デビル・イン・ザ・フランドール   作:かるご

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ある少女への贈り物

比翼の鳥。

 

その鳥は、雌雄一対となって、初めて空を飛べる。

不完全な二人が、一つの命となって、初めて大空へ羽ばたく。

それこそが正しく、美しい生き方なのだと教えられた。

 

だけど──

もしも、最初から対になる存在を持たない鳥がいるとしたら。

片翼のまま、それでも死に物狂いで空を飛ばなければならないとしたら。

 

それはきっと、ひどく不格好で、孤独な飛翔かもしれない。

いつか力尽きて、冷たい大地へ堕ちていく、歪な命なのかもしれない。

 

けれど、それでも。

私たちはこの不完全な翼で大空にしがみついてみせる。

 

 

 

─────

 

 

 

ざわざわと、冷たい風が木々を揺らす音が聞こえる。

プランテーション13の居住区――『ミストルティン(鳥かご)』を少し外れたところにある、深い森の奥。その巨大な大樹の麓で、コード960、クロは膝を抱えて眠っていた。

 

身にまとっているのは、うつむき加減に森を歩いていたヒロと同じ、乱れのない整った制服だった。

 

「……」

 

かすかな地響きに、クロはパチリと目を覚ました。

同じ森のどこか遠くで、やはり『鳥かご』に馴染めない少年──ヒロもまた、同じ空を見上げているはずだったが、二人の視線が交わることはない。

まもなく、ざざ、と森の木々をかき分けるようにして、白い防護服を着た大人たちが姿を現した。

 

大人たちは、そこにヒロがいることにも気づき、軽く話しかけた。だが、会話はあまり盛り上がらないまま終わる。そして、大人たちはクロの前に立った。

 

「コード960。こんなところにいたか。時間だ、連れ戻す」

 

感情の排された冷徹な声。クロは何も言わず、ただ大人たちの先導に従って、光の差し込む森から歩き出した。

 

 

─────

 

 

 

同時刻、寄宿舎の廊下には、どこか落ち着かない空気が流れていた。

 

ナオミとツグミは廊下の窓辺に立ち、クロが籠もっているであろう深い森を、じっと眺めていた。まだ戻らない大切な仲間の身を、二人は静かに案じている。

 

ツグミが複雑な表情で外を見つめたまま、ぽつりと低く呟いた。

 

「……クロは、まだ戻らないのか」

 

その声には、かつてペアを組んでいたクロへの、心からの心配が滲んでいた。

 

「そうだね……」

ナオミもまた、窓の外を見つめながら優しい声で言葉を返す。

「あの子のことだから、また森にでも籠もってるんじゃないかな。……心配だけど、クロならきっと大丈夫だよ。早く戻ってきてくれるといいんだけど」

 

その頃、廊下の角では、イクノが静かに足を止めていた。

彼女の眼鏡の奥の瞳が、部屋の中から聞こえるツグミとナオミの会話を捉える。だが、二人に話しかけることはせず、そのまま静かに、みんなの待つ場所へと向かって歩いていった。

 

やがて、ポケットに入れてある端末からハチの声が響く。

「これより起動の儀を行う。パラサイトは所定の位置へ移動せよ」

 

大人に促され、ヒロやイチゴたち第13部隊の面々が移動を始める。ツグミとナオミもまた、その様子を見届けるために、みんなの後を追ってついていった。

その華やかな式典会場が行われる地上へ向かう彼らから離れるようにして、ハチとは別のパラサイト副管理官に連れられたクロが、地下への階段を静かに降りていくのが見えた。

ツグミとクロの視線が一瞬だけ交錯する。しかし、二人は何も言葉を交わさなかった。

 

 

 

─────

 

 

 

地下最深部の格納庫。そこに鎮座していたのは、グレーの装甲が一部施されただけの、機械的な鉄の塊だった。

 

「これが……フランドール……」

 

クロは静かにそれを見上げた。

地上にあるフランクスのような女性を模した意匠は薄く、骨格となるフレームや太い有線回路が剥き出しのまま露出している。頭部や四肢の一部には装甲が取り付けられておらず、技術者たちが忙しなく周囲を取り囲んで作業を続けていた。未完成の、ただ戦闘機能のみを優先して急造された単体防衛兵器。それが目の前の機体の特徴だった。

 

「衣服を改め、速やかに操縦席へ」

 

近くにいたオトナの指示に従い、クロは専用のヘッドギアを装着し、ステイメンとピスティルのものを合わせたようなスーツに身を包んで狭いコクピットへと滑り込んだ。

 

シートに深く腰を下ろす。

スーツの背部に取り付けられた接続機を、背もたれの機械へ向けて押し込む。

 

――カシャリ

 

アッサリとした軽い金属音が響く。

 

 

「これより、コード960の接続試験を開始する――」

 

作業用の音声が響いた、まさにその瞬間だった。

 

 

ウゥゥゥゥゥン!!!!

 

プランテーション全体を揺るがす、けたたましい非常警報が鳴り響いた。

モニターに映し出された地上の映像。そこには、突如として現れた巨大な叫竜の姿と、その直撃を受けて壊滅していく式典会場が映っていた。

 

「叫竜だと……っ!?」

 

騒然とする格納庫。クロは、未知の機体が吹き飛ばされるのを横目に、モニターの隅に映る、今まさに起動の儀の最中だったフランクスたちの姿を捉えた。

 

「あれってイチゴたちのフランクス?……このままじゃ、みんなが……!」

 

クロの脳裏に、ツグミやナオミ、それから13部隊のみんなの顔がよぎる。

 

「フランドールを起動させて」

クロは近くのオトナへ向けて静かに告げた。

「待て、コード960! 試験を介さない接続は危険だ。機体も未完成であり、最悪の場合、脳が焼き切れて死に至る!」

 

オトナからの強い制止の声が響く。だが、クロの目は揺るがない。

「お願い、起動して」

 

その引き下がらない態度に、管制室のオトナたちは一瞬だけ手を止めた。クロの確固たる意志に押されるように、一人が操作パネルへ向かう。

「……わかった。起動プロセスを補助する。システム、直結」

 

次の瞬間、クロの全神経に、限界を超えた濁流のような情報量が直接流れ込んできた。

「があああああああっっっ!!!」

頭が真っ二つに割れるような激痛。視界が真っ赤に染まる。耐えがたい負荷に、クロの片方の鼻から、たらりと熱い血が流れ落ちた。

コクピットを管理するオトナたちが、絶叫を上げるクロの様子を数値から見て取り、青ざめて心配の声を張り上げる。

 

しかし、クロは狂乱に陥ることはなかった。激痛の濁流に呑まれそうになりながらも、その表情は冷徹なほどに落ち着きを取り戻していく。

 

「........大丈夫」

 

クロは心配するオトナたちへ向けて、静かに一言だけそう告げた。

意識の深淵を執念だけで繋ぎ止め、操縦桿を握る手に力を込める。完全にその異質なシステムを御してみせた彼女は、目の前のレバーを静かに押し込んだ。

 

「行くよ、グラジオラス」

 

 

 

─────

 

 

 

地上では、危機が迫っていた。

突如として現れた叫竜の猛威の前に、イチゴやゴロー、そして他のみんなもすでにフランクスから降り、生身で地上へと避難していた。彼らは息を呑みながら、間近に迫る叫竜の圧倒的な恐怖を地上から見上げ、その様子をただ伺うことしかできない。

 

叫竜は、動けないストレリチア──ではなく、イチゴたち目がけて猛然と突撃してくる。

 

「危ない、イチゴっ!!」

 

ゴローの叫びが響く。間に合わない――誰もが死を覚悟した。

 

 

ドゴォォォォォンッッ!!!!

 

直後、凄まじい爆発音とともに、大地が内側から激しく爆破、突破された。

猛烈に舞い上がる土煙と瓦礫を切り裂き、地下の格納庫から飛び出してきたのは、美しき女性像の面影すらない、グレーのフレームが剥き出しになった未完成の謎のフランクスだった。

 

「な、に……あの、機体……!?」

 

イチゴが驚愕に目を見開く。

その謎の機体は、着地と同時に激しく地を滑り、叫竜の懐へと潜り込むと、装甲のない鉄の拳をその巨大な顔面へと容赦なく叩きつけた。

 

 

ガガァァァンッ!!

 

凄まじい衝撃音とともに、叫竜の巨体が横ざまに殴り飛ばされる。

 

「……すごい、私の身体みたい……」

コクピットの中で、クロは片鼻から血を流しながらも、ふっと訪れた奇妙な一体感に静かに唇を震わせた。鉄の塊を動かしているのではない。グラジオラスという巨体が、そのまま自分の肉体に溶けていくような、静かな全能感と心地よさ。

 

「これ、が......フランドール.....」

 

微かな笑みを浮かべた直後、激痛の反動と過負荷が限界を迎え、ガク、とクロの意識は急速に深い闇へと落ちていった。フランドールはそのまま、糸が切れた人形のように停止した。

 

だが、その一撃が決定的な時間を稼ぎ出した。

フランドールが頽れた直後、地上の光の中で、あの未知の機体――ストレリチアが真の覚醒を果たす。赤い獣のような姿から、眩い黄金の槍を携えた本来の姿へと変貌を遂げたストレリチアは、圧倒的な力で叫竜を貫き、完全に撃破した。

 

 

 

─────

 

 

 

プランテーションを、黄金色の夕日が美しく染めていく。

 

叫竜を完全に討ち果たしたストレリチアのコクピットから、ヒロとゼロツーが姿を現した。

「ヒロ……!?」

「あの女の子はだれ?」

13部隊のコドモたちは、驚きと混乱が入り混じった表情で、互いに顔を見合わせながら声を震わせる。乗れないはずだったヒロが機体を動かした奇跡への驚嘆と、角の生えた見知らぬ少女への困惑が、地上の空気を重く満たしていた。

 

その華やかな光の影で、ハッチを開けられたフランドールがあった。

「クロ、起きなさい、クロ……」

ナナは優しく寄り添うように声をかけ、そっとその肩を揺り動かした。クロはうっすらと目を開けた。

 

――カシャリ。

 

再び、あの優しさのないアッサリとした軽い音を立てて、背面の接続機が外される。

 

「みんなのところへ戻りましょう。歩けそう?」

「……足は大丈夫。ありがとう、ナナ姉……」

 

フラフラとした足取りで、フランドールから降り、地上の地面を踏みしめる。

そこに、異変に気づいた仲間たちが集まってきた。

 

「クロ! 大丈夫!?」

一番に駆け寄ってきたのは、ゴローやココロたち、優しいコドモたちだった。彼らはクロの姿を見て一瞬驚いたものの、過度に引きずることはせず、心配そうにその顔を覗き込んだ。

 

クロの片鼻からは、大量に流れ出て乾いた、黒ずんだ血の痕が痛々しく残っていたのだ。

 

「……え、何…?私は大丈夫だよ」

気絶から起きたばかりのクロは、みんなが一気にこちらへ来たことに少し戸惑っている様子で、視線を泳がせながら、ナナが貸してくれたティッシュで血を拭きとった。

 

「初めての接続試験で無茶しやがる。」

「本当よ。でも、無事で良かった」

続いて歩み寄ってきたツグミとナオミも、驚きはしたものの過剰に引くことはなく、心からの安堵が混ざった視線をクロに投げかける。同じ過酷な試験を乗り越えた「パイロット」だからこそ、その痛みが分かるのだ。

 

 

 

みんながクロを取り囲み、無事を喜び合う輪。

その温かい光から、少し離れた影の中で、イクノだけは胸元でぎゅっと拳を握りしめていた。誰よりも強く、張り詰めた眼差しでクロを見つめるその瞳には、隠しきれない動揺と複雑な感情が滲んでいる。

 

「イクノ……?」

その異変に気づいたイチゴが、心配そうに顔を覗き込んだ。

ハッと我に返ったイクノは、すぐに視線をそらし、

「……別に。なんでもないわ」

と、気にしていないふりをして、いつもの冷めた表情に戻ってみせた。

 

夕日の中、仲間たちの輪の真ん中で、クロは自分の手のひらを見つめていた。その隣には、心配そうに寄り添うツグミとナオミの姿がある。

まだ、フランドールを動かした時の、あの脳を焼かれるような熱い感覚が、残っている。これさえあれば、まだみんなといられる。

 

二人乗りのフランクスに乗れなかった元落第生たち。

夕暮れに並び立つ少年少女たちの戦いが、ここから始まる。

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