても、避けられるなら避ける。

 

 

 専業探索者としての初日に全損するのは、さすがに縁起が悪い。直人は方針を再確認してから、出撃を決定した。

 

 

「出撃」

 

 

 目の前の門が白く染まる。直人はAK-102を握り直し、その中へ足を踏み入れた。

 

 

     ◇

 

 

 次の瞬間、湿った土と草の臭いが鼻を突いた。背後には苔むした岩壁。正面には背の高い針葉樹が並び、その隙間から曇った空が見える。視界の隅には、残り時間が表示されていた。

 

 

《39:57》

 

 

 直人はその場で腰を低くし、周囲の音を聞いた。鳥の鳴き声。葉が擦れる音。遠くで、乾いた銃声が三発続いた。開始早々、どこかで戦闘が始まっている。

 

 

 直人がマップを意識すると、半透明の地図が視界に浮かんだ。開始地点は北西部。最寄りの脱出地点は東側の廃トンネルだが、現在は使用できない。残り十五分を切ると解放される種類だ。もう一つは南西部の監視所。こちらは最初から使えるが、脱出まで二十秒の待機時間が必要になる。

 

 

「予定どおりだな」

 

 

 西側の外周を南下して、狩猟小屋と資材倉庫を漁る。そのまま監視所から脱出する。大外回りの小粒漁り。派手さはないが、生存率は高い。直人はAK-102の安全装置を外し、木々の間を進んだ。

 

 

 数分後、小さな狩猟小屋が見えてきた。窓は割れ、木製の扉が半開きになっている。直人はすぐには近づかず、周囲の茂みを見た。足跡はなく、窓越しに見える室内にも動くものはいない。

 

 

 入口の脇まで移動し、銃口を先に入れる。右、左、奥。無人。

 

 

「よし」

 

 

 室内には棚が二つと、金属製の工具箱が置かれていた。工具箱へ触れると、視界にルートUIが開く。

 

 

《コモン5.56mm弾薬 18発》

《簡易回復剤》

《小型マガジン》

《コモン・小魔石》

 

 当たりとは言えない。コモン小魔石を安全ポケットへ移す。直人はシルバーランクなので、小型ポケットが二つ使える。コモン魔石で一枠を埋めるのは惜しいが、後から良い物を拾えば入れ替えればいい。

 

 

 弾薬と回復剤をリュックへ移し、マガジンは残した。小型でAK-102には使えず、売っても大したポイントにならない。もう一つの棚には、安い包帯しかなかった。

 

 

「まあ、外周はこんなもんだ」

 

 

 一軒目からエピック魔石が出るほど甘くはない。小屋を出た直人が再び南へ進もうとしたとき、前方から枝の折れる音が聞こえた。人の足音。それも一人ではない。直人は近くの倒木へ身を寄せた。 

 

 足音は二つ。やがて、古びた迷彩服を着た男たちが姿を現した。顔は見える。装備も見える。プレイヤーではない。

 

 このマップに配置されたゲリラ風ホムンクルスだ。一人は古いサブマシンガン、もう一人はポンプ式ショットガンを持っている。ホムンクルスは決められた巡回経路だけを歩くわけではない。銃声に反応して移動し、周囲を警戒し、時には待ち伏せも行う。 

 

 神は敵AIにも相当なこだわりを持っているらしい。そのこだわりを、直人はあまりありがたいと思っていなかった。二人が倒木の前を横切る。直人はサブマシンガンを持つ方へ照準を合わせた。距離は二十五メートルほど。頭を狙う必要はない。

 

 

 胸元へ短く三発。銃声とともに男の身体が揺れた。体力バリアを削り切れていない。さらに二発。男が倒れ、その身体から黒煙が立ち上った。

 

 もう一人が即座に散開する。ショットガンが火を噴き、倒木の表面が弾けた。直人は身を低くしたまま右へ移動する。同じ場所から顔を出せば、次は当てられる。

 

 木を二本挟み、角度を変えた。ホムンクルスは倒木へ銃口を向けたままだ。側面から四発。二発が腕に入り、一発が胴を捉えた。男がよろめきながら銃口を直人へ向ける。 

 

 直人は木の陰へ戻った。ショットガンの轟音。幹に無数の穴が開く。ポンプを操作する音が聞こえた瞬間、もう一度身体を出す。 

 

 胸へ三発。最後の一発が首元へ入り、男は地面へ崩れ落ちた。黒煙が立ち上る。

 

「相変わらず、難易度2でも硬いな」 

 

 直人はマガジンを交換し、周囲を確認した。銃声は確実に聞かれている。急がなければならない。最初に倒したホムンクルスの身体へ触れる。 

 

《PP-19-01 ヴィーチャシ》

《コモン9mm弾薬 41発》

《小型回復剤》

《レア・小魔石》

 

「当たり」

 

 レア小魔石を安全ポケットへ移し、先ほどのコモン魔石と入れ替える。空いた場所には、小型回復剤を入れた。ヴィーチャシは状態こそ悪くないが、装備価値は低い。売却すれば数百ポイントにしかならない。それでもリュックの外側へ固定した。 

 

 売るためではない。次に装備を失ったとき、これを使って難易度1へ入れる。装備品は売却するより再利用した方が圧倒的に価値が高い。 

 

 ショットガンの《バイカル MP-133》を持っていた個体からは、エピック弾が五発とスモークグレネードが出た。悪くない。倒した二人を漁り終えた直人は、すぐにその場を離れた。

 

 約一分後、背後から複数の銃声が響いた。誰かが死体を見つけたのか、それとも銃声に寄ってきた別のホムンクルスと戦闘になったのか。確認する理由はない。 

 

     ◇

 

 残り時間、二十四分。直人は外周の資材倉庫へ到着した。ここまでに小さな木箱を三つ漁り、レア小魔石をもう一個、コモン弾薬、回復剤、安価なサイトを手に入れている。 

 

 安全ポケットはレア小魔石二つで埋まった。今死んでも完全な赤字ではないが、持ち込んだ二十一万八千ポイント分の装備を失うことを考えれば、気休めに近かった。 

 

 資材倉庫は平屋の細長い建物だ。直人は裏口から入り、棚を二列確認する。一つ目は空、二つ目にはコモン魔石、三つ目には包帯と弾薬が入っていた。奥の木箱へ触れた瞬間、見慣れない色がUIに浮かぶ。 

 

《エピック・小魔石》

 

「……よし」 

 

 小さく声が漏れた。直人は安全ポケットに入れていたレア小魔石を一つ、リュックへ移動する。空いた場所へエピック小魔石を収納した。これで最低限の利益は確保できた。派手な大当たりではないが、難易度2の外周で拾える物としては十分だ。 

 

 直人は倉庫を出ようとして、足を止めた。外で何かが擦れた。衣服か、リュックが壁に触れた音だ。ホムンクルスなら、もっと無遠慮に歩くことが多い。

 

 直人は銃を構え、棚の陰へ移動した。聞こえる足音は一つ。相手もこちらの存在に気づいているようだが、入口から入ってくる気配はない。数秒の沈黙が続いた後、外から声が聞こえた。 

 

「中にいるな?」

 

 自動翻訳によって、流暢な日本語として聞こえる。声色は神の力で変更されており、年齢も性別も判別できない。

 

「いる」 

 

 直人は短く答えた。

 

「俺は北へ行く。そっちは?」 

 

「南」 

 

「撃つ気はない」 

 

 信用できる言葉ではない。別パーティとの不戦交渉を破ることは、BAN対象にならない。お互い、最初から敵としてマッチングされているからだ。 

 

「こっちもない」 

 

 直人も同じ言葉を返した。外の足音が離れていくが、すぐには動かなかった。十秒、二十秒と待つうちに、倉庫の裏側から小さく金属が触れ合う音がした。相手は離れたふりをして回り込んでいる。

 

「だよな」 

 

 直人はスモークグレネードを取り出した。ピンを抜き、正面入口の外へ投げると、白煙が一気に広がった。同時に裏口へ走る。 

 

 外へ出た瞬間、右側から銃弾が飛んできた。体力バリアが大きく削られる。身体に痛みはほとんどないが、右腕が急激に重くなり、照準が揺れた。 

 

 相手は倉庫の角にいた。軽装で、武器は短銃身のアサルトライフル。距離は十五メートル。直人は走りながら撃ち返したが、最初の連射は外れ、一発だけが相手の防具へ入った。 

 

 相手は木材の山へ隠れ、直人もフォークリフトの陰へ飛び込んだ。互いに近い。遠距離の一撃で終わる戦闘を嫌った神が、最も好む距離だ。 

 

 直人は減った体力ゲージを見た。残り四割で、右腕は負傷状態。相手がどの程度削れているかは分からない。直人はエピック弾を上部へ詰めていたマガジンに交換した。 

 

 木材の反対側から足音が聞こえる。相手が距離を詰めてきている。直人はフォークリフトの下へ向けて二発撃った。足を狙ったというより、進行を止めるためだ。 

 

 相手の足音が一瞬止まる。その隙に左側から出ると、敵も同時に身体を見せた。互いの銃口が向き合い、直人は引き金を引き続けた。

 

 相手の銃弾が胸と肩へ入り、視界が赤く明滅する。体力が一割を切る一方、こちらの弾も相手の胸元へ連続して入った。相手が木材の陰へ戻ろうとする。直人が放った最後の数発のうち、一発がその頬を捉えた。相手の身体がその場へ崩れ、黒煙が立ち上る。 

 

「……危なかった」

 

 右腕だけでなく、左足も重い。あと一、二発受けていれば終わっていた。ソロにはダウンも蘇生もなく、体力がゼロになれば、その瞬間に死亡する。

 

 直人は倉庫内へ戻り、壁を背にして回復剤を使用した。腕へ押し当てると容器が消え、体力ゲージが徐々に回復する。完全回復用ではないため、七割程度で止まった。腕と足の異常は残っており、別の治療薬が必要だが、幸い歩くことはできる。 

 

 直人は倒したプレイヤーの様子を入口から確認した。身体から黒煙が立っているため、死んだふりではない。近づいて身体へ触れると、視界にルートUIが開いた。 

 

《M4A1カービン》

《ゴールド5.56mm弾薬 12発》

《エピック5.56mm弾薬 43発》

《中型回復剤》

《スモークグレネード》

《レア・小魔石》

《コモン・小魔石》

 

「結構持ってるな」

 

 相手も外周を漁ってきたらしい。《M4A1カービン》は直人のAK-102より高価だ。持ち帰れば次回の出撃に使えるうえ、売却しても装備価値の一割にしかならないため、売るつもりはなかった。 

 

 直人は先ほど拾った安いサブマシンガンを地面へ捨て、カービンをメイン武器の空きスロットへ装備した。ゴールド弾とエピック弾、中型回復剤をリュックへ入れる。魔石はレアだけ回収した。安全ポケットには入らないが、生還すればそのまま利益になる。 

 

 すべてを漁り終えるまでに一分近くかかり、残り時間は十八分になっていた。そろそろ監視所へ向かうべきだ。欲を出してもう一か所寄れば、別の敵に会う可能性が上がる。 

 

「専業初日に欲張って死にました、は笑えないな」

 

 直人は倉庫を出た。

 

     ◇ 

 

 監視所までの道中で、遠くから激しい銃声が聞こえた。森の中央部、集落の方角だ。途切れることなく続く連射に、グレネードの爆発音が混じる。ボス部隊と誰かが交戦しているのだろう。 

 

 勝った側は高価な装備を手に入れる。負けた側は、四十分近い時間と持ち込み装備をすべて失う。今の直人が向かえば、残った装備を漁れる可能性もある。全員が消耗したところへ割り込み、まとめて倒せるかもしれない。 

 

「いや、行かないかな」 

 

 直人は迷わず反対方向へ進んだ。既に中当たりを引き、敵プレイヤーから状態の良いカービンと高級弾も手に入れている。これ以上を望むのは、技術ではなく欲だ。

 

 残り九分で監視所に到着した。周囲には短い柵と小さな詰め所がある。脱出地点を示す光が、地面に淡く浮かんでいた。待機時間は二十秒だ。 

 

 直人はすぐには脱出範囲へ入らず、先に詰め所を確認した。中は無人。窓から外を見渡し、動くものがいないことを確かめてから、脱出範囲へ足を踏み入れた。 

 

《脱出まで20》 

 

 数字が減り始める。十八、十七。森の奥で枝が揺れ、直人はすぐに銃を向けたが、何も出てこない。

 

 十二、十一。脱出地点で待機中の相手を狙う者は多い。撃つなら、残り数秒になってからだ。ここまで待った獲物を、逃がす直前に仕留める。

 

 七。直人はスモークグレネードへ手を掛けた。四、三と数字が減ったところで、遠くから銃声が響く。体力バリアは反応しない。

 

 二、一。直後、視界が暗転した。

 

《脱出成功》

 

     ◇ 

 

 準備室へ戻ると、持ち帰った物資が仮置き場へ並べられた。安全ポケットに入れていたエピック小魔石とレア小魔石。リュック内のレア小魔石二つとコモン魔石。ほかにも高級弾薬、敵プレイヤーから奪ったカービン、安価なサイトや回復剤がある。 

 

 持ち込んだAK-102と防具は、戦闘中の損傷が消えて完全な状態へ戻っていた。直人は仮置き場の魔石を選択し、ポイントへ変換する。 

 

《獲得ポイント:72,400》

 

 現実の商品へ交換する場合、およそ七千二百四十円相当。カービンと高級弾を売れば、さらに増える。だが、売るつもりはなかった。 

 

 カービンを次回以降の装備として倉庫へ送り、弾薬、回復剤、グレネードも種類ごとに整理する。仮置き場を空にしなければ、次の出撃はできない。すべての整理を終えると、ディスプレイに収支が表示された。

 

 死亡なし。ホムンクルス撃破二体。探索者撃破一名。持ち帰り総価値、四十万ポイント相当。

 

 大当たりではなく、ランクが上がる気配もない。それでも、悪くない一周だった。

 

「専業初日としては上出来かな」

 

 直人は装備を倉庫へ戻し、門を通って現実側の管理施設へ出た。仮想肉体から現実の身体へ戻ったため、痛みも負傷も残っていない。ただ、対人戦の緊張が抜けず、手のひらには汗をかいていた。

 

 会社を辞めた判断が正しかったのかは、まだ分からない。毎日潜れば、毎日生還できるとは限らない。今日得た七万ポイントなど、次の一周で装備と一緒に失うかもしれない。

 

 それでも、明日の朝に出社する必要はない。誰かの顔色を見ながら働く必要もない。潜る場所も、使う装備も、撤退する時機も、自分で決められる。その結果もすべて自分へ返ってくる。

 

 直人は管理施設の出口へ向かった。自動扉を抜けると、夕方の空気が火照った頬を冷ました。一時間にも満たない探索で得た利益は、七千二百四十円相当。会社員時代の時給よりは高い。 

 

 だが、次の出撃で死亡すれば、今日得た利益どころか二十万ポイント以上の装備を失う。専業探索者として暮らしていける保証など、どこにもなかった。昨日までなら、失敗しても翌月には決まった給料が振り込まれたが、明日からは違う。

 

 潜らなければ収入はない。生還しなければ、収入どころか赤字になる。それでも、不思議と会社を辞めたことへの後悔はなかった。

 

 使う装備も、通る道も、戦う相手も、引き返す瞬間も、すべて自分で決めた。倉庫で聞いた足音、撃ち合いで削られた体力、脱出地点で減っていった数字。今も思い返せば、手のひらに汗がにじむ。 

 

 怖くなかったわけではない。むしろ、何度潜っても怖い。だからこそ、生きて戻ったという実感があった。 

 

 直人はスマートフォンを取り出し、明日の予定を確認した。何も入っていない。出勤時刻も、会議も、残業の予定もなかった。 

 

「明日も、大外から回るか」 

 

 自然と、次の出撃を考えていた。佐伯直人、三十四歳。専業探索者としての初日は、七万二千四百ポイントの黒字。大当たりには程遠いが、新しい仕事を始めるには十分な一日だった。


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