デビル・イン・ザ・フランドール   作:かるご

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ある少女への贈り物

比翼の鳥。

 

その鳥は、雌雄一対となって、初めて空を飛べる。

不完全な二人が、一つの命となって、初めて大空へ羽ばたく。

それこそが正しく、美しい生き方なのだと教えられた。

 

だけど──

 

もしも、対になる存在を持たない鳥がいるとしたら。

片翼のまま、それでも死に物狂いで空を飛ばなければならないとしたら。

 

それはきっと、ひどく不格好で、孤独な飛翔かもしれない。

いつか力尽きて、冷たい大地へ堕ちていく、歪な命なのかもしれない。

 

けれど、それでも。

私たちはこの不完全な翼で大空にしがみついてみせる。

 

 

 

─────

 

 

 

やわらかな日差しが差し込むラウンジで、くつろいでいた少年少女たちの間にふと不穏なワードが投げかけられた。パートナー殺し──その言葉に首を傾げたフトシに対し、ゾロメが待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す。

 

 

「それがさァ! その女にはツノと牙が生えてて、一緒に乗ったパラサイトは血を吸われてさ! 3回目には必ず命を落とすんだってよ!!」

 

 

自信満々に声を張り上げるゾロメだったが、周りの反応は冷ややかだった。パンを口に咥えたフトシは「うへ〜……乗りたくね〜」と手に持っているパンを頬張りながら呟き、ミクは髪を指先で弄りながら「そんなのただの噂でしょ〜?」と取り合わない。

 

 

「ホントだって! 警備のヤツらが話してるのを聞いたヤツがいるんだよ!」

 

 

不満そうに口を尖らせるゾロメを他所に、イクノは静かに読書を続けながら、チラリと壁に寄りかかって端末を凝視しているイチゴへ視線を向けた。

 

 

「ヒロ、捕まったか?」

 

 

ゴローの問いかけに、イチゴは暗い顔でかぶりを振る。

 

 

「ダメ……何回も連絡してるんだけど……」

 

「なーなー、結局あいつってここに残んの?」

 

 

ゾロメの素朴な疑問に、フトシも手元のパンを見つめながら言葉を重ねる。

 

 

「今日の説明会にも出席してなかったし、これって拒否するってことだよね……」

 

「あのヒロくんが……なんか寂しいね。小さい頃から、私たちのリーダーだったのに」

 

 

ココロが悲しげに瞳を伏せると、本から目を離さないままイクノが呟いた。

 

 

「ナオミはフランドールのパイロットになれたんだし、残っていいと思うけどね」

 

 

すると、ミツルがわざとらしく大袈裟に両腕を広げてみせる。

 

 

「仕方ないでしょう。ヒロはパラサイトにもパイロットにもなれなかったことを気に病んで、皆に顔を合わせづらいんでしょうから。彼の気持ちを汲んであげましょうよ」

 

「……わざとらしい」

 

 

ミクが心底呆れたように吐き捨て、ゴローはイチゴに視線を送った。

 

 

「いいのか、イチゴ」

 

「……あのバカ」

 

 

イチゴは複雑な感情を押し殺すようにポツリと呟くだけだった。空気を変えるように、ツグミがふと思い立ったように口を開く。

 

 

「そういえばさ、ナオミがまだ戻ってきてないんだよ。そろそろ5分経つけど、見つけた連絡も来ないんだ」

 

「探すのに時間がかかってんじゃない? あの子、すぐどっか行っちゃうからね」

 

 

ツグミの言葉に、イクノがページをめくりながら尋ねる。

 

 

「クロが気になるの?」

 

「そりゃそうだよぉ。クロは明日接続試験するだろ? だから緊張してんのかなーって」

 

「いつも通りだったから、そんな緊張してないだろ」

 

 

ゾロメがあっけらかんと言うと、ツグミは「そうかぁ?」と首を傾げた。そのやり取りを、イクノは本を読みながら黙って静かに聞き流していた。

 

 

◇

 

 

一方、緑豊かな森の中。クロを探し歩いていたナオミは、すっかり歩き疲れて木陰に腰を下ろしていた。

ポケットから端末を取り出して起動し、クロへ送ったメッセージ画面を開く。だが、一向に既読になる気配すらない。おそらく、向こうは端末の電源すら入れていないことに、ナオミは深いため息をついた。

最初からあまり期待はしていなかったものの、いざ何の反応もないとやはり少し寂しさが込み上げてくる。

 

少し休んだら、また探そう

 

ナオミはそう心に決め、深く呼吸を整えた。

 

 

その頃、当のクロは木陰で体育座りの姿勢のまま、気持ちよさそうに眠りこけていた。

ガサガサ、と草木が揺れる音に耳をピクリと動かし、クロはゆっくりと目を覚ます。眠気混じりの目を擦りながら腕をぐーっと伸ばすと、立ち上がってスカートについた砂や落ち葉を軽く手ではたき落とした。

一体どれくらい眠っていたのだろうとポケットから端末を取り出すと、ナオミからのメッセージが入っていることに気づき、目を丸くする。

 

ナオミに心配かけちゃったかなぁ……早く戻った方がいいかも

 

そう呟き、端末をポケットにしまって歩き出そうとした──その瞬間だった。

遠く湖の方角から、聞き慣れない不思議な声が響いてきた。気になってその方向へ足を向けようとした途端、ぐっと右手を強く掴まれ引っ張られる。

 

 

「うわっ!?」

 

 

驚いて振り向くと、そこには少し息を切らしたナオミが立っていた。

 

 

「……ここに、いたのね」

 

「ナオミ……! どうしたの?」

 

「明日はクロの接続試験でしょ? 緊張してないか気になって探してたの」

 

 

そう言われ、クロは少し首を傾げて考え込んだ後、「う〜ん……緊張は、してるかな」と素直に明かした。

ナオミはクロにそっと寄り添うと、悔しそうな表情を浮かべる。

 

 

「ごめんね。私とツグミも入隊式に出席するから、接続試験に立ち会えなくて……」

 

 

申し訳なさそうにするナオミに対し、クロは無邪気に笑ってみせた。

 

 

「仕方ないよ、パパ達が決めたことだもん。その分、入隊式でカッコよく見せてね!」

 

 

自分を励ましてくれる言葉に、ナオミは一瞬驚いたものの、すぐに愛おしそうに表情を緩めた。

 

 

「ふふ……ありがとう、クロ」

 

「うん! ナオミも頑張ってね!」

 

 

弾んだ声でエールを送るクロに、ナオミは温かな笑みを返した。

 

 

 

─────

 

 

 

翌日、静謐な式典会場。色鮮やかな赤いカーペットの上に、正装に身を包んだ少年少女たちがピンと背筋を伸ばして整列していた。

パラサイトたちはパートナー同士が互いに手を取り合い、絆の証である繋がれた指輪を光らせている。その両端には、パイロットたちが佇んでいた。周囲を取り囲む無機質な仮面をつけたオトナたちの視線、そしてカーペットの正面には、パパたちこと「七賢人」が座していた。

 

 

「見ろよ、オトナたちだ!」

 

 

胸を躍らせたゾロメが小さく叫ぶと、フトシも「うん! あんなにいっぱい……俺たちのために!」と興奮を隠せない様子で頷き合う。

直後、七賢人の首席がゆっくりと両腕を広げ、重厚な声を響かせた。

 

 

『幸運にも、パラサイト及びパイロットに選ばれし我がコドモたちよ!! 偉大なる君たちの先輩は都市を、民を護るために戦い、彼らは使命を全うした!! やがて我らオトナの一員として立派に羽ばたいていった!! 諸君も命を賭して鋼鉄の巨人と化し、襲い来る叫竜より護れ!! 命を燃やせ!! 四肢五体あますことなく、その血最後の一滴まで! 全ては人類のために!!!』

 

 

荘厳な宣言が空気に伝播する中、イチゴとナオミの意識は別の場所にあった。沈み込むような表情のふたりに気づいたゴローが、鋭くも低い声で注意を促す。

 

 

「式に集中しろ。パパたちが見てるぞ」

 

 

◇

 

 

──数十分後。

 

無事に式を終えたコドモたちはパイロットスーツへと着替え、モノレールに揺られながらそれぞれの目的地を目指していた。車内では互いに言葉を交わしていたが、フトシが呟く。

 

 

「ヒロのヤツ、やっぱり来なかったなぁ……」

 

「けっ、ほっとけよ! あんな泣き虫ヤロー」

 

 

ゾロメが吐き捨てるように言い、ココロは「ヒロくん、どこに行ったんだろう……」とぽつりと心配を口にした。

その傍らで、クロはイクノの膝に頭を乗せて横になっていた。モノレールに乗って数分後、極度の緊張から急激に気分が悪くなってしまったのだ。

「うー……」と顔を顰めて呻くクロの頭を、イクノは優しく撫でる。

 

「大丈夫、うまくいくよ」

 

「そうだよ、クロなら絶対できる!」

 

 

近くに座るナオミも温かな笑みを向け、力強く励ました。

 

 

「そろそろ着くよ」

 

 

イチゴの声が響くと、ナオミとイクノは「頑張ってね」と言い残して立ち上がった。クロは二人の言葉を胸に深く刻み込む。

 

よし、私も頑張ろう!!

 

心の中で強く気合を入れてシートから立ち上がった。

プシューッと音を立ててモノレールの扉が開くと、ホームにはハチと一人のオトナが待ち構えていた。

 

 

「準備はできているな、ここからが本番だ」

 

「はい!!」

 

 

13部隊全員が顔を引き締め、気合の入った返声を揃えた。ハチは頷くと、クロへと視線を向ける。

 

 

「コード960、君は彼について行き駐機ドッグへ向かえ」

 

 

一歩前へ出たオトナに応えるように、クロはキリッと表情を引き締めると、その背中を追って力強い足取りで歩み出した。

 

 

「残った者は、私について来るように」

 

 

ハチの指揮のもと、残された13部隊もそれぞれ踏み出していった。

 

 

 

─────

 

 

 

白衣を着たオトナに案内されながら駐機ドックへと向かうと、そこにはクロが乗るフランドールが静かに佇んでいた。

だが、その機体は不完全な姿を晒していた。一部の装甲が取り付けられておらず、内側に張り巡らされた大小さまざまな配線や、鈍い光を放つオレンジ色のフレームが剥き出しになっている。機体の周囲を無数のオトナたちが取り囲み、手元の端末に映し出されたデータを見せ合いながら何か会話を交わしたり、大型の機械を操作して調整を進めたりしていた。

その異質な光景をぼーっと見つめていたクロは、先を歩いていたオトナの声で我に返る。

 

 

「どうした、コックピットはこっちだぞ」

 

「あ、はい……!」

 

 

呼びかけられたクロは慌ててその背中を追いかけた。

コックピットへと足を踏み入れ、狭い座席に腰を下ろす。パイロットスーツの背面に取り付けられた接続機を、背もたれに設置された接続端子へ深く差し込む。

カチリと接続が完了したのを確認したオトナは告げた。

 

 

「端子に繋げたな。ではこれより、コード960の接続試験を開始する──」

 

 

言いかけた、その瞬間だった。

 

 

ウゥゥゥゥゥン!!!!

 

駐機ドック全体に甲高い警報音が鳴り響いた。

作業に当たっていたオトナたちが一斉に混乱に陥る。「なんだ!?」と怒号が飛ぶ中、一人の研究員が声を荒らげた。

 

 

「叫竜が現れたんだ!機体とコドモの回収を急ぐぞ!!」

 

 

その指示に従い、数人のオトナたちが慌ただしく走り出していく。

コックピットのシートに深く腰掛けたクロの耳に、その切迫したやり取りが容赦なく飛び込んできた。

 

 

(機体とコドモの回収を急ぐ?......それって、叫竜がナオミたちに向かってるってこと!?)

 

 

胸を突くような焦燥感がクロを突き動かした。近くで狼狽えている白衣のオトナに向かって声を張り上げる。

 

 

「フランドールを起動させて!」

 

「無理だ、コード960!試験を介さない接続は危険だ!それに機体も未完成であり、君はヘッドギアを付けていない!最悪の場合、脳が焼き切れて死に至る!」

 

 

オトナは惨劇を未然に防ごうと激しく警告する。だが、その言葉の重みをしっかりと受け止めた上で、クロは真っ直ぐに相手の顔を見つめ返した。

 

 

「お願い、起動して!」

 

 

一切の退く気配を見せないクロの強い眼差しに、オトナは一瞬言葉を詰まらせ、激しい葛藤の末に叫んだ。

 

 

「...どうなっても知らんぞ!!」

 

 

半ばヤケクソ気味に近くの大型端末へ飛びつき、操作パネルを叩きつける。

次の瞬間、暗かったコックピットのモニターが一斉に明かりを灯し、その中央に巨大なゲージメーターが表示された。数値が目まぐるしい速度で上昇していく。それを見つめるクロの胸中には、押し寄せる不安と、未知の領域へ踏み出す僅かな好奇心が同居していた。

そして、メーターが極限まで溜まりきった──その直後。

 

 

「が、あああああああッッッ!!!」

 

 

クロの頭脳に、落雷のような激痛が突き抜けた。

突如襲いかかった絶叫を上げるほどの痛みに、視界が真っ白に染まり、意識が途切れそうになる。頭骨が内側から真っ二つに叩き割られるような凄まじい衝撃。だが、クロは気合と執念だけで薄れかける意識を力任せに繋ぎ止めた。

目元から圧がかかり、鼻からツッと朱い血が流れ落ちて顎を伝う。だが、そんなものを気にしている余裕など微塵もなかった。

クロの悲鳴を聞きつけ、白衣のオトナが青ざめた顔で慌ててコックピットへ駆け寄ってくる。心配そうな声をかけるオトナに対し、クロは激しく上下する肩で大きく息を吐き出し、呼吸を必死に整えた。

 

 

「......大丈夫...」

 

 

掠れた声で短く呟くと、剥き出しの金属の感触を噛み締めるように操縦桿を固く握りしめた。

 

 

「ほ、本当か?」

 

 

オトナのうろたえる問いかけには答えず、クロは静かにコックピットのハッチを閉鎖させた。密閉される空間。覚悟を決めたオトナは腹を括り、手元の端末を素早く操作して、グラジオラスと叫竜の現在位置を示すポイント、そしてそこへ至る最短ルートをモニターへ転送した。

画面に映し出された赤と青の光跡を見つめ、クロは直感的にその経路を理解する。握りしめた操縦桿に、さらにぎゅっと力を込めた。

正面のモニターを鋭く見据え、静かな決意を込めて呟く。

 

 

「行くよ、グラジオラス」

 

 

クロは力強く操縦桿を引き倒した。

 

 

 

─────

 

 

 

地上では、危機が迫っていた。

突如として現れた叫竜の猛威の前に、イチゴやゴロー、そして他のみんなもすでにフランクスから降り、生身で地上へと避難していた。彼らは息を呑みながら、間近に迫る叫竜の圧倒的な恐怖を地上から見上げ、その様子をただ伺うことしかできない。

叫竜は、動けないストレリチア──ではなく、イチゴたち目がけて猛然と突撃してくる。

 

 

「イチゴッ!!!」

 

 

ゴローの叫びが響く。間に合わない――誰もが死を覚悟した。

 

 

ドゴォォォォォンッッ!!!!

 

直後、凄まじい爆発音とともに、大地が内側から激しく爆破、突破された。

猛烈に舞い上がる土煙と瓦礫を切り裂き、地下の格納庫から飛び出してきたのは、美しき女性像の面影すらない、フレームが一部剥き出しになった未完成の機体だった。

 

 

「な、に……あの、機体……!?」

 

 

イチゴが驚愕に目を見開く。

その謎の機体は、着地と同時に激しく地を滑り、叫竜の懐へと潜り込むと、装甲のない鉄の拳をその巨大な顔面へと容赦なく叩きつけた。

 

 

ガガァァァンッ!!

 

凄まじい衝撃音とともに、叫竜の巨体が横ざまに殴り飛ばされる。

 

 

◇

 

 

「……すごい、私の身体みたい……」

 

 

コクピットの中で、クロは片鼻から血を流しながらも、ふっと訪れた奇妙な一体感に静かに唇を震わせた。鉄の塊を動かしているのではない。グラジオラスという巨体が、そのまま自分の肉体に溶けていくような、静かな全能感と心地よさ。

 

 

「これ、が......FRANDOLL(フランドール).....」

 

 

微かな笑みを浮かべた直後、激痛の反動と過負荷が限界を迎え、ガク、とクロの意識は急速に深い闇へと落ちていった。フランドールはそのまま、糸が切れた人形のように停止した。

 

 

◇

 

 

突っ込んできた叫竜を力任せに殴り飛ばした機体は、その直後、まるでプツリと糸が切れたかのように腕を垂らして動きを止めた。

その異様な挙動を地上から仰ぎ見ていたゴローが、困惑を隠せない声を漏らす。

 

 

「...止まった?」

 

「あれもフランクスか?」

 

 

ゾロメも驚きを隠せずに呟いた。その問いに答えるように、傍らに立つフランクス博士が静かに口を開く。

 

 

「アレはFRANDOLL(フランドール)。本来男女一組で動かすFRANXX(フランクス)を一人でも動かせるようにしたもの」

 

 

不気味に佇むフランドールを見つめながら、博士はどこか冷めた調子でボヤくように言葉を継いだ。

 

 

「だが1人分の力を引き出す以上、その力は不安定なものだがな」

 

 

その時、プランテーションの膨大なドーム状の壁面に激しくめり込んでいた白い叫竜から、甲高い不快な軋み音が鳴り響いた。異常を察知したその場のオトナやコドモたちが一斉に視線を注ぐ。

白い叫竜は勢いよく壁から跳ね起きると、空中で不気味に体を変形させ、美しい人型のシルエットとなって滑らかに着地した。

 

 

「人型になった!?」

 

 

息を呑むミクの叫びに、ゾロメが戦慄を走らせる。

 

 

「あ、あいつはフランクスなのか!?」

 

「いかにも。凹型因子(ネガティブ)と凸型因子(ポジティブ)、男女の因子が組み合わさり、心重ねた時...鋼鉄の乙女はその本当の姿を映し出す!」

 

 

博士が熱っぽく語る中、現れたフランクスの顔面に人間のような表情が鮮明に投影された。それを見届けたフランクス博士は、歓喜と狂気に満ちた声を張り上げる。

 

 

「これぞFRANXX(フランクス)!!美しい...最高だ、ストレリチア!!」

 

 

その瞬間、倒れ伏していた叫竜が大きく口を開き、先ほどの破壊光線を放とうとエネルギーを溜め込み始めた。

異変に気づいたイチゴが叫ぶ。

 

 

「またさっきの攻撃を──」

 

 

言いかけたその直後、ストレリチアは手に携えた巨大な槍──クイーンパイクを、叫竜の開いた口目掛けて一閃の如く投げつけた。

鋭い風切り音とともに槍が直撃し、口内での砲撃を強制的に阻止された叫竜は、凄まじい衝撃に押されて激しく後ろへとよろめく。

隙を逃さず、ストレリチアは腰部のブースターを噴射して叫竜の懐へと急速接近した。深々と刺さった槍の柄を掴み取ると、さらに奥深くへと力任せに突き立てる。

これ以上は刺さらないほど押し込むと、腰から伸びるエネルギーケーブルを通じて槍へ一気に高出力を注入し始めた。槍先がまばゆいオレンジ色の光を帯びて激しく輝き増していく。

エネルギーの充填を感じ取ったストレリチアは、静かに吐き捨てた。

 

 

「とどめだ」

 

 

槍の引き金を引き絞ると、槍先から濃縮されたエネルギーが爆発的に発射された。

ドォンと響き渡る破砕音とともに叫竜の巨体が内部から吹き飛び、周囲一面に青い体液が飛沫となって広がる。やがてストレリチアの槍から、砕け散ったコアの残骸がハラハラと滑り落ちていった。

その姿を見たイチゴは呆然と見上げるしかなかった。

 

 

「あれがFRANXX(フランクス)...アタシ達が乗るロボット...」

 

 

圧倒的な存在感を放つストレリチアの姿が、少女の瞳に深く焼き付いていた。

 

 

 

─────

 

 

 

プランテーションを、黄金色の夕日が美しく染めていく。

叫竜を完全に討ち果たしたストレリチアのコクピットから、ヒロとゼロツーが姿を現した。

 

 

「ヒロ……!?」

 

「あの女の子はだれ?」

 

 

13部隊のコドモたちは、驚きと混乱が入り混じった表情で、互いに顔を見合わせながら声を震わせる。乗れないはずだったヒロが機体を動かした奇跡への驚嘆と、角の生えた見知らぬ少女への困惑が、地上の空気を重く満たしていた。

その華やかな光の影で、ハッチを開けられたフランドールがあった。

 

 

「クロ、起きなさい、クロ……」

 

 

耳元で掛けられたナナの優しい声に促され、クロはまぶたをゆっくりと持ち上げた。視界が白くぼやける中、自分の体に装着されていた接続機が、既にすべて外されていることに気づく。

 

 

「あなた、その鼻血……どうしたの?」

 

 

ナナが戸惑いを滲ませながら、クロの顔に残った赤黒い跡へそっと指先で触れた。言われて初めて鼻の下に不快な皮膚の突っ張りを感じ、クロは「え……?」と自分の手で拭うようにして、ようやく鼻血が流れていた事実に思い至る。

 

 

「……詳しい話は降りてから聞くわ。歩けそう?」

 

「……うん、足は動かせそう。ありがとう、ナナ姉……」

 

 

クロは自分の脚に力を入れて確かめると、ナナの肩に小さく体重を預けながら、ゆっくりとフランドールから降りていった。

地上へと足をついたクロの姿を見つけるなり、待機していたココロたちが目を見開いて駆け寄ってくる。顔や襟元にこびりついた大量の鼻血の跡に、一同から怒涛のように心配の声が浴びせられた。

 

 

「どうしたの、その鼻血……!!」

 

 

血相を変えて迫るナオミの気迫に、クロは少し圧倒されながら身を縮める。

 

 

「わ、わかんない……。いつから流れてたのか、全然覚えてないよ」

 

「どういう事だ……?」

 

 

ツグミは顎に手を当て、不穏な表情で眉根を寄せた。

そこへ、一人のオトナがそっとナナへ近づき、手にしていた端末の画面を見せる。その内容に目を通した瞬間、ナナの纏う雰囲気がガラリと変わり、低く抑えた声が落ちた。

 

 

「……どうして仮接続なしでコネクトさせたのか、説明して頂戴」

 

 

咎めるようなナナの視線を受け、オトナは慌てた様子で腰を低くする。

 

 

「も、申し訳ありません! 彼女がどうしてもコネクトを強く希望したもので……!」

 

 

ナナはため息をつくと、今度はクロへ厳しい視線を向けた。

 

 

「クロ。彼からの事前説明は聞いたの?」

 

「聞きました」

 

 

悪びれる様子もなくあっさりと答えるクロに、ナナは重ねて問う。

 

 

「それを聞いた上でやったの?」

 

「はい」

 

 

ナナが次の言葉を口にするより早く、ナオミが耐えかねたようにクロの両肩を強く掴んだ。

 

 

「どうしてそんな無茶なことやったの!!」

 

 

ナナの怒りを代弁するかのようなナオミの叫びに、クロは目を丸くして戸惑う。

 

 

「だ、だって……みんなが叫竜に襲われてて、助けなきゃって思って……」

 

 

必死なクロの返答に、ナオミはハッと息を呑み、ゆっくりと肩を掴む力を緩めた。少し静まった空気を見計らい、ナナが諭すように言葉を継ぐ。

 

 

「仲間が危険な状況にある時、助けに向かう姿勢そのものは正しいわ。でも……自分の身を守れないなら、かえって周囲を危険に巻き込むことになるのよ」

 

「……はい。次から気をつけます……」

 

 

小さく頷いたものの、クロの頭の中はどこかフワフワとしたぼんやり感に包まれていた。そのまま身体の力を抜き、近くに立つナオミの肩へ軽く寄りかかる。

 

 

「おい、大丈夫か……?」

 

 

心配そうに顔を覗き込んでくるツグミに、クロは重い瞼をこすりながら呟いた。

 

 

「なんか……すごく眠くなってきた……」

 

 

力なく笑うクロの姿に、ナオミは胸を撫で下ろすように少しだけ表情を緩めた。

 

 

「もう……なら、ちゃんと寝る前に顔を綺麗に拭かないとね」

 

 

みんながクロを取り囲み、無事を喜び合う輪。

その温かい光から、少し離れた影の中で、イクノだけは胸元でぎゅっと拳を握りしめていた。誰よりも強く、張り詰めた眼差しでクロを見つめるその瞳には、隠しきれない動揺と複雑な感情が滲んでいる。

 

 

「イクノ……?」

 

 

その異変に気づいたイチゴが、心配そうに顔を覗き込んだ。

ハッと我に返ったイクノは、すぐに視線をそらし、

 

 

「……別に。なんでもないわ」

 

 

と、気にしていないふりをして、いつもの冷めた表情に戻ってみせた。

夕日の中、仲間たちの輪の真ん中で、クロは自分の手のひらを見つめていた。その隣には、心配そうに寄り添うツグミとナオミの姿がある。

まだ、フランドールを動かした時の、あの脳を焼かれるような熱い感覚が、残っている。これさえあれば、まだみんなといられる。

二人乗りのフランクスに乗れなかった元落第生たち。

夕暮れに並び立つ少年少女たちの戦いが、ここから始まる。

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